第三十二話:最初が肝心です
陞爵から二ヶ月、紆余曲折はあったが星金貨五百枚を払って船を更に
二百隻レンタルして第四陣まで船に乗せる事が出来たので船での輸送組は
三十万人、残念ながら他の人は陸路という苦難が待ち受けていた。
「あの代官め、一ヶ月以内に出て行かなければ
ノア様に着いていく者には一人黒金貨二枚の税を取るなどと」
「石炭蒸気船とはいえ片道で一ヶ月だからね」
「そうですね、第三陣以降はまだ船の上ですね」
「どの程度の人が歩いてくるの?」
「領内から出たところで代表の者には金貨で百枚を路銀として渡しましたが
全部で十万人程度かと」
「あわせて四十万人か。またクレア領のように一からやり直しだね」
「既に王家に借り入れた船は返しましたし、新アレス領の住民は約二千万人
農地も稲作の準備は順調ですし、去年の蓄えだけでも飢える心配は
ありません」
二千万人か、幾ら広い土地といっても計画的に開発しないと
クレア領の二の舞になりかねない。米だけ食べても年間三百万トン近いよ。
「領都エクレールの建築具合は?」
「農奴解放を条件に作業を依頼しているので、作業は三交代制の
二十四時間体制で行っており、すでに旧エクレールの十倍以上で
春までにはイシュタルの領都オリオン程度の規模以上になるかと」
百万人が住める都市か、そしてそれ以上。
俺もかなり港湾施設の整備を重点的に手伝ったが農奴解放の条件という餌は
凄いな。タダで解放すればつけあがるとデニスが言うから言ってみただけ
なのに人の力は偉大だ。
「ところでユリアン、それで去年の西部地方、今はアレス領の
収穫高の確認は出来た?」
「はい、小麦が約二千万トン、大豆が約六千万トン、米が五百万トン
トオモロコシが八千万トンです」
「凄いね、お米だけでも食べきれないね」
「そうですね。秋には未開発地域の一部を稲作に転用する予定ですから
米の収穫高も倍近くになるかと存じます」
「マルコ、漁獲高は?」
「これは推測的な意見になりますが、約三百万トンだと思われます」
今度は日本より少ないのか、そうだよな、そんなに魚を食べないか。
「推測というのは?」
「安い魚をかなりの量、そのまま廃棄していると証言を得ました」
もったいないお化けが出たらどうするんだよ
だからこれだけの漁船があるのに魚料理の店が少ないのか。
「それじゃ百万トンくらい捨ててるのか?」
「いえ二百万トン以上を廃棄しているようです」
バカ領民め、そんな捨てていたら俺が呪われるじゃないか。
「まさか、価格を維持する為の調整なのか?」
「そうです。この近海はかなりの漁場で午前中だけでもかなり獲れるので
漁師はかなり裕福な生活をしております」
「漁師の多くも奴隷なんだよね?」
「そうですが、少数の一級国民が奴隷を使役して漁を行っているのが現状です
加えて二級国民はその命令の指揮官として奴隷を直接的に使役しています」
「まだやってるのかな?」
「はい、ほぼ全ての一級国民と二級国民が……」
「一級とか二級とかは廃止するように通達したよね。忘れたのかな?」
「どうもここの国民は新領主が十二才の子供というのを……」
「ヒルダ、抑えた財産の総額は?」
「星金貨にして約二千枚程度です」
「ヨハン、戦えそうな真面目な領民の数は?」
「十万人程度です」
「コンラート、実践で使えそうな兵数は?」
「……約二万程度です」
「ヒルダ、一級国民とその支持者の数は?」
「一級国民に登録しているのが約四万人に、二級国民に登録している
人間が約八万人 そして雇っている傭兵が約八万程度です」
「傭兵はバラバラに散ってるのかな?」
「いえ、サンドラという街に拠点を置いていて八割以上はそこにいます」
「よし処分命令だ。傭兵は僕が叩く。一級、二級国民を名乗る人間は一度だけ
勧告を行い従わないようなら見せしめだ、殺してしまえ」
悪を叩き、弱きを守る。悪、即、斬はまだまだ有効だよ。
それに食べ物を粗末にする子は許しません。
