第三十四話:西大陸に上陸
そして七月、ついに王立学院の卒業式だ。
コンラート達は卒業論文にまで学院ポイントを使ってなんとか
書き終えて合格したらしい。
「いや、九人揃って卒業出来るとは思ってなかったよ」
「兄貴、酷いですよ」
「卒業生挨拶、ラインハルト・ロレーヌ」
「卒業するぞ、聞いて驚け、俺は遂にアイリス殿下と婚約したぞ
他に話すべき事はない。以上だ」
性格が変わってないか、もっと冷静な人間だと思っていたんだが
人は変わるもんだな。
「うぅ、なんか気持ち悪いわ」
「家に戻るか?」
「いえ、悪いけど、アレス領で産みたいの?」
「それじゃ出産するのか?」
「妊婦が気持ち悪いって言ったらそれ以外ないじゃ……」
「転移、エクレールの自室」
「ヘルミーナ、私の子供が生まれる。どうすれば良いんだ?」
「ヨハン、落ち着きなさい。男は邪魔です」
お父さんというのは若くてもこんな物なのかな。
既に四時間か。
「ノア様……」
「半日以上かかる時もあるそうだぞ」
それから六時間後にミーアは男の子を出産した。
「元気いっぱいですよ」
「お父さんは頑張ってね。わたしたちは寝るから」
「もっと見ていってくださいよ」
ここに親バカが一人誕生した瞬間だった。
「ノア様、小麦の予測収穫高がでました。作付面積は同等でしたが
昨年の六割増しの三千二百万トンです。イシュタルの加護は偉大だと
農民が口々に言っておりました」
俺も驚きだよ。イシュタルの加護というのは特定の土地だけじゃないのか。
それに途中からだしな、まさかただの豊作なのでは?
「ノア様、私からもご報告があります。現在、農民が自分の土地を持ちたいと
殺到しております。現在、旧アレス領から連れてきた領民以外の
土地の持ち主はノア様になっております」
「そうだったのか。それじゃ僕が十割もらう事になっちゃうね」
「そうですね」
おい、そこは言い忘れましたとか言ってくれよ
五割を物納で一割を通貨で納める事にしたんだよな。今更撤回すると
混乱するし。
「どういたしますか? 分割で支払うという方法もありますが」
「そうなのか。それじゃ希望者を集めて抽選にしよう。そして
クジの番号の低い順に好きな土地を分割払いで買って貰おう
領民も今年は開発工事で多少の金はあるだろうけど、作物の換金は無理だな
農民は物納七割のみで漁師は売上げの四割を収めてもらおう」
「かしこまりました。土地の価格は?」
「大まかな金額は僕が決めるから土地ごとの地域や収穫物の差での区切りは
ヒルダとユリアンで決めてよ」
「それでは失礼します」
ユリアンもヒルダも真面目だから悪代官にはならないと思うけどね、たぶん。
「参った。もう絶対にやらないと誓ったぞ」
「ニコが怒るなんて珍しいな。どうしたんだ?」
「週払いの給料の支払い係をやったんですが。酷いもんです」
「なんだ、文句でも言われたか?」
「いえ、通貨の価値を説明する所から始めないといけないんですよ」
「価値って?」
「小麦五キロでどうして銅貨十枚になるのか不思議だと?」
「やっぱり安く買いたたきすぎたか?」
「逆です、今まで小麦の販売を任されていた者も五キロで銅貨五枚が
相場だったと驚いています」
現在は俺に生産物の五割が入り、残りの四割がシリウス商会で
一括買い取り、そして一括販売となってるが安いイシュタル領でも
小麦の小売値は五キロで銀貨一枚だった、そして米は五キロで銅貨八十枚だ。
今まで一キロで銅貨一枚で販売していたのか? 安い小売値の
二十分の一じゃないか。どれだけの中抜きがあったんだろう?
「安心するように言っておいてくれ、これからも五キロで銅貨十枚の買い取り
価格を下回る事はないと」
「確かに現在の輸出の売値は輸送費を全額相手持ちで一トンで
金貨二枚ですから儲けは充分ありますね」
そうなのだ、製粉前の小麦を金貨二枚で製粉後の小麦の取り扱いは
シリウス商会に丸投げ状態。よってアレス領の利益は現在小麦一トンにつき
小金貨十八枚の儲けだが、国内輸送費を主体とした経費は当家の負担だ。
さて、そろそろ収穫祭だな。どういう料理を出そうか?
