第百四話:白鳥と雀
他の受験生の出来は判らなかったが長官職で受験した、うちを含めた
六名は経済大学院への入学が決定して家を出て行った。
「お父様、私は五月までに単位を修得して九月に大学院の試験を受けます」
「クレアも学院を中退するの?」
「大学院は推薦を受けられる成績を取っていれば合格率は五割以上ですよ」
「八才で大学院ね……」
「三回試験はあるが一回目でダメだったら、あと一年は学院に通うことを
条件に許可しよう」
「ありがとうございます」
「ノア、いいの?」
「問題ないさ。大学院は自宅から通えるからな」
娘は家から出しません。
「でもルーカスは入学式も無しで帰ってこれるのは夏と冬の二回だけなのよね」
「仕方ないさ、自分で選んだ道だ」
そろそろ四月だな。今年は花見は出来るかな。
「若様、ルーカスは大学院に行ったって聞きましたよ」
「ああ、経済大学院へ入学したな」
「兄貴、凄いじゃないですか。今年の競争率は七百倍だったって報告でしたよ」
「ヤン、私的な事に情報局員を使うなよ」
「これはヒルダからの正式な依頼ですよ」
ヒルダも怒っていたからな。依頼まで出すほど怒りが溜まっていたとは。
「見学不可で入学式への参加も認められていないからな判断しようがないな」
「兄貴、殴りたくなるような質問を受けましたか?」
「ああ、戦場だったらインフェルノをお見舞いしていたな」
「怒らせるのは見込みがある学生とその親御さんだけみたいです。すんなり
終了する受験生はほとんどが落ちるようですよ」
「あれが故意だったと言うのか?」
「そうですよ。方針は厳格の一言です。今年無事に進級した二年生は
五百人中百二十五人だそうです。卒業する頃には百人を割っていそうですね」
厳しい大学院だな。誰だ考案したのは?
昼過ぎにはコンラートが面倒な報告を持ってきた。
「若様、民間船がノルト大陸に渡ろうとして
水竜に船を沈められる事件が続出しています」
「それは仕方ないだろう。それが水龍との契約だ」
「放置するんですか?」
「相手が人間でなくても契約は契約だ
私の許可無く通る者は好きにしていいという契約だからな」
「そうですか、たかだか水竜のせいで」
「水龍様だからな」
今一つ水龍に対する認識が違うようだが、今はタンカー以外で私の所有する
船で北西の海域を超えようとする船はいないはずだ。
「コリーン、小麦の価格はどうなった?」
「先月は五キロで二割上昇しましたが今月は三割の上昇で
予測では来月は三割以上は確定だと思われます
米の価格の上昇率が今月で五分程度ですね」
「六月に再度放出するか?」
「放出するなら四月の中旬が宜しいかと。穂が出る前に放出しないと
今年の予想収穫高がバレてしまいます」
「小麦の予想収穫高が出たのか?」
「それは未定ですがガイア大陸では小麦の作付け面積は去年の二倍です
米は去年の三倍以上ですが小麦も去年より収穫高が低い事はないでしょう」
本番は戦争の爪痕が消えてトラクターとコンバインなどの
農耕機械が全土に普及する来年の夏と秋だな。
ここからでも見えるのか? 三十本目辺りまでは数えていたんだが。
「デニス、今回打ち上げたロケットで何本目だ?」
「公式には九本目ということになっております」
「実際は?」
「公式には民間衛星が八個の打ち上げに成功となっておりますが
実際は民間用衛星が八個に軍事用衛星が八十九個の打ち上げに成功しております
既にこの星のあらゆる場所を十二時間に一度は偵察する事が可能です」
「よくテストと言って信じさせたな?」
「三回ほどわざと失敗させましたから」
「それで極秘裏に進めている衛星発射型の荷電粒子砲の実験はどうだ?」
「実験では九個の段階で地上三千メートルの山に誤差十五キロで半径百メートル
の完全破壊に成功しました。予想では集積衛星が三十六個あれば
エクレール十個分の地域を消滅させる事が可能と断言しております」
「それで衛星は完成したのか?」
「完成しました、あとは順次打ち上げるだけです」
「必要個数は?」
