第三話:私の執事
そろそろノーラ姉さんが学院に入学するために出発する頃に
アリソン商会の会長のアリソンさんがオリオンにやってきた。
王都からアルタイル王国東部にある、我らの領都オリオンは馬車で半月
王都住まいの商会長からしてみれば往復で一ヶ月のロスだ。
「お久しぶりです。イシュタル卿」
「久しいなアリソン。それでどんな状況だ」
「最近はヒンメル神聖国の商人が銀鉱石を持ってうろつき始めましたが
今の所は騒ぎにはなっておりません」
「そうか、それで今日は何のようだ?」
「実はノア様の考案された商品のうち
チェスと将棋が評判になり本契約のお願いに参りました」
リバーシの売上げは金貨二十枚にしかならなかったしな
今度は黒金貨一枚程度は行くか。
「いくら払うんだ?」
「そうですね、チェスと将棋の販売権で黒金貨五枚では如何でしょう?」
「話にならんな。商会長のお帰りだ」
「お待ちください。それでは商品にイシュタル家の紋章を入れる事を承認して
頂き、契約の神のミスラ神の魔法契約書にサイン頂けるなら
イシュタル卿にはで星金貨十枚を、ノア様には三年間の売上げの一割では?」
「よかろう。ノアの分がなければうちの得意先のアルマ商会に回す所だったぞ」
星金貨十枚というと一億アルか、チェスを一セット作るのに三千アルかかって
輸送費と販売費用に銀貨二枚、売値を小金貨一枚として
俺にも銀貨一枚払うとすると二万五千セット売れて黒字転換か。
「アリソンさん、大丈夫なんですか? 星金貨十枚も先に払って」
「貴族用、平民用共に手応えがあります。この機に大商会の仲間入りを
目指すつもりですので、これ以降もお見知りおきを」
「契約書には問題ないな。ノア、わたしのサインの下に名前を記入しなさい」
「これで」
「ありがとうございます。お土産という程の物でもありませんが
みなさまに南にある国で仕入れたギガエレファントの財布と
ノア様には特別に以前お聞きした醤油をふた樽お持ちしました」
「しょうゆ!!」
「税関でもう少しで廃棄処分になりそうになったのですが
私が直接、港の管理官に事情を話して通して貰った次第です」
「それはご苦労をおかけしました」
遂に苦節五年、醤油が手に入ったか、まずはホタテに醤油を落として
次は餃子か、いやいや先に刺身を堪能すべきか?
「ノア様、よろしいですか?」
「すいません、どうかしましたか?」
「醤油なんですが、魚醤でしたら南国地方では製法があったのですが
醤油の製法は中々教えて貰えなかったんですが
星金貨二枚で教えてもらえたので、如何でしょうか?」
「すいません、手持ちは金貨二枚しかないんですよ」
醤油の製法が二千万円か、確か原料は大豆と小麦と塩と水と麹菌だよな
だけど自家製だと最低一年以上かかるから失敗は痛いし
ここは素直に借りるか?
「そうですか。それでは光金貨すごろくゲームで使っていた
ルーレットの権利をお売り頂ければ、それと相殺で如何でしょうか?」
「そんなのでよろしければ……」
「アリソン?」
「イシュタル卿、判っております。今のはノア様を試させて頂いた
だけでございます。別途星金貨で五枚支払う予定でしたし、加えて売上げの
一割も納めますし、こちらに契約書と星金貨も既に用意してあります」
「用意がいいですね」
「既に木工職人と細工職人に注文を入れてあります。ブラックジャックと
ポーカーというゲームを合わせて広めれば
王立の賭博場の売上げも一気に伸びるでしょう」
そこまで考えてるのか、さすがに一代で行商人から身を起こして
辺境伯と直接取引までする人物だ。
「それでは色々ありがとうございます。わたしはノーラ様の一行に混ぜて頂いて
王都へ戻りますので、ご用命の際は王都のお屋敷宛てにご連絡ください」
「星金貨五枚も貰っちゃいました。いいんですか?」
「構わんよ。奴は来年にはお前を訪ねてまた来るだろう」
「そうですか、それでは父上、星金貨四枚を醤油作りの研究の為に
オーブ子爵に渡して頂けませんか?」
「わかった、次に会ったときに渡しておこう」
リリーナを経由して渡した方が簡単だけど
可愛い娘をメイド代わりにするなと怒られそうだからね。
しかしミスラ神の魔法契約と言っても効力は契約してから三年だけか
とても特許というレベルじゃないな、すぐにコピーされるよりはマシだけど。
それから三日後、ノーラ姉さんが小さい兄弟四人を誘って
オリオン郊外の丘にピクニックに行くことになった。
「もう秋蒔きの小麦の収穫も終わったのね」
「今年は予想通りの収穫量だってお爺さまが言ってたわね」
「米は作らないのかな?」
「オーブ領で作っているらしいよ。僕はそれほど好きじゃ無いけどね」
イシュタルの次世代の当主のアレク兄さんにはお米は不評と
料理のレパートリーを増やせば和食の人気にも火がつくと思うんだけどな。
「皆様、着きましたよ」
「オリオンの街が一望出来るね。何でこんなに広くていい立地に
建物が数軒しかないんだろう」
「ノアは勉強は出来るのに抜けてるわね。イシュタル領の西部北側は
森を挟んで敵国のヒンメル神聖国じゃない」
「そうだよ。休戦協定からもうすぐ四年。怪しい動きをしてるって
オリオンの街では噂になっているらしいわ」
「そうか、また一年も戦争とかだったら大変だもんね」
人族至上主義のヒンメルのバカ共にも困ったもんだ
何故、獣ミミのかわいらしさに気がつかないんだろうか?