やはり大豆が豊富にあるから揚げ物の教祖にでもなるか。
「若君、よろしいでしょうか?」
「デニス、問題ないよ」
「収穫祭の事なんだけど、肉に使うブラックペッパーが残り少ないんだ」
「前のジェノバの港街で五十グラムで小金貨二枚で売ってただろう」
「それが、ブラックペッパーは南西にある西大陸の国からジュノー大陸の
南部を支配している大国のバルバロッサ王国が独占輸入していたんだけど
キングダムと国境を接したのを警戒して報復に輸出規制をしてきたんだよ」
ジュノー大陸の最後の大国のバルバロッサ王国か、あそこでも胡椒を
栽培出来たはずだけど西大陸からの交易品が止まったか。
「我々はキングダムの友好国だし、そうなると西大陸に直接買い付けか」
「若君の転移魔法ならいけるかも知れないね」
「小舟程度なら同時に転移出来そうだし、僕の他に三人選んでよ
仕事も一段落したし明日にでも買い出し遠征に出かけよう」
「わかった、選んでおくよ」
胡椒か、砂糖も安そうだし、目一杯買っておくか。
そして翌日の朝、何故か自信有り気な様子で俺の前に座る八人。
「デニス、三人ってお願いしたはずだけど」
「兄貴、他の大陸への旅行なんていうロマンを前に黙っていられませんよ」
「そんなに行きたいなら、船で一年くらい行ってこいよ」
「そこは若様の魔法でお願いします」
「コンラートも現金なもんだ。途中で溺れても責任は持てないぞ」
「さすが兄貴です」
「今回の目標はブラックペッパーと砂糖とカカオの買い付けだから
遊びは無しだよ」
「でも一日くらいは……」
「治安が良ければ考えるよ」
「それじゃ行くぞ、転移、アルタイル西部国境」
陸の上だったな、いきなり海だったらどうしようかと思った
ボートを持ってきたのは正解だな。誰も落ちずに済む。
「とりあえず、南西に向かって十回の連続転移をして見よう。転移」
一回の転移魔法で五十キロは進んでいるような気がするんだけど。
「兄貴、なんか陸地っぽいのが見えます」
「よし、接舷してから船は収納して徒歩で入国してみよう」
砂浜には警備兵がいるし、見つからないようお邪魔してどこかの国へ到着だ
それにしても暑い、本当に南西なんだろうか?
ちょっと自分の魔法の信憑性に疑問を持つな。
「上手く、密入国出来ましたね」
「それじゃ、犯罪者みたいじゃないか?」
「コンラート、他国に無断で入国するのは犯罪者ですよ」
「ヨハン、それくらいにしておいて、ここの通貨はなんだ?」
「多分、ガイア通貨だと思いますが、大商会ならアル通貨を使えるはずですよ」
「密入国したのがバレる訳にはいかない。銀を換金してきてくれ」
「それじゃ私達がいってくるわ」
「ヨハンとミーアだけか?」
「こういう時は夫婦の方が怪しまれないって、父さんに聞いたわ」
ヨハンとミーアを夫婦と認識してくれるかが問題だけどな。
遅いな、もう二時間経つぞ。
「ごめんなさい、銀が高品質だから質問攻めに遭っちゃった」
「それで、いくら換金できた?」
「聞いて驚いて良いわよ。一キロの銀インゴットを五百個で
白金貨十五枚よ。更におまけに金貨を五枚も貰ったの」
「おい、ヨハン、白金貨は黒金貨と同じ価値で百万アルだよな」
「すいません、買いたたかれました」
「え――、どうして?」
「アルタイルで売れば、黒金貨三十枚にはなったぞ」
「あの爺、うら若き乙女の心を踏みにじるとは」
既に子持ちだろう、まあいいか。
「とりあえず、手持ちがあると相手に理解させる事が出来れば
大詰めの段階でアル通貨を出せば良いよ」
「さすが、話せるわね」
「とりあえず、離ればなれになる可能性もあるから、それぞれ白金貨二枚ずつ
分けてくれ」
「それですぐに買いに行くの?」
「まずは情報収集してから宿を取ろう。もう四時過ぎだ」
「それもそうね」
風はあるようだな、商店の規模はアルタイルとそんなに変わりはないし
街に兵もあまりいない。安定した国なのかな?
「あそこの露天でブラックペッパーを売ってるよ」
「百グラム入りで小金貨二枚か……」
「産地にしては微妙だな」
「あんたら、どこかの商会の丁稚かい?」
「はい、調味料を大量に買い付けてくるよう言われています」
「それなら、その角を右に曲がって進むとうちの仕入れ先のユキ商会と
いうのがあるから、そこなら大口のお客なら割り引いてくれるはずだよ」
「ご親切にありがとうございます」
感じのいい商人さんだったな。でもユキ商会って嫌な予感しかしないが
もし転生者だったとして相手にも俺の存在が判るのかな。
「若、穀物の値段を見ましたか?」
「ああ、米が五キロで小金貨六枚だったな」
「それに小麦も五キロで小金貨六枚でした」
「西大陸だと小麦とお米が同額なんだね」
「ミーア、そういう意味じゃない。イシュタル領で五キロで銀貨二枚の小麦が
三十倍の価格で売れてるということだ」
「ここは王都で、アレシアみたいに物価が高いんじゃないのか?」
「コンラート、お前はパン一個で銀貨一枚払うのか?」
「そんなに払ったら破産しちゃいますよ」
宿屋だな、だけど何故、和風様式なんだ。
入ってみればわかるだろう。
「いらっしゃいませ、お泊まりですか?」
「はい、九名です」
「そうですか、うちは全室二人部屋で一室小金貨二枚で
九名様だと五部屋になりますが宜しいですか?」
「はい、構いませんよ。それと夕食は何時からですか?」
「確かに頂きました。食事は六時から九時までですよ」
「それではご厄介になります」
小麦が小金貨六枚だからふっかけられると思ったが普通だったな。
「兄貴、まずは食事にしましょうよ」
「それじゃ、部屋割りだが僕は一人でコンラートとニコ、リリーナとシャル
デニスとヤンそしてデニス夫妻だ」
「ノア様、わたしとご一緒に……」
「照れるなよ、お前ら夫婦だろう」
俺はミーアに恨まれたくないからな。
お読み頂きありがとうございます。