第百三十八話:非常識な人間は慕われないらしい
アレス歴十一年の四月一日、強権を振りかざして並み居る商会の妨害を
振り切りデネブ商会は全業務を開始させた。
今日は会議というより報告会だ。
「ノア様、新通貨への移行は完全に完了しました。明日より海金貨を
初めとした旧アレス通貨の溶解作業を開始します」
「ヒルダ、どれくらい集まったのかな?」
「気になるな」
「私の右隣にいる非常識な一個人を除外すれば四千五十兆アル程度になり
更に新通貨を千二百兆アル分流通させました。新通貨は銅貨、大銅貨、銀貨
小金貨、金貨、黒金貨、空金貨ですが大銅貨以外は全てアルを基本単位に
銀貨より全て十倍となっております」
「非常識の一個人が気になるけどこれで国庫には
約七千兆アルもあるという事だよね」
「海金貨国債の累計発行数が七千万枚で一千四百兆アルで市場に流通
させた新通貨が一千二百兆アルの二千六百兆アルですが溶かす分は
なかった物と考えて頂き空金貨二億六千万のみと考えて下さい」
「四兆五千億アル近くを封印するという事?」
「それらは全て電子の海の中です
存在するけど目に見えない力と認識して下さい」
「つまり、とある非常識の一個人の所有財産と同様の扱いになるのね」
「そうなります」
「まあ、財務の報告はこれくらいでいいだろう」
「では国税からですが、今回の通貨切り替えで不正申告していた商会は
六万二千件程度で個人では一億六十万人に昇りその全てに対して
懲罰金を課しました」
「幾ら集まったの?」
「未回収が八割を超えてるけど今日の段階で空金貨四百万枚で
十一月には一千七百万枚納税される予定です」
「秋に全ての麦と米を売るより金額が高いじゃない」
「今年もオーガス王国様は一トンを金貨三枚程度で買ってくれると思うけどな」
「米と小麦だが農家の最低卸価格を設定しようと思う」
「私から、現在の所農家の商会への売り渡し価格は自由競争ですが
相場は米十キロで銅貨四十枚で小麦が六十枚です。許しがたい事ですが
今年も穀物を溜め込んでいる商会が所有する小麦が六千万トンに
米が五千万トン存在するようです。商会は今言った価格の半分以下で
魔法契約を結んで買いたたいております」
「半年で七六協定を無視するとはいい度胸ね」
「馬鹿なのかしら」
「そういう奴は死ななきゃ治らないって言うな」
「ノア様もかなり溜め込んでいますよね」
「おいおい、私の開業したモルト亭はメガ盛りまで無料の格安食堂だよ」
「食べに行きましたが普通の人間にメガ盛りは食べられませんよ」
「ほんとにご子息の商会に対抗してどうするんですかね」
「まあそれはいいとして、国税職員は今は休暇中ですが
再来週から一斉取り締まりを行います」
「それで、最低卸値を小麦五キロ銅貨二十五枚に米が十五枚を最低価格に
設定して違反する商会を国税に取り締まって貰うつもりだ」
「腕が鳴りますよ」
「いいんじゃないですか」
「そうね、もう暴動はご免です」
「農家の方から破った場合はどうします?」
「そんなに潰れたいなら国が物納で九割頂こう」
「そっちは農務で監視しますよ」
「そうですね、国民証のランク格下げが良いですね」
財務、国税、農務で終わりかな。
国税から固定資産税の話が出なかったが今度で良いだろう。
「それでは解散、次は小麦の収穫時期でいいだろう」
久しぶり家族で食事に行くか。
「おい、みんな食事に行かないか?」
「「行く」」
「行ってもいいわ」
「行きます」
「マキも行く」
「ケイトも」
「行くならグラン亭に行きませんか?」
「別に大盛りじゃなくてもいいのよ」
「どこかの誰かが参入したからメニュー開発にも力を入れてるんだよ」
「まあいいだろう、リリーナも行くか?」
「そうね、ノン、マキ、子供達をお願いね」
「「かしこまりました」」
『どらちへ向かいますか?』
「グラン亭、八番エクレールタワー店」
『アイアイサー、目的地グラン亭の八番エクレールタワー店、発進』
「速いね」
「そうだね」
「ノア、随分速くなったのね」
「交通管理システムが改良されて時速五十キロまで
出せるようになったからね」
「これが百キロまで上がったらうちの運送部門は大打撃だよ」
エクレールタワーも随分とデカくなったな。
「ここの四階ですよ」
「グラン亭へようこそ」
「四人、いや、六人テーブルを二つでお願いするよ」
この店はモルト亭より高級感があるな。
「魚料理から肉料理まであるよ」
「私はステーキーで」
「私もそれで、それに唐揚げもつけて」
「「ハンバーグ」」
「マキもハンバーグ」
「ケイトも」
「僕は鉄火丼の大盛りで」
「私は鯛の刺身にニシンの塩焼きでご飯は特盛りでお願いするよ」
「わたしも同じで、ご飯は並盛りで」
『九人分かしこまりました。十二分と十八秒、更に誤差として
五秒間お待ちください』
「この十式音声認識システムは凄いでしょう」
「まあまあね」
「まだ導入した店舗は全体の二割だけど料理も自動カートで運んでくれて
電子決済まで自動でやってくれるんだ」
「お前の商会だから文句は言わないが対面接客は重要だぞ」
「人件費が厳しいんだよ」
プロキオンも人員整理をやっているようだからな。
「料理が来たようね」
「「ハンバーグ」」
「悪くない程度ね」
「値段次第ですね」
「美味しいよ」
「うん」
「食べる」
「ちょっと味気ないわね」
これは電子レンジで温めただけじゃないか
プロキオンは大丈夫なのか?
