第百三十話:チップをくれるお客様は有り難い
八月も下旬に戦没者追悼式典がクラウディアで行われ。そして
やはりオーガス王国から緊急輸入の申し入れがあったようだ。
「二億トンも輸出して大丈夫なのかな?」
「シャル、仕方ないわよ。かなりサン王国に押されているようじゃない」
「兵士も食糧がないんじゃ士気も落ちるよな」
「既に四千万トンも輸出されたんだろう」
「八万トンの輸送船も総動員みたいね」
「卒業だって言うのにパンも食べられないぞ」
「小麦が五キロで小金貨六枚ってあり得ないわよ」
「小麦って一ヶ月前まで五キロで大銅貨八枚で売ってたのよ」
「七十五倍! あり得ないわ」
まさか、オーガスが二倍以上も要求してくるとは
僕の想像を超えているよ。
おいおい、列の最後尾が見えないぞ。
「ルーカス様、昨日は一店舗に千五百人の客が押しかけてきました」
「臨時で価格を二倍に上げたんだろう」
「他の店は高い所では八十倍、低い所でも四十倍ですよ
二倍なんて超優良商会ですよ」
「お客さんの半分はチップだと言って
銀貨を一枚置いて言ってくれてるのよ」
「米の今の価格は?」
「もはや小売りしていませんよ。闇相場では五キロで小金貨四枚らしいです」
「もしもと思って四万トン買っといて正解ね」
「小麦はどの位の量を流しているんだ?」
「計画の十六都市に五十万トンずつ流しましたが価格が下がりませんよ」
「仕方ない、在庫を五百トンだけ残して全て売ろう」
「従業員からはもっと売ってくれと懇願されていたんです。売り切って見せます」
前の歴史通りにクレアや長官職の人間も五十万トン単位で売却しているようだが
価格が一時的に二割程度下がると三日後には戻ってしまう始末だ。
今日は晴れの舞台だっていうのに。
「卒業式のパーティは中止みたいね」
「アルタイルパン一個が銀貨二枚だよ。仕方ないよ」
「卒業生代表、デニス・アンダーソン」
「皆さん、本日僕たちは第三王立学院を卒業します。今、アレス王国の
食糧事情は混乱していますが僕たちも在庫の食糧を売って対応して
います。みなさんあと一ヶ月半です、頑張って切り抜けましょう」
そして僕たちの学院生活は終わった。
僕としては八ヶ月分の記憶しか無いが
悪くない生活だった。
「今日はルーカスの所に食べに行くか?」
「うちは長蛇の列だよ」
「癪だけどヤンの店で食べましょう」
「俺の店も優良店だぞ」
ここか、並んでいるのは四十人程度か。
「ご注文をお伺いします。しかし大盛りはやっていないので
その点はご了承下さい」
「そうね、赤マグロのステーキとご飯のセットでいいかな?」
「いいぞ」
「それじゃ赤マグロのセットをサラダ付きで二十二人前お願い」
「わかりました」
「ミリア、わたしも居てもいいの?」
「ラナ、良いのよ。貴方も商業大学院に入学するんでしょう?」
「そうだけど……」
「国の幹部の子弟達ばかりで緊張してるのか?」
「気にするなよ」
「貴方も王妃殿下の姪っ子じゃない」
「ルーカスのいとこでしょう?」
「気軽に接してくれると有り難いよ」
一度死んだ人間は意思が弱いんだろうか?
