第百十九話:職場で娘の教育をしよう
季節は初夏になった。
麦の収穫も上々でニコは各地を飛び回っている。
「ノア様、今年の小麦は遂に戦争の影響から完全に回復しておりガイア北部で
一億四千万トン、新領土で一億八千万トン、ミランで二千万トン。そして
本国での収穫高が一億五千万トンです」
「五億トン近いんだね」
「米は至っては七億トンを超えると見込まれております」
「一人で一年間に五百キロは食べきれないね」
「幸いと言っていいのか、今年もオーガス王国は穀物不足のようで
一億二千万トン規模の緊急輸入を申し込んで来ました」
「また今までの在庫を売りつけるんだろう」
「当たり前です。残念ながら二割は今年収穫した物になりますが」
ヒルダの金銭感覚はぶれないな。
「ところでうちの息子がヒルダのお嬢さんと
お付き合いさせて頂いているようだが、娘さんから話は聞いているかな?」
「次女のメグの事ですね。一応聞いてますよ」
「ルーカスの話ではマーガレット嬢も
技術大学院の卒業は確定しているという事だが」
「そうですね、二年ほど教育して十二才になれば差し上げてもいいですよ」
「ヒルダ、物じゃないんだよ」
「うちには十四人も子供がいますからね、順番に嫁を取るなり
嫁に行くなりしてもらわないと困るんですよ」
「そうなのか、大変だね」
「とりあえず長女と共に財務で働かせてみるつもりです」
「お兄さんが居たはずだけど?」
「長男と次男は宇宙開発局で働きたいというので修行に出してます」
穀物輸送の話は今度でいいか。
オーガスとサンもいつまで戦争しているつもりだろうね。
暑い、仕方ない。
「クレア、コンピュータールームにクーラーのスイッチを
入れるように連絡してくれ」
「お父様、まだ九時半よ」
「暑いんだよ」
クレアは大学院の単位も取り終わり学籍は残してあるが
今では俺の部屋で自分の商会の仕事をしている。
「兄貴、やっとクーラー様の恩恵に受ける気になったんですね」
「気象衛星の予報だと昼には外の気温が三十四度らしいからな」
「うちなんて夜もクーラーを付けっぱなしですよ」
「コンラートは少しセスナにでも乗ってこいよ」
「いいよな、特別価格で買えるっていうのは」
「学院卒の人間にジェットは危険だからセスナを練習機にしたんだよ」
「確かに九才で超音速機は危ないよな」
「ダンに二人乗り仕様も作って貰ったんだけどね。子供は無理するからね」
「そういえば十型から一年三ヶ月も経ってるけど結局十一型はなしか」
「今は宇宙開発が忙しいらしいわよ」
「もう有人飛行も成功してるんだし
次はステーション建設か」
「まずは電力の確保が先決ね」
「クーラーをケチっているようじゃ宇宙開発どころじゃないですよ」
「わたしに言っているのか? 魔法師が足りないんだよ」
「ノルトで馬鹿な内戦なんてしなければ足りていたんですけどね」
「皆さんの所はお子さんを大学院へ行かせるんですか?」
「大学院には入れるとは言われているけど一年で卒業されちゃったら
入学金と授業料の無駄ね」
「そうは言ってもな。経済大学院も技術大学院もレベルが高いんだよ」
「大学院と経済大学院の中間の大学院が欲しいわよね」
「クレアちゃんみたいに一年で卒業されたら入学金を支払う親は大変だよ」
「お父様、国で援助できないんですか?」
「援助してもいいんだけどね」
「今の大学院のレベルじゃ援助しても大して効果がないわね」
「入学金の代わりに保証金を捻出して商会の運営をさせた方が勉強になるね」
「クレア、養鶏事業を拡大するなら私とやり合う事を覚悟しておいてね」
「ミーアさん、うちは零細企業ですよ」
「何言ってるのかしら、月の売上げが海金貨五百枚以上のくせに」
「薄利多売ですから」
「兄貴、ざるラーメンでも食べに行きませんか?」
女同士の争いを回避するには良い手段だな。
「今日は趣向を変えてソフィーの店のざるうどんにしよう」
「たまには他の店で食べるのも勉強ですね」
「クレアはどうする?」
「まだ商会の仕事があるの」
「わかった」
フィーレストラン、スカイタワー支店か。
「いらっしゃいませ」
「わたしは明太子冷やしうどんとアサリ五目で」
「俺も明太子冷やしうどんの大盛りと天ぷらセットで」
「僕はカレーうどんの大盛りとカツ丼をお願いするよ」
「わたしは全て小盛りで牛丼とカツ丼と焼き鳥丼をお願いするわ」
「コンラートもミーアも丼物かよ」
「わたしは他店の肉料理の研究ね」
「フィーうどん店の昆布だしは有名だからね」
「しかし、よくスカイタワーに店を出せたよな」
「食堂階をワンフロアー追加になったかららしいね」
「俺は海鮮居酒屋を始めるときに海金貨で五十枚も保証金を払ったんだぜ」
「ソフィーの所も売上げは海金貨で百枚を超えているそうだよ」
「ほんとに農業連合の影で動いた人間はみんな儲かっているのね」
「おまちどうさま」
「中々美味いわね」
「カレーショップとは違った味がいいですね」
「海老がサクサクじゃないか
これってルーカスの店で仕入れている海老だろうな」
中々いい味だ。ヤンよ俺の前で海老を食べるとは死にたいのか?
