第三十六話:輸送船は浮けばいいらしい
収穫祭から一ヶ月後、ジュノー大陸では南部の大国バルバロッサ王国と
キングダム王国とキグナス帝国の連合軍が睨み合った状態らしいが
我が国は平常運転だ。
そして今日はトレミー帝国のユキさんから第一回のお金回収日だ。
「既に第三十五陣が当国の港に到着しました。これは小麦の代金の
星金貨七十八万枚です」
「トレミー帝国は北方の大陸に攻められていたんですね」
「もうバレましたか? そうですよ。そのお陰で我が国の北西の属国の
ライナ王国の穀倉地帯は戦場となっています」
「戦況はどうなんですか?」
「敵軍は軍船三千隻、輸送船四千隻の大艦隊で。すでに八十万の兵士の上陸を
許してしまった状態です。たぶん来年も戦争でしょう」
うゎ、軍船三千隻というと五百人乗れたとして百五十万人の兵士がいるのか。
アルタイル単独だったら蹂躙されそうな兵力だな。
「このガイア大陸で援軍を出してくれる国はいくつくらいあるんですか?」
「我が国の南に一つと北西の属国のライナの二カ国だけですね」
「大丈夫なんですか?」
「我が国にも正規兵だけで百万の兵士がいますし、防衛戦ならば義勇兵も
百五十万は集まりますから。そうそうやられはしませんよ」
理由を聞きたいけど聞きづらいよな
北方の大陸は雪が降るみたいだし、来年も継続して戦争するために四千隻に
昇る輸送船がいるんだろうな。
情報部の計算ではライナ王国北西から北方大陸までは船で三日程度
ちなみにルミエールの港からだと船で十日の距離らしい
お願いだからうちに来ないでね。
うちから見るとかなり西、トレミー帝国からみると少し北西の大陸だ。
「では戻りますね」
「はい、車に気をつけて下さいね」
「よくわかりませんが気をつけますよ」
俺に探りを入れてきたか? やはりチェスと将棋の開発者として
知れてるからそう推理するよな。
そういえば戦争の相手国の名前を聞くのを忘れたな。
やはりアレス領の方がかなり寒いんだな。
「ノア様、ちょうどいい所で会えました」
「いい報告だろうね」
「はい、アルタイル王国とキングダムとキグナスから対物ライフルを二発
喰らえば沈みそうな老朽艦を二束三文で買いたたいて来ました」
「マルコ、老朽艦が活躍出来るのか?」
「ノア様、船は浮きさえすれば輸送船や漁船として使えます
どうせ処分するのも面倒な船です。我々が有効活用しましょう」
「いくらだ?」
「聞いて下さい、二隻で星金貨がたった一枚です」
「ほんとに浮くのか?」
「大丈夫です、ここにくるまで浮いてましたし、整備員に調べさせましたが 部分的にかなり痛んでいますがまだ三年は使えるとの事です」
「でもよく売ったな?」
「聞いていませんか? アレシア郊外で飛行艇のテスト飛行に成功したんですよ
来年からは飛行艇の開発戦争になりそうです」
遂に我が国は飛行艇を戦場へ出せるのか、うちも逃げ出した奴隷を中心に
研究だけはしているが先立つものがないからな。
それから秋も深まり遂に完成したエクレールで冬を迎える頃に
トレミー帝国への補給も終わり、まったりしていたらミーアが妊娠したらしい。
「まったく、ヨハンは頑張るな」
「見上げた弟君だよ」
「こればっかりは神様の気まぐれですから」
「やることやらなければ気まぐれも起こさないけどな」
「なにいってるんだか、デニス兄さんはシャルと婚約したんでしょう」
「まあな、なんとなくだ」
「なんか悲しいわね。出会いが無いと近場の相手で済ませてしまうのね」
「兄貴、大お見合いパーティでもしましょうよ」
「三つ子で相手がいないのはお前だけだもんな」
「兄貴だっていないじゃないですか」
「二人とも不毛な言い争いは辞めてくれ
若様、キグナス帝国の北西に港を持つ領主から継続的に食料を仕入れたいと
連絡がありました。西のルミエールからなら船で七日の距離です」
「どのあたりだ?」
「地図でいうと、ルミエールから出て南へ陸を見ながら進んで
場所的にはキグナスの帝都から北西で魔道機関車で五日の距離にある港です」
「西部大陸までは三日程度離れてるんだな
キグナスは自給自足は出来ないのか?」
「帝国の去年の小麦の収穫高は千二百万トン程度。現にこの港のある街から
百キロも進むと砂丘があるそうです
それにバルバロッサ王国とはにらみ合ったままですし」
キグナスは魔物なんかの素材は豊富らしいが、農業国を傘下におけなかった
のが効いてきたな。だから俺達の後ろを取ろうなどと考えたんだろうが。
「相手の貴族の爵位は?」
「子爵です。そう……マーチ子爵と書いてありました
それに小麦を一トン金貨四枚で引き受けるそうです 」
「シャル、マーチって親戚か?」
「分家で西に行った家があったかも」
「コンラート、その話を受けよう」
「トレミーだったら輸送費持ちでしたよ」
「通常は一トンで金貨二枚だ。継続的に買ってくれるお得意様は大事にしないと」
