第百九話:民衆の抗議
九月も終盤になって小麦の価格は高騰を続けて遂に五キロで小金貨四枚が
小売値になってしまった。
アリアとクラウスは学院の入学試験を突破して
十一月からはソフィーと共に王立第三学院の一年生になるのが決まった。
「しかし、やるとは思っていました見事な価格操作ですね」
「そうですね。九月の初めの五十倍ですよ」
「農家でも魔法契約で前払いで米を買っているようですね」
「農業連合の持つ倉庫は小麦と米で溢れかえっているそうですよ」
「来年の一月に再度緊急輸出すると言う偽情報に踊らされていますね」
「フレッドも悪党だよな」
「小麦と米を作っていた農家は笑いが止まらないでしょう」
「地獄が待っているとは知らないだろうな」
「ノア様、既に農業組合にはいつ立ち入り検査をしても大丈夫な体制です
悪事の証拠も五千を優に超えています」
「税収の入る前に捜査に入るのは勿体ないが十月の中旬に潰すか?」
「兄貴、潰すのは良いとして流通をどうするんだ?」
「ヤンも店の経営者だったな。コリーンが買い付けてリキの所で運送して
ヨハンが販売する手はずだ」
「商務と国土交通と内務で牛耳るのか」
「商務で売った方が良いんだがヨハンがこの計画に乗り気でな
自らやると申し出てきた」
「自分の会社でも肉を扱っているからじゃないのか?」
「フレッドとヒルダは忙しいし
アイラも加工用の食糧を大量に引き受けるから仕方ないな」
「アヒル族は大変そうだな」
そして、十月一日。
「ルース商会とクレアド商会とフィー商会という新興商会が
合わせて小麦八十万トンを周辺六都市で一気に放出したそうです」
「場所は?」
「このエクレールと東のブルームに西のドロシーと中央の三都市の
デルタ、サザンクロス、ベガの六都市です」
ちょっと金を貸しすぎたか。
ルーカスめ、欲しい魔道具が高いとか言っていたが商会を立ち上げていたとは。
「これで市民の生活も一旦は落ち着くだろう」
「この安易な名前の付け方から想像すると
誰が仕掛け人か見えますが、まあいいでしょう」
さて、どうするするか。
子供というのは限度を知らないから怖いよな。
「若様、小麦を安く売れとノルト大陸から苦情の嵐ですよ」
「戦争を辞めろと言い返してやれ」
「あいつらも食糧が無ければ戦いを止めるでしょう」
「ノア様、第五次対オーガス輸送隊が出発しました。輸出金額は小麦が一トン
で金貨六枚で米が金貨五枚です。全て売り切ると儲けは去年の国内販売価格と
比較すると経費を差し引けば星金貨六百六十万枚ですよ」
「海金貨で三百三十万枚とはヒルダも随分と吹っかけたな」
「半分はLNG事業に回して構わないぞ」
「ミランとガイア間のパイプラインは引き終わりましたから、これで
LNGタンクと備蓄施設の整備と発電所の増設が可能になります」
「国の電力の何割を天然ガスに依存する予定なんだ?」
「ヒルダと相談した結果ですと七割を天然ガスで賄おうという事になりました」
「そうなると自動車もLNG仕様の物が出てくるのか?」
「シリウスとアレス自動車では既に最終テストに入っています
来年の一月には販売予定だと国土交通省の人間が言ってました」
石油、バイオ燃料、LNGと来たか、電気自動車も普及しているし
うちも来年には十人目が産まれるから買い換えかな。
「若様、凄いですね」
「何が凄いんだ?」
「あの露骨な小麦の大量売りは流石に真似は出来ませんよ」
「俺の所もサテライトとその周辺まで売りに行ったんですよ」
「僕もアレシアとその周辺まで売りに行ったよ」
「まあ、うちの子が売ったのは確実だが大目に見てやってくれ」
理性があれば自分の住んでいる都市で大量に売らないだろうな。
「王太子が時勢を見る目を持っていて安心しましたよ」
「そうですね、兄弟で王位争いは困りますからね」
「俺は海金貨で五万枚は儲けたぞ」
「僕も六万枚は儲けたかな」
「お前らも随分潤ってるじゃないか」
「かなりの博打でしたからね、失敗したら大損害でしたよ」
「うちも郵便事業を閉鎖する所でしたよ」
なんか、インサイダー取引とかの法律が無いから
俺の側近はやりたい放題だな。ついでにうちの子供達もだが。
「長官職の人間はみんな海金貨三万枚は儲けているはずですよ」
「給料の一万年分稼いじゃったな。勤労意欲が減りますね」
「おいおい、会議に出ていたから儲けられたのを忘れるなよ」
「農業連合が潰れたら本格的に店を増やしますよ」
「僕も通信事業に進出しようかな」
「金があるうちにアレス銀行に保証金を積んでおくんだな
破産しても知らないぞ」
「「わかってますよ」」
呑気なやつらだ。
『どこへ向かわれますか?』
「スカイマンションの正面に頼む」
『アイアイサー、目的地スカイマンション正面入り口、発進します』
ぎりぎりで雨が降ってきたか。
「ただいま」
「「おかえりなさい」」
「アリア達は機嫌がよさそうだな」
「お姉ちゃん達に海金貨を貰っちゃった」
あいつら、何考えてるんだ。
「クレア、ソフィー、こっちに来なさい」
「あれ、アリア達にお金をあげちゃ不味かった」