アルタイル王国は基本的に種族による差別がないが
宗教で特定種族を差別している国はジュノー大陸でも半数以上らしい
そして、残念ながらアルタイルにも奴隷市場が存在しており、そこでは不当な
手段での売り買いが存在していて、その場合の主な弱者が獣人らしい。
「私が王立学院に行ってもみんな仲良くしてね」
「「「もちろんです」」」
「そうなの」
「アデルにはまだ理解出来てないようね」
「アデルも五ヶ月後には目覚めの儀だから、しっかりしないとね」
「はーい」
ノア姉さんも九歳、日本だったら幼い小学生なんだけど、それは東洋人の
考えで、ドレスを着た姉さんの見た目は背の低い女子高生程度といった感じだ
細身だけどバストとヒップはしっかりと自己主張していて、おめめぱっちりの
まさに美少女といった感じだ。
「みんなと遊べて楽しかったわ。次があればいいんだけど」
「姉さんも恋人が出来るかもね」
「ソフィーには無理だと思うけどな」
「アレク、ソフィー姉さんと呼ぶように言ってるでしょう」
「だって、僕も生まれて直ぐに手続きすれば同じ年だったよ」
「それでも私の方が年長者なのよ。敬いなさい」
「ちぇ、わかったよ」
そして今日はノーラ姉さんの出発の日なんだけど。
「父上と母上も王都へ行かれるんですか?」
「ああ、ルッツも来年は二十六歳、わしがイシュタル家の当主になった年だ
よって、本日よりルッツに領主代行を命じる」
「期待を裏切らないよう努力致します」
「そうだな、まずはオリオンの街でノウハウを学び領軍六軍の中で
第三、第四連隊の直接指揮権を与える。しっかり学べ」
「父上、兵力一万、上手く使いこなして見せます」
「がんばれよ」
「お父様、お母様、お気を付けて」
「マリアさんもね」
「母さん、私は学院ではトップを目指すわ」
「そうね、無理は良くないけど頑張りなさい」
「「「元気で」」」
行っちゃったか、爺ちゃんは何か焦っている感じだったな
もしかしてまた戦争か?
それから四ヶ月後。
アレク兄さんと俺に担当執事が着く事になった。そういっても相手も同じ年
なので実質的には将来を見越しての優秀な部下、俺の場合は友人と言った
感じだろうか? 兄さんには三名、俺には一名だけだ。
「ノア様、ヨハン・ラズベリーと申します。これからよろしくお願いします」
「ノアでいいよ。同じ年だし、僕は次男だからうちを継ぐ可能性は無いし」
「それはなりません。イシュタル辺境伯家は男爵の爵位を別にお持ちです
将来はノア様も貴族家の当主になるでしょう」
「そうだったのか。それじゃ仕方ないね。こちらこそお願いするよ」
うちの爺ちゃんが騎士爵を任命出来る事は知ってたけど男爵の爵位も
持ってたのか? 将来はノア男爵家となるのか。
ヘルミーナが産休で休んでいるから調度いいか
ヘルミーナも五人くらい産む予定なのかな?
魔法の練習もかなりしたし細かい物も作れるようになったし
そろそろお小遣い以外の貯蓄方法を考案するか
是非、和食を極めたいからな。
お読み頂きありがとうございます。