第百四十二話:農地は海へ
季節は九月に入ったが野菜を筆頭に肉と魚は大幅な需要拡大を見せていて
市場は大混乱の有様だ。
「おかしいよね。野菜も魚も肉も平年通りにあるはずなのに
それぞれ二倍だよ」
「ご迷惑をおかけしています」
「コリーンが謝る必要は無いのよ」
「海軍でも漁船の真似事を始めていますが魚市場が安定するだけの
魚を卸すには半月は掛かる見込みです」
「空軍も輸送機を食品輸送に充てていますが本国はまだしも
新領土は三倍以上ですよ」
「ノア様、やはり大商会が魚、加工野菜、肉を倉庫に抱えているようです」
「またなの?」
「魚と肉の値上がり具合が同率というからおかしいとは思っていたんだ」
「国税が今年の十一月に徹底的に痛めつけてやりますよ」
「シャル、海上ファームの野菜はいつ頃出来る?」
「二十四時間操業だから十月末には出来ると思うわ。八十一号機から
百二十号機も発電所にやっと着いたわ」
「これで違約金を払わずに済みますよ」
「いや、予定通り違約金を払って国で野菜を一括して売り出そう」
「八十一号機からの四十機も年末には出荷できそうです」
「十一月と十二月に四百万トンずつ出荷できれば余裕ね」
「加工工房も持ち直しますね」
「いわしの缶詰が一個で銀貨一枚ってあり得ないわよ」
「角煮の缶詰なんて一個で銀貨二枚ですよ」
「さすが主婦の皆さんですね」
「コリーンは出産したばかりだ。仕事は夕方で切り上げろよ」
「でも……」
「これは命令だ」
「わかりました」
さて、どうするか、下手な対処をすると逆効果だからな。
「ノア様、一号機から四十号機の改修作業が完了しました。百二十一号機
から百六十号機も問題ありません」
「よし、野菜を一月末と二月末に収穫出来るように設定してくれ」
「ノア様、百二十一号機からは最新型ですので菜葉類や果物に限らず
新開発の人口アレス土で肉以外の全ての食品が収穫可能です。それも
現行の一年四回の収穫から一年に五回の収穫が可能です」
米は既に豊作だと報告が来ていて七六協定もある
小麦も国の倉庫にまだ二億トン近くあるとなると。
「よし、主要穀物とキャベツと白菜を除く食品を実験的に植えてみよう」
「わかりました」
「それと、百六十一号機から先の製造はどうなっている?」
「六割は既に出来ています。急がせていますので十月末には完成するかと」
テスト航海を半月させても十一月の末には稼働させられるか。
「よし、それについては十一月の野菜収穫の結果を見てから
何を植えるか検討しよう」
「はい、それでは」
最新型だけで四十日で四百万トンの食物が手に入るのか。
さて、こういうのはニコの仕事だな。
「若、お呼びですか?」
「ああ、来週から新型の海上ファームが稼働を開始する
十一月下旬には増産中の野菜類以外に四百万トンの食物が収穫出来る」
「話は聞いています。新型のレイン弾に浸した土で何でも作れるとか」
「実験の段階と実際の運用では差が出るかも知れないが二百万トンの
収穫は固いだろう」
「そうなると農家が潰れますね」
「あと二年は美味い米や小麦は無理のようだから再来年の秋の収穫を
最後にして資本のある農家には工房型の多段栽培に転換して
もらうしかないな」
「既に五ヘクタール規模の実験工房では小麦三段の多段栽培に成功
しています。収穫量もそのまま三倍になっています」
「季節の影響は?」
「ありません、一年に三回の収穫が可能です
そして味も二年前の品種と同等の味と言われています」
「それなら小麦は四十五億トンも収穫可能なのか?」
「残念ですが、初期コストに五ヘクタールの工房で空金貨が三百枚かかり
更に一月と五月と九月は休止しましたが年間で電力が八千万KWh