「お前達の事は国の高官連中の間でも噂になってるぞ
もう少し売り方を工夫できなかったのか?」
「ソフィーがぎりぎりまで待とうってうるさいからいけないのよ」
「あれはルーカス兄さんが大学院に帰っちゃったのが原因だよ」
「それでルースとクレアドとフィーだったか、幾ら儲けたんだ?」
「えっとね、三人で共同出資で三等分だから一人あたり海金貨二万七千枚かな」
「『かな』じゃない。ちゃんと十一月に税は納めろよ」
「え――、親の所得の十分の一までは非課税だったはずだよ」
「黙りなさい、各省の人達に迷惑を掛けたんだ海金貨五万枚以下だから
税は三等級で利益の三割だぞ」
「八千百枚も納めないといけないの」
「やだよ――」
「まだ一ヶ月ある。資本を設備に投資すれば浮くぞ。間違っても
妹の会社に設備投資しようとかするなよ。莫大な懲罰金を払う事になるぞ」
我が国は海金貨十万枚以上の利益で利益の五割、五万枚以上で四割
一万枚以上が二割五分でその下にも十等級まである。
しかし、幾ら利益を上げようが自社の設備に投資すれば残った金貨分の
税を支払えばいい事になっている。それに相続税は恐怖の八割徴収だ
だから贈与に関してはフレッド率いる国税が目を光らせている。
その代わり、生前贈与が一年に一度だけ直系の子供に対してのみ
認められているので軍人は年末には子供に半分以上を贈与している
その場合の税率は二割とお得だ。
「クレア姉さん、どうしようか?」
「輸送車を買いましょう」
「そうね、十月下旬なら農耕機械も安くなる頃だよね」
適度に頑張れよ。
「リリーナ、通信監理局の方はどうだ?」
「ええ、次官と秘書官と補佐官のみんなが優秀だから判子を押すだけですよ」
「それならいいんだ」
「それで、一週間前の書類に超極秘として書いてあった軍事衛星
プロジェクトという一大プロジェクトに予算が海金貨百万枚とありましたが
そんなに大事は仕事なんですか?」
「そうだな、戦争にならなければ大して意味のない計画だが
爆撃機三十万機以上の戦争抑止力になるのは間違いないよ」
「爆撃機三十万機で攻められたら生き残れる国はありませんよ」
「それだけ壮大な計画だということだ」
「超極秘という事は知ってる人も限られているんですよね」
「そうだな、リリーナと面識がある人間で知っているのは、デニスとダンと
ヤンとヒルダと……それだけかな」
「長官職で知っているのが三人だけなんですか?」
「それだけ重要という事だ」
農業連合の処理はいつにするかな。
「ノア様、米の収穫高が出そろいました」
「ヒルダ、どの程度行った?」
「まずガイア大陸が八千五百万トンでジュノー大陸の新領土が一億一千万トン そして本国が一億五千万トンです」
新領土は日本と共存して居た時の三分の一と低いが
今回はガイア北部が頑張ったな。
「三億四千五百万トンか、来年が本番だから上出来だろう」
「それと、農業連合が既に全体の三割を買い取って倉庫にしまっております
残念ですがそろそろ手を打たないと収集がつかなくなる恐れがあります」
「その件はフレッドに一任してある、そろそろ動くだろう」
遂に改心する事は無く利益を追求に突き進んでしまったか
他の大企業への見せしめの為にも厳しく取り締まる必要があるな。
「兄貴、店を七十五店舗まで増やしましたよ。それに牧場を六十件と
農家四十件買い取りました」
「僕は商会用に倉庫に眠っていた八式の新古品の旅客機を八十四機と
九式の旅客機六十機を購入しました」
「サザンクロスを含めた六都市にコンラート空港を作ったんだろう」
「工場が潰れた跡地が安く売っていたんだよ」
「ヤンこそ工場十二件と漁船二百隻以上買ったそうじゃないか」
「お前達、あまり金使いが荒いと組合にバレるぞ」
「組合様は米を一億トン近く抱えているそうじゃないですか」
「小麦の値段も下がらないからパンやラーメンも高騰が続いているよ」
「遂に小麦の小売値は五キロで小金貨九枚まであがったからな」
「ヤンの贔屓の満腹亭も本店以外は臨時休業だろう」
「ほんとに困った奴らですよ」
「小麦も米も余っているのに高騰してるってあり得ないよね」
あいつらは儲かっているから余裕があるが
底辺の人間には辛い時期だな。
よし、今日は午前中で仕事を終わらせよう。
「それでね、ラインまで売りに行ったんだけど足下を見られちゃったわ」
「それは残念ね、わたしはマーチで売り切ってきたわよ」
「お前達、仕事が暇なら部下に差し入れでも持って行ってやれよ」
「アレス王国の深刻な食糧事情について話し合っているのよ」
聞いた俺が馬鹿だったか。
「大変です、南東のデルタと南西のベガで食糧不足に対する抗議デモが
発生しています。既に二十万以上の人間が参加している模様です」
クレア達の売った小麦も無くなったか。
「コンラート、陸軍と連携して暴動を食い止めてこい」
「わかりました」
「ヤンは首謀者の身辺調査だ」
「了解」
大規模反乱は極刑だぞ。
これが抗議だけでなく暴動なら、暴動の規模によっては極刑もあり得る。
全国に飛び火したら不味いな。
お読み頂きありがとうございます。




