第百四十一話:人生八十年の時代
暑い八月の到来で少々食欲が落ちているが国もデネブ商会も順調だ。
攻め込んでくる相手もいないので経済を拡大するチャンスだ。
『こちらはチャンネルアリスです。陛下が始めたモルト弁当店は銅貨十五枚で
全国八千店舗で同一料金で大盛り無料の格安弁当店です。日替わり弁当
五種類のみのお店ですが一日の利用客も平均千名以上で……』
宣伝してくれるのは有り難いがチャンネルアリスと
チャンネルセーラの争いは最近は深刻だな。
「兄貴、テレビを見ましたよ。大躍進じゃないですか?」
「わたしには無償援助というのは性に合わないからな」
「うちの商会の残りもかなり買いたたかれていますが
買い取って貰ってるのでゴミが格段に減ってますよ」
「ヤン、商品なんだぞ。ゴミって言うなよ」
「どれも残り二日でゴミになる商品ばかりですよ」
「まあ、そうなんだけどね」
「若様、ザンジバル航空は熾烈な争いの
ガイア大陸南部に進出する事にしました」
「意欲的だな」
「若様がクレア航空を立て直すから仕方なくですよ」
「今はデネブ航空だけどな」
「ノア兄、商会の控除額を空金貨五万枚まで上げてくれない?」
「現行でも三万枚まであるだろう
最王手のシリウスやフリーダムだって控除額なんてないんだぞ」
「でも、ノア兄は無税なんでしょう?」
「わたしに税金が掛かったら小麦を三億トン以上売らなくちゃならなくなるぞ」
「貴族特権っていい制度だったわよね」
「もう少し早く貴族になりたかったね」
「不敬罪は悪法だったけどな。国に一定額納めれば残りは
全て自分の物だからな」
「ノア兄はアレス領が独立するまでの数ヶ月以外は貴族だもんね」
「正確には私ももう貴族じゃないよ。国王という名前の特別職だよ」
「でも解任されないで無税っていうのは凄すぎです」
「雇い主がコロコロ変わったら人事もコロコロ変わるわよ」
「そうだね、長官職も総入れ替えだろうね」
「また、権力闘争はご免ですよ」
「解任されたら空中庭園辺りでのんびり暮らすか」
「私が解任されなければヤン達を解任することはないよ
あと四年程度は付き合ってくれ」
「若様、三十前で引退するんですか?」
「兄貴、人生八十年の時代ですよ」
「私達が国を立ち上げたのも十四才の時だったけど
あのプロキオンの様子だとルーカスに任せて良いのか不安だわ」
「遂に社員が十万人まで減少したんだろう」
「最盛期は四十万を超えていたのよ」
「ダイアナの電力地帯を手に入れておかなかったら潰れていたね」
「ルーカスには商売より政治の方が合っているのかも知れない」
「商会経営が出来ない人間に政務が務まるかしら?」
「僕たちは十才の頃は第七食堂研究部で部活動をしていたけどね」
「学院の後半は戦争だったけどな」
「キング陛下が今の私達を見たら驚くでしょうね」
「そうだな」
「みなさん、この忙しいのにゆっくり昔話ですか?」
「ニコラウス長官じゃないですか?」
「ニコ、働き過ぎは体に毒よ」
「奥さんを不幸にしちゃいけないよ」
「ニコ、どうしたんだい?」
「それが海上ファームの九号機が原因不明のトラブルで停止したんですよ」
「ニコ、海上ファームの仕事は商務に任せたんだろう?」
「コリーンが出産間近で長期休暇中なんですよ」
「それでお鉢が回って来たってことね」
「海に浮いてるんだから海運のミッキーの方が適任じゃないのか?」
「それを言うなら作った技術開発のケインの責任だろう」
「ケインは例の夢見る君の不具合の処理で忙しいそうです」
「自分の商会のミスで長官職の仕事を疎かにして欲しくないわね」
「とにかく一号機から十号機は同型機なので十機は一時的に止めてあります」
「市場が混乱するから夏は収穫時期から外してあるのよね」
