第十九話:唐揚げは最高です
学院も遂に文化祭の準備で活気づいているが
俺達の生活は特に変わった事もなく過ごしている。
「三年生は有志だけしか参加しないのよね」
「就職活動で忙しいんだろう。参加するのは貴族の嫡男や
結婚相手が決まった女性や大学院へ進学が決まった僅かな人数だな」
「ノア様は大学院へは行かれるんですか?」
「行かないよ」
「そうですよね。入学金が光金貨一枚、三年間の授業料で星金貨百二十枚
なんてべらぼうな価格設定ですよね」
「光金貨って一枚で星金貨百枚でしょう」
「そうですよ。十億アルです。クレアならステーキが五十万回食べられます」
「そう言われても想像出来ないけど、死ぬまで食費に困らないという事ね」
「ステーキといえば、第七食堂研究部の出し物は料理だけでいいの?」
「他に何を出すんですか?」
「お菓子とかは?」
「リリーナとミーアとヤンの腕が問題だよな」
「野菜だけなら何とかなるんじゃないの」
「九人しかいないんだから多少は見込みのあるミーアを野菜の担当にして
リリーナとヤンには給仕を任せよう」
「私も目玉焼きくらいなら焼けますよ」
「俺も千切りなら任せてくれよ」
「給仕はぜったい必要なんだから、頑張ってくれよ」
「部活に予算が年間で黒金貨一枚でてるけど
どのくらい利益が出てるの?」
「星金貨三枚くらいかな」
「凄いじゃない!」
「何言ってるんだよ、シャルとリリーナ以外は部活の給金以外も
僕が衣食住の代金を払ってるんだぞ。はっきり言って赤字だぞ」
「貴族の当主も大変ね」
「シャルも将来はお婿さんもらって当主になるんだろう」
「ほんと、お母様が弟を産んでくれると助かるんだけど」
「そればかりは運次第だからな」
「若、そういえば、そろそろパートナーを探さないといけないのでは」
「それも運次第だよ」
「シャルとリリーナは何件かお見合い話があるんですよね」
「そうですね、あるといえばあります」
「若様、我々もがんばりましょう」
「そうだな」
本当にどうするかな? 有力貴族のお嬢さんをお嫁に貰うのが
成功に繋がるとは分かっているんだけど。相手がいない。
この授業もそろそろ終わりか。
「よし、ノア・クレアとヨハン・ラズベリーとニコラウスは
これで基本単位の修得は完了だ。卒業したかったら論文を出せ」
俺達はニコのアドバイスで簡単に習得出来たけど
ヤンとミーアは大丈夫かな?
「速い人は一年で卒業できるっていうのは本当だったんですね」
「読み書きと算術と魔法が使えれば七割の授業は問題ないからな」
「論文のテーマは決まりましたか?」
「料理と季節だ」
「初級魔法の応用」
「わたしは商売と国家にするつもりです」
「しかし、文化祭、そしてアレク様の婚約発表に
それが終わったらフランツ殿下の結婚式とイベントが目白押しですね」
「父さんが倒れないかが不安だよ」
文化祭の準備が佳境に入った頃アイリス殿下がまた問題を起こしてくれた
ランチの最中に食中毒で倒れたのだ。これには学院も慌てたが
中には王族暗殺論を言い出す連中も出て大変な騒ぎだ。
その三日後、ついに文化祭だ。
「ダブルハンバーガー二十二個です」
「任せとけ」
「フィレバーガー十四個です」
「ハングリーバーガー十八個」
「あれって作るのに二倍の時間がかかるんだぞ」
「しょうがないじゃない」
「冷しコンソメスープを三十二個です」
「はいはい、やりますよ」
「はいは一回よ」
熱々の料理を提供するのを決まりとする我が第七食堂研究部は
第一食堂の立ち入り検査期間は猫の手を借りたいレベルの忙しさだ。
「疲れました。ノア様の言うとおりバーガー類に限定しなかったら
倒れてましたね」
「洗う食器が少ないのは助かるよ」
「女性陣は劇を見に行ったみたいだけど、俺達って料理作ってただけじゃん」
「来年の新入生に期待するんだな」
「若様、そんな事より来年の今頃は戦地の可能性の方が大きいですよ」
「もう動いたのか?」
「小麦と米の備蓄を去年より二割増しにしたそうです。アルタイルからも
かなりの小麦を買っているようです」
「収穫時に小麦を買うって、見え見えな事をするほど焦ってるのかな?」
「確かに収穫時が一番安くなりますから、長期的に見れば合理的ですけどね」
「若、うちも小麦を星金貨五百枚分買い入れておきましたよ」
「そのお陰で倉庫はもう何も入らないけどな」
「クレア領の様子は?」
