第二十四話:学院もそろそろ二年
財産没集をしてから一ヶ月経ったが、学院は休学状態のまま
ついに二月を迎える羽目になってしまった。
「一時は大量の住民が土地を捨てて出て行きました。獣人を中心に
住民の数は回復傾向にあり、現在は領民三十万人と仮領民の百二十万人です」
「ノア様、この地は国境が近く、長年に渡っての戦争の為に大きな街が
ありません。そこで領都なのですが候補地は三つで今住んでいる
元イシュタル領のジェノバか北西のアレス領の中心にある街のガイウスか
ここから北へ行った場所に良港と汽水湖を備えたエクレール村の
三カ所が有力候補かと存じます」
「国家を樹立するわけじゃないよ。中心地である必要性は皆無だし
港のある都市造りがいいんじゃないかな」
「アレス領で大型の輸送船が停泊出来るのはこのジェノバとエクレールと
更に北のノエルの三つになりますが」
「エクレールは平坦そうですし私腹をこやした住民が多かったせいで大規模な
都市開発をしても苦情は来ないでしょう。エクレールに領都を建設します」
「「「了解しました」」」
さて、目指すのは仙台みたいな街だけど、空港の予定地として多少は
土地を空けておかないとな。
「えっと……それで……人材」
「判っています、内政官が足りないのですね。ちなみに拡張前のイシュタル家
にはどの程度の数の文官がいたんですか?」
「約五千人と聞いております。現在は八千人を超えていると聞いております」
「当家は百人ですか。増員しないとヒルダは未婚の母になってしまうな
まだ税収が不明なので五百人までの補充を認めよう」
「助かります」
「とりあえず慣習に習うなら領都を移した事になるので祝宴をしないと
発展しないと言われています。そこで来月にエクレールでヒルダの結婚式を
兼ねてパーティを開いていいですか?」
「はい、新領都での最初の祝宴を開ける名誉、光栄であります」
「ユリアンは形式上は御婿さんですので、気苦労もあるでしょうが
幸せになってくれないと内政官が集まりませんからね」
「ヒルダを幸せにする事を約束致します」
「ユリアン、よく言った!」
そして、それから怒濤の建築ラッシュと港湾整備に工房建設を
行い、ユリアンとヒルダの結婚式も無事に終わり学院に復学だ。
「もう五月か、結局二年生になったのに通えたのは期末考査と
残り二ヶ月だけか」
「今年の研修旅行先はキングダム王国でしたから行きたかったですね」
「キングダムもダリアン王国を併合して大陸中央では一大大国だろう」
「そうですね、更にドラド王国領の東部の一割を得ていますね」
「北がうちだから、気軽に南下出来るじゃないか」
「そうですが、逆にいえば我が国も気軽に北上できますよ」
「西は大丈夫なのか?」
「ノア兄は、内政ばかりしていたとはいえ、外にも目を向けるべきです
キグナス帝国は旧ドラド王国を併合した結果
東側以外が全て敵という危機的状況なんですよ」
「東のヘンドラー王国の技術力を頼ればいいじゃないか」
「えぇ、本当に知らないんですか?」
「兄貴は天然ですから」
俺ってヤンに突っ込まれるほどの天然キャラになったのか。
「若、旧ドラド王国の侵攻戦に呼応してヘンドラー王国が魔道兵器を使って
我が国に属国要求をしてきたんですが、若の活躍で兵に余裕が出来たお陰で
旧ヘンドラー王国の領土は我が国へ併合の上、キグナス帝国と停戦協定を結ぶ
事を条件にお手軽な金額でヘンドラーの技術の一部を帝国へ流したんですよ
それとキングダム王国にも」
戦国時代でいえば、北条と上杉と武田が手を結んだような状況じゃないか
もしかしてこのまま北方侵攻か?
「そうそう、手助けの為の派兵が良い結果に繋がった訳です」
これなら北部で内乱騒ぎも起きないだろうな。
◇
「久しぶりすぎて、疲れました」
「そうだな、休んでばかりいるから新入部員が来ないんだよな」
「七人だと、三百人のランチが限界ですよ」
「最近は兄貴の考案した揚げ物料理が浸透してきて
たまにメニューに加えないと文句言ってくるからな」
「リリーナさんはまだ休学中なんですかね」
「みたいだな。前回の戦争では一兵も出さないどころかイシュタル家の
陰謀論だと王都で吹聴したらしいから、風当たりが酷いらしいです」
そういえばオーブ家から使者が来たけど、そのまま追い返してしまったな。
「本当なら来年あたりに兄貴を婿養子に迎えて伯爵家に陞爵出来た
はずなのにバカな家だな」
「若様、第七食堂研究部の活動はいつまで続けます?」
「もう論文を提出したから、優をもらえればこの夏には卒業出来るんだよな」
「若様、それは酷いです。俺はまだ六科目も単位の習得が残ってるのに」
「コンラートは来年もがんばってくれよ。僕もたぶん席だけは残しておくよ」
一年生の時も忙しかったし、あまり学院生活を楽しめなかったな。
「それよりヨハン、早くミーアと結婚しちゃえよ」
「なんだヨハンは、ミーアと出来てたのか?」
「で、出来てなんかいません」
「ヨハンはアレス伯爵家の筆頭家臣なんだから、兄としては弟にするのに反対
する気は毛頭ないぞ」
「妹もラズベリー男爵夫人か」
あれ、ヨハンって長男だったっけ?