「三個、六個、九個で実験した結果、研究者の推測ではエネルギー集積装置
搭載用衛星が三十六個に軌道修正用の衛星が十個と制御用衛星が十二個に
肝心の発射装置を備えた大型衛星が六個個必要だという結論に到達しました」
六十四個も必要なのか。
「まだ三年は先か?」
「いえ、集積用衛星はと制御用衛星は既に打ち上げが完了しており
軌道修正用衛星をあと六個と発射用の大型衛星をあと五個打ち上げれば
計画は最終段階に入れます。年末には試射をしてみたいと申しおります」
超高空からの攻撃が可能になるのか? 問題は対衛星用のミサイルだな。
「防衛衛星の出来はどうだ?」
「試作八号までは失敗。九号で改良点はありますが成功して
秋までには一号機が完成する予定です」
「八個は打ち上げたいな」
「予算も尋常ではありませんがイースタンでは日夜研究をしていますので
来年の今頃は幹部には公表出来るレベルになっている思います」
こうなってくると攻撃機と爆撃機を減少させて戦闘機に回した方がいいか
でもいきなり方針転換すると怪しまれるか。
そして四月の十日にダンからの呼び出しだ。
きっと自慢話大会が始まるんだろう。
「今日は何ですかね?」
「アデルの所への旅行者も多いし新型旅客機じゃない」
「八式でも最高速で飛ぶと一万キロに届かないからな」
「僕は攻撃機の量産機だと思いますよ」
「俺は爆撃機の量産機に一票だな」
「意表を突いて十型戦闘機かも知れないわよ」
「「それはないな」」
「より安価を目指して六型の改良版かも知れませんよ」
「あの元アレス七型機ね。あれって三型の改良機だったんでしょう?」
「そうですね、八型の六割引きで製造出来るんですよ」
「それなら海軍機のファルコンと変わらないじゃない」
色々な案が出るな、個人的には新型空母が良いんだが
アレス型も四番艦まで出来ているがもう少し速さが欲しい所だ。
「坊っちゃん達、やっと来やがったか」
「おいダン、まだ四月中旬だぞ。こんなに早く発表して大丈夫か?」
「今回は数種類の航空機を用意した
目玉商品は八型攻撃機を更に進化させた機体だ」
「言ってみなさいよ、ダメダメだったら徹底的に酷評してあげるわ」
「空軍は期待しているんですからね」
「海軍も同様ですよ。攻撃機なら喉から手が出るほど欲しいです」
「期待しないで聞いてやるぞ」
「ダン、初めは何からだ?」
「まずは横の十式空中給油機だ。以前は補給燃料の容量は五万五千リットルが
上限だったが、これは八型戦闘機十五機分十八万リットルの容量を誇り
航続距離は一万六千キロで上昇限界高度一万三千メートル
そして最大速度が八百キロの機体だ。勿論積みたければ爆弾は積み放題だ」
「そうね、『まあまあ頑張ったでしょう』をあげてもいいわね」
「大きいから空軍専用機だな」
「初めに一番良いのを持ってきたのか?」
「だんだんレベルが下がるのは三流の仕事ですよ」
巡航速度が六百キロだとして丸一日以上飛んでいられるのか
これは空港さえあれば飛躍的に航空機の戦闘半径が広がるな。
「ダン、これは合格点だな」
「坊っちゃん、まだまだ甘いぜ。これの最大の売りは別にある」
「「「早く言えよ」」」
「こいつはな……聞きたいか?」
「「もう殴って良い」」
「せかすなよ。こいつは垂直離着陸が出来るんだぞ」
「このデカ物が垂直に飛び立てるだと!」
「反重力発生装置を四個積んである。着陸は飛行士の腕が必要だがな、
給油システムも最新型だから十五分で給油完了する化け物だ」
「やるじゃないか」
「そうね、『よく出来てるかも知れないでしょう』をあげるわ」
「それじゃ次は海を見ろ」
「輸送船しかないわよ」
「新型輸送船は八千トン級にするって言ったじゃないか」
「あれは輸送船じゃない。クラウス型空母だ」
「人の息子の名前を勝手に流用するなよ」
「ブリッジがないわよ」
「スカイタワーが横に倒れたような姿ですね」
「あれってタンカーですか?」
「あれは全長七百五十メートルだが飛行甲板の長さは九百メートルの空母だ
八型を実に四百八十機搭載出来るぞ収納力だ。そして真価は滑走路の長さだ
