第百三十四話:どこの大学も退屈のようだ
十一月になって税も納め終わって安心していると
北と南のお隣さんが両方揉め始めているようだ。
今日は商業大学院の初めての授業日だった。
「それでロングホームルームの最後に言っておく事は小隊の評価方法ね」
「優秀な生徒は推薦状がもらえるんですよね」
「そうね、評価するのは影の審査官で貴方たちが気づくことはないでしょう
審査官は五十人いて定期的にみんなの小隊の運営方針や利益などを検査するわ」
「国の職員なんですか?」
「それも言えないわね。とにかく破産だけはしないようにね
既に破産して入学を取りやめた人間が二十人以上いるわ」
いい気になって商会を立ち上げてすぐに脱落したのか
運のない人間というのはどこにでもいるもんだ。
「では解散」
「それじゃ明日は四人は予定通りに免許講習という事でいいわね」
「兄貴、頑張りましょう」
「ヤン達とミグ以外はみんな取ったんだから落ちないでよ」
「僕も頑張るよ」
「わたしもです」
商会が忙しくてとても二日も免許ごときに潰せなかったな。
まさか、サザンクロスまで来る事になるとはな。
「諸君、反射神経の良い奴は今日中に合格するが
ダメなやつは七日間講習が続くと思え」
「既に結婚または婚約している者は別として
それ以外は別々に行動して下さいね」
「兄貴、俺はあの痩せた兄ちゃんのところで受けます」
「僕は三階の教室で受けてくるよ」
「ルーカス、私達はあの鬼教官みたいな人ね」
「まあ何とかなるだろう」
おい、僕たちは庭かよ。
「よし、あそこに転がっている大岩を五メートル持ち上げろ
出来なかった奴は明日また出直してこい」
「行きます」
「よし、次」
「わたしです、行きます」
「中々見所があるぞ」
こんなのが試験と関係あるのか?
「よし、次」
「行きます」
「おい、余裕があるようだな。あと二十メートル上まであげてみろ」
「はい」
この程度は余裕だよ。
「よし、お前はこの段階で合格だ。この書類を持って手続きしてこい」
「教官殿ありがとうございます」
メグには悪いが落ちることはないだろう。
「君、もう終わったの?」
「はい、これが書類です」
「あの鬼に一発合格をもらうって凄いわね」
同僚を鬼呼ばわりして良いのか。
「ここに血を垂らしてね」
まるで国民証でも登録するみたいだな。
「これで登録完了よ。今なら自動車保険の無制限が一割引きよ」
「幾らですか?」
「免許所得記念で黒金貨四枚よ!」
ここはリキの管轄だよな。良いのかこんな商売みたいな事させて。
「では入会します」
「良い返事ね。もう手続きは済んでるから
あとはサインしてお金をもらうだけよ」
「素早いですね」
「ホストに照会したら紫国民だったから先回りしておいたのよ」
「はい、これでいいですね」
「一年で二千キロ以上を自分で運転して
事故がなければ保険料が二割下がるから頑張ってね」
数万台の自動車を持っているのに保険に入ってなかったとは迂闊だったな。
メグはまだ掛かりそうだな。先に帰るか。
「兄さん、免許はどうだった?」
「すぐに受かったぞ」
「そうなの、私も来週取りに行くのよ」
「わたしは反重力エンジン搭載車限定試験に二回も落ちてるよ
来年は取ってみせるわ」
「八才未満だと難易度が一気にあがるから大変ね」
「それより学院はどうだ?」
「退屈ね、あそこに三年通う事はないわね」
「大学院も退屈よ。失敗したわね」
「商業大学院は?」
「まだ授業を一回しか受けてないから分からないよ」
翌日は予定を五日延長してアラン達が新婚旅行から戻ってきた。
「どうだった、新婚気分は味わえたか?」
「ミカエル王国へ行ったのは完全な失敗だった。危うく投獄される所だったぞ」
「そうなんです。ミカエル王国は戦争の準備を始めているようなんです
自然と相手国はうちになりますよね」
「我が国が負ける事はあり得ませんが
折角の畑を増やした麦と来年の米の生産が落ちますね」
「種族差別なんてやっている連中なんて死ねば良いんだよ」
これだと僕はミカエルに潜伏できないな。諜報部隊も持ってないし
父さんに一任するにしても甘く見ていそうなんだよな。
「とりあえず、うちの従業員にはミカエル王国への渡航は禁止しよう」
「それが最善だな」
「ルーカス様、天然ガス施設の建設は順調です。例の土地にも発電所が
来週には完成しますから我々も電力供給を受けられます」
「それは良いな、これでシリウスに電気代を払わずに済むな」
「予想ですが、例の土地で今月中に完成するのは大きな施設は
発電所が三カ所に貯蔵タンクが三十二基までですね」
「例の土地も良い感じに仕上がってきたな」
「思うんだけどさ、例の土地って秘密基地じゃないんだから
名前を付けようよ」
「そうだな、広さだけならエクレールよりかなり広いしな」
「アラン達は何の神を信じているんだ?」
「狩猟の女神のディアーナ様だぞ」
「それじゃディアナだと不味いし別名のダイアナはどうだ?」
「悪くないな」
「ディアナ様と共にあるという感じがしていいわ」
「ディアナからならドロシーとエクレールに供給できるな」
「ドロシーの南のベガにも供給可能です」
「今のガス田の更に南でガス田が見つかったようだ。これの開発も
ギリギリで間に合うだろう」
「ガス田が二つか、従業員、いや社員でいいか、その配置を考えないとな」