『お会計は全部で……一万八千四百二十アルになります。認証開始……
認証中……完了、ありがとうございました。またのご来店を
心よりお待ちしております』
少々高かったが仕方ないな。それにしても丁寧な言葉使いだな。
学院生じゃなくなると時間の使い方に悩むな。
「ルチア、モルト亭の売上げはどうだ?」
「上々ですね。デネブカードの原動力になっていると
言っても過言じゃありませんね」
「今のメニューは?」
「季節の魚が二種類に肉料理が三種類が大銅貨四枚でパスタ二種類と
日替わりメニュー二種類が大銅貨三枚で昼の一時半から四時半は一割引き
セールです。これで一店舗で平均で毎日千百人が入っています」
「ご飯の盛り加減で一番多いのは?」
「怖いですけど千二百グラムの特盛りですよ。並み、大盛り、特盛り、
メガ盛り、ギガ盛り、デネブ盛りですが、メガ盛りで既に千六百グラムで
デネブ盛りに至っては三千二百グラムですよ」
「ポール、調子が悪い業種はあるか?」
「航空がシリウスに鉄道がフリーダムに押されていますが、それ以外は
好調ですね。特に輸送部門が好調で一部の人間からは海運の巨人と
呼ばれつつあります」
そう簡単にシリウスには勝てないよな。
「ノア様、海上プラントも見て行かれませんか?」
「ポール、もう出来ているのか?」
「はい、転移装置を使って移動しましょう」
「転移装置とはなんだ?」
「技術開発省が開発した短距離転移システムです。建設コストが高いですし
魔力消費が激しく通常の移動には使えませんが十キロまで転移可能です」
「そうなのか」
この電車みたいな箱で飛ぶのか?
『転移可能な場所は四カ所です。どちらへ向かいますか?』
「第二海上フォーム工房へ、二名のみだ」
『魔力分析開始……二名の魔力を消費して転移を実行します
目的地、第二海上ファーム』
目眩がする。わたしに目眩を起こさせるほどの魔力を吸収するとは
これは一般人には使えないな。
「ノア様、かなりの魔力をお持ちなんですね。
これは転移させる人間の魔力を分析して魔力の大きい人間の魔力総量が
転移に必要な魔力量の十倍以上の場合はその個人の魔力のみを使うんです」
「ちょっと目眩がしたぞ」
「すいません、目の前に見えるのがデネブ商会の一号艦です」
「国で製造している奴より小型だな」
「国は百ヘクタール型ですが民間は十ヘクタール型で連結機能付きで
速度が三キロ出ることが条件になっています」
「これでどれだけの作物が収穫出来るんだ?」
「今回はトマトとイチゴを育てていますがそれぞれ年間に四回収穫が可能で
一回に五千トンずつの収穫出来ます」
「凄まじい収穫量だな」
「通常の畑の八倍程度の収穫が可能です。そしてこの人口ファームの
最大の特徴は季節に全く影響を受けないことです」
「これが毎年何機くらい製造されてるんだ?」
「大規模商会のみですが月産で三機の製造可能です。魔法師さえ
揃っていれば製造コストも太陽光パネルと肥料循環システムと
空調システム、加えて自動栽培システム部分に空金貨二百枚程度と
それ以外に二百枚で合計で空金貨四百枚で製造可能です」
「たった空金貨四百枚で毎年四万トンもの野菜が作れるのか?」
「しかし、中小の商会ではドッグへの設備投資に製造費用と
収穫までの間の三ヶ月間は収益が出ないので参入は厳しいようです」
「良い物が見れて良かったよ」
「まだまだ研究開発中です。来年には製造費用を二割落として収穫高を
二割増しする事が可能だと思われます」
三年後には米と小麦も商業ベースで生産出来ると言ってたな
もう一年経ったから残り一年程度なのか。
「それじゃ戻ろうか?」
「はい」
国でも大々的に作っても良いんだが
そうなると農家が一気に潰れることになるんだよな。
八億の国民を食べさせていくには海上ファームは必須なんだが
海の上で可能なら陸の上でも出来ない事はないよな。
検討してみるか?
お読み頂きありがとうございました。