第百五話:ピンチの時は嫁さんに頼もう
価格の上がった小麦もコリーンの在庫放出で値段も平年と同額程度で
落ち着いて四月も残すところ三日となった。
「ノア様も綱渡りが好きですね」
「小麦の事か?」
「そうですよ。国の在庫は僅かに五万トンを残すのみですよ。大商会が
真実を知ったら天井知らずに価格が上がりますよ」
「知らない方がいい事もあるさ」
軍事衛星の攻撃システムの事はヨハンにも言えないからな。
「来月はミカエル南部とガイア南部で収穫が始まりますね」
「そうだな、ミカエル本国は平年並みの様子らしいじゃないか」
「ガイア大陸は去年よりちょっといい程度でしょうけどね」
「今年の秋以降ならトラクターやコンバインを融通出来るんだけどな」
「アデルの所は航空機の開発が第一ですから
農耕機械を開発や製造をしている余裕はないでしょう」
「バベル陥落で得た金貨が星金貨八百万枚だ
真実ならアデルは星金貨三千二百万枚以上持っていった事になるな」
「復旧に使ったとしてもかなり余りますね」
「諸侯は農耕機械などに金は払いたくないようだが
まともな考えを持った人間も少しはいるだろう」
「既に乗用車の売れ行きは絶好調ですからね」
「まあ、反重力エンジン搭載車は売れないけどな」
「ミカエル二型は出来ますかね」
「去年の七月に一型が出来たばかりだろう
出来ても性能面ではそれほどの進歩はないだろう」
アデルも貴族制度を廃止すればもう少し国の経営が楽だと思うんだが
こればっかりは切っ掛けが必要だよな。
「若様、よろしいですか?」
「構わないぞ」
「ホークとスパロウの乗り比べをテストさせましたが
スパロウの支持者も四割程度いましたよ」
「それはいい傾向じゃないか。それなら空軍はホークとスパロウの
二機種体制で行くか」
「八型も既に千六百機ありますからね。使い分けが大変ですよ」
「仲良く八百機は海軍で使ってもらって、残りを空軍で配備だな」
「そうなると海軍のアレス型空母は八型で一杯になりますね」
「量産型はノア型空母に積み込む事になるだろう」
「クラウス型はちょっと頼りない感じですからね」
「そうだな、所で空軍の燃料はどうやって工面してるんだ?」
「そうですね、音速機はミランから来るジェット燃料で民間機は
九式高速魔道圧縮炉で精製されたアレス液を使っていますよ」
高速魔道圧縮炉も進化していたのか。
「効率はどうなんだ?」
「それはジェット燃料の方がいいですよ、しかしアレス液の方が燃費が
いいですね。昔はジェット燃料の方が良かったんですが今では逆転しましたよ」
重油は海軍でジェット燃料は空軍で軽油は陸軍で自動車がガソリンか
ジェット燃料に適さない灯油は発電にLPガスはタクシーと家庭用だな
ナフサは加工省で使ってくれるだろう。
「どうかしましたか?」
「ちょっと考え事をしてただけだ。七型以前の機体の処分は決まったか?」
「それが愛着があるのか、今でも練習機は六型を使っていますね」
「三型は民間に払い下げたんだろう?」
「はい、半分はクレアグループが郵便事業に使うと言って買い取ってくれて
残りの半分も農作業用で現役ですよ」
「国外訪問用に残してあるのは二十機だけだからな」
「それで演習があるんですが飛行編隊の規模の提出を求められているんですよ」
「二百機を一個大隊では不味いか?」
「四の倍数にするのは決定事項ですが、アレス型空母には二百四十機程度
搭載出来ますがノア型空母だと半分程度ですから海軍と折り合いが付きません」
そうか、戦争になると空軍機も空母を利用するからな
そろそろ統一する必要があるな。
「航空機は四機で分隊、十二機で小隊、三十六機で中隊
七十二機で大隊としてそれ以降は二百機を超えたら連隊として
三百機を超えたら師団にしよう」
「混成部隊の場合はどうしますか?」
「そうだな、……臨時の場合が多いだろうし、陸軍じゃないが旅団を使おう
五百を超えたら軍団でいいだろう」
「海軍機はどうします?」
「それなら空母部隊は型番に紐付けして戦闘旅団にしよう。八十機だろうが
二百八十機搭載だろうが戦闘旅団だ」
「それでは空軍が第一戦闘師団からを使っていいんですね?」
「そうなるな、使用基地ごとに飛行分隊から飛行軍団として登録するように
各部隊に連絡しておいてくれ」
「解りました、三日後に対空ミサイルの回避練習があるんですよ
良かったら見に来て下さい」
「わかった、見学させてもらおう」
そして五月一日、今日は空軍の飛行士を上中下の三段階に分けての
ミサイル回避訓練だ。
「最初は高度一万五千メートルから始めましょうか?」
「そんなに高度を上げて地対空ミサイルが当たるのか?」
「精々が一万メートルといった所だろう」
「携帯用は四千メートル程度ですが。新型の対空ミサイルは
