第二十話:殿下の結婚式
そしてきたきた、王太子殿下とノーラ姉さんの結婚式だ
父さんも気合いで起き上がり天気は曇り空だが雨じゃないだけマシだ。
「エリザベス殿下の婚約式とは規模が違うわね」
「キングダムとヘンドラーからは国王夫妻が出席。その他、十二カ国からは
全権大使が贈り物を持参して参加。王都アクシスは人口三百万以上と言うが
本日は王国軍三万中央軍二万と方面軍四万の九万が警備に当たっている。
アルタイル王国は王国軍、中央軍、方面軍、諸侯軍と別れていて
王国軍が五万、中央軍が十万、方面軍十二万、諸侯軍十万と言われているから
全軍の三割にして精鋭揃いだ。あの偏屈陛下の意気込みを感じる。
「皆の衆、気合いを入れていくぞ」
「おおおおぉぉ」
「ノア様、味の方がどうでしょうか?」
「野菜の天ぷらはもう少し衣が軽い方がいいと思いますよ
本日は料理の品数だけでも百品以上です。揚げ物の最大の欠点はお腹が一杯の
状態では美味しく感じられない事です」
「わかり申した。デザートの前にこの味を世界に広めるよう努めましょう」
今回は夏だから必殺の牡蠣料理は披露出来ないが転移魔法を使える魔法師に
より魚介類も豊富で生後三ヶ月の天使アヒルを四千羽出すという大披露宴だ。
そして極めつけは希少な月光鳥を二百羽も出している。
「……次に新婦入場」
父さんの顔色が既に限界に近い、倒れたら爺ちゃんが代役だろうか。
「女神ジュノーの名において、新郎フランツ・キング、アルタイルと
新婦、ノーラ・イシュタルの婚姻をここに執り行う
指輪の交換を」
俺としてはあの指輪の値段が気になるが姉さんは凄く嬉しいそうだ。
「指輪の交換を持って、新婦をノーラ・キング・アルタイルと命名する
願わくばこの若き二人の未来にジュノー神の祝福があらんことを」
「「王太子万歳」」
「「王太子妃殿下万歳」」
「アルタイル王国万歳」
「「「アルタイル王国に栄光あれ」」」
そこからは大宴会だ。一本で星金貨が消えるような酒が数百本と
黒金貨が消し飛ぶ食材をふんだんに使った料理の数々の登場だ。
「この食感は新鮮ですわ」
「確かにいい歯ごたえだ」
「こちらはアスパラの天ぷらでございます」
「こちらの魚は」
「サワラでございます」
「あの赤いのは?」
「焼きカニでございます。美味ですよ
ホシガレイの煮付けも良い味ですよ」
「ジャガイモを揚げたものか、考えた事も無かったな」
「ノア様、そんなに急がなくても天使アヒルはなくなりません」
「アイテムポーチに入れても怪しまれないように、食べてるんだよ」
「ノア様、それはせこくありませんか?」
「これだけの天使アヒルだと黒金貨五枚以上はするぞ」
「コンラートやニコにも食べさせてやらないとな」
「そうでございましたか。わたしも協力いたします
私が壁役をしますのでその間に詰め込みましょう」
ヨハンも乗ってるじゃないか。
ソフィー姉さんの周りも人だかりが出来てるな
未来の王妃の妹だからな、嫁に欲しい貴族はかなりいるだろう
性格はどうあれ、見た目はいいからな。
結婚式も無事に終わり。明日からは各国の大使との会談が目白押しだ。
「ヒンメル神聖国はさすがに使者を寄越しませんでしたね」
「そうだな、使者を寄越すくらい、星金貨五枚程度の出費で済むだろう」
「若、大変です、南西のドラド王国が帝国に侵攻したらしいです」
「なんだって!」
そして、キグナス帝国の南にあり小国を飲み込んで
この五年で国土を二倍にした大国ドラド王国がキグナス帝国へ侵攻した
情報は瞬く間に駆け巡り西部と南部の方面軍はそのまま戻った。
この報せを聞いてキングダム国王は急遽帰国、ヘンドラー国王は
グラン陛下と正規の会談に臨むことになった。
「折角、まともな夏休みを送れると思っていたのに散々ね」
「陛下も王太子の結婚式の翌日とはいえ、会談を潰されて面目がないでしょう
出兵もありえますね」
「続報を聞いた限りだけど兵力十五万だろう。ヘンドラーを通過して
遠征するには無理があるな」
「そうですね、アルタイル王国に利益はありませんね
二十年前とはいえ、戦争していた国ですからね」
「でもキグナス帝国が負けたら不味くないか?」
「負けそうになってから援軍を送ればいいじゃない」
「そうですね、その方が有利に交渉できる」
「そんな弱腰でいいんですか?」
「仕方ないじゃないか。ヒンメル神聖国はいつでも攻めてこれる体制を
整えているんだ。諸侯軍なら問題無いけど精鋭の中央軍や国軍から
十万以上の援軍を出したら喜んで攻め込んでくるぞ」
「でも出せない事もないんでしょう?」
「そうだな」
「考えていても仕方ないわね。どうする今回もマーチ家に来るの?」
「僕達はやりたい事があるから遠慮しておくよ」
マーチ領はイース教徒と良い関係だからな、最悪は敵になるし
あまり近づかない方がいいだろう。
「転移、クレアの自室」
さて、あの奴隷の方々はまだいるかな。
「マルコ、預けた人間はどうかな?」
「拳銃ですか、あれの性能は素晴らしいですね
ご命令があればすぐに量産する準備はできています」
「クレア領は既に限界だ。我々の賛同者にそろそろ具体的な移民計画を
