第二十二話:マーチ伯爵の最後
遂に当主になって初めての戦争だ。
ヒンメルの相手を俺達だけでするって人使いの荒い国王様だ。
「若君、見てきましたがテントの周辺に見張りを立てて
残りは休んでいるようですね」
「マーチ領じゃ酒盛りやってましたよ。ダスティン伯爵も一緒にですよ
住民も怯える所か酒盛りに参加してました」
「二度も裏切るとは」
「黒幕はもしかしたらマーチ伯爵かも知れませんね」
「私達はシャルロットさんと面識がありませんし
マーチ伯爵の捕縛もしくは殺害を担当致します」
「それは助かるぜ。シャルに恨まれるのは仕方ないけど面識があるからな」
「そうですね、飯をたらふく馳走になりました」
「若君、私は多少の距離なら転移魔法が使えるのでマーチ家の制圧は
お任せ下さい」
「そっちはデニスに任せよう」
「ではやるか?」
「派手なのをお願いします」
「先制攻撃をお見舞いしてやりましょう」
「闇と風の精霊にノアが懇願する。我と精霊達の力を合わせ目の前の
愚か者共に裁きの結晶を与えたまえ、加えてノアが懇願する
深淵よりも暗き闇、冥府の王の力を貸し与えよ。我の求めるは深い闇
全てを飲み込め、【魔力九割、対象前方広範囲、マイクロブラックホール】」
「兄貴、魔法が発動しませんよ」
「ヤン、黙ってろ。この魔法は発動に時間がかかるんだ」
「そうなのか」
「我々は街へ行きましょう」
「「「はい」」」
前は呪文の時間を混ぜても三分くらいで発動したんだけどな」
なんだ、この魔力の喪失感は?
既に一時間も経過したか、俺が指揮官じゃなかったら
戦端が開かれている頃だな。
よし、来た。
「す、すごい一撃ですね」
「本当に殲滅じゃない」
なんだ、この馬鹿げた威力は。前回の十倍近い威力だぞ。
「ノア兄、マーチの所へ行きましょう」
「そうだな」
「「【ウィンドストーム】」」
「戦闘中じゃないか」
「あれはアルタイルの紋章だぞ」
「マーチ伯爵の部下か」
「マーチ伯爵とその部下に告げる。投降せよ」
「断る。私が次の公爵だ」
そこはせめて次の国王だと言えないのか
どういう約束をしたのか興味があるな。
「【サンダーストーム】」
「「「【ウィンドストーム】」」」
なんだろうな、みんなの百倍以上の威力があるな。
「マーチ伯、捕まえたぞ」
「平民の分際で。離せ」
「それじゃ、デニスとヤンとミーアにユリアンとマルコとヒルダは
ここを頼む。敵の増援が来たら撤退してくれ」
「「「はい」」」
「転移、東部国境」
今度は手を離す奴はいなかったな。
「前方に敵ですよね」
「だろうな」
「そうなると後方の灯りは?」
「イシュタル軍じゃないか」
「闇と風の精霊にノアが懇願する。我と精霊達の力を合わせ目の前の
愚か者共に裁きの結晶を与えたまえ、加えてノアが懇願する
深淵よりも暗き闇、冥府の王の力を貸し与えよ。我の求めるは深い闇
全てを飲み込め、【魔力全開、対象前方広範囲、マイクロブラックホール】」
もう一発くらいなら大丈夫だろう。
何だ体が寒い、異常に寒いな。
まるで死んだときのような感覚だ。
「ノア様、またもや一撃とは」
「さすがです」
「本当に」
そこで俺の意識は途絶えた。
◇
どこだ、確か倒れたはずだが
まさかまた転移したのか?
でも体の調子は元に戻ってる。デニスがどこかに運んでくれたのか?
