第二十五話:誘拐事件
オーブ家の反乱は極秘裏に鎮圧されたが、兵士を五万以上動員した結果
王国中に噂が飛び交って家臣がアクセル叔父さんをそそのかしたという話しが
一人歩きした結果、各地方領主は部下の管理
不正の摘発に全力を挙げる事になった。
結局、ノーラ姉さんの子供は男の子で、あの脳天気な陛下も
お爺ちゃんパワーを全開にして恩赦を実行。その対象は数千人に昇り
シャルロットも追放処分が解けて戻ってきた。
「ミーアが言えよ」
「わかったわ。シャルロット、リリーナ、色々あったけど復学おめでとう」
「「ありがとう」」
俺としてはシャルとリリーナの両方の父親の討伐に戦力を出しているので
かなり気まずいが、それはこの二人も同じようだ。
「シャルはどこへ行ってたの?」
「南部にある、昔、マーチ家で働いていた人に匿って貰っていたの」
「大変だったのね」
「でも恩赦って凄い制度よね」
「その代わり、次は王太子の即位まで恩赦はないけどな」
「シャル、母君は?」
「王都で働いているわ」
「私達が言える義理じゃ無いんだけど。私達を恨んでないならアレス領で
働けば頭脳労働でもっと高給取りの生活が出来るぞ」
「ヨハン、ありがとう。お母様に相談してみるわ」
「それじゃ、久しぶりに九人で第七食堂研究部のランチをするか?」
「そうだな、明後日から夏休みだからな」
「「「がんばろう」」」
「お好み焼き、二十二枚、串カツ十八本です」
「唐揚げ定食八、トンカツ定食六です」
「ハンバーグ弁当、持ち帰りで三十二人前」
みんな、この暑い中、よく食べるな。
「また、この第五キッチンにもどってこれて夢みたいです」
「ほんとうね、ゆっくりした時間に幸せを感じるなんて
考えた事なかったわ」
「注文で大変だったじゃ無いか」
「そういう、ゆっくりとは違う話なの」
「それで最後の夏休みはどうする?」
「本来なら帝国で開かれる予定の武道大会に行きたかったんだがな」
「来年から根本的に装備が変わるのよね」
「俺の時代は終わったよ」
「剣の時代は終わったな。これからは銃が主体になるだろうな」
「世知辛い世の中だな」
「若に借りて銃を撃ってみたけど、次の戦争からは数万人単位の死者が
出るだろうな」
「その為に武器の技術が他国に流れる前に今年中に領土拡大を
目指すんでしょう」
「そうそうアルタイルは北へ、キングダムは南へ、そしてキグナスは西へ
進軍するらしい」
「どのくらい、その拳銃というのがあるの?」
「一応秘密だけど、現時点でアルタイルで一万五千程度だな」
「デニスが知ってるという事は周辺国の情報を集めている組織も
知っているという事よね」
「そうなるな」
「戦争になるかしら?」
「それは指導者次第だろう」
デニスには二万と伝わっているのか? 爺ちゃんの話では既に
四十五口径程度の銃だけで十万程度、護身用の大口径の銃を
合わせると十五万以上らしいし。
「とりあえず、今年の小麦の出来次第でもあるけどな」
「確かに装備が優秀でも補給の続かない軍は弱いからな」
「ノア様のお陰でしょうか、アレス領は大豊作ですよ」
「さすがはイシュタル一族ね」
「ノア様、そういえば私とシャルは家臣になったんですよね」
「そうだな、辞めたければいつでも言ってくれ」
「そうではないのですが、お給金はどのくらい貰えるのかと」
「ヨハン、どうする?」
「大領のご令嬢のお小遣いレベルの給金はお支払いできませんが
有能と仮定して年額で黒金貨十五枚程度でしょうか」
「少ないと思われるかも知れませんが、アレス領なら風呂付きの宿に泊まって
日に三食、第七食堂レベルの食事をして一年過ごせます
平民なら大家族でも生活出来る金額ですね」
「確かに王都で生活していると少なく思えるわよね
でも私を匿ってくれている家で年間の稼ぎは黒金貨八枚だって言ってたわ」
「平民家庭の年間の食費は黒金貨三枚あれば足りますからね」
「王立学院だと一人で星金貨一枚かかるのは、やはり異常だよな」
「まさに貴族の生活だな」
さて帰るか。
「あれってアイリス殿下じゃないか」
「馬車が六台もいるよ。明日はサボってこのまま夏休みかな?」
「荷物もかなり多いようだし他国へバカンスだろうね」
どこへ行くか探知魔法を仕込んだ『二十日鼠君改良三号を』を
貼り付けておくか。後でラインハルトに情報を提供してやろう。
「僕達はどうせエクレールの開発で夏休みも働き蜂状態だぞ」
「砂浜を作ったから午後は海水浴なら出来るぞ」
「それなら役得だし、泳ぐ練習を兼ねて遊ぶか」
「もしかして、ヤンって泳げないのか?」
「仕方ないじゃん、海も湖も近くになかったんだから」
「教えてやるよ」
入学式と卒業式はあるんだけど、始業式や終業式は無いんだよな。
『貴族家の当主は至急、大講堂に集合せよ』
「なんだ、まさか戦争の召集か?」
「貴族家の当主だけだしな」
「とりあえず行くしかないか」
うゎ、随分いるな。当主だけじゃないのか?