「そうですよ、次の収穫予定は十一月末です」
「十機ということは百万トンだろう。収穫時期だったら一大事だったな」
「ほんとですよ」
五日間の調査の結果、太陽光発電システムの発電量が足りない事で
各システムに負担を掛けていた事による制御システムの不備と判明した。
加えて緊急時にはLNG発電システムに自動的に切り替わるはずが
動作しなかった事も問題だ。
「ケイン、LNG発電システムが機能してなかったぞ」
「やっぱり手間が掛かるけど素直に蓄電池に充電してから
回遊させた方がいいんじゃないの?」
「多分ですがLNGシステムの復水器に海水が溜まっていなかったのが原因で
蒸気タービンの誤動作防止システムが働いて動かなかった物と思われます」
「ケイン、夢見る君に続いて不具合かよ」
「そうね、『適当に作るな』でしょうを進呈するわ」
「財務も技術開発省への予算配分を見直しますよ」
「航路妨害だと言って輸送船から海運にクレームの嵐だぞ」
「同様のシステムを使っているのは四十号機までですので
二週間以内に全ての改修工事を完了させます」
「四十一号機から百二十号機までは大丈夫なんでしょうね?」
「四十号機以降は新型だから問題ないと判明しているよ」
「ニコ、四百万トンの農作物の流通が二ヶ月遅れるが大丈夫か?」
「違約金は保険を適用するとして収穫時期の野菜を加工工房に
百万トン多めに加工して対処しましょう」
「それってバレたら野菜市場が大混乱じゃない」
「長官のいない商務は保険会社からのクレームの嵐だな」
「ケイン、民間の海上ファームは大丈夫なんだろうな?」
「各社、独自のシステムを開発運用していますから
断定は出来ませんが大丈夫だと思います、……信じたいです」
「ケイン、既に神様に見放されてるんじゃないのか?」
「ケインが見放されているとしても私達が見放されていないと信じよう」
「わたしは見放されたのが確定ですか」
「ケインは腕の良い職員を総動員して修理に励んでね」
「本当に励んでくださいよ。今度故障したら予算を八割削減しますよ」
「ヒルダ長官、それはさすがに困ります」
「植物工房の予約は三ヶ月前からですよね
今からトマトなどを予約しておいては如何でしょうか?」
「デニス、良いアイデアです」
「さすが、デニス兄さんよ」
「ニコが出向くと足下を見られるよな。ミーアとシャルで交渉してきてくれ」
「「わかったわ」」
ヒルダをこれ以上怒らせたらこっちまで被害に遭いかねない。
長官職の副業を規制するかな? そうすると私も規制しろって言われるか。
今日は肉ばっかりだな。
「リリーナ、今日は子供達のご褒美ディだったか?」
「それがね、チャンネルセーラで野菜市場混乱というニュースが流れて
キャベツが一玉で銅貨四十枚だったから買うのを諦めたわ」
今度はチャンネルセーラか、どこで情報を仕入れているんだ。
「今が旬のキャベツがその価格だと他の野菜も値段が上がっていただろう」
「だいたいが七割程度上がっていたわね」
「レタスにピーマンに人参もないです」
「セロリもないですよ」
「ご褒美ディは最高です」
うちの家は子供の嫌いな野菜を強制的に一日に二百グラムは食べさせるが
一週間に一度は野菜のない『ご褒美ディ』を導入している。
「それじゃいただきます」
「「「いただきます」」」
「チーズは最高」
「「ハンバーグは最強です」」
「お父様、モルト亭は大丈夫ですか?」
「ああ、今は基本的に日替わり定食が売上げの八割を占めているからね」
「フィーうどん店は山芋とネギの価格が上がると大打撃です」
「クレアド商会の時代が来たっていう感じね」
「クレア、野菜が高騰しているのに喜ぶんじゃありません」
「ごめんなさい、でもね、これで肉の値上がりも確定よね」
