第三十話:みんなで食べれば美味しい
年末にヨハンとミーアの結婚式がミーアの実家で行われ
二人は三日間の旅行に行った。
そして学院最後の年の新年にエリザベス殿下とアレク兄さんの結婚式
が盛大に行われた。
第七食堂研究部は再び給仕として毒味役を仰せつかり奮闘した。
「ヨハン、お酒の手配をおねがい」
「ミーア、旦那をこき使うな」
「そうそう、男爵夫人なんだから言葉使いにも気を配れよ」
「天使アヒルの丸焼きあがったよ」
「はーい、わかりました」
「返事は伸ばさない」
「赤マグロのステーキを持ってけ」
「鹿のリブロースが上がったぞ」
「あり得ない、なんでこんなに忙しいの
それに明日も結婚式なんて……」
アレク兄さんがソフィー姉さんの結婚式に出席したいというので
二日連続の結婚式となった。本来は姉が先なんだがエリザベス様は殿下
結局、翌日になったらしい。
「終わったわよ。天使アヒルはどっこかな?」
「悪い、全部食べられちゃったぞ
残りは明日に回すらしい」
「折角の役得が……」
そして翌日。
陛下主催の祝勝会まで三日、そして大事な大事な新領土の領地分けと
貴族の陞爵と叙勲式があるので貴族家当主は全てが王都アレシアに滞在中だ。
その決定権を握る内務卿のひ孫の結婚式とあって昨日に近い人数の
出席者となった。
「マイクさんだっけ、ちょっと冴えないわね」
「でも頭は冴えてるみたいよ」
「あのいける屍様もさすがに今日は笑顔ね」
「つまり、責任者があれだ。領地分配は終わったということだな」
「ご祝儀部屋は宝物庫と間違える程の高級品で溢れかえっていたわよ」
「年末にかなりの数の貴族が爵位を取り上げられたからな」
「キグナス帝国と密約を結んでいたんでしょう。バカな人達ね」
「シャルもリリーナも人の事は言えないだろう」
「それもそうなんだけどね。もう昔のことよ」
「お母さんは元気?」
「ピンピンしてるわ。病気だったのが嘘みたいよ
引っ越しの準備は万端だって」
「引っ越しか。何人くらい着いてくるのかな?」
「こういう言い方はしたくないけど、アレク様は獣人が苦手みたいだから
獣人はかなり着いてくると思うわ」
「その話は広がっているのか?」
「イシュタル領で知らない人はいないんじゃないかしら
前に獣人と人族が百人単位で争った時に父君の代行として取り調べて
その結果で人族は罰金で獣人は首謀者三人が死刑よ」
やっぱり獣耳にロマンを感じるのは俺が転生者だからなのかな
爺ちゃんが引退したらアレク兄さんが今度は父さんの代わりだからな。
そして結婚式も無事終わり、普通なら三日間程度の旅行なのだが
シュナイダー侯爵家も内政官としてのかなりの功績をあげているので
結果を見るために王都に残留だ。
「九人で天使アヒル一羽だけ?」
「余り物なんだから文句言わない」
「若君、切り分けましょう」
「そういえば、デニスも多分、貴族になるだろうな」
「兄貴、俺は?」
「デニスは僕の代わりに一万の軍の指揮官として活躍したけど……ヤンは」
「俺って運がないのかな?」
「あら、ノアと知り合えたのが最高の幸運じゃない」
「そうです、普通ならタダの学院の生徒で適当に部活動をして
今頃は必死に就職先を探している頃ですね」
「確かにな、商会は長男以外はすぐに外で修行だからな」
「そうよ、普通なら行商人になれれば御の字程度よ」
「さすが男爵夫人は言う事が違いますね」
「何でも言うがいいわ。母は強しよ」
「学生をしている間に出産か」
「といってもコンラートとヤン以外は単位を習得してるけどな」
「俺もポイントを使いまくったから自信ありますよ」
「結局、半分も学院に通えなかったわね」
「学院は将来の就職先と伴侶を選ぶ為にあるんだ。ミーアは両方手に
入れたじゃないか」
「そうなんだけどね。最後の研修旅行に賭けるわ」
「整備されたどこかの国の街をもらえればいいけど、前のアレス領のように
未開発地域だったら……」
「また工事なの!」
「陛下次第だな」
それから二日後。
「ノア様、王宮から招待状が来ました!」
「デニス、おめでとう。これで貴族は確定だな」
「実は私達も来たのよね」
「シャルとリリーナもか。おめでとう」
「多分、騎士爵だとおもうんだけど」
「二人とも魔法の才能は高いからね
子供の代で男爵に上がれば十分じゃないかな」
「「「実はわたし達も来ました」」」
「ニコ達も貴族か。家名を考えておかないと苦しむぞ」
「つまり九人とも貴族なるのね」
「ニコとデニスとヤンは家名を考えないと
そうだシャルとリリーナも考えないとな」
