第二十九話:やっと戦争も一段落
皇帝陛下との謁見の翌日、帝国軍は本当に西に向けて出発
俺達は見つからないように後をつけたが二週間後に帝国領の西の端へ到着
一日休んで西部に二十五万の軍勢が襲いかかって乱戦に突入するまでを
見届けたのでアレキサンドリアの国境に戻ってきた。
「戦争してるじゃないですか」
「かなりの激戦だな」
「ドナルド辺境伯、ただ今戻りました」
「ご苦労、帝国は三十万の軍勢を西に向けたそうだな?」
「はい、軍勢二十五万が乱戦に突入する所まで見届けて参りました」
「こちらはノア殿が発って二日後にいざこざがあって、翌日には全面戦争に
入ってしまったが、敵の銃は旧式のようで兵数に劣る我が軍が押している」
「それでは私も前線に参ります」
「頼むぞ」
確かに押しているようだな。五倍以上の相手を押すとは本当に武器の力は
戦局を左右するな。
「デニス、戦況は?」
「若君、お戻りでしたか? 敵は最初は押していましたが
敵の副司令官らしき相手を弓隊が狙撃した所、たちまち崩れたので
現在は我らが二十九万程度、相手が七十五万程度です」
「既に一万も戦死者が出たのか?」
「いえ、戦死者は千名程度です。残りは負傷者です。なにせ
治癒魔法の使い手の絶対数が足りません」
「かなり疲労も見えるし、僕が一撃を加えて怯んだ隙に少し後退させよう」
「お願いできますか」
さて敵は五十万程度か、こちらから見て右側、敵の左翼に人が
集まっているな。こちらの軍とも距離が離れてる。
あそこに撃ち込むか。一撃だけだし一万程度を倒せればいいだろう
八割の魔力で行くか。
「みんな魔力を集中する。その間は無防備になる。護衛を頼むぞ」
「「了解」」
「闇と雷と風の精霊にノアが懇願する。我と精霊達の力を合わせ目の前の
愚か者共に裁きの刃を与えたまえ、加えてノアが懇願する
深淵よりも暗き闇、冥府の王の力を貸し与えよ。我の求めるは深淵の龍
噛み砕け電磁の嵐、【魔力八割、対象前方広範囲、電磁黒龍波】」
もう二十分か、なんか俺自身が自信なくなってきたぞ
電磁の嵐とか、この世界を管轄する女神には理解出来なかったか?
この世界の魔法研究者の予想だが、俺達の発する言葉をどうも女神が
魔力を糧に事象変更を起こしてくれているようだ
そういう訳で無詠唱は効率が悪い。
「兄貴、もう四十分経ちましたよ」
「ヤン、少し黙ってろ」
二時間三十分経過か。インフェルノに切り替えるか?
五千程度ならなんとかなるだろう。
「うゎ、なんだ」
俺がなんだと聞きたいよ。
上空に雨雲のような雲が突如出来て、そこから雷が数万本が敵陣めがけて
渦を巻きながら落ちて、そして人間のオーブン焼きが出来上がる。
「敵軍の左翼消滅、…………続いて敵本隊消滅、敵右翼も混乱状態です」
「全軍、敵部隊に突撃!」
「突撃! 突撃だ」
だいたい十五万程度を倒せたようだな。
「後方に援軍です」
「本隊に連絡。敵軍崩壊の為、突撃要請を出せ」
「了解」
後退するどころか休めないじゃないか。
弓隊、魔法兵の全力攻撃の後に突撃部隊十二万と疲労の無い本隊十四万に
よる突撃作戦の結果、二日後には前線基地のある街へそのまま
なだれ込む事になった。
翌日に負傷兵を中心に兵五千を残して、敵王都へ進軍
なんと一ヶ月半もかかって王都へ到着、そのまま市街戦に突入。
「敵はバカなんですかね。西に撤退すれば山があって大軍で進むのは
無理だというのに王都で決戦を挑むとは」
「そうよね、敵兵は十万もいないじゃない」
「鉄道に慣れるって怖いですね。馬が苦痛でしたよ」
「これでもアレキサンドリアの王都はかなり東よりだぞ」
「でも途中に中隊以上の部隊はいませんでしたね」
「国境線で決着をつけるつもりだったんじゃないのか
山があったし」
「王都を落としてもまだ四割なんですよね」
「西部にも数十万の兵士がいたら困りますね」
そうなんだよ。広いっていうのは面倒なんだよな
俺だったら広さを利用して敵を引き込んでから地の利を生かして
戦うんだが、王様には特別な矜持でもあるんだろうか?