「君っていうか貴様はバカか」
「どなたですか?」
「ヘカテーよ。もう少しでまたやり直しよ。本当に困った人間ね」
「すいません、俺を転生させてくれた神様でしたか」
「魔力制御って習わなかったの? 地球にもそういう事を書いてある書物が
あるでしょう」
「申し訳ないです。調子に乗ってました」
「まあいいわ。とりあえず十才以前に比べて魔力が十倍程度に
なってるから気をつけなさい。帰ったら更に強力になってるわ」
「以後気をつけます」
「それで悪いんだけどメディアの天然の馬鹿が何人かに力を与えたんだけど
その中のでも強い力を持った者が二人、普通の力の者が三人を
君と同じ世界へ送ってしまったから相手をしてあげてね」
「同等の力を持つ人が五人も居たら相手どころか、俺が死にますよ」
「人間は加護を与えても弱いものね。メディア絡みだし少々過剰な力でも
問題無いわね。悪用している様子もないし、でも器が持たないか」
「何か嫌な予感がするんですが」
「君にしては鋭いわね。飛んでけ」
「何ですか。この右手の腕輪は?」
「わたしの細胞から作った腕輪よ。いきなり全開で使われると世界のバランスが
乱れるかも知れないから、コツを自分で考えながら使いなさい
それじゃメディアの指示にしたがってるのは男性四人に女性が一人よ
会えば判るわ。では期待しているわ。さようなら」
◇
なにが、メディアの天然だ、ヘカテーの方も天然じゃないのか
でも天然に天然と言わせるほどの天然。
「何を考えてるんだろうな」
「あ――お化け……」
「兄貴が幽霊になった」
どうしたんだ、今のはヤンだよな。
「ノア様。ご無事でなによりです」
「若、お体の調子はどうですか?」
「ノア兄、本物だよね」
「若、本当に大丈夫ですか?」
「一度に話しかけるな。問題無い」
「「よかった」」
「そういえば、後ろの灯りの相手は誰だった?」
「灯りの相手? あの時の事ですね。あれはアレックス将軍でした」
「アレックス先生だったのか」
「ノア様は丁度三ヶ月意識が無かったんですよ」
「なんだと、僕の夏休みが……終わった」
「体の調子がよろしければ、陛下から出頭せよと伝言を預かっております」
何か、最近はやたらとやな予感ばかりだな。バカとか言われるのかな
『かわいいノアよ。自重せよ』とかはないな。
おいおい、出頭しろと命じて置いて三時間も控え室で待たせるのか
本当に偏屈な指導者というのは困ったもんだ。
「クレア卿、陛下の準備が整いました。謁見の間へどうぞ」
会議室じゃないのか。
「ノア・クレアよこの度の戦功あっぱれ。イシュタル領北部の敵兵二万を
打ち破った功績によりアルタイル勲章の授与及び子爵へ陞爵する
そして男爵位を二つと准男爵位を三つと騎士爵の任命権を与える」
「有り難き幸せでございます」
なんだ領地替えはなしか、ちょっと寝過たか。
「そうであった。加えて国軍が出払っている中、元マーチ領の
敵兵六万を打ち破った功績により伯爵へ陞爵する
更にクレア領は没収とし新たにアレス領を与える
そしてクレアの名を改めノア・アレスと名乗るが良い」
「有り難き幸せでございます」
何だ、漫才がやりたいのか。アレスってなんだよ
そもそもアレス家なんて歴史の教科書に出てなかったぞ。
「アレス伯爵家当主、ノア・アレス、事情を聞きたい。後ほど別室へ参れ」
「内務卿、かしこまりました」
また待つのか。シュナイダーの爺ちゃんも一応は内務卿様だからな。
「お待ちしておりました」
「ノア様、ヨハンです」
「なんだ、驚かせるなよ」
「すいません、内務卿が来るまでにご説明をしようと思いまして」
「アレス領というやつか。どのへんに飛ばされるんだ?」
「飛ばされると言えばそうなりますが、当初の目的以上の土地になります」
「南部かそれとも西部か?」
「東部になります」
「まさかオーブ家の土地とかじゃないだろうな?」