「領内はかなり混乱すると思われますが、それに隣のドナルド家では
そのまま一級国民と二級国民を適用しておりますが」
「隣は隣でうちはうちです。制度を利用して弱い者イジメをして
挙げ句の果てに新領主の命令を無視する奴はいりません。断固処置です」
本当に金で誘ったら出てきたよ、警戒心がないのか
それとも有力者の保護を受けていて、ただの駄犬に成り下がったか
ともかく兵士として使えそうなら考えたけど、こんなバカはいりません。
「よく来ました。わたしは新領主ですが、みなさんに警告したはずです
一級国民や二級に従うのを辞めろと言ったはずです。最後のチャンスを
あげましょう。出て行きなさい」
「このガキ、舐めてんのか!」
「なにが新領主だ。お飾りだろう」
「イシュタル家のボンボンが」
「他の意見の方は速やかに向こうへ行って下さい」
「誰もお前の命令なんて聞かねえよ。殺すぞ」
「そうだ、帰ってママのおっぱいでも吸ってな」
死刑確定です。俺もまだまだ油断がありました
このような輩に期待していたとは、気を引き締めて鉄の経営者にならないと。
「デニス、離れていて下さい。こいつらを殺します」
「いえ、私達も残って戦います」
一人の方が殲滅戦はやりやすいのに。
「このガキ、俺達をたった数十人で殺すだと」
「お前を俺達が殺してやるよ」
「実は、俺達の後ろにはアレク様がついてるんだぜ」
「そうだ、弟だと思って誘いに乗ってやればつけあがりやがって」
もういいや。
「(風と闇の精霊にノアが懇願する。我と精霊達の力を合わせ目の前の
障害物達に風の裁きを与えん
【魔力コンマ一割、対象前方広範囲、電磁嵐】」
うーん、魔力が増えたような気がしたけど、時間がかかるのはそのままか。
「なに訳のわからない事を言ってるんだ。悪く思うなよ死にな」
「アレク様はお前が邪魔だそうだ」
「泣いて詫びても手遅れだ」
「ノア様、お下がり下さい」
よし、予想通り魔力制御のスキル的なレベルが上がっているようだ。
「なんだ、その黒い球は?」
「体が、飲み込まれ……」
「くそ、二十人もやられたぞ」
「みんなで一斉にかかれば殺せるぞ」
黒い電子球は一発だが速度を優先した影響で魔力が少ない分
直ぐに消えてしまった。
「死ね、【インフェルノ】」
やはり部下がいないとコツコツやらないといけないよな。
「こいつ、王級クラスの炎魔法をつかえるぞ」
「すぐに魔力が切れる、みんなで掛かれ」
「死んで下さい、【インフェルノ】」
「そして、【インフェルノ】、【インフェルノ】……」
「こいつ化け物だ。逃げろ」
四十発程度撃ち込んだ所でやっと逃げ出してくれたので
あとは部下に任せるか? 部下の実力を見るのも仕事だからな。
「ノア様、……これは」
「僕の魔法を初めて見る人にはショックだったかな」
「若君、街は混乱状態です。街の中の掃討戦に移行致しましょう」
「みんな行くぞ、悪、即、斬だ」
結局、目の前で起きた事象すら理解出来ない人間もどきを
更に一万人程度処分して、勧告を無視した残りは財産没収の上で十日分の
食料だけを持たせて追放だ。
そして二週間後にやっと混乱が収まったようだ
広いというのも考え物だな。
「ノア様、自称、一級国民と二級国民は財産没収とし、処刑者四千名と
食事を渡して逃がした人間が約十一万になります」
六千名足りないが、いいだろう。
「ヒルダ、没収した財産の総価値は?」
「一級国民からは金銭が星金貨三百五十万程度、すぐに売れそうな物が
星金貨五十万枚相当。売れれば儲けものレベルの品が
星金貨五千枚相当になります」
「二級の人は?」
「二級国民からは金銭が星金貨五十万程度、すぐに売れそうな物が
星金貨十万枚相当。売れれば儲けものレベルの品が
星金貨五千枚相当になります」
「星金貨四百万枚ですか!?」
「そうです」
内務卿の餞別が霞む額です、というかおかしい額です
西部地域はこの数十年の間、戦争が無かったお陰ですか?