「それもそうだな。兄貴の影響か? 米も千五百万トン収穫出来たし
来年は小麦も米も更に増産するなら悪くないんじゃないか」
「ヤンは酒が飲みたいだけじゃないのか?」
「だって、ワインは一本小金貨一枚だぜ」
「増産は指示してるが下がっても銀貨七枚が良いところだろうな」
「例の冷酒というのは米で作るからコストが安いんでしょう?」
「お前にはバーボンがあるだろう」
バーボンもウイスキーといえるが余っているトオモロコシを多く使える分
我らにとってはお得だから、まずはバーボンを領民に浸透させよう。
各種ウィスキーの製造は領民が多少の金を持ってからだな。
「色々と飲みたいんだよ」
「ヤン、アルコール中毒と言ってな、あまりアルコールばかり飲んでると
手の震えとかで最悪死ぬんだぞ」
「騙されませんよ。それが本当なら親父はとっくに死んでますよ」
体質次第というのもあるからな、親が強いなら問題無いか。
「酒といえばアリソン商会の使いという者が先日来て
ここの開発に参加したいと言っていましたよ」
「アリソンにはチェスや将棋の権利を売った事があるが、アレク兄さんに
囲われてる状態だ。本気なら本人がくるだろう」
「イシュタル領では遂にノア様は魔王認定されたそうですよ
まったく馬鹿げていますが」
「それを信じる人間が全体の一割以上いるという噂の方が怖いけどな」
「もうイシュタル領にはいけませんね」
「そうだな。後はアデルとアリスとセーラが心配なんだけどな」
アデルは来年は三年生だし、アデルが卒業した翌年にはアリス達が入学だな。
「一応隣人のドナルド家の当主のマイケル殿もうちと敵対してますね」
「元の辺境伯三家は旧アルタイルにも土地を持っているから
かなり余裕なんだろう」
「うちも獣人を中心に移民が僅かながら増加してますが
使える兵士となるとそうそういませんね」
「そういえば、領民はどのくらい増えたんだ?」
「領民証の初号機所持者は横ばいですが、二号機所持者が二百万程度
三号機が七百万程度、四号機所持者が一千百万で五号機は相変わらず
三桁のまま増えませんね」
「ドナルド家が邪魔してるから入領出来ないんだよ」
「初期から大きな変化無しか?」
「うちも東の山に兵を出してますが、逃亡奴隷は見つかれば即処刑ですからね」
「ドナルド家の奴隷にとってはうちは楽園でしょう
なんたって賦役を数ヶ月するだけで奴隷から解放で職にもありつけますから」
「最近は元奴隷の領民も酒を飲む余裕が出てきたしな」
「冬になるが畜産はどうなんだ? 潰しているのか?」
「年齢のいったのは潰して肉にしてますが肥料は潤沢です
数千万頭はそのまま越冬できますね」
「そろそろ魔物退治をしないといけませんが」
「餌を求めて山を下りてくるやつか?」
「うちは山と言っても東の国境周辺と南と中央にそびえるロック山脈だけですが」
「よし、三日後に軍事演習を兼ねてロック山の凶暴な肉食獣を狩ろう」
「「「了解です」」」
ゴブリンとかオークがいない世界でよかったけど
オークの肉とか食べてみたかったな。
そして三日後。
「随分いるな」
「新兵の訓練も兼ねる事にしました」
きつい昇りだな。まあこの山々から流れる川のお陰で川を使って
南北の移動が楽なんだけど。
「いました、バトルベアーの群れです。弓隊前へ」
「あれをやるのか?」
「やらなければロック山の麓、わが領地の中央にあるサザンクロスの
住民に被害が出ます」
サザンクロスはまさにアレス領の中心地のロックさんの麓にある中継地点
でここから北部のエクレールまでと南部にむかって双方に川が流れてる
山自体は日本の北アルプスを越える山々だが残りはほとんど平地だ
夏には麓に立ち並んだ家に遊びにいくのが金のある人間には好評らしい。
「俺に任せてください。弓隊撃ち方始め」
「凄いじゃないか、随分と射程が伸びたな」
「風の補助魔法を使える人間を率先的に弓隊に配置しているお陰で
今では五百メートル手前から狙えますよ」
みんな軍備には力を入れてるんだな。
しかし、広い山だ俺達の入れる場所は限られている。
「三日狩ったし、用心深いのは山奥に逃げたでしょう」
疲れたな、休みたいな。
「辺境伯、南の開発中の街で帝国兵の目撃情報が数件ありますが」
「まさか、キグナスが野心をもったのか?」
「どうやら地方領主のスタンドプレーのようですが
セーヌ川南側に約一万の兵が展開中のようです」
あーあ、めんどいな。南で戦争中に北に野心を向けるなよ。
「わかった、われらも川の北部に
そう新しい街の南側に七千を展開しよう」
「かしこまりました」
そういえばアレックス先生と別れて以来、将軍がいないんだが
出来れば今は領内開発に専念したいんだけどな。
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