「港をイシュタル辺境伯軍が占領したぞ」
ここの港もアレス領の港に負けない位のいい感じだ
規模は当然こちらの方が上だ。
「港を抑えてしまえば援軍は絶望的。王城もそろそろ落ちますね」
そして翌日に国王一人の命と引き換えに降伏勧告を受け入れたので
うちの爺ちゃんの計らいで家族との別れに二日間の猶予を与えて
その間に俺達は兵二万を見張りの為に出し合って熟睡だ。
「八時間以上寝たのは、久しぶりですね」
「ノア、ちょっと来い」
爺ちゃんが何のようだ。
「みなさん、お揃いですか?」
「少々厄介な事になった。アレキサンドリア国王がキグナス帝国が
援軍を出すという魔法契約書とキグナス帝国とのやり取りを記録した
魔道具と西部を抵抗なくアルタイルに引き渡す事を条件に
家族を引き連れての亡命を要求してきた」
「キグナスの弱みを握れてアレキサンドリアの全土平定ですか……」
「良い条件なのだがな」
「アレキサンドリアの西部を平定すれば、残るは帝国のみ」
「アレキサンドリアの南部は大河が流れていて、そこが帝国領との国境線に
なっているので、交渉して僅かな土地を手に入れても逆に不利になる」
「お爺さま、ここまで王都に執着を見せた国王が国外に自分の意思で
行くと言うのです問題ないでしょう」
「ドナルド卿とアッテンボロー卿は如何かな?」
「キグナスの弱みを握れるのは魅力ですな」
「わたしも新たに加わった部下達に充分な武功をあげられたので
問題ありませんぞ」
今回はラウス地方とワイバーン地方の兵が多数参加している。
「それは有り難い。そろそろ雪が降りそうなので早期に決着をつけたかった」
結局、爺ちゃんが代表で国王と会談して、王族の国外亡命と西部への
無血入場が決定された。
二日後、兵二万が船でアレキサンドリア王国の西部へ出発
俺達は偵察の名目で先に潜入。
「良い眺めですね。土もとても栄養があるようですし港も素晴らしい」
「王都の港と比べると見劣りするわね」
「シャル、ここにも湖ですよ」
「それに地平線の先まで畑って感じだな」
「北と西が海ですか。西部地域だけで港が八つ。貿易港になり得るのが
二つという所ですね」
「南の大河は幅四キロ程度で西に向かって流れておりましたし
王都からはかなり高い山々がありますから、軍を西部に入れて
立て籠もられたら、我が国でも十年は落とせませんでしたね」
「でも……なんですか、あの奴隷の数は?」
「このアレキ、元いや、アレキサンドリア地方は農奴と言って奴隷に農作業を
任せて僅かな食べ物を与えて、収穫物を総取りするのが慣例らしい
だから兵は弱いし一級国民と呼ばれる人間達は戦いすらしなかった」
「上に立つ者が前に出るどころか戦わないなんてありえませんね」
「西部地域の農奴の数だけでも二千万か、陛下はどうするんでしょうね?」
「戦功を得る機会もその気概もない
アレキサンドリアの貴族には未来はないな」
「あの国王が王都に固執してくれて助かったわね」
「ヨハン、今のアルタイル王国の軍の配置は?」
「この国に兵数三十五万、ワイバーン地方に五万、ラウス地方に五万
ヒンメル地方に四万、ヘンドラー地方に五万と本国に十五万ですね」
七十万か、随分と増えたもんだ。移動中の部隊と編入していない
部隊を併せると八十万といった所か。
「とりあえずお爺さまに西部地方の報告をして王都アレシアに戻ろう」
「新年は陞爵ラッシュ間違い無しですね」
「かなりの貴族を潰したから、新興貴族もかなりだろうな」
「冷たっ……」
「何かしら?」
「雪だな」
「本に載ってた、冷たくて積もるという物体ね」