「お父さんは野菜の価格が上がれば魚にするけどね」
「それが冷凍船の入港が遅れているそうなんです」
ケインめ、これじゃ魚市場まで影響が出るじゃないか。
「お父様、マキが食べさせてあげる。お口を開けて?」
「それじゃお願いしようかな」
結局、その日はルーカスは帰ってこなかった。
「兄貴、魚の価格が二割増しですよ」
「内陸部だと四割以上上がってますね。ザンジバル航空はウハウハですが」
「貨物部門も増設したんだっけ?」
「そうすると、ノア兄の所も大儲けでしょう?」
「適度に儲かっているよ」
「大型倉庫を持っているところは持ちこたえているけど
中小の食品業界は大打撃ね」
「小麦の価格は変わってないのに今度は野菜と魚か?」
「ヤンの所はどうなの?」
「カンパチやすずきが去年に比べて四割高く売れてるぞ」
「不漁じゃないんだ。半月もすれば魚は落ち着くだろう」
「チャンネルセーラの報道で煽られている野菜市場が問題ですね」
「増産に回せたのは二十万トンだけでしょう?」
「コリーンが休暇なのが痛いですね」
「でも遊んでいるわけじゃないのよ」
「植物工房へ行ってきたけど門前払いだったわ」
「わたしもです。既に半年先まで予約が入っているそうです」
「ミーアとシャルもダメだったか?」
「電話で百万トンの契約は出来ないからね」
「報道も何とかしないといけないですよ」
「それも商務の仕事なのよね」
「今は内務が代わりに対処しているんですよね」
「長官職の権限が強すぎるのも問題よね」
「合議制なんかにしたら利権で動けなくなるぞ」
「仕方ありません、四十一号機から八十号機を発電所に魔力ケーブルで
直接繋いで成長を加速度的に上昇させましょう」
「そうなると、近いノルトの発電設備が適当か?」
「この暑いのに電力の無駄使いかよ」
「そろそろ九月だ。北部は電力消費も落ち始めるだろう」
「それしか方法がないですね」
「シャルが臨時で四十機の海上ファームの誘導を指揮してくれるか?」
「わかったわ」
「兄貴、現在製造中の海上ファームを出せませんか?」
「四十号機あるが不具合が見つかったばかりだ
テスト航海をさせてみないと怖くて稼働させられないな」
穀物が安定したと思ったら
今度は野菜で足をすくわれるとは思ってもみなかった。
異様に繁盛してるな。
「ルチア、凄い人だな。六十人は並んでいたぞ」
「ノア、もう大変だよ。この三日間でお客さんは二倍だよ。漁船を
総動員しているし直営農場からも全て買い取っているけど
追いつかないよ」
「イワシとアジはどうなんだ?」
「イワシは好調だけどアジはそろそろ危ないね。唐揚げ、ハンバーグ
生姜焼き定食、イワシ定食、サンマ定食の五品限定で回しているよ」
「そうか、もうサンマの季節なのか」
「モルト弁当店の方はチキンカツ丼に玉子丼とフライ弁当と唐揚だけだよ」
「もしかして、牛の価格が上がっているのか?」
「もう四割も上がってるよ。とても余所から買う余裕はないかな
中小の商会は三割が閉店状態だね」
かなりの在庫を持っていたデネブがこの状態じゃプロキオンは危ないな。
そうは言ってもお金はあっても物資がないんだよな。
お読み頂きありがとうございました。
個人的は出来事ですが、今朝、水道が出なくなりました。
電話で連絡した所、二時間後には業者の方が来て解氷機を10分使っただけで
無事に水が出るようになりました。
業者の方は北海道が寒いので臨時で深夜まで注文が来ているそうです。
業者の方の言い分では稼ぎ時らしいですよ。
寒い地方に住んでいる皆さんも水抜き作業は定期的に行うといいそうです。
今週で最終話を迎えますが、次作を思いつかなくて困っています。
冬のピークで寒いですが皆様も健康や生活にお気をつけ下さい。