「家臣を初め、職人を中心に三万人程度は若様について行く気でいますが
元々の住民は残るようですね。公共事業の凍結についてもかなり憶測が
飛び交ってますね」
「今まではかなり善政を敷いていたからな」
「造船と味噌、醤油、鰹節関連の職人を中心にまとめておいてくれ」
造船以外が全て和食関連の職人というのがちょっと寂しいが
これが俺の成果だから仕方ない。
「わかりました」
「ノア様、それとオーブ家が交易の中止を申し入れてきたので
賠償金として星金貨十枚で手を打っておきました」
「若、オーブ家の技術者を三百名ほど引き抜いておきました」
「ノア兄、魔法師を百人程雇っておいたよ。腕は二流の下って所かな
中には一流の下くらいのもいるけど」
「金山は埋蔵量が一割を切ったので、採掘職の人間で見所のある者は
他の職種に回しております」
「それで問題無い」
オーブ家とも遂に手切れか、南は山だから
もうクレア領に未来は無いな。
選択授業も今週で終わりか、アレク兄さんの婚約パーティのメニューは
今まで温存してきた揚げ物を披露するか。
揚げ物だけじゃ特許は取れないし精々、陛下のご機嫌取りに役だって
貰おう。
そんな事をやっているうちに卒業式も何事も無く終わり
夏休みなんだけど、王都は貴族と商人であふれかえっている。
エリザベス殿下の婚約、そしてその三日後に行われる王太子の結婚式だ
勿論、イシュタル家は総員王都入りだ。
「みなさん、本日はエリザベス殿下の婚約式です
教え込んだ揚げ物料理を世界に広める日が来ました
みなさんの健闘を祈ります」
料理人二百二十名、給仕千五百名の体制で婚約パーティの開始だ。
「本日はエリザベス殿下とイシュタル辺境伯の嫡男アレク殿の婚約パーティで
ある、皆様、存分に楽しんで下さい。そして本日はアレク殿の弟のノア殿が
開発した揚げ物料理を初披露との事です。では開演」
そこからはオーケストラの演奏の中、パーティが開始された
アレク兄さんはかなり緊張しているようだが父さんは既に倒れそうだ。
「ほう、夏の王都で魚の刺身とは」
「このトンカツという料理は歯ごたえ、そして味共に素晴らしい」
「鳥の唐揚げか、こんな調理方法があったとは」
「ノア殿はチェスの考案者だと言いますからな」
「父さん、今倒れたら洒落にならないよ。休んだ方がいいんじゃ」
「大丈夫だ、四日後にゆっくり休む」
当主代行でこれじゃ、当主になったら大変だ。
「ノア、この天ぷらとやらは実に美味かったぞ
フランツの結婚式でも出すように手配させよ」
不本意ながら海老の天ぷらをメニューに加えた甲斐があったな。
「陛下、かしこまりました」
そして婚約パーティは終わり、家に帰った所で父さんが過労で
寝込んだ。
「まったく、ルッツは無理しおって」
「今まで貴族の権力争いから一歩引いていたから挨拶で疲れたんでしょう」
「これではわしが引退できないではないか」
「アレク兄さんの結婚とヒンメル神聖国の再侵攻まではお爺さまに当主として
頑張って頂きませんと」
「ノア、一つ言い忘れておるぞ。お前の領地替えまでと言いたいのであろう」
「判っているなら、言わないで下さいよ」
「オーブ家はもう少し利口かと思っておったが、愛想が尽きたわ」
「鉄道関係で何か言ってきましたか?」
「わかっておるの、鉄道の利権の一部を寄越せと言ってきおったわ」
「僕が車両開発を勧めた経緯もありますが、イシュタル家で車両開発が成功した
のに今更、不当な要求をしてくるとは」
「レール敷設の際の協力を断ったのを根に持っているのであろう」
「アクセル様が馬鹿な事を言ってくれるお陰でイシュタル家が有利になりますし
ご子息が成人するまでに力をそぎ落とす事が賢明かと」
「ノアも言うようになったの。本当はヒンメルとの戦いの最前線に
送り込みたいところだが、ノアの手柄の邪魔になるの」
「オーブ領のこの夏の小麦の収穫高は前オーブ子爵が亡くなる前の
五割程度と聞いています。うちとの交易も中止しましたし
二年後にはお爺さまに泣きついてくるでしょう」
「そうなると儂もあと五年は引退出来んのか? ルッツが
もう少し裏工作が得意であればの」
「シュナイダー内務卿に至っては既に六十を超えておりますよ」
「そうじゃったの。暫くがんばるかの」
妖怪爺ちゃんと会話するのは疲れるな。
次は殿下の結婚式だな。
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