第十一話:学院というのはどこも退屈らしい
学院に入学を果たして今は二日目の朝だ。
「夕食も美味しいですが個人的には朝食の方が好みですね」
「朝食は食べ放題で小金貨一枚だからね。夕食は手間はかかっているけど
小金貨三枚にしては量が少ないね」
「その割には、王都の高級食堂よりも安くて美味しいですけどね」
「国が学生に対して援助しているらしいよ。この朝食だって街で食べたら
小金貨二枚は取られるよ」
「あんまり食べるなよ。今日から昼食があるんだぞ」
「五時間も経てば嫌でも腹が減りますよ」
肉料理五種類、魚料理二種類、野菜が八種類にスープが三種類と
フルーツ各種にジュースか、米が無いのが痛いな
やはり朝は焼き魚にご飯に味噌汁だよな。
「そういえば教科書はないのかな?」
「マニュアルにありましたよ。基本科目は今日配布するそうです
選択科目は一週間かけて決めて受講後に配布だそうです」
「ニコはよく読んでるな」
一時限目は王国史か。
ダメだ、なんて退屈な授業なんだ。五歳児でも理解出来るレベルだぞ
これは新入生に対する学園からの拷問だろうか?
「ニコ、授業をボイコットする方法はないのかな?」
「確かに退屈な授業でしたね」
「俺には丁度良かったけどな」
「コンラート、お前来年も一年生をやる羽目になるぞ」
「ボイコットというわけではありませんが、単位修得試験を申請して
それで九十点以上を取れれば免除されるそうです」
「それだ! 早速申請に行こう」
「待って下さい、試験は毎月一日と十五日だけです」
「今は?」
「九月四日です」
「あと十日も退屈な授業を受けないといけないのか?」
「それよりも食堂へ行きましょうよ」
「それなんですが、噂では第一食堂は上級貴族専用らしいです」
「そんな決まりもマニュアルに載ってたのか?」
「……違いますが」
「ノア様だけ第一食堂へ行って下さい」
「馬鹿だな、上級貴族というのは最低でも子爵家。普通は伯爵家からだろう」
「ノア様は辺境伯のご子息ですから」
「みんなに嫌な思いをさせても仕方ない、第二食堂へ行こう」
なんだ随分と混んでるな、なんて事だ、魚料理が無いよ
今日のランチはサバの塩焼きの気分だったんだけどな。
「食券を買うのも戦争状態でしたね」
「なんだ、みんなパスタか? 明日から二人で買いに行くのはどうだ?」
「その方が効率的ですね」
「若様、席が空いてませんが」
「あの奥、あそこのテーブル。六人席が空いてるじゃないか」
「でも女子生徒が一人いますよ」
「相席をお願いしよう。たしか同じクラスだったはずだ」
「シャルロット嬢ですね」
わぉ、こんな少ないランチで足りるのか。
「すいません、もし空いているようなら相席を
お願いしても宜しいでしょうか?」
「…………」
「マーチ様、如何でしょうか?」
「いいわよ」
「「「ありがとうございます」」」
「ミートソース味もいいですがボンゴレの方が好みですね」
「王都であさりは食べられないだろう」
「それに魚料理が無かったですね、売り切れでしょうか?」
「貴方たち何も知らないのね。第二食堂で魚料理は出ないわよ
どうしても食べたければ第一食堂へ行くのね」
「そうだったんですか」
「いけすかない連中が多いけどね」
「マーチ様というと南部のマーチ伯爵家のご令嬢ですか?」
「……一応ね」
なんだろうこの間は。
自分の家が好きじゃ無いのかな? 俺も日本での生活はあまり良い物では
なかったが、貴族のしがらみかな。美人だからな。
「まあ、銀貨七枚ならまあまあですね」
「毎日、食券争奪戦の後に席の取り合いをするのは大変そうですね」
「ここのテーブルを取ろうとする生徒はまず居ないから
明日以降も使って良いわよ」
「「「ありがとうございます」」」
「助かったな、後は食券争奪戦だけだな」
「それも食べるメニューが決まっているなら
購買部で一週間前から購入する事が可能よ」
それはいい事を聞いたな。あの争奪戦に毎日参加してたら体力が持たない
既に俺達の制服はヨレヨレだよ。
選択科目を決める説明会か。
「どうです、いいのはありましたか?」
「無いね、こっちも必要科目だけ取ったら単位修得試験行きだな」
「僕も試験を受けますね」
「俺は別行動じゃん」
「コンラートも試験受けろよ」
「とりあえず護身術と戦略論、戦術論、王国法と魔道具作成の五つは
受講してもいいかな?」
「若の意見を取り入れて試験のスケジュールを組んでみましたが
次回で消化出来るのは五教科が限界ですね」
「十一月からは午後から出ても大丈夫なように上手く組んで貰えるか?」
「わかりました」
「一クラスに一名はニコが必要だな」
さて購買部はここか、思ったよりすいてるな。
「どうする?」
「とりあえず三日分買ってみよう」
ご飯とか魚料理があるじゃん。
「すいません、第二食堂でもご飯は出るんですか?」
「そうだね。奇数日は米も出るよ」
それじゃ明日はご飯物で、次がピザでその次が麺類はパスタだけか
ご飯でいいか。
そして翌週。
「何か俺達って浮いてないかな?」
「私達はいつも四人で居ますから、変な誤解を受けている可能性も」
「委員会は面倒だし運動系のクラブかサークルに参加するしかないか」
「剣術部や格闘部または魔法研究サークルや
絵画部や礼儀指導サークルあたりでしょうか」
「暑苦しいのは除くとして実益を叶えた活動がいいよな