「良さそうな人間は中々見つからないんだよね」
「だいたいは五月から八月に職場が決まりますからね」
「うちは経済大学院の卒業生に払えるほどの給料は難しいぞ」
「地道にコツコツ探そう」
「シリウスって社員が五百万人以上いるんでしょう」
「契約社員っていうのを合わせると八百万人を超えるようだぞ」
「我が社はそのシリウスの株を海金貨百五十万枚持っているんですよ」
「うちも航空機や鉄道の経営に乗り出したいな」
「まだ開業して八ヶ月よ。それこそコツコツよ」
「聞いておくがアヒル族ばかり雇って良いのか?」
「僕は父と一緒で種族の差なんていう事は全く気にしないよ
食費が少々かかるのが欠点といえば欠点だけど
高い技術を持っているのも確かだよね」
「しかし、グラン亭も既に建設ラッシュなのに
社員がいないから営業できないなんて屈辱ね」
「ルーカス様、他の商会から引き抜きますか?」
「いや、恨まれても仕方ないよ。良い人材もきっといるはずだよ」
「もう五時半ですよ」
「それじゃ僕は帰らせて貰うよ、アラン、嫁さんを大事にしろよ」
「わかってるさ」
昨日はクレアに絡まれてよく寝れなかったな。
ここが僕たちの店か
随分とちっぽけな店だな。
「ルーカス、良く来たわね」
「売上げはどうだ?」
「プロセスチーズが六個とナチュラルチーズが二個売れただけね」
「もう二日目なんですよ、これが本当の商会だったら方針転換する所です」
きっと、目新しい大学院の服を着ていたから買ってくれたんだろう
目新しいもの好きの人達かな。
「人件費も出ないな」
「ロゴを考えた方が良いんじゃないか?」
「やっぱり牛のマークですか?」
「ありきたりね」
「鳥は?」
「鳥のマークは多すぎるね」
「プロキオンはアヒルよね」
「うちはアヒル族が多いからね」
「雀は?」
「戦闘機に既に使われてるよ。白鳥と鷹と鷲もね」
「包装が簡易すぎるね」
「白いだけのパッケージも問題あるな」
「これで中身がチーズだって分かる人間はプロだぞ」
「でも、それぞれ百二十個あるのよ」
「とにかく、いまある分はどこかの商会に
引き取ってもらった方がいいんじゃないか」
「僕とヤンの所で半分ずつ引き取ろう」
「俺もそれでいいぜ」
「そうね、次はもう少し考えて作らないとね」
「ミリア、金貨よ」
「珍しい物じゃないでしょう」
「うちね、お父さんが厳しくてお小遣いが月に銀貨六枚だから
久しぶりに金貨を手にするわ」
今時の学院生でお小遣いが銀貨のみか。
僕もお金を大事に使わないといけないな。
「ラナ、苦労してるんだな」
「一応は利益ね」
「ミリア、暇になっちゃったわね」
「そうだ、下着でも買いに行かない?」
「そろそろ冬物も安くなってる頃ね」
「女性用下着ならアレシアかな」
「あそこなら種類も豊富よね」
「俺達は帰るぞ」
「僕もお暇させてもらうよ」
「男の子の意見も聞きたいわ」
「女性用下着の売り場なんかに入れるかよ」
「そうだな」
「次は学校でね」
メグも女性用下着をつける年頃なのか。
そろそろ十才だからな。
やはり事務所が広いというのは気持ちが良いな。
「ルイ、そろそろお昼だよ」
「それどころじゃないんですよ」
「取引先とトラブルでもあった?」
「トラブルと言えばトラブルですね。ノルト併合案が決まったそうです」
「まさか戦争なのか?」
「相手が望んだ結果ですよ」
「問題はうちらの土地がどういう扱いを受けるかよね」
「これは税金がキツくなりそうだな」
「今まではノルト大陸では全て税金を取られなかったからね」
施設の権利を国に売れとか言われたら困るぞ。
交渉は既に済んでいたらしく
十二月一日付けでノルト大陸が正式にアレス王国に編入される事が発表された。
「既にアレス国民が手に入れていた土地に対しては一年間の税の猶予でしたね」
「当たり前よ。ノルト大陸の人間も
来年の十一月まで税金を払わないで済むのよ」
「問題はアヒル族が長い間守ってきた土地が王国の直轄地になった事だな」
「国も豊富な鉱石の権利までは放棄しなかったという事ね」
「今までは採掘し放題だったからな」
「アヒル族はどうするんだ?」
「爺ちゃん達は税を払ってでも続けるだろうな」
「あたいの家は税金が払えなくて鉱石の八割を物納形式で持って行かれたよ」
「うちも少ししか蓄えがなかったから七割を物納しました」
「無くなったらノルトに掘りに行けばいいという考えが不味かったですね」
「俺の家は商会を経営してるから売れそうな物は
とっくの昔に売り払っていたから海金貨二千枚で済んだけどな」
「小さな商会で二千枚は払いすぎよ」
「移民してきたアヒル族は
一般家庭でも海金貨五十枚は納めているようだよ」
「国は潤って喜んでいるでしょうね」
「十年以上溜め込んでいた分を今年一斉に売り払ったからな」
「うちの家にはもう海金貨が八枚しかないわ
それに鉱石が余っていて買い手が付かないから困っているの」
「わたしの家も妹の学院の入学金と授業料で一気に金が減ったよ」
「アレス王国に来て食べ物に苦労せずに安定した生活を送れると思ったのに
これからは苦しくなりそうね」
一般家庭で税の支払い直後に海金貨八枚あれば
十分に裕福な家庭だと思うけどな。
アヒル族も価値観がだいぶ変わってきたか。
そろそろ第二次臨時雇用組も解散だな。みんなはどうするんだろう。
お読み頂きありがとうございました。