新兵が操縦しているなら二万メートルでも当たりますよ」
凄い自信だな、対空砲じゃなくて対空ミサイルを四発積んでいるのか。
『第八攻撃大隊第四分隊、用意完了』
「地上八千メートルで六型攻撃機ですか、我々も舐められた物です」
「よし、一番と二番を発射しろ」
「一番、二番発射」
速いミサイルだな。
「命中確認、二番機と三番機が墜落判定です」
『第一戦闘師団第十二分隊、用意完了だ』
「今度は七型戦闘機で高度一万メートルですか。三番と四番を発射しろ」
「三番、四番発射」
「一機が墜落判定ですが残りはかすりもしませんでした」
「生き残ったのは隊長機だけか……」
それから三時間に渡って訓練が行われたが、六型で回避出来たのは僅か四名
七型以降でも一万メートルでの命中率は六割を超えて一万二千メートルでやっと
五割を切る始末だ。
新人は一万八千メートルでも喰らう有様だ。熟練の飛行士が戦闘機での実験で
安全高度が一万四千メートルという結果にだった。
「コンラート、トム、一昨日は酷い有様だったな」
「「面目ありません」」
「あの地対空ミサイルを敵が所持していたら半分は撃墜されますね」
「六型であれを避けた飛行士は正にエースパイロットと呼んでいい腕前だ
大隊以上の指令官に昇格させていいだろう」
「わかりました、それで追尾用レーダー波を照射するミサイルからの
防衛手段としてECMを全機に搭載する事を決定しました」
「新型のスバロウ型にも積めるのか?」
「相談した結果、小型の物を一個なら積めるそうです」
「ミサイル工房の職員の話だと先日のミサイルも容易に妨害できる。進化
したECM装置だとレーダー波を受けるとそれを自己分析してコンマ二秒で
照射元の周波数に対抗する超高熱電子弾を数発射出可能だと言っています」
我が国では荷電粒子砲は既に実用段階に入っているんだ
電子弾があっても不思議じゃないな。
「性能は?」
「距離が百メートル離れていれば五割程度、一キロ離れていれば
九割以上のあらゆる追尾型装置を無効化出来ると言ってました」
ECMのデコイと対赤外線対策のフレアを組み合わせて進化させた装置か
小型のスパロウ型にも装備出来るなら損害をかなり抑えられるな。
しかし、ステルス機に進化せずにジャミング装置の開発の方に力を入れたか
ECMの電子対抗手段の導入は大型機のみと思っていたが進化版で行くか。
「わかった、全軍で導入しよう」
「すでに基地と軍艦には早期ミサイル防衛システムのM九型が配備済みです
今回は航空機用に小型軽量化したECM装置が七月にも完成するようなので
それを順次空軍と海軍の全機に配備する方針です」
「期待しているよ」
工房職員には無理をさせるが人命が掛かっているからな。
M九型は射程五百キロ以上の移動型対空防衛ミサイルシステムだったよな
なんで我が国の工房の兵器はロシア製に近い発想なんだろうか?
「システム、スカイ住宅棟まで頼む」
『アイアイサー、目標スカイ住宅棟へ発進します』
こいつは便利なんだが自動運転だから爽快感がないんだよな。
「パパ、おかえり」
「マキ、お出迎えありがとう。お姉ちゃん達は?」
「今日はお泊まりだって」
「リリーナ、母さんは?」
「クレア達と一緒に行きました」
なんだ、上の子供達とお泊まり会か。
「何か変わった事はあったか?」
「特にありませんけど、シャルがバベルの街に地上七百メートル
階数が百七十階建ての超高層ビルが建設中だと言ってました」
ミカエル王国の王都か、諸侯は余程バベルに王都を遷都したいようだな。
絶対にスカイタワーに対抗して作り始めてるよな。
「今日は野菜天ぷらか」
「はい、春ごぼうとタラの芽の新鮮な物が手に入ってから
野菜天ぷらが良いかと思ったんです」
「マキはお肉の方が好き」
ルーカス以外はどちらかと言うと肉派が多いな。
「お肉を沢山食べるのはもう少し大きくなってからね」
タケノコとふきも美味いな、問題は椎茸だ。
俺が嫌いなのは子供の手前、海老だけだと言ってあるが椎茸も嫌いなんだよ。
松茸様は俺が推奨してきたから今年の秋はだいぶ採れるだろうな。
「それで、リリーナ、仕事をする気はあるか?」
「急になんですか。ありますけど」
「情報通信事業もこの数年で飛躍的に拡大してきた
そこで省ではないが通信管理局を新たに創設して通信事業の管理を頼みたい」
「わたしに出来るかしら?」
「次官と職員の手配はコリーンがしてくれるそうだ
補佐官と秘書官は気の合いそうな人間で決めていいぞ」
「頑張ってみますね」
「頼むよ」
情報通信のトップにはどうやっても軍事衛星の秘密がバレてしまう
リリーナなら他言はしないだろう。軌道に乗る来年の春まで持てば十分だ。
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