売れれば儲けものか、そうだな儲けものか。
「売れれば儲けものの品は格安で奴隷に販売してください
それと、今後アレス領には一級とか二級とかの国民の出入りを禁止します」
「そうしますと、ドナルド家から商人が来なくなりますし
当家が販売する物にも報復関税をかけてくる可能性も」
ヨハンも報復関税の概念まで理解してくれたか
それはいいんだけど当家の力を甘く見ているよ。
「ユリアン、去年のドナルド家の人口と穀物収穫高は?」
「はい、領民が百万人に奴隷が九百万人程度で、小麦が約五十万トン
大豆が約三十万トン、米が二十万トンで
トオモロコシが百万トンだったはずです」
「アレス領の一割にも満たないんですね」
「そうです。ギリギリで主食は何とかなるかも知れませんが
家畜は八割方が死ぬことになるでしょう。王都の宿命ですね」
「若君の意見、理解出来ました」
「それではお隣に立て札だけ立てておいて下さい」
「それでアレス領の税の徴収はどうしますか?」
「今までの額は?」
「一級国民が一律で年間、星金貨二枚と二級国民が星金貨四枚です」
「その二級なんとかは、どうやって税を支払っていたんですか?」
「それは私が調べてあります。現在アレス領にいる二級国民は約八万でしたが
一級国民は税が払えなくても翌年まで猶予期間がありましたが
二級国民は主に商売で生計を立てて、その売上げで支払っていた模様です」
「そんな法外な税金を支払い、なおかつ真面目に働いていたと」
「残念ながら違います。格安で仕入れて法外な値段で売っていたようです
特に漁業権の争奪は激しく一級国民の庇護下で権勢を振るっていたようです」
「一応聞いておきますが奴隷の年収は?」
「無給でございます」
「衣食住の手配だけですか?」
「いえ、服は一着、住む場所は木造の小屋で一日に一食で睡眠時間は僅かで
年間で十万人以上が過労で死亡していた模様です」
「二千万の奴隷には僕以下の子供も含まれているんですか?」
これ重要だ、家の手伝いは褒められるべき行為だが強制労働は許せない。
「いえ、労働力があって初めて奴隷と呼びますので
それ以外は施設で預かって集団で生活をしております
勿論、生活は最低水準すら下回る環境です」
一食と言ってもパンとスープと水だけなんだろうな
二千万人が一日一食なら、イシュタルの相場だと食費は三兆五千億程度だけど
奴隷だと稼げても月に五万アル程度としても年間で十二兆アルか
そもそもこの地域は一大生産地だ。食費自体の概念がないのか?
多分、かなりの農作物が王都へ流れていたと考えて良さそうだな。
「とりあえず、施設ではまともな食事を一日二食を実施します
それ以降の事は農奴を解放した後に考えましょう」
「ノア様、話が脱線しております。奴隷の事ではなく
今後の税の額については?」
「星金貨四十万枚の支払いに貢献していた人間は僅かです
農民の税は五割を物納で一割を金銭に換えて納める事として
漁師と猟師は……」
「忘れていました。猟師はどういう生活をしていたんですか?」
「猟師は二級国民に獲物を売るという生活に重きをおき
制度上の不備を利用して、一級国民に賄賂を贈って税を免れてきたようです」
「つまり二級国民でもなければ奴隷でもないと?」
「そうなります」
「猟師の数は?」
「五千名以上なのは確実ですが繊細は不明です」
しくじった、猟師までもが甘い汁を吸っていたとは。
「猟師も摘発……「お待ちください」
「何か良い案が?」
「既に手配してあります。猟師は一級国民が殺されたショックから
一人につき星金貨を二枚収めました」
「そうですか、では猟師の税率は年間で星金貨二枚として
漁師の税は物納四割と二割を換金した金銭での支払いとしましょう」
「商人が足りませんが?」
「連れてきた領民と努力が認められる奴隷にチャンスをあげて下さい」
「それ以外は次回の話し合いでよろしいいかと」
「では解散です」
さて、税収の星金貨四十万枚は魅力だけど、税収の落ち込みは仕方ないか。
お読み頂きありがとうございます。