話しておいてくれ」
「そうですね、結局の所、商人を誘致出来ませんでした」
「仕方ないさ。南は山に囲まれているんだ。イシュタル領まで抜けないと
南へいけないからな」
「船は鹵獲した二十隻と一回り小さい戦闘艦が二十隻ありますから
海沿いなら詰め込めば三万人を一斉に輸送出来ます」
「持ち物もあるから八千人程度に分けての輸送になるだろうな」
「それで現在、噂を聞きつけた獣人の代表が二十人ほどクレアに滞在中でして
ノア様に面会を求めています」
「よく僕が帰ってくるとわかったな」
「夏休みですから、それを狙っていたのでしょう」
面倒だが会っておくか、種まきは大事だからな。
「ヒルダとユリアンも呼んでくれ」
「わかりました」
二十人か、代表を名乗るくらいだから
一人で千名程度は動員出来るとして二万人か。
「ノア様、獣人の国を立ち上げると聞き飛んで参りました」
「すいません大きな誤解があるようです。獣人も住みやすい領地経営を
するだけで国とか関係ありませんよ」
「そうなんですか?」
「私は人族と決別する国造りと聞いたんだが」
「わたしは人族と獣人の共存と聞いているぞ」
「わたしはヒンメル神聖国を滅ぼすと聞いているぞ」
誰だ、変な噂をながしているのは。
「みなさん、僕も人族なんですから獣人だけの国はあり得ないでしょう
そして種族で差別をしないだけで人族より獣人の方が大事だと言うわけでは
ありませんよ」
「では候補地はどこですかな?」
「イシュタル領の北のアルタイルが戦争で勝ち取った新領土と現在の
ヒンメル領の海岸線を含んだ土地です」
「あそこの海は海流の流れが良くて餌が豊富なので最高の漁場ですぞ
ヒンメルが手放す訳ありますまい」
「それはヒンメル神聖国の上層部の総意ですか?」
「ヒンメル神聖国は余り魚を食べないので、それほど重要視はしてませんな」
「ですから戦争を仕掛けてくるのを待っているのですよ」
「戦後賠償に期待するのも悪くありませんが何年後になるか」
もう限界まで追い詰められているのか? その割には栄養が行き届いて
いそうな体つきだし、服もかなり上等だ。
「みなさんもご存じの通り、今は西の帝国で戦争中です
少々時期が悪かったですね」
「わたしはマーチ領から追い出された一族ですが。マーチ家は代官しかいない
東部の土地へ干渉してきており、我々はもう待てない状況です」
「マーチ伯爵家の獣人排斥運動はそんなに酷いですか?」
「イース教と手を組んで贅沢三昧。そして比較的良好だった人族を煽って
我々を真綿で首を絞めるように締め付けております。このままいけば
一斉蜂起しなければ冬には餓死者が出るでしょう」
「代官が治めている地域で志を同じくする同胞の方は何名くらいでしょうか?」
「三十万はいます。そして最前線で戦える者だけでも十万人はいます」
「それだけの兵力があるなら、何故、今まで決起しなかったんですか?」
「ノア殿はご存じないようですな。五十年前に獣人排斥運動が激しかった頃に
ヒンメル神聖国で決起した際は一度は勝利を掴みましたが
アルタイル王国を初めとする各国が軍を派遣して、五十万以上の獣人が
処刑されました」
「そうなのです。獣人の指導者はジュノー大陸に置いて抹殺されるべき存在
なのです。ですから我々はノア殿に期待しているのです
四百年前に滅びたと言われる獣王と同等の魔力を持つノア殿を」
獣王様ですか、そう言われてもな困っちゃうよ
しかしマーチ家は俺が憎いんだろうか、なんて邪魔な一族なんだ
生徒の言っていた陰口もまんざら嘘ではないのか?
「わかりました、少々早いですが陛下が時間を取れるようなら
現在の代官が治めている領地だけでも頂けるように嘆願してみましょう」
「ありがたい。我々はノア殿を支持いたしますぞ」
成り行きで言っちゃったけど、先立つものがないんだよな
領地替えだからクレア領は売れないしな。
希少な動物でも大量に狩りに行くか。
「それでは来年は笑って食事出来る事を願っております」
「失礼する。一族にこの会談の結果を伝えねば」
疲れた、これは三年生になったら学院に通う暇もないかな。
「ノア様、現在の金庫の残高は星金貨九千枚程度ですよ
あの広大な新領地開発となると最低でも二万枚は必要かと」
「だよね、どうしようか?」
「東の大陸の大船団が先日、ヒンメル神聖国へ補給で立ち寄る際に
嵐で八割以上、二十隻以上が積み荷と共に沈んだそうです」
「もしかして財宝でも積んでいたのか?」
「それはわかりませんが。北の大国への商品を載せていたと言いますし
大型船で百五十隻規模の船団というのは滅多にありません。期待は出来るかと」
一隻に星金貨五十枚程度の商品があるとして星金貨千枚は堅いか。
「よし、船団で調査に行こう」
「何隻で向かいますか?」
「戦闘艦の速度は?」
「最大で二十キロ程度かと」
流石に遅いな、それでもないより遙かにマシだ。
さあ、大海原が俺を待っている。トレジャーハンターだな。
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