第十七話:修学旅行
ヒンメル神聖国を訪問してから三ヶ月、うちの数少ない家臣を使って
各地に戦後の領地経営の話を持っていき、一部ではかなりの支持を得たという
情報にホクホクしていたらシュナイダー内務卿に呼び出しを受けた。
「クレア男爵、この会議室でお待ちください」
ふぅ、王城へ呼び出すって俺に恨みでもあるんだろうか?
細々と工作しているだけなのに。
「待たせたな」
「陛下がおいでになるとは思いませんでした。お会い出来て光栄でございます」
「ノア殿、そう硬くなるでない。陛下は先日、毒を盛られたのだが
ノア殿から購入した解毒のカフスのお陰でなんともなかった」
「ノアよ、感謝するぞ。そういえばオーブ家から生まれたばかりの子供を
跡取りにしたいと嘆願書が来ておったな」
「双子で共に男子だそうです。これでオーブ家も安泰でしょう」
「そうなるとクレア領の先は暗いの? 内務卿、良い案はないか?」
「ノア殿は、ヒンメルより奪い取ったイシュタル領の北の土地に興味津々の
ご様子で、その東の海岸線にも家臣を送って戦争後の
工作しているご様子、新領土は人気が無く代官に任せたままであれば
次の戦争はノア殿に任せて、その恩賞として新領土への領地替えを行っては?」
「新領土に行って成功しているのはマーチ家だけだったな。それ以外の
領地を合わせるとオーブ家を上回るか、戦争費用を大きく軽減可能
ならば大領主として認めても構わんぞ。どうせ軍事費で経営は大変であろう」
「それでは陛下、国内の獣人にノア殿の獣人受け入れ政策を通達しても
よろしいでしょうか?」
「構わんぞ、そうえいばシュナイダー内務卿にも獣人の子供が二人ほど居たな」
「お恥ずかしい話ですが、妻には獣人の血が流れているようで」
「まあ良い、儂の決めた事を反故にしたオーブ家の陞爵は無しじゃ
ノア、どこでもいい。次の戦争で大きな活躍をしてみせてみよ」
「陛下の御心のままに」
陛下との非公式とは言え、やり取りするだけで精神的にはダメージが大きいな
どこの戦場でもいいって、他の国とも戦争するつもりなのか?
内務卿の妻って言うと正妻なのか、それとも側室なんだろうか?
「ノア様、明後日から西のヘンドラー王国への研修旅行ですね」
「そうだな、ヘンドラー王国はジュノー大陸の中でも珍しい戦争中立国だ
優秀な人材のスカウトを行えれば最高なんだけどね」
「しかし武器を放棄して、よく中立国なんていう国家が
存続出来るのか、とても不思議ですね」
「あの国は農業、林業、鉱物採掘、そして魔道具の開発に力を入れていて
更にアルタイルと西の帝国を中心に各国を結ぶ街道の中心地にある土地柄で
商業都市としての膨大な経済力を後ろ盾に外交で国の舵取りをしてるのさ」
「科学という新たな研究にも熱心だという噂が流れてますね」
「大国に攻められたら終わりじゃないですか」
「そこは歴代の統治者が優秀なんだろう。上手く各国の国力を分析して
特定の国に肩入れしないように金の力で国を
経営してるんだよ。アルタイルも定期的に金を借りてるらしいぞ」
「やっぱり金の力は大きいという訳ですね。クレア家も公共投資を中止して
多少は税収も入ってきていますが、未だ当初の星金貨一万枚には届きません」
「ちょっと使いすぎてしまったな。オーブ家を信用しすぎたのは
僕の判断ミスだったよ」
オーブ家が養子を認めないというのは理解出来るが、リリーナとの婚約まで
破棄してくるとは予想外だったな。別の女の子でもいいんだけど
タマコは手元に置いておきたいんだよな。
俺のペットは誰にも渡しません。
そして、研修旅行当日。研修旅行というのは名目だけで実際は修学旅行だ
特に三年生にとっては異性と急接近する最後のチャンスだから気合いが違う。
「デニス、ヤン、ミーナ、そっちは二年生の集合場所だぞ」
「どうも顔見知りがいないと思ったよ」
「デニス兄さん、ダメダメじゃんか」
「兄さん達は本当に当てにならないんだから」
デニスとヤンとミーアは我が第七食堂研究部の待望の新人で商会の三つ子で
四男と五男と四女なので商会を継ぐ事も無理だが、たぐいまれなる魔力量を
潜在的に持っているので、それを見込んで俺がスカウトした。
「若君の身辺警護はこのデニスにお任せ下さい」
「いや、兄貴の警護は俺の方が適任だろう」
「ノア兄の事はあたいに全てお任せよ」
「デニス、ヤン、ミーア、みんなで頑張ってくれよ」
「「「了解です」」」
この国では一月生まれが年長らしく兄と慕ってくれている。
魔力駆動の機関車は半年前に完成して、現在はイシュタル家を中心に建造を
急ピッチに行っている。東部はオリオンから王都までレールが完成したが
他の地域は王都から順番に西と南へ建設中で
北側へのレール敷設だけが少々遅れ気味だ。
「快適な魔道機関車の旅もここまでか」
「ここからアッテンボロー領内までは馬車で五日はかかりますね
そこから更に五日か」
「ヘンドラー王国まで魔道機関車のレールが出来れば
向こうもかなり発展すると思うんだけどな」
「アルタイル王国側だけレールを引いたら、ヘンドラーは大変な事になるぞ」
「そうだよ。経済大国は軍事力のバランスに影響を与える事業には