「これで大銅貨七枚か、うちも経営努力しないといけないな」
「うちも子供達に商会を立ち上げさせようかしら?」
「まあ、勉強にはなるよな」
「うちの子も経済大学院に入れる学力はないからな」
「競争倍率がかなり下がったけど、それでもまだ百倍以上でしょう」
「教師の人数不足を考えるとこれ以上学院数が増える事はないが
子供は量産中だからな」
「うちの子も教師になるのは嫌だって言ってるわ」
「長期休暇はありがたいけど給料が年に黒金貨二枚は安いよね」
一千万アル以上稼いでいる人間が多いからな。そうは言っても
イジメのない学園の新米教師に多額の給料を支払う余裕もない。
「節約家にはピッタリの仕事だと思うけどね」
「それだと中古車しか買えないぞ」
「今なら上質の中古の自動車を金貨二枚で買えるわよ」
「俺の家にも反重力エンジン車が届いたけど旧式とは全くの別物だったよ」
「最新モデルは全て海金貨が必要なのよね」
「全てお金絡みなんだよね」
「ノア兄、お金と言えば新通貨に変わるみたいね」
「そうだよ、経済も安定してきて食糧不足の心配もなくなったからね」
「今度は電子マネーですか?」
「凄く近いね、今度はお金を使う分だけ買うんだよ」
「今も買っているのかと問われれば買っていると答えますよ」
「極秘だよ。今度は一番高額な硬貨が金貨になるんだ。黒金貨以上の取引は
全て通信監理局の管理するコンピューターで即時決済される事になるんだ」
「小さな店はどうなるの?」
「金貨で買えない物を売っている零細企業は残念ながら倒産するか
どこかの傘下に入るかを選ばないといけなくなるね。管理用機械は
全てレンタルで月の使用料金が一台で小金貨五枚だ」
「一年で金貨六枚もするのね」
「それじゃ今持っている黒金貨と海金貨は?」
「十二月から使えなくなるよ。国税に嘘の申告をしている所は終わりだね」
「今度は『金貨5万枚も儲けているのね』と言わないといけなくなるのね」
ミーア、別に嫌みを言う必要は無いんだけどな。
「通貨の単位はオーガスに合わせて通常通貨と同じに戻るから
五万枚なら十万枚もと言わなければいけなくなるね」
「絶対、住民は混乱しますよ」
「言葉だけなら海金貨を使っても問題ないよ」
「貴方は百億アルとか言いたくないわね」
「それだと通信監理局のホストが故障したら取引出来なくなるという事ですよね」
「みんなが日常的に使っている電子カードだってホストで取引を
記録しているんだ。それの上限が下がるだけだよ」
「食事をする分には良いとして、肉を大量に仕入れるときも電子決済ですか?」
「フレッドの強い希望でね。海外との取引は為替決済で
国内は全て即時決済という事になった」
「国税はかなり仕事が減りそうですが管理する方が大変ですね」
「三ヶ月に一回は預かり証書を発行するから大損害は起こらないと思うけど
通達は十月の末日だから混乱は必須だね」
「もしかして、カードを落としたら全財産を失うの?」
「一千万アル以上の取引は魔力認証機を使うし
一日に使える上限を月の終わりに決められるから大丈夫だよ」
「フレッドの考える事って怖いな」
「ヘルミーナとロイドは勿論の事、ヒルダとコリーンと
デニスとヨハンも関わっているんだよ」
「そんな話は聞いてないわよ」
「市民にバレた段階で計画を即時実行だからね、慎重なんだよ」
ミーアに知られたら広まりそうだなんて言えないな。
「俺のタンス預金が」
「ほんとにしてたら溶かして回収する以外ないわね」
「海金貨を一枚一枚数える楽しみがなくなるんですね」
「コンラート、変な趣味があるんだな」
「そうなるとアレス銀行に想像を超えるお金が集まるのね」
「今年中に全て溶かしちゃうよ」
「ミカエルでの買い物は?」
「残念だけど金貨で支払いが出来ない買い物は出来ないね」
「実際問題、ミカエル王国で買い物する人間なんていないでしょう」
これには税金の不正申告を防ぐ目的と国外にあると言われている
海金貨五百万枚の回収と偽造通貨の摘発が狙いだ。
出来ればガイア大陸に売った海金貨が
眠ったままで居てくれると儲かるんだけど。
お読み頂きありがとうございます。