掛かりました。その代わり九割以上が機械化されており収穫作業ですら
一割の労力で済みます」
「発電所一カ所の全ての電力を注ぎ込んでたった四百程度か」
「そうですね、太陽光発電システムを併用しても三割削減が限界でしょう」
そこまでしても六百件程度しか無理なのか。
「大規模展開は少々コストが掛かりすぎる」
「すいません、言い方が悪かったですね。電力消費が激しいのは一日四時間程度です
昼は商会で朝と夕方は農業工房で使うようにすれば兼用可能です」
「そうか、昼間は太陽光発電も活躍してくれそうだし
発電所の周辺なら可能なんだな」
「そうですね、まずはミラン大陸で実験を始めて見ましょう」
「ここより気温が低いが大丈夫なのか?」
「一度適温にしてしまえば風魔法の結界で作業機械を大量に動かさない限り
十時間は適温の状態を保てます。朝の六時に作業を一時間行って次は夕方の
五時から一時間行い夜の一時に三十分間稼働させれば維持可能です」
「ニコ、人間は一日に二時間しか働かないのか?」
「そうなりますね、強いて言えば計器を眺めている人間が一人必要でしょうか」
個人経営じゃなくて一人っ子経営か。
「これで島でも大規模農場が経営できるな」
「残念ながらそれは無理でしょう。二年に一度はアレス土を入れ替えないと
成長速度が二割程度落ちて四年で半減するという報告がでております」
「アレス土か」
「アレス土は太陽の光を浴びながらレイン弾の材料の液体に半月浸けて
やっと使い物になります。それをある程度乾燥させた物を輸送搬入
しなければなりません」
そうすると新型の海上ファームも一年に一回は土の入れ替えが必要か
あまり遠くの海上まで出かけられないな。
「土を加工して売る事になるとはな、時代も変わったという事か」
「今までも腐葉土などは買っておりましたし農家も土を買うこと
自体にはそれほどの抵抗はないでしょう」
もう既に農家と言えるのかは微妙だが
農家以外に呼びようもないのも事実だ。
土地を遊ばせておけないから世界最大の酪農国家になるのか。
「ノア様、どうかされましたか?」
「ポール、少々考え事をしていただけだ」
「ノア様、五号機の海上ファームには何を植えますか?」
「それは後にして、ジャン、この海上ファームに土を敷き詰めるのに
どの程度かかると予測する?」
「新型の海上ファームの事ですね、そうですね、あれは五十センチの
アレス土が必要ですから一秒に五キロの土を運び込めるとして
……百十六日程度でしょうか」
「この大きさで四ヶ月近く掛かるのか」
一年の三分の一も土を運び入れるのか?
搬出作業も入れると役立たずのポンコツじゃないか。
「魔道ケーブルで繋げればコンマ一パーセントの
百六十七分程度で搬入が完了しますよ」
「それなら実用的だな」
「ノア様、これにもアレス土を導入しますか?」
「可能なのか?」
「これは新造したばかりの最新型ですよ。勿論出来ますよ」
「しかし、これといって植えたいと思う物もないな」
「そうなんですよね、貧しいわけではありませんから重量より
味が求まられます。売れ筋できゅうりと茄子あたりがよろしいのでは?」
「そうだな、それにしとくか」
「ポール、促進水で育てる魚は決まった?」
「ルチア、今回は赤マグロに挑戦するつもりだよ」
「それじゃ一年先になるわね」
「ポール、促進水ってなんだ?」
「海上ファームの外周部分を遊ばせておくのは無駄という観点から出来た施設で 海水の塩分濃度を減らして主にカリウム、ナトリウム、カルシウムの濃度を
機械で人工的に増やした海水を作って、海上ファームの半径五キロに水魔法の
膜を展開して、そのの中で魚を養殖するんです」