慎重にならざるを得ないのさ」
「そうなのか、強い国に生まれて良かったぜ」
それから十日でなんとか、ヘンドラー王国の王都クラウディアに到着。
「男子生徒は右側の建物、女子生徒は左側の建物ですよ。明日は九時にここに
集合して大聖堂の見学に行きます。それでは解散」
「サリバン先生、随分と張り切ってたな」
「次の学年統括職を狙っているらしいわよ」
「要職につくと給料が倍って言ってたな」
「それよりこれから十日間の行動を決めようぜ」
研修旅行は着いてから十日間というなんとも計画性の無いプランで
帰りはアルタイルの西のアッテンボロー領との国境で待ち合わせだ
そんなシステムでも数十年と続いているので評価は高いらしい。
「お菓子工房は絶対抑えるべきね」
「ヘンドラータワーと機関工房も見ないとな」
「そうなると南を巡る旅行になるな」
翌日、大聖堂を見学した後は解散となって、クラウディア見物だ、
「ジュノー教の大聖堂という割にはあまり豪華じゃ無かったわね」
「結婚と出産の女神を祭ってる所だからな」
「そんな事は、このケーキの前には些細な事よ」
「まあ、確かに美味いけどな」
「この風味はなんなのかな?」
「これはバニラだな。蔓性の綺麗な花が咲く植物の種を加工して
香料として味をつけてるんだよ」
「それなら、うちの商会でも扱うように父さんに言っておかないと」
「それより、そろそろ塔に登ろうぜ」
「高いだけでしょう」
「ヘンドラータワーからの眺めは最高だっていうぞ」
ふぅ、リフトがあるのか、これは有り難い
タワーの高さはだいたい三百メートル程度か。
「何、この乗り物」
「リフトだよ。落ちると死ぬぞ」
「見ろよ、望遠鏡で東にアルタイルの国境が見えるぞ
西はぼんやりだけど、あそこからが帝国なんだろうな。北と南は
特に国境を示す国境砦は見えないな」
「この国は南北に長いから、東と西だけ見れただけでも凄いよ」
「この塔を中心にこの国が出来たと聞いていたけど。随分と綺麗な塔なんだな」
「古代文明の遺産らしいけど、これだけの高さの塔は今は建築不可能みたいだ」
それから土産物を買って宿舎に戻り翌日は遂に移動だ。
「みなさん、ヘンドラー国からは絶対に出ない事。誘拐された場合は抵抗
しない事。冒険して死亡しても学院は責任を持ちませんからね」
誘拐されそうな段階で抵抗するから、あまり意味ないと思うが
警察がないんだ、どうやって救出するんだろう?
「この魔道機関車、アルタイルのよりかなり速いですわね」
「シャル、研究費が違うよ。アルタイルの十年は先を進んでいるだろうね」
「商業国家というだけでそんなに儲かるものなのかな?」
「儲けがうちと同じでも支出が違うんだよ。なんと言っても全土で警備兵が
僅か三千人のみ、そして残りは必要な時だけ傭兵を雇って
対処しているらしい。軍事費は毎年星金貨三千枚で済むらしいよ」
「アルタイルは?」
「繊細は不明だけど、星金貨二十五万枚程度はかかるだろうね」
「考えてみると馬鹿げてますね。軍事費が国の穀物の売上げ高の
二割を超えているなんて」
「この国は舵取りを間違えれば一年で滅ぶからな
そういう点では軍事力というのは有効だよな」
『乗客の皆様にお知らせします。あと五分で研究都市ラインに到着します』
「馬車で四日の距離を僅か数時間で到着するとは」
「これが我が国にもあれば
王都からクラウディア程度までなら一日でつく事になるな」
「そんな事で驚いてたら見学中に倒れるぞ」
「明日は魔道飛行艇の見学だ。工房は立ち入り禁止だけどな」
随分、周りの様子が騒がしいな、喧嘩か?
「なんか、街の治安が良くないのでしょうか?」
「どうだろうな」
そして宿は十二階建ての豪華な宿だ。
「予約していたアルタイル学院の生徒ですが」
「そうなりますと、九人という事はクレア男爵の一行の方ですか?」
「そうです」
「それならば連絡が来ております。お部屋は二人部屋と四人部屋と六人部屋
がございますが。如何されますか?」
宿泊代はお一人につき金貨一枚です」
この国は客の人数で金を取るのか、この世界では珍しいな?
それに何気に高い!
「それじゃ六人部屋を一つと四人部屋を一つで
三泊分で金貨二十七枚です」
「確かに頂きました。お風呂はすぐに入れますよ」
「所で随分と騒がしいですけど何かあったんですか?」
「一昨日、奴隷が工房から逃げたみたいですね。それの捜索でしょう
魔法刻印が刻まれているから、どうせラインの街から外へ出れないのに
馬鹿な人達ですよ」
犯罪奴隷を使って研究してるのか。秘密重視だから仕方ないか。
結構階段がきついな。
「部屋割りは?」
「女性陣が四人部屋だな」
「ヨハン、まずは飯か風呂のどっちを先にする?」
「ノア様、お静かに。部屋の鍵がかかっておりません」
部屋は三十畳程度の広さか。
「お前達、強盗か?」
「旅行者の方ですか? 我々は工房から逃げてきた奴隷です。貴族様
どうかお慈悲を」
奴隷が六人か、面倒だな。警備兵に突き出すか?
しかし女性もいるとなると死なすのはかわいそうだな。
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