「戻ったら期末考査か?」
「もう論文出したから大丈夫よ」
「僕の単位が……」
「学院ポイント余ってるから、全部コンラートにやるよ」
「兄貴、俺にも下さいよ」
「わたしのをあげるよ」
「さすが、俺の弟になるやつだぜ」
「新年は忙しくなりそうだから、ヨハンとミーアの結婚式を
期末考査の間にやってしまうか?」
「いいですね、まともな弟が出来て嬉しいですよ」
「そういえば、デニス達の実家ってどこなんだ?」
「元は王都の東でしたが、若君のアイデアの内の数点を任されて
その利益で今では王都に本店を構えて商売をしています」
「ミーアの婚約は伝えたんだろう?」
「それは……言ったような、言ってないような……」
「ヨハン、お嬢さんを下さいって頭を下げてこい」
「手土産は何をくれるのかしら?」
「お金じゃダメですか?」
「ヨハン、商人の娘を娶るなら商売の種を渡すのが常識だぞ」
「仕方ない、ヨハン、これを持っていけ。これの独占製造権と
独占販売権でいいだろう」
「これは麻雀じゃないですか」
「腹心の部下の為のご祝儀だ。上手く売りさばけば星金貨で千枚には
なるだろう」
「ノア様、ありがとうございます」
「兄貴、それはなんですか?」
「四人でやるチェスみたいな物だ。嵌まれば面白いぞ」
「そうです。俺なんてこれで若様に金貨を三十枚も巻き上げられました」
「お金を賭けるの?」
「これの特徴はお金をかけないと面白さが半減する所だ」
「いいです、それは絶対売れますよ」
「今年中に結婚出来ないようなら、シリウス商会で売り出すと言っておけ」
そして報告をして王都アレシアに帰還、コンラートとヤンは単位修得試験
でヨハンはミーアを伴い両親に挨拶。
「なんか平和なんですが、文官は寝る暇もないらしいですよ」
「軍人は充分働いたからな」
「新年はまずはエリザベス殿下の結婚式にソフィーさんの結婚式が
あるんですよね」
「ソフィー姉さんの結婚式は年内に終わらせたかったらしいが
部下が猛反対して新年になったらしい」
「お祝いはいいんですが、アレス領は没収されちゃいましたけど
大丈夫なんですか?」
「軌道に乗り始めた所で悔しい気持ちもあるんだが
父さんは死んでもオリオンを手放さないと言うし、イシュタル家の領土増加は
既に決定事項だ。そうなると僕の領地を譲るのが一番穏便に済むからな」
「ラウス地方とかだったら、もう美味しいご飯は食べられませんね」
「僕達もまだ学生だ。変な領地だったら代官をおいて年金生活だな」
「年金生活だといくら位もらえるんでしょうね?」
「オーブ家程度でも年に星金貨千枚程度だと思ったぞ」
「お、年金生活万歳じゃないですか」
「でもヘンドラー地方も最前線ぽくって嫌ですね」
「ヤンもコンラートも嫌な場所が多いな」
「帝国もキングダムもまだ戦争やってるんですよね」
「帝国はアルタイルを狙った代償で敵に時間を与えたから凄まじい銃撃戦
を展開しているらしいぞ」
「銃で撃ち合いとか絶対お断りですね」
「あと一年もすれば各国は武装が銃に変わるだろう
それまでに我が国は研究を進めないとな」
「ノア様、麻雀のお陰で結婚を許して頂けました。ありがとうございます」
「ヨハン、これからは俺をヤン兄さんと呼べよ」
「ヤンの方が年下じゃないか。今まで通りヤンと呼ばせてもらうよ」
「ヤンも三年もすればヤン叔父さんと呼ばれるようになるさ」
「なに、もしかしてミーアは妊娠してるのか!?」
「そうなるな」
「だから結婚なのか」
さて年明けはどうするかな?
お読み頂きありがとうございます。