「ヨハン、ラズベリー男爵家を継いだのか?」
「何いってるんですか? 陛下にラズベリー男爵家当主に任命されたに
決まってるじゃないですか
「それじゃヨハンの父親は?」
「あそこも帝国への陛下の出兵命令を拒否したんで本来は爵位没収の話も
出たんですが、ヨハンが若の筆頭家臣だというのを考慮してヨハンに家督を
譲って隠居という形で落ち着いたんですよ。若が眠っている時の出来事です」
「そうなのか」
まあ、将来的にはどこかに領地をもってもらおう。
陛下の出兵に反対した貴族は結構いるんだな。
夏休み明けにはアデルも学院に入学か? 兄貴らしい事をしてないな。
「ノア様、そろそろ王都へ屋敷を構えないと、アレス家にも格式と言う物が
ございます」
「まあ、いいじゃないか。たまにしか使わない屋敷に使う金は無いし
急な連絡はイシュタル家の人間が対応してくれていて楽じゃないか
爺ちゃんも後で恩を返せとか言わないよ」
「それもそうなんですが……」
「それに文官を数十人も王都へ派遣するなんて言ったら、ユリアンが切れるぞ」
なんか騒がしいな。
「ハインツ様がお呼びです」
「わかったすぐ行きます」
爺ちゃん、俺になんか用か。
「ノア兄様、お久しぶりです」
「お兄ちゃん、久しぶり」
「ノア兄さん、お久しぶりです」
「アデルにアリスにセーラじゃないか、アデルは夏休み明けに入学だろう?」
「今回はノーラ姉さんが出産するというので、少々早いですがこっちに
移って来ました」
「そうなのか。アリスとセーラもちゃんと勉強しているか?」
「「もちろんなの」」
「父さんと母さんとソフィー姉さんは?」
「姉さんは王宮で父さんと母さんはオリオンですよ」
「初孫が生まれるのに来ないのか?」
「……色々あるみたいです」
俺に言えない事か、まあ、僕も貴族家の当主だからな。
「しかし、長生きするものね、ひ孫の顔を拝めるなんて」
「お婆さま、まだ五十前じゃないですか」
「それもそうね」
眠いな、そうかイシュタル家に居たんだな、そろそろ文化祭の出し物の
研究をしないとな。
「お兄ちゃん、おはよう」
「セーラも早起きだな」
「えへへへ、そうでもあるかな」
「すいません、ノア様、広間へお越し下さい」
なんだ朝っぱらから。
「ノア、来たか」
爺ちゃんと婆ちゃんとソフィー姉さんとアレク兄さんとアデルか
王都組勢揃いだな。
「入ってきなさい」
「リリーナ、それに……ユリアさんでしたか?」
「皆様、お久しぶりです」
「本日はお願いがあって参りました。厚かましいと思われるかも知れませんが
お嬢様をお救い下さい」
「どういう事です?」
「オーブ家が反乱を企てているらしい」
「でも、もはや東部でオーブ家に力を貸す貴族はいないでしょう」
「その通りだ。しかしアクセルは没落するなら最後に勝負に出ることを
選んだようだ。すでに前のお前の領地のクレアはオーブ家に占領された」
「オーブ家が反乱を起こせばリリーナも後が無いのでは」
「そこは運のいい事に、そろそろノーラが出産する」
「最初の子供だから、男の子なら王位継承権が発生して恩赦ですね」
「そうだ、儂はこれから陛下にご相談してくる
上手く行けばノーラの出産前に解決して、家族には恩赦の恩恵が与えられる
可能性もあるからな」
陛下は初孫の誕生前という事もあり機嫌が良かったらしく
男の子が生まれたなら恩赦を国内に適用すると約束してくれたようだ。
これはオーブ家だけの為では無く新領土へ編入された旧ヒンメル神聖国
と旧ヘンドラー王国の領地でも軽い不正で捕縛されている貴族や役人が
数多くいる結果らしい。
四日後、魔道機関車による高速輸送で王国軍三万と東部方面軍三万
それに俺も五千を連れて参戦。オーブ領を取り囲んだ
オーブ軍は僅かに六千まで兵を減らしている。
「アクセル・オーブ率いる反乱軍に告げる。素直に投降すれば
王太子殿下にお世継ぎが出来た際に恩赦が適用されるであろう
明日まで待つ、素直に投降せよ」
マーチ家に続き、オーブ家も反乱か
俺の側にいる女性は不幸に見舞われるとかだと困るな。
その夜にオーブ軍四千による夜襲があったが、予想の範囲内だったので
僅かな死傷者を出しただけで鎮圧、その翌朝にオーブ家は降伏
俺は父さんの計らいで戦闘に参加しないで済んだが、家臣達は手柄を
取り合って大激戦だったようだ。
「素直に投降すればまだ救いがあったものを、反乱を起こして
投降を呼びかけた軍に夜襲をしかけ王国軍に死者をだしたとなると」
そして、アクセル叔父さんは秘密裏に処刑が決定
男子にも罪が適用されるか激論の末、幼い事を理由に西の大聖堂で
神官として引き取られる事で決着だ。
そしてオーブ子爵家は潰えた。
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