第一話:はしかというのも怖い物なんだね
初めての家族揃っての夕食会から八ヶ月が経ち
家の中の事に関してはかなりわかってきた。
ヘルミーナは結婚していたらしく
先月出産して今は再びメイドとして俺の側に仕えてくれている
年齢は今年でなんと驚きの十六歳の子持ちで男爵家の三女らしい。
「ミーナ、赤ちゃんの側に居なくていいの?」
「母も妹を産んだばかりなので全て任せてあります」
「ミーナのお母さんは何歳?」
「今年で三十二歳になります」
という事はヘルミーナの母親も十六歳でミーナを産んだのか?
この世界では学生は九歳から十二歳までらしく、それ以降は日本で言う
大学院のような専門分野での勉強らしく、貴族でも十二歳で学院は卒業
加えて八歳で内輪の人間を集めてパーティをする事で大人として
認められるらしい。
「ミーナ、街へ行きたい」
「三歳になったらルッツ様が連れて行ってくれるそうですよ
それまでは我慢して下さいね」
「そうか、わかったよ」
まだ赤ちゃんから卒業したばかりと思われているから仕方ないか。
現在、父さんは今年二十三歳でマリア母さんがそろそろ五人目を
出産するから九人家族になる予定だ。
妊娠中の母さんは更に若くて今年で二十一歳だ。
うちの家族はハインツ爺ちゃん四十二歳、ドロシー婆ちゃん四十歳
とても爺ちゃんとか婆ちゃんという年齢ではないが、この世界では出産を祝う
ジュノー神が崇められていて女性の結婚適齢期はなんと十一歳から十八歳
二十歳過ぎになると行き遅れと後ろ指を指され、お茶会等にもあまり呼ばれなく
なるそうで平均して四人以上の子供を産むのが一般的らしい。
「ノア様、魔法の進展具合は如何ですか?」
「なんとか水と風の初歩魔法は習得出来たよ」
「それはおめでとうございます」
実際は雷と氷を除く初級魔法の習得は既に済んでおり
今は闇魔法の習得の為に書庫に入って魔法書を読みふけっている所だ。
この世界の魔法は向き不向きと力の強弱はあるが練習すれば初等魔法と
呼ばれる生活魔法の習得はほとんどの人間が習得可能で
五十人に一人は魔法師として日々の生活に、そして戦争に参加出来る。
魔法はイメージを具現化する事で発動可能なので
熟練者は詠唱無しで発動可能なので、ある意味拳銃よりも凶悪な兵器になり得る。
「ノア、夕食よ」
「ソフィー姉さん、すぐに行くよ」
しかし相変わらずうちの夕食は品数が多いな。やはり上級貴族だから
裕福なのだろうか? その辺は本には載ってないんだよな。
今日は肉料理が二種類に魚のムニエルに野菜料理三種類とパンとスープか
パンは勿論、白パンでうちではジャムをつけて食べるのが一般的だ。
「お父様、ジュノー大陸の人はみんな裕福なんですか?」
「夕食を見て言っているんだね。残念だがアルタイル王国を含む数カ国は
比較的に余裕があるが、余裕の無い国では貴族でもパンと簡単な肉料理のみ
平民に至っては冬場に飢えで餓死する人間も数多くいると聞いてるぞ」
「ノア、我がイシュタル辺境伯家は四百年前のご先祖様の代より
豊穣の恩恵を与える一族としてこの地を治め、豊作を約束してきた
イシュタル辺境伯領の穀物収穫高だけでもアルタイル王国の五割を賄える
それ故、穀物栽培、野菜栽培に重点を置いてこれを行っている」
「それでね。百年前に三代前の国王がイシュタル家を迫害して一族全てを
戦争に駆り出した時は五年に渡って畑が荒れて畑が元に戻るまでに
十五年の歳月がかかったのよ」
「お爺さま、お婆さま、イシュタル家は特別なんですね」
「ノア、現在のイシュタル領の人口は知っているかい?」
「わかりません」
「二百万人、アルタイル王国の一割近くに相当する
そして一ヶ月で収穫可能で栄養価の高いイシュタル芋と呼ばれる芋は
この領地と隣のオーブ子爵領でしか収穫出来ず世界中に出荷されているんだよ」
「凄いんですね」
じゃがいもの変異種といった所か、気温が日本の春程度だから
大穀倉地帯といった感じか。
「それでな……嫌、お前が三歳になって目覚めの儀が終わってから話そう」
爺ちゃんが何か言いたそうだったけど、そのうちわかるだろう。
なんか暑いな、湿気が少ないから蒸し暑いという訳じゃ無いんだが
これで、きっと真夏なんだろうな。
「ノア様、洋服の寸法を測らせて頂きます」
「別に新しい服を作らなくてもアレク兄さんのお下がりで充分だよ」
「これは目覚めの儀の為の正装になります」
「そういえば、お爺さまが言ってね。何の儀式なの?」
「詳しいことは判りませんが。私ども平民の間では正式に加護の有無を
判定する儀式として認知されております」
平民か、もう男爵家とは縁がないと言いたいんだろうか?