これで今までに作った全ての機体の離着陸が可能となった」
「遅いんじゃないのか?」
「馬鹿を言え、速力は最大で六十二キロだぞ」
「随分と速いんだな」
「去年の秋から軍艦のエンジンを新型に改修中だ。二万トン級以上が
時速六十二キロでそれ以下の軍艦は反重力エンジンと
ウォータージェット推進機の応用で時速九十二キロに統一中だ」
「いい出来ね」
「そうね、『指揮官次第でしょう』をあげるわ」
「大きすぎて航空機の良い的になる可能性もあるわね」
「最初が良すぎたな。一緒に紹介しろよ」
「では本命の攻撃機を見るか。本当に見たいか?」
「もう絶対に殴ってやるわ」
「自慢話は良いから見せてくれよ」
「これがそうだ、十型戦闘攻撃機スワンだ」
かっこよくシートを剥がしたつもりだろうが部分的に
シートが掛かったままだぞ。
「全幅が長いな」
「これじゃ離陸だけで一苦労しそうだな」
「慣れるまでは編隊行動が大変そうですね」
「黙って聞け、魔道双発ターボフェンエンジンでの速度は最大で
時速千九キロで最大上昇高度が一万九千メートルに航続距離が三千キロで
最大で二十四発のミサイルを積むか増設タンク十個を積むかは自由だ」
「中中だね」
「それに安定の三十ミリ機関砲を二門装備だ。勿論各種弾頭も積めるぞ」
八型攻撃機と比べても性能が上がっているな
その代わり全幅が広くなったが良い出来だ。
「まあまあでしょうか」
「八型より全長が短いですね」
「でも全幅は八型よりかなり長いぞ」
「海軍で運用出来る点は高評価ですね」
「そうね、『頑張ったでしょう』をあげるわ」
「攻撃機としては破格の性能と言った所ですね」
「オーガスの戦闘機からも逃げ切れそうですね」
「努力は認めるわ」
「まあまあの出来だ。これも合格でいいだろう」
「待ってくれよ。これはリモコンで翼を折りたためるんだ
最小で全幅が四割短くなる」
「この状態で最高速度で飛べるの?」
「残念だが無理だ」
「翼を空で広げるのに掛かる時間は?」
「一分程度だな」
「それじゃ飛び立ったらすぐに翼を展開しないとダメだな」
「頑張れ白鳥だな」
「まあ、『貴方は醜いアヒルの子じゃない』をあげてもいいわね」
「みんなコメントがきついぞ、儂の雀の心臓が破裂しそうじゃわい」
「「そんなに柔じゃないだろう」」
「まあいい、真打ちを披露しよう。見たいか?」
「【ウォーターボール】」
「冷てえじゃねえか」
「「じらすなよ」」
「最高の出来は攻撃機だって言ってたのは誰だよ」
「シートを剥がしてくれ」
今度は自分で剥がさないんだな。
「見ろ、これが十型防空戦闘機のスパロウだ」
雀から名前を採ったのか
それにしても雀と名付けるだけあって小さいな。
「うぁ、小さいな」
「これって本当に空を飛ぶの?」
「今ならギャグだと言っても許してあげるわよ」
「よく聞いてそして驚け。小型魔道三発ターボフェンエンジンでの速度は最大で
時速二千四百キロで最大上昇高度が二万二千メートルに航続距離が五千キロで
積めるのは二発のミサイルと二十ミリ機関銃一門だけだ。そしてエンジンは
スワンと同型で機体の大きさは八型より二回り小型だ」
「これぞ海軍の欲しかった機体だよ」
「量産機も悪くないが、こいつもいいな」
「そうね、特別に『今日から主役よ』をあげるわ」
これを最初に見せられたらスワンなんか記憶にも残らなかったな。
「よく作ったもんだ」
「儂も同様だがスタッフの意見でも小型戦闘機はこれが限界だ
艦隊防空戦闘機としての機能は十分だろう」
「ダン、良い出来だ。どうするファルコンとホークとの兼ね合いは?」
「八型もホークもファルコンなんかは爆弾も積めるがこれには爆弾は積めん
指揮官が上手く運用してくれれば活躍の場も大いにあるだろう」
「上出来だ。よし、とりあえずスワンとこいつを百機生産してみて
飛行士の意見を聞いてみることにしよう」
十型はスワンとスパロウか、そういえば給油機もあったな。
爆撃機の新作が無くてある意味助かったな。
お読み頂きありがとうございます。