「みんな集まったようだな、学院長から話がある」
「みんなに集まって貰ったのには訳がある
昨日からアイリス殿下が行方不明で先ほど脅迫状が届いた」
「誰か、最後に見かけた人間はいないか?」
アイリス王女か、二十日鼠君の場所は王都から北へ二百六十キロか
これは魔道機関車に乗って移動中だな。
「二年のヨハンですが、昨日の午後に馬車六台で迎えが来てました」
「馬車に紋章はあったのか?」
「そこまでは見ておりませんが、かなりの荷物を積んでおりました」
二十日鼠君をこっそり貼り付けたなんて堂々と言えないし
不機嫌だと思うが陛下にお話するか?
「ヨハン、心当たりがある。僕は陛下に話してくるから
上手く誤魔化して置いてくれ」
「誤魔化すんですか?」
「頼むよ」
くそ、王城は全域を魔力障壁張ってるのか、なんて贅沢。
「すいません、約束はありませんが王女殿下についてシュナイダー内務卿に
お話があります。お取り次ぎ願えますか?」
「君は誰だね?」
「ノア・アレス伯爵といいます」
「これは失礼した。確かに辺境伯の銀の身分証だ」
おいおい、内務卿と話したいのになんで謁見の間なんだよ。
「ノア、久しいな、儂は今、非常に機嫌が悪いぞ」
「陛下、アイリス様の顔を知っていて腕利きの信頼出来る兵士を十名お借り
出来れば陛下の機嫌を今日中に解消して見せます」
「その言葉を忘れるな。お前達、ノアに付き合ってやれ」
「「かしこまりました」」
最近はアレス伯とかみたいに呼んでくれないな。
「みなさん、秘密ですがアイリス殿には居場所を知らせる魔道具をこっそり
取り付けてありますので今から直接転移します」
「場所は?」
「王都から魔道機関車で一日程度の距離です。ついてすぐに戦闘になる
可能性もありますので迅速な対応をおねがいします」
「わかった」
「では飛びます。手を離さないように。転移、二十日鼠君改良三号」
駅に停車中か、運が良かった。
「この列車の中です。後ろから二両目ですね」
「副隊長は四名を率いて後ろから、私は前から乗り込む。拳銃の使用を
許可する。殿下を人質にされる前に即座に犯人を射殺せよ」
物騒だな、人質にとられたら手が出せないからな。
あそこにいる帽子を被ってる子供だな、周りに一般客がいるのに
脅されてるのか?
『パンパン』
「きゃあぁぁ――」
「隊長、要人を確保しました」
「アイリス殿下、お怪我はありませんか?」
「貴方、ノアじゃないの?」
「理由はあとで、お連れの方はいないんですか?」
「王都で別れました」
「隊長、あとは他の方にまかせて王宮へ戻りましょう」
「そうだな。副隊長、部下を預ける。事後処理を速やかに行え」
「了解であります」
「では転移、王都、イシュタル家」
「ここは王都のイシュタル辺境伯の屋敷か?」
「そうですよ」
「王宮へ戻りましょう」
そして何故、俺はまた別室で待つのかな
まさかストーカー規制法の適用案件か。
「ノア殿、またまた待たせたな」
内務卿も冗談を言う余裕が出てきたという事か
この方はいつまで現役なんだろうな?
「変わった魔道具だったね、情報部の管轄の者が興味を持っていたよ
それで先ほど副隊長から月光便が来て犯人グループの所属国が
判った」
「どこですか?」
「北にあるワイバーン連邦だ。そしてラウス共和国が黒幕だった」
「ワイバーン連邦と言えば、王国の北西の国ですね」
「そうだ、そしてラウス共和国は北東だ。我々は計画を前倒しして
ラウス共和国へ明日出陣する事が決定した」
「いきなり明日で兵が集まるんですか?」
「今回は王国軍一万だけを残して王国軍及び中央軍東部と西部の方面軍
そして先陣の北部方面軍は既に出発した」
「私達がラウス共和国へ着くのに最低でも一週間はかかりますが」
「今回は転移魔法の使える魔法師を総動員する。ノア殿は魔法師を連れて
ワイバーン連邦で暴れて回ってくれとの伝言だ。暴れ回って統治が五年
遅れる程度なら許容するとの事だよ」
ブラック、ここにブラック内務卿がいたよ。
指示をだしたのは陛下だけど。
折角の夏休みなのに、コンラートになんて言おうかな。
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