「ミーナは何の加護があったの?」
「わたしの場合は短剣の加護が一つだけでした」
「そうなんだ」
随分と細かいな、剣の加護でいいだろう。あえて短剣に分類するという事は
ゲームでいう武器スキルみたいな物なのだろか?
「礼儀作法の時間がやっと終わったか」
普通、言葉が理解出来ると言っても生後三年も経ってない子供に礼儀作法の
訓練をするんだろうか。貴族というのも面倒なのかも知れないな。
「ノア、今日は四人でご飯よ」
「ノーラ姉さん、お父様達はお出かけ?」
「昨日の夜から収穫祭の為のパーティなのよ。今年は大豊作だから
お父様達は明後日までパーティ三昧よ」
大豊作か、出荷調整の必要のない異世界だと笑いが止まらないだろうな
芋の生産量が多いことは聞いてるけど他にどんな物が取れるんだろう?
「ソフィー、食欲が無いの?」
「ちょっとね」
「ソフィー姉さんが食欲がないなんて珍しいね」
「アレク、お黙り!」
本当に珍しいな、いつもパクパクと鯉のように食べるソフィー姉さんなのに
ツインテールの髪もちょっと乱れてるような感じがする。
ちなみにうちの家族は母さんと俺を除いて、みんな髪の毛はみんな金色だ
俺と母さんだけが銀色の髪だ。
「やっぱり、今日は先に寝るわ」
「「気をつけてね」」
結局ソフィー姉さんは食事をほとんど残して、パンに至っては食べずに部屋へ
引き上げてしまった。
翌日にはノーラ姉さんが体調不良を訴えて、その夜にはアレク兄さんと俺も
発熱の為にご飯も食べずに寝込んでしまった。
「ノア様、具合の方は如何ですか?」
「たぶん、一時的な病気だと思うけど三日間はベッドから起き上がれそうに
ないよ。母さんにも感染するから三階には上がらないように言っておいてね」
たぶん、はしかだと思うけど妊娠中の母さんが不在で良かったよ。
「かしこまりました」
結局、ソフィー姉さんは四日間、ノーラ姉さんとアレク兄さんが六日間
俺に至っては半月もベッドから起き上がれずに、一時は命も危ぶまれたとか
はしかで死んだら笑い者とも思ったが、はしかはジュノー大陸では認知されて
おらず体力の無い人間がかかると死亡率一割という病気らしい。
「ノア、治って良かったわ」
「お母様、心配かけてご免なさい」
「いいのよ、それより安静にしていてね」
「わかりました」
冷やしとろろとご飯か、いつもパンだから米は栽培してないのかと思ったけど
やはり日本人にはパンより米だよな。
「なんで、味付けが塩だけなんだ!」
何故、米が食卓にほとんど登らないのかがはっきりした
ジュノー大陸には出来損ないの味噌はあるのに醤油が無いらしい
俺が当主なら味噌の研究に醤油の開発と、すぐに命令するんだが
今は子供で次男だからな。
それから一月後、母さんが男の子を産んだ。
「ああ、可愛いわ。ノアの時とは大違い」
「ソフィー姉さん、大違いというのは傷つくよ」
「だって、ノアはほとんど笑わなかったけど
アデルのエンジェルスマイルは最高よ」
俺は記憶があったし、ちょっと混乱していたのでアデルのような笑顔は
出来なかったかも知れないが赤ちゃんというのはこういうものかな?
それから秋も終わりに近づいて冬に……それが冬にならないで
そのまま秋が続くのがアルタイル王国の気候なんだよな。
寒い冬がないのは嬉しいが、屋敷の中で生活していると
ちょっと残念でもある。
お読み頂きありがとうございます。