「おまちどおさま」
「サラダは多いのね」
「ヤン、このご飯って二百グラム程度しかないわよ」
「勘弁してくれよ。米は闇相場で五キロで小金貨四枚だぞ」
「情報局長官の息子が闇相場に手を出していいのか?」
「市場に出回ってないんだ、仕方ないだろう」
「魚は新鮮でサラダは多いんだけどね」
「味もいいですよ」
「このステーキはご飯より食べ応えがありますよ」
「一応は優良店よね」
「でも、これで銀貨八枚ですよ」
「野菜も便乗値上げで去年の十倍するんだよ。これでも漁船を持ってるから
魚だけは何とかなってるんだぞ」
「ルーカスの所はお米八百グラムのどんぶり物で銀貨一枚と
大銅貨三枚でしょう」
「長蛇の列が出来る訳ね」
「僕たちも父さん達に頼んでみるよ」
「わたしも頼んでみます」
さて、どうしたものか。もうグラン亭を営業するだけで精一杯だ。
「ルーカス、小麦と米が五キロで金貨一枚まで上がったぞ」
「ミカエルもサン王国に緊急輸出したみたで売ってくれないのよ」
「ミカエル王国は持っているでしょうけど、売り時を見極めているのね」
「ルーカス様、二十の都市で三十万トンずつ売り出しました」
「凄いぞ、売値を安めの五キロで小金貨三枚で売り出したが即日完売だ」
「ルイ、残りの小麦は?」
「七月にあった千八百万トンの小麦も残り十万トンを残すのみです」
「ルーカス、これを売っちゃうと私達も闇相場で高い米か
小麦を買わなければいけなくなるわ」
「米も十万トンだけ残して全て売ろう」
そして、九月十五日にミカエル王国が米五キロを
金貨一枚で売ると言ってきた。
父さんはこの提案を侮辱と受け取り断固拒否。
これでミカエルとの仲も険悪になったが
闇相場にはかなりの南部米が入ってきた。
「ルーカス、食糧はどの程度あるんだ?」
「お父様、在庫は米が六万トンですが、うちには八万人以上のアヒル族の
従業員がおりグラン亭は低価格で食事の提供を継続しております。余所に
売る余裕は既にありません」
「私が緊急輸出に踏み切ったせいか」
「噂ですが農業連合には米と小麦を合わせて
一億五千万トン以上を隠し持っているそうです」
「分かった」
父さんも、もはや限界だろう。
時期が四十日以上早いが既に暴動が起きている。
しかし、すぐに動くことはなかった。
「フレッド、父親から農業連合の話は出てないのか?」
「どうやら大量の穀物をミカエル王国に流しているようなんですよ
毎晩帰ってくるのは夜の十二時を回ってますよ」
「ガイアの南部のお米とキング周辺で取れたお米も回してるんでしょう」
「父さんの話だとラインの街には米と小麦が溢れているそうですよ」
「多くの商会が買い出しに行ってるみたいですね」
「父も激怒してました。ミカエル討つべしと進言しているみたいです」
「うちの父は同族に満足に食べさせられないと言って泣いてましたよ」
「アヒル族に食べるなというのは死ねと言うのに等しいものね」
「あと一ヶ月なのよね」
「そうですよ。豊作なのは確定ですよ」
「でも魔法契約で農家に契約を迫っている集団がいるようですよ」
「ふざけてるわね。もう殺すべきね」
これは本当にみんな米も小麦も持ってないな。
「ルーカス、悪いアヒル族に米を五万トン分けちまった」
「仕方ないよ。アヒル族は三百万近くいるんだろう」
「ルーカス、あたいたちも食事を切り詰めてるけど、もう小麦が
四十トンに米が八百六十トンしかないわ」
「合計で九百トンだけか。アヒル族が切り詰めたとしても……」
「従業員は十二万七千人です。よって一人七キロですよ」
「ルイ、こんな時に細かい計算するんじゃねえ!」
「アラン、従業員の七割以上は肉体労働をしてくれているんですよ」
「残念だが明日一杯でグラン亭を一時閉店としよう
大盛りも無しだ」
「グラン亭の名が泣くけど仕方ないね」