「やっぱり旧姓は無理かな?」
「絶対無理です」
「ほんと、若様と知り合った偶然に感謝です」
「そうだな、ヨハンとリリーナ以外はたまたまだからな」
「そうですね、シャルと初めて会った時はとても友人になれるとは
想像も出来ませんでした」
「一人にしてオーラが全開だったもんな」
「色々あったのよ」
俺と会って不幸になった人間も数多くいるが、せめて身近な人間が幸せに
なってくれて良かった。
「ノア、泣いてるの?」
「そんなんじゃないよ」
「はいはい、全てノア様のお陰ですよ」
「そうね、感謝してあげるわ」
「シャル、強がっちゃって」
「いいのよ」
「昔読んだ本に載っていたんだが、戦乱の世の中に生を受けた三人の豪傑が
桃の咲いている場所で誓いをして生涯を友として過ごしたそうだ」
「でもここは第五キッチンよ」
ちょっとアレンジを入れて、
「いいから、行くぞ、我ら生まれし日と場所は違えども兄弟のちぎりを結び
心を同じくして助け合い困窮する者達を救わん、我ら同年、同月、同日に
生まれんとも同年、同月、同日に死せん事を願わん」
アレンジした割りには悪くない。
「兄貴、俺達三人は同年、同月、同日生まれだぜ」
「わたしもノア様と同年、同月ですが」
「それに兄弟っていうのはちょっと……姉妹はどう?」
「いいんだよ……気にするな、聞き流してくれ……」
「若君、いじけないでください。学生の頃はよく夢見るといいます」
「そうね、困窮する者を救わんという所は良かったわ」
「そろそろ帰らないと、明日の為に風呂だよ」
俺のキッチンの誓いは風呂より低いのか?
そして運命の日の朝が来た。
「シャル、その蝶々みたいな服はなんだ、一瞬でも陛下の前に出るんだぞ」
「ダメかな?」
「もっと大人っぽい服にしろなおかつ露出度の低い服だ」
「若様、陛下に話しかけられたらどうすれば……」
「新興の下級貴族はまず話しかけられないぞ」
「でも若様の時は」
「僕の場合は家柄の影響だよ」
「領地をもらったらどうしよう」
「その時は優秀な代官を雇うんだな」
「自分で開発しないの?」
「部下がいるのかよ」
「そういえば、いないな」
「実家の兄さん達を雇おうか?」
「止めとけ、弟の家臣になるなんて
相当の器量の持ち主でも無い限り揉めるだけだ」
「ノア様、旧アレス領より手紙が来て、明日の朝に出立する準備が
整ったとの事です」
「随分と気が早いな。まだ内地か海沿いかもわからないのに」
「アレク様は既にアレス領に文官と兵士を入れております
ノア様に着いていく者は一刻も早く出立しないと危険です」
「アレク兄さんの家臣はそんなにやばいのか?」
「殿下と結婚したアレク様には既に諫言する家臣が一人もおりません
増長するなという方が無理でしょう」
今は爺ちゃんがいるからいいが、上級貴族の御曹司で王族の結婚相手と
なると真面目なやつは離れていくのか。
「僕達は私利私欲に目がくらんだ貴族に毒されないよう気をつけよう」
「「「わかりました」」」
周りにいるのは全て王城へ行く人間か、軽く数千人いるぞ。
「招待状及び身分証を拝見します」
「ではノア様とヨハン様は第一広間へ、その他の方は第二広間へ」
「それじゃ、終わったら第五キッチンで会おう」
パーティかよ。先に発表してくれないと飯も喉に通らないだろう。
「ノア、よく来てくれたわね」
「ノーラねえ……ノーラ王太子妃殿下、お久しぶりでございます」
「ノーラ姉さんでいいのよ。ノアまで他人行儀だとさみしいわ」
「ではノーラ姉さんは、今日は何かお役目でも」
「下級貴族への陞爵はフランツが執り行うからそのお手伝いね」
「王太子に陞爵を行って頂ければみんな喜ぶでしょう」
「ノアは素直ね。アレクとは違うのね」
「アレク兄さんの周りには悪い取り巻きが出来ているとか?」
「その話はもう出回っているのね、悲しいことだわ」
「ここだけの話だけど、お爺さまは外務卿にそしてお父様は侯爵になるのよ」
「辺境伯から侯爵になるというのは珍しくありませんか?」
「お父様は軍務にはあまり詳しくないから、ある意味適任ね
問題はそれが噂になって次期公爵と目されている
アレクに注目が集まってるの」
「軍事力のある辺境伯に比べて侯爵家は権力闘争に近そうですからね」
爺ちゃんがこれから一番熱いポストの外務卿か。
「それでは青いハンカチを渡された方は謁見の間へお越し下さい」
俺もか。
「ノア様、わたしもです」
ヨハンめ。俺の心が読めるのか。
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