「マグロが一年で出荷できるのか?」
「はい、既に陸上でも環境水というのを使って様々な魚を養殖して
いますよ。マグロは回遊する必要があるので海上ファームの方が
適しているんです」
「ありがとう」
魚も乱獲しているからな。養殖が増えるのは仕方ないな。
半径五キロも使ってるのか。そんなのが四十機もぷかぷか浮いてたら
輸送船がまともに航行できなかったのも頷けるな。
なんだか暗いな。
「リリーナ、何かあったのか?」
「グラン亭が食中毒を出したそうよ」
「兄さんも年貢の納め時ね」
「ママ、ご飯は?」
「もう出来てるわよ」
「麻婆なすにかぼちゃの煮物とステーキーか?」
「シリウスの海上ファームで取れた野菜が一度に入荷して
値段がだいぶ下がったわ。お肉はクレアの所から仕入れたのよ」
「たまには貢献しないと悪いからね」
「ではいただきます」
「「「いただきます」」」
「このカボチャって滅茶苦茶甘いわね」
「僕も甘いの好き」
「アリアも好きよ」
「私にはもうちょっと辛めの麻婆なすの方が良かったわ」
「リリーナ、この漬物も美味いな」
「十年も主婦をやっていれば慣れてきますよ」
「お兄様、ご飯食べないの?」
「もう生ける屍のような状態ね」
「お兄ちゃん、がんばです」
「ルーカス、電力の需要は拡大の一途だ。グラン亭は残念だったが
電力会社として生き残るんだな」
グラン亭は開業から一年半で潰れる事になるのか
残念だが仕方ないな。
「父さん、患者さんとは和解金を支払って問題は解決してるよ
僕はグラン亭を存続させてみせるよ」
「兄さん、離れてしまったお客はそう簡単には戻ってこないわよ」
「フィーうどん店のお客さんを分けてあげたいです」
「ソフィー、フィーうどん店は絶好調のようだね」
「そうなのです、もう戦闘機並みの快進撃なのです」
「うちの店も利益が凄い事になってるから設備投資先を探すのが大変よ」
「お父様、税金を下げてくれませんか?」
「今年は無理だね。旧ミカエルの人間や悪い方法で儲けた人達がいるからね
でも来年は国の規制を受け入れる商会に対しては
五パーセント位なら下げれるかも知れないよ」
「お父様、そこは一割下げるって言ってよ」
「そうです、フィーのお店は一ヶ月に空金貨が九十枚も貯まっちゃうの」
「五百店舗あると言っても凄いわね」
「お母様、そうでもあるかな」
「お父様、空金貨に変わったから一級は空金貨二十万枚以上よね?」
「そんなに稼いでいるのか?」
「そこまではギリギリで行ってないわ」
「ノア、今年は親の十分の一税を適用してあげても良いんじゃないかしら」
「「あ――」」
「すっかり忘れてたわ」
「ソフィーも」
「お父様、幾ら儲かってるの?」
「そうだな、シリウスの配当金が空金貨で四十二万枚とデネブ商会の利益が
空金貨で八万枚程度だろうな」
「五十万枚の十分の一で空金貨五万枚までか……」
「それだけあればソフィーのお店は安泰です」
「さすがシリウスの大株主ね。うちも六千枚分あれば足りるわ」
「クレア、今年から二年生だろう。大丈夫なのか?」
「大学院なら単位は取り終わってるの
学生の身分を保つために学籍だけ残してあるわ」
「ソフィーも商業大学院の入学試験に受かったの
お兄ちゃんを見てると学生を辞めてもいいんだけどね」
「ソフィーはいいとしてクレアはどうするんだ?」
「学生の身分も大きく節税に役だったけど
それも来年までか? とりあえず商会長として働くわ」
ルーカスがあと一年、ソフィーがあと二年でアリアとクラウスも
学院があと二年か。マキの学院は再来年の入学でいいとして。
来月は本国でも米の収穫だな。
お読み頂きありがとうございました。