第二十八話:皇帝のオーラ
ついにジュノー大陸北西部の農業大国のアレキサンドリア王国へ
攻め入ったが、現在の軍勢は先発隊の十五万だけだ。
「斥候からの報告では敵軍の総数は約八十万前後です
敵の一部の部隊は銃を所持している模様です」
「うぁ、なんなんですかその戦力差は」
「困りましたね」
「武装が違うから、なんとかなるんじゃないか」
戦力比は六倍か。南部は帝国が隙をうかがっているから
西部方面の半分程度と東部方面のほぼ全てがいると考えても八十万か。
「数だけならラウス地方とワイバーン地方とヘンドラー地方の軍を
呼び寄せれば対抗出来ますが、帝国の動きが読めないですね」
「うちの本隊の数は?」
「十五万くらいですね」
「なんだ、先発隊の二倍くらいいるかと思ったよ」
「急激な領土拡大のつけですね。本来なら七十万程度を展開出来た
はずなんですが」
「キグナス帝国が西へ部隊を動かさないと
陛下も我々に現行以上の増援は送れないでしょう」
「初めっから技術提供しなければ楽だったのにな」
「帝国へ行った技術は一部分ですから、我々の方が武装においては
圧倒的に有利ですよ。そもそも友好国がキングダム王国だけでは
ここまで進撃出来ませんでしたよ」
「最悪はアレキサンドリア王国を攻めている最中に南から帝国が
乱入でしょうか? その時は残念ですがアレキサンドリアは諦めて
全力で帝国を潰さなければなりません」
ここは消耗しない程度に戦争をして帝国を警戒するか?
「そんなに気になるならこのまま帝国へ攻め込んだら?」
「それがある意味最善ですかね」
「失礼します。ドナルド辺境伯から参戦中の貴族家当主に出頭要請です」
「総大将殿も今後の事が心配のようですね」
「ヨハン、行くぞ」
「はい」
当主だけという話だけだけど、百人以上いるのか。
「皆、静粛に。まずは現在の敵軍に対する案があれば聞きたい」
「即時開戦に踏み切るべきです」
「いや、援軍でもないのに南に帝国軍三万がいる。最悪は挟撃に合い
我らは敗走する事になるぞ」
「銃の設計図が帝国から流れた物なら十分にありえる展開ですな」
「ならどうする。先に我らが南下して帝国を討つか?」
「それでは後ろをアレキサンドリアにとられる事になりませんか?」
「みなの意見、合い判った。南の帝国の部隊へ使者を送ろう
無視するようなら我が軍は帝国領へなだれ込み、これを一掃する」
「それでは命令無視では?」
「陛下からはキグナス帝国が怪しい動きをした場合は臨機応変に
対処するよう書面を預かっている。敵対する事も良しとのおおせじゃ」
「恩を仇で返す帝国もこれで終わりか」
「帝国の部隊への立ち退き勧告を誰かにお願いしたい」
「それは……」
「我らは豊かなアレキサンドリアが……」
「若輩者ですが、僕が行きましょう」
「アレス伯、行ってくれるか?」
「場合によってはそのまま帝国と開戦でよろしいのですね?」
「この書状を渡そう。陛下のサインも入っている
要求は南に駐留する部隊の帝国領への帰還と五日以内の帝国の主力部隊の
西部への侵攻要求だ」
なんだ用意周到かよ。
「わかりました、帝国の別働隊が返事を待てと言った場合は転移魔法で
帝都へ行って、皇帝に直談判にして参りましょう」
「頼むぞ」
面倒な仕事を引き受けちゃったな、でも北は寒いし帝国領の方が
美味しいかも知れない。
「みんな戻った。これから帝国の駐留部隊に挨拶に行くことになった
場合によってはこのまま帝国との全面戦争になる」
「そう来ましたか。大歓迎ですよ」
「帝国領もそこそこ広くなったし悪くないわね」
「それにアレキサンドリアは帝国の後でもいいし」
「それじゃヨハンとヤンとコンラートが一緒に来てくれ
アレス軍はとりあえずデニスに任せる。好きに使ってくれ」
「デニス兄さん、凄いじゃない一万人の大将だよ」
「それじゃ行くぞ」
「若様の身は僕がお守りします」
「兄貴を守るのは俺だけどな」
「行くぞ、転移」
一度じゃ届かないか。
「着きましたね」
「貴様ら、どこの部隊だ?」
「私はアルタイル王国伯爵のアレス伯爵だ。この場の指揮官に至急面会を
申し込む。三十分以内に面会出来ない場合はここの軍をアルタイル軍を襲う
キグナス帝国の先発部隊と見なし、我が軍が南下殲滅作戦を決行する」
「我らは停戦条約を結んだ間柄だぞ」
「我らが八十万の敵と対陣しているというのに隙を伺うように我が軍の
後方に陣を張っておいて何を寝言を言うか。早く取り次げ」
さて、この感じじゃこのまま帝国と開戦か?