「違いますよ。地図で示しますね。この白い所が領地なんですが
ここが元マーチ領でここが海で南がイシュタル領で北がここまでです」
「イシュタル領と同じくらいか。随分と奮発してくれたのはいいが
ヒンメル神聖国の王都まですぐじゃないか!」
ヒンメル神聖国の王都まで五十キロ程度しかないじゃないか
歩兵でも一日あれば攻め込んでくるぞ。
「はぁ、本当に何も聞いてないんですね」
「ヨハン、何を勝手に呆れてるんだよ」
「ご説明します。もはやヒンメル神聖国という名前の国はジュノー大陸には
存在しません。そして地図をよく見て下さい。イシュタル領が大きく
なっているのが判りませんか?」
「そういえば丸っこい領地だったのに随分と広がったな」
「そうです、その広がった領地と同等の領地がアレス領です
簡単に言葉で説明すると、イシュタル領の北東部の一部と前回戦いで得た三領の
中の二領と元ヒンメル神聖国南東部を合わせた部分がノア様のアレス領です」
「もしかして僕って本当の上級貴族」
「そうです。そして勝手ながらクレア領の領民でノア様の支援者は既に
アレス領へ移住して頂きました。現在はクレア領にあった各種工房の建築が
終了して港の整備に入っています」
俺の執事さんは手際がいいな。俺ってお飾りか
神輿は軽い方が担ぐのが楽だしな。
「それじゃ、今のアルタイルの軍の配置は?」
「兵十五万は未だにキグナス帝国でドラド王国軍と対峙中で
旧ヒンメル神聖国領は兵力十五万で二ヶ月で完全解放の後、六万の兵士が
新領土で別れて警備中です。現在国内に残る精鋭は六万のみの状態です」
あれ? 戦争中なのに足りなくないか。
「退役した兵が数多くいるのか?」
「いないといえば嘘になりますね」
「そうか。どうも兵士がたりないと思ったよ」
「今、この時も死んでいる兵士はいるはずです」
「帝国以外にも戦場があるのか?」
「いえ、今の所、現在の敵対国はドラド王国だけです」
「まさか、ドラドの兵というのは強いのか?」
「はい、当初の派兵から更に三万の正規兵を送るほどには
現在確認されている死者だけでも一万以上で負傷者は数えきれません」
まさか天然の女神が送った人間というのがドラド王国にいるのか?
そういえば五年前から躍進していると言ってたな。
「帝国軍も精鋭揃いと聞いているぞ」
「公式発表ではキグナス帝国軍は既に砦を二個放棄して死者八万以上
負傷者多数で二十万前後が最前線で戦っております」
「死者八万だと!」
「良いかな、そこからは儂が離そう」
「内務卿」
「状況を理解出来たか?」
「一応は」
「アレス伯、体の調子はどうだ?」
「問題ありません」
「そうか、ならばアレス伯にキグナス帝国へ行ってもらいたい」
「そんなに数が多いんですか?」
「いや、敵の総数は十万程度で我が連合軍は三十五万前後だ
だが相手には災害級以上と思われる魔法兵が一人おる」
「たった一人に八万もやられたんですか?」
「その方も一人で八万の兵を倒したであろう。それに我が軍の死者の一万も
その魔法兵による物だ」
確実にメディア何とか絡みだよ。そんなに強いのか?
どうしようかな? そうだ腕輪はしてあるな。
力はここでは見れないか?
「シュナイダー内務卿、力になれるかは不明ですが行ってきます」
「すまぬな、では頼む。この手紙をアッテンボロー辺境伯へ渡せばわかる」
なんだ、俺が行く事は確定事項だったのか。
「それでは行ってきます」
「ここから飛んで構わないぞ」
「ノア様申し訳ありません。事情を説明するためにはどうしても転移方法を
誤魔化すことに無理が出まして一部の方に話してしまいました」
「仕方ないな。ヨハンはどうする?」
「お供します」
「二人でいいか。転移、ヘンドラー王国国境」
都合良く西の国境とはいかないよな。
そうか、ここから転移を繰り返さないといけないのか
日本人じゃないといいんだが。
お読み頂きありがとうございます。