第二十三話:アレス領入領
戦場はまさに地獄の一歩手前といった感じで、みな憔悴しており
敵の三倍の戦力を有しているのにお通夜のような静けさだった。
「アレス伯、明日は確実に敵が攻めて参ります」
「何故、そう言い切れるのですか?」
「敵はこの一ヶ月に渡り三日間の攻撃の後に半日の休養をいれながら
確実に我々の戦力を削っております」
「そうです、今宵も酒を出して晩餐を開いていると部下から報告がありました」
「それなら今から攻撃すれば良いのでは?」
「過去に二度、大規模な夜襲を行いましたが見事な大敗を喫しており
兵の士気が落ちている所を夜襲と聞けば更に兵の士気は落ちるでしょう
それに敵には夜間の魔法戦の専門部隊がいるようなのです」
弱気な軍勢は勝利を呼び込めないと言うが敵のペースに合わせて休養を
取っていようとはあと三ヶ月もすれば落ちるな。
「わかりました。明日反撃致しましょう」
どうしようかな? 大技で行くか、それとも小技の方がいいか。
敵で気をつけるのは男の魔法兵が一人だと言うし、そいつだけ倒すか
手柄を独り占めしてはやっかみが多そうだしな。
「ノア様、調べて参りました」
「どうだった?」
「ドラド王国は北以外に東へも兵十五万で出兵しており
キングダム王国軍十二万とにらみ合っている模様です」
「そんなに大きな国なのか」
こまったな、兵を二十五万も外に出せるという事は国内にはまだ半数近く
いるはずだ。領土を取り返すだけでも大変だ。
「ノア様、国家自体はアルタイルと同等ですが最近占領した領土は
まだ統治が行き届いていない様子で一度でも負ければ慌てるでしょう」
常勝の侵攻軍という事か。キングダムが援軍に来てくれないと
わかった以上、敵に逆侵攻をかけないと死んだ兵士に顔向け出来ないな。
「明日は大きな転換点になる頑張ろう」
朝の八時か、本当に几帳面な軍だな。時間通りにせめて来やがった
敵は魔法兵と弓兵が中心か。
「ノア様、敵の攻撃は苛烈です。一時間もすれば撤退する事になるでしょう」
居た、あいつが転生者だな。黒髪に黒目という事は転移者か?
俺より若干、威力が低いがかなりの威力の範囲攻撃だ
油断しているようだし狙い撃ちしてみるか。
イメージするのは呪いの矢だな。あいつを無力化する事が第一目標だ
魔力制御だったな、それをイメージして総魔力の五割程度の力で行くか。
「風と闇の精霊にノアが懇願する。我と精霊達の力を合わせ目の前の相手に
風の裁きを与え給え、【魔力五割、対象前方範囲、地獄の矢】」
あれ、魔力の喪失感があったから成功したはずなんだが。
「アレス伯、何も起こらないではないか?」
「将軍、少々お待ちください。ノア様の魔法は発動に時間がかかるのです」
「敵の魔法兵が戦略魔法を展開中です」
「魔力障壁に力を込めろと指示しろ」
「了解」
そして三十分後、俺の目の前に太さ三メートル全長十メートル程の槍が
出現したが、それは時速二十キロ程度の低速で敵陣に向かって進んでいく。
それは龍の口のようにまるで生き物のように生きてる兵士を喰らいながら
敵軍を襲った。
「敵、し、消滅しました」
「よし、敵の残存兵は一万程度だ。全軍突撃」
「「「おおおおおぉぉぉ――」」」
転生者はどうなったんだろうな?
「続け!」
「「突撃」」
◇
結局、奪われた領土は奪還、逆に敵領土の二割を奪った段階で和平の使者が
来たが怒り狂っている連合軍に受け入れられるはずも無く斬り捨てられ
帝国軍十五万はそのままドラド王国へ侵攻。我らは三万が随行して
八万がキングダム王国への援軍、そして残存兵は負傷兵をかかえて
本国へ帰還だ。
「敵の後背に陣取った。魔法兵の魔力障壁破壊攻撃と同時に弓兵は
攻撃を仕掛けろ」
「よし、攻撃開始!」
ジュノー大陸の魔法師の障壁は優秀だけど全方向に張っていては
魔力が持たないから基本的に敵に対して前面だけに張ることが多い。
「敵の魔力障壁の破壊に成功。攻撃が当たります」
そして大規模な魔力障壁は一度崩れると再構築に集中した状態でも
三十分はかかる。
「突撃!」
突撃が好きな将軍だな。確かアッテンボロー家の将軍だよな。
死角からの奇襲と理想的な挟撃戦の結果。ここ数年負けを経験していない
敵軍は二時間で敗走。こちらもキングダム王国軍が怒りにまかせて追撃戦
に突入。
うちも二万の援軍をつけて追撃。俺ですか?