翌日はグラン亭の初めの臨時休業のお知らせを出しての営業だ。
「鉄火度の小盛りで四人前お願いします」
「こっちはカツ丼の小盛りを六人前お願いします」
みんな気を遣って小盛りにしてくれているんだな。
そろそろ閉店にするか。
「ルーカス、大変だ。国税を中心に陸海空の三軍合わせて八十万が
農業連合の全ての拠点に強制査察に入ったそうだ」
「「「おおおおぉぉぉぉ」」」
「陛下は俺達を見捨てなかったんだな」
「これで安心だ」
「アラン、それで食糧は?」
「既に百以上の倉庫から搬出中だそうだ
エクレール周辺の倉庫にも数百万トンの穀物があったらしい」
「よし、臨時閉店はやめだ。至急仕入れて明日も営業するぞ」
「そうよ、グラン亭に全店同時定休日なんてあってはいけないのよ」
三日後には七千三百七十人が極刑としてクラウディアで処分された。
「農業連合は小麦を一億二千万トン以上と
米を一億トンも倉庫に隠していたみたいね」
「七千三百何十人も死んだんだな」
「当然の報いね」
「アレス王国での餓死者は二千人以上よ」
「農業大国で餓死者なんてあり得ないわね」
「暴動でも数百人死んだんだろう」
「七六宣言が出たからもう穀物の価格を上げる馬鹿はいないな」
「七六宣言って何なんだ?」
「ルーカス、お前な、父親の名演説も知らないのかよ」
「小麦五キロで大銅貨七枚、米五キロで大銅貨六枚と取り決めた宣言よ」
僕のパクりじゃ無いか。
「それで今日はドームに無駄話する為に集まったわけじゃないんだろう」
「食品関係や食堂の関係者を集めて誓約の儀式をあげるんだって」
「俺も細かい事は知らないな」
父さんは何をするつもりだ。歴史にはこんな事は無かったが。
それ以前にドームなんてなかったが。
「出てきたわ」
「陛下と商務と国税の三人ね」
「お母様だわ」
「父さんだよ」
何を誓約させるつもりなんだ。
「諸君、私の不手際で大変な迷惑を掛けてしまった。ここでまずは
謝罪しよう。そして、ここに集まった者には小麦五キロ大銅貨七枚
米五キロ大銅貨六枚の魔法契約にサインしてもらいたい。これは一年間有効
の魔法契約書だ」
「私から、これは強制ではありません。拒否される方は十五分以内に
この場から去って下さい。罰に問うような事は致しません。残った方は
魔法契約書にサインをお願いします」
「悪いが帰らせてもらう」
「自由売買が基本だろう」
「陛下も焼きが回ったか」
「女はこれだからな」
全体の八割、いや九割以上は帰ったようだな。
「ルーカス、帰りたいのか?」
「馬鹿だな、帰ったら帰る家が無くなるだろう」
「そうもそうだな」
「ルーカス、サインしましたよ」
「メグ、お前も食堂でも始めていたのか?」
「いいえ、鰹節工房だけですよ」
本当に食品に関わっている人間を全て集めたのか
何が狙いなんだろうな。
「それでは私は国税長官のフレッドと言う。魔法契約書に署名してくれたのは
ここの会場で四百二十二名、そして全ての会場の人間を合わせても
八百六十五商会の千四百四十名のみだ。ここで特典を出す。契約者には
今年十一月の税を一律で一割下げる事とする」
「一割下げてくれるって」
「内は二割五分だから一割五分だよ」
「それじゃ一割の人は?」
「非課税なんじゃないの」
プロキオンはどうあがいても
四割は持って行かれるから三割になるのは有り難い。
「みなさん、よく決心してくれた感謝する
来年の十月以降は再び自由に価格を決めて売って頂いて問題はない」
おいおい、それだけかよ。
「それではご静聴ありがとうございました
細かい特典も用意してあります。十一月の税の徴収にはご協力をお願いします」
コリーン、それだけですか?
さて、予想外に稼げてしまった金をどう処分するかな。
お読み頂きありがとうございます。