現状に一番欠けている物は」
「女の子です」
「却下だ。それ以外は」
「起きて、食事して、勉強して、あとは寝るだけですね」
「裁縫部もありますよ」
何かひらめきそうな気がするんだが。生活に密着していて将来的に
役立つスキルの追求。
「料理部はないのか?」
「ないですね、紅茶クラブならありますが」
「ニコ、新規の部活動の結成条件は?」
「部員六名で担任教師の許可を得る。そして学生指導委員会への活動報告を
行ってその承認です」
「部員数が最大のネックだな。リリーナを入れても五人か」
「ノア様、料理部ですと該当する部屋が少ないので許可を得るのも苦労
するかも知れません」
「その辺はなんとかなるだろう。今日の昼に募集のポスターを貼ろう」
「ポスターを貼るには風紀委員の承認が必要です」
「うぅ、いちいち面倒だな」
「私が昼休みに行ってきます」
「そうだな、ニコが行くのがいいな。若様だと通る物も通らなくなる」
今日もシャルロットさんだけか。
「こんにちは、マーチさんは友人と食事はしないんですか?」
「この学院に友人はいないわ」
ぼっち宣言ですか、これは手強い相手だ。
「若、ポスターの許可は取れました」
「ニコ、よくやってくれた。授業中にアイデアを書いておいた」
「来たれ、次世代の新料理研究者、イシュタル料理部ですか」
「若様は絵の才能はないようですね」
「これをたたき台にして清書するんだよ」
「あら、アルタイル学院に料理部なんてあったかしら」
「これから作るんですよ。結構暇ですからね」
「良ければマーチさんもどうですか?」
「いいわよ、名前を貸してあげても」
「これであと一人ですね」
「リリーナを入れれば最低人数はクリア出来るな」
「オーブ子爵のご令嬢を」
「リリーナ様は若様の婚約者なんですよ」
「若様ってノア君の事よね」
「もちろんです」
「相手は子爵家のご令嬢で長女よ」
「そんな事言ったら、マーチさんは伯爵家のお嬢様じゃないですか」
「そうなんだけど……オーブ家は名家よ」
「若様も名家の出身ですよ」
「もしかして、ノア君ってイシュタル辺境伯家と関係があるの?」
「はい、あそこの次男ですけど」
「それじゃアレク様の実の弟さん?」
「そうですよ」
アレク兄さんに惚れてるのか、兄さんは人気がありそうだし
入部してくれるならラブレターの配達くらいするんだが。
「そうだったの……」
「マーチさんのサインももらったし後はリリーナだけだな」
よし、リリーナも王国法を選択していたか
そういえば入学してから話した事がないな。
「リリーナ、ちょっといいか」
「おい、オーブ様に何のようだ?」
「リリーナを新規に発足する料理部に勧誘しようと思ってな」
「貴様、男爵風情の子息の分際でオーブ嬢を気安く呼び捨てにするな」
妄想家。何か変な物でも食べたのか、この敵対心はどこから湧いてくるんだ
リリーナも変な宗教に入ったりしてないよな。
「リリーナ、今まで誘えなくて悪かったな。この方達は友達か?」
「…………」
「友達ではないようですね」
「貴様、俺は子爵家の四男だぞ」
「そうよ、私は伯爵家の三女よ」
「そうですか、わたしは男爵家の当主ですが、誰かの息子と名乗った方が
いいなら、イシュタル辺境伯家の次男ですが」
「オーブ嬢、嘘ですよね」
「本当です、そして私の婚約者です」
「話はついたようですね。リリーナ、ここにサインしてくれ」
「イシュタル料理部ですか、何故クレア料理部じゃないんですか?」
「第二食堂だとクレア男爵領の事を知ってる人間がいないんだよ」
「交換条件にこれからお昼をご一緒していいですか?」
「第二食堂は魚料理がないけど、いいのか?」
「……うーん、夜は魚を食べる事にします」
「これで六人だ」
「五人じゃないんですか?」
「マーチさんって言う女性が入ってくれたんだよ」
「まさか、あの裏切り者のマーチ伯爵家の令嬢か」
「理由は知らんが、学院に入学する事が可能だったんだ
身元に問題はないだろう」
本当にこういう連中は人の悪口が三度の飯より大事って輩なんだろう
リリーナが毒される前に解放出来て良かったよ。
「あいつはアイストン子爵に物資援助して反乱の手助けをしたんだぞ」
「でも陛下に裁かれていないじゃないか」
「きっと裏で手を回したんだ。被害者は決して許さないぞ」
「そうよ、わたしの父の部下もかなりの重傷を負ったのよ」
「それなら僕のひい爺ちゃんとひい婆ちゃんは、あの内乱の影響で
殺されたから僕が一番の被害者という事になるな
それじゃ僕は陛下を信じて許そう。はいおしまいだ」
困った奴らだったな、俺が辺境伯の息子だってわかったら
蜘蛛の子のように去って行きやがった。
「リリーナ、済まなかったな、あんな馬鹿な連中
と一緒だったとは思わなかった」
「あれでもルクセンブルク公の派閥の人なのよ。ノアもそうなんでしょう」
「おいおい、俺はどっちの派閥にも入ってないぞ。それに強いて言えば
イシュタル家はロレーヌ公を支持してるぞ」
「そうだったんだ。騙されたのね……」
「何か言われたのか?」
「気にしないで」
「ノアにリリーナ、うるさいぞ」
「「先生申し訳ありません」」
まあ、これで料理部始動だな。
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