また遅いとか言われるのが嫌だからインフェルノを一発お見舞いしただけ
それでも一万は吹き飛ばしたのでかなりの貢献だろう
実を言うとかなり魔力を無駄に消費した様で殲滅魔法は撃てなかった。
「アレス伯、一度本国へ戻りましょう。転移魔法を使える魔法師も十人ほど
おりますし、まずは陛下へ報告しなければ」
「わかりました。それではご健勝で」
結局五万の追撃部隊を残して帰国。
陛下からは『ノア、あっぱれ』の一言と双鷲勲章というやつと
来年の収穫後に報酬金を支払うという実利のない言葉だけで謁見終了。
新領土の開発と二万以上の死亡した兵士の家族への対応。そして新領土
の貴族の領土争いと利権の争奪戦で内政担当の文官は寝る暇も無いらしい。
「四ヶ月ぶりの学院ですね」
「そういえばシャルロットはどうしたんだ?」
「マーチ伯爵は王都で正当な裁判の末に公開処刑。マーチ家は反逆罪で
爵位没収の上、当主と親族の男子は処刑ですが女性は王太子殿下の結婚式直後
という事情もあり、財産没収の上で貴族権利の剥奪と追放で済みました」
「ということは行方不明か?」
「そうなります」
なんかピリピリしてるな。今回の戦争の衝撃のせいだろうか?
「なんか雰囲気が暗くないか?」
「今日から期末考査ですから。わたしは勉強しておりますが、ノア様は……」
「あれれ……」
あのまま冬休み明けまで休めば良かった。二年生になった事で出題範囲
がかなり拡大していてぎりぎりで赤点を免れた。そもそも論文を提出
すれば試験は受けなくていいんだよな。
「論文を書き上げて、ゆったりした学園生活を送るか」
「ノア様、その前に一度領地入りして頂けませんか?」
そうか、俺には夏休みに続いて冬休みも無いのか。
アレス領を一通り転移で見て回ったが日本でいう所の大阪から東京まで
程度の横幅に中部地方と北陸を含む程度の広さの領地だ。簡単に言うと
北海道より少し広い程度の領地で東に五キロ進んだ所には小さな島まである。
「アレス伯、領内の報告を」
「ヒルダ、ノアで問題ないよ。僕もアレスと言われてもピンと来ないしね」
「わかりました。ノア様、現在星金貨三万枚を投資して領内開発を計画段階で
イース教徒は追放。クレア領から連れてきた領民が約三万。イシュタル領から
アレス領へ編入された領民が十五万程度で残りが人族が約百万人と
獣人が約六十万人ですが。こちらに関しては現在の所、流民扱いです」
「何故、流民なんだ?」
「それは私から申し上げます」
「ユリアン、もしかして税を納めてないのか?」
「その通りであります。裕福な住民ほど税を納めず。獣人に至っては納める
税が無いのが現状です。一応、穀物は稲作を三割、小麦が五割と他に大豆や
トウモロコシを育てるよう指導しましたが、現在は領民からの税収のみです」
許せんな、もしかして舐められてるのか?
三ヶ月も寝込んでいると噂になって世継ぎもいないとなれば
この横柄な態度にも頷けるな。
「もしかして、僕が学生だから舐められてるのか?」
「残念ながらその通りかと。それにノア様はクレア領で領民を大切にしていた
という噂も、この流れを後押ししているようです。このままでは獣人の三割は
はこの冬を超すことも無理でしょう」
「イース教徒を追放したという事は多少は軍事力はあるんだな?」
「はい、領民から五千と獣人の義勇軍五千がおります」
「その土地の去年までの税率で税の徴収を布告。半月以内に税の支払いの
ない流民は私財没収の上領地追放。財産が黒金貨二枚以下の家族に関しては
猶予期間を設けて、来年の十月に支払う物とする。以上を布告せよ」
「かしこまりました」
結果から言えば、回答をギリギリまでせずに、逆に反乱を起こすと脅して
来たので、有力者の家にそれぞれインフェルノを手土産に贈って
財産没収の上追放だ。追放になったのは人族が約六十万人と獣人も一万人
に昇り、内政官は想定より多い臨時収入にホクホクだ。
「皆さん、久しぶりです」
俺は今、前にクレア領であった二十名と会談中だ。
「今回は随分と思い切った政策をお採りになりましたな」
「獣人にも甘い汁を吸う人間がいるとわかっただけでも有益でしたよ」
「これは手厳しい、まったく返す言葉もありません」
「ノア様、罪滅ぼしといっては誤解を招きますが、我らの一族を各地より
呼び寄せてもよろしいでしょうか?」
「僕に忠誠を誓ってくれる人達なのでしょうね?」
「勿論でございます。アルタイル王国の領土は五割以上増えましたが
獣人を受け入れてくれる貴族は少なく、人族と同等に扱って頂ける
領主となると片手の指でも多すぎる程に希でございます」
「いいでしょう。領内の開発そして三月末までには稲作用の土作り
を間に合わせたい所です。技術がある者は特に優遇
女性、子供、老人でもアレス領の発展に尽力してくれる者は優遇しましょう」
「実はヨハン様から内示を受けており、各地へは手紙を送ってありますので
来月あたりから続々と入領してくる物と思われます」
「準備がいいですね。これからも友好的な関係を続けられると信じております」
「肝に銘じておきます」
多少は優遇しておかないと発展しないからな
あとは何をすればいいんだろうな。
新領土が安定するまでは衣食住を維持するだけでも大変そうだな
アレス領の開発は失敗が許されない。どこから手をつけるべきか?
お読み頂きありがとうございます。