「アレス伯お一人でおいで下さいと指令官がおっしゃってます」
「司令官はバカか。我々は貴公らに最後通告を持ってきた使者だぞ
何故命令に従わなければならない。即時開戦で宜しいのだな」
「わかりました、お連れもどうぞ」
脳みそも筋肉で出来てるような司令官だな
これでも三万の軍を預かるんだ貴族だろうに。
「お初にお目にかかる。アルタイル王国軍の一時的に外交特使となった
アレス伯爵です。この場からの即時撤退と帝国軍の西部侵攻を依頼する
陛下の親書を持参しました」
「親書を拝見しよう」
親書といってもドナルド辺境伯が書いたから親書じゃないんだけど。
「ここに書いてある事は真か?」
「停戦協定を結んだ我が国に対してキグナス帝国がアルタイル王国を
挑発したのは明白です。司令官殿の判断次第ではアルタイル王国全軍は
ただ今を持って停戦協定を破棄して
即時、キグナス帝国との全面戦争に入る用意があります」
「わたしにはここの部隊に対する指揮権しかない」
「つまり、我が軍を後方から襲う権利はお持ちという事ですね?」
「我が軍は……そんなつもりは」
「それでは皇帝陛下に会えるよう手紙をお書き下さい
私が皇帝陛下に直接お会いして判断を仰ぎます」
「貴様、無礼であろう。皇帝陛下に他国の伯爵風情が急な面会を
申し込むなど前代未聞だぞ」
「何も知らないうちにアルタイル王国と全面戦争になるより
良い判断だと思われますが」
「……仕方ない。陛下への面会許可の嘆願書を書こう」
「それから、ここの部隊の撤退を開始して下さい」
「何故だ?」
「ここはもうアレクサンドリア領でアルタイル王国が攻めている国ですよ
ここにいるという事はアレキサンドリアの援軍と見て間違いないでしょう」
「連隊長、軍の撤退準備を始めさせろ」
「司令官、それは……」
「アルタイルは本気だ
私が前線司令官だとしても南下して我らを討つことを選ぶだろう」
脳みそはちゃんとあるようだな。さすがにこの状況で司令官に抜擢される
だけはあるという事か。
「書いたぞ。既に同様の内容の手紙を月光便で飛ばした
我らはあと三十分で撤退する」
「それではそれを見届けてから移動致します」
素早い撤退だ。これは我々が負けたらすぐに不意打ちする気だったようだな。
「撤退しましたね」
「一司令官の裁量で全面戦争になるのは嫌だったんだろう」
国王へ一旦報告するか? 嫌、いつ先発隊が戦争に入るかも知れない状態だ
まずは皇帝の様子を伺ってみるか?
「行くぞ、転移、アルタイル西側国境」
帝国にシリウス商会を出店しておくんだったな。
「転移!」
「大きな都市ですね。王都アレシアより大きいんじゃないですか?」
「そうだな」
「貴様ら何者だ?」
「わたしはアルタイル王国の全権大使でアレス伯爵だ
皇帝陛下への面会の嘆願書を持参している。すぐに取り次いで頂こう」
「おう坊主。大人をからかうのは良くないぞ」
「貴族証ならあるぞ。すぐに取り次がなければアルタイル王国と全面戦争だ」
「わ、わかった。ここで待ってろ」
一時間か。戦争する気か、それも悪くない。
「どうやらキグナス帝国はアルタイル王国との全面戦争がご希望と
見受けられる。次は戦場でお会いしよう。さらば」
「お待ちください。アレス伯爵、皇帝陛下がお会いになります」
なんなんだ、この成金趣味は
かなり領土を拡大して儲かってるのは知ってるが。
「中へどうぞ」
もう五十代中盤といった感じか、うちの爺ちゃんと同じくらいだな。
「アルタイル王国伯爵にして全権大使のアレス伯爵と申します
この度は、無礼にも早期の面会をお許し頂き有り難き幸せでございます」
「無礼とわかっているならこのような書状は迷惑だがな」
「陛下は知らないかも知れませんが、我が軍を後方から狙っていた帝国兵が
いたのも事実、現在我が北部侵攻軍はアレキサンドリア王国と対陣中ですが
帝国に逆徒ありという事ならば、これを討つのも我らの責務と考えております」
「親書は読んだ。帝国と全面戦争も視野にいれた戦略に嘘はないだろうな」
「ございません。最悪の事態はアレキサンドリアとキグナス帝国の双方を
同時に相手にする事です。既に友好国のキングダム王国へは
キグナス帝国と手切れになった際にはお味方頂けると
約束を取り付けてあります」
そんな約束してないけど。
「我らも友好国のはずであったはずだが」
「皇帝陛下は野心多き部下を持ったのでありましょう」
「確かに我が臣下は野心家が多いの。それで即時に西に派兵せよと命令か?」
「命令ではありません。元々の協定に帝国は西へ侵攻するとあったはずで
ございます」
「我が軍は強いぞ」
「それは我々も同様でございます」
「……仕方ないか、第二師団と第三師団と第四師団を西へ向かわせろ」
「北部は諦める事になりますぞ」
「今はまだ西部地域は安定していない。そこにアルタイルとキングダムの
二国と戦争になったら我が帝国はドラドとの戦い以上の激戦になる」
「それでは三十万を明日のうちに西部へ進軍させます」
おいおい、一個師団十万もいるのかよ。
どれだけ帝都に兵を集結させてたんだよ。
「確かノアといったか。予の家来になる気はないか?」
「残念ながらアルタイル王国に領地を持つ身ですので謹んで
ご遠慮申し上げます」
「まあよい。気が変わったらいつでも参れ」
「それでは失礼いたします」
「客人のお帰りだ」
疲れたな、あれが皇帝のオーラというやつか
ゆっくりしたいが風呂という訳にもいかないしな。
「どうします、王都へもどりますか?」
「帝国の師団が西へ行くのを見届けないとな
最悪は東へ進軍なんていう事もあり得る」
「なんとも偉い人というのは我が儘ですね」
ほんと我が儘な人間が多くて困るな。
お読み頂きありがとうございます。