第九話:王都の人間は金の亡者
結局、一度は南下するように見せかけないと相手が寄ってこないという事
になってイシュタル軍はオーブ領へ移動。
ひい爺様は反乱軍を倒してくるといって傭兵を二千集めて北部へ進軍した。
「ルッツ殿、遠距離攻撃を得意とする魔法師九十名揃いました」
「ご苦労様です。北部への備えは?」
「アッテンボロー辺境伯軍が一万を北部へ、転封に不満を持っていた貴族が数名
反乱を起こしたので残りは反乱鎮圧で南部のハイネ辺境伯は静観
北部のドナルド辺境伯は二万五千を反乱軍討伐へ残りの一万はヒンメルへの
対応のために国境で警備です」
「わかりました。魔法兵を出して頂けて恐縮です」
今回は魔法兵というよりも魔法が得意な魔法師部隊だ
中には戦争経験の無い者も含むが優秀な魔法師の混成部隊らしい。
正規軍の実働部隊の一割弱が魔法兵だと言っていたから
アルタイル全軍合わせれば一万五千人程度いるはずなんだけど
戦力として数えられるのはその中でも一割程度の千五百人
そして戦局に影響を与えられるクラスになると更に五分の一の三百人程度だ。
うちが五十人出しているけど、それぞれ十人出してくれるだけでも
貴族社会では希な事だろう。
「しかし、王国軍の中央には優秀な魔法兵が二百いるっていう話しだが
とうとう一人も出さなかったな」
「王都を守る事が大事らしいですからね」
「アレク、随分と余裕じゃないか。初陣だろう?」
「アレックス先生、上陸を許せば敵の数はこちらの二倍弱ですよ
魔法師としては頑張らないと」
「ここで活躍すれば学院へ行っても自慢話には困らないな」
何か忘れているような気がするんだけど、でも南部は盤石だし
西部も一万だしただけで他の部隊は残ってるし
北部は混乱してるけどなんか引っかかるな。
「ヒンメル神聖国の船団を確認しました。数はおよそ二百」
増えてるじゃないか、これが気になっていた事なのか。
「全員、所定の位置で待機。敵が攻撃を仕掛けてくるのを待つ
ダルタニアンは兵二千を率いて港の警備を」
ダルタニアンは第三連隊の連隊長でルッツ父さんの右腕だ。
「敵が第三連隊へ弓矢で攻撃を始めました」
「魔法師部隊、敵中央に向けて三分後に攻撃開始」
さてどうしようかな? また呪文を唱えるか
今回はみんなの魔法を見てからにするか。
アレク兄さんも真剣だ。本気の魔法は見たことがないな。
「水の精霊にアレクが懇願する。我と精霊達の力を合わせ目の前の
者達を葬り去れ、【魔力九割、対象前方広範囲、大渦】」
「「「「「大渦」」」」」
なんとも地味な魔法だけど、船相手には効果がありそうだ
鹵獲が目的なのか。危うく広域の火魔法を撃ち込む所だった。
でも十隻程度しか行動不能にならないぞ
そうか敵にも魔法兵が乗船してるんだよな、魔力障壁か。
「「「「大渦」」」」
「ダメか、敵の魔力障壁の方が一枚上だ」
「敵の先発部隊が接舷するために接近してきます」
「「大渦」」
「ダメだ。ルッツ様、港を焼き払いましょう」
「それは……」
「父さんは敵船の鹵獲が目的なんですよね。あれが全部新造船なら
それだけで星金貨五万枚、いや六万枚以上になるはずです」
「鹵獲出来るのか?」
「ヨハン、鹵獲するにはどうすれば効率的だと思う?」
「そうですね、敵兵が乗船していなければ問題ないかと」
「そうか、それは気がつかなかった」
「風と水の精霊にノアが懇願する。我と精霊達の力を合わせ目の前の
障害物達に風の裁きを与えん
【魔力四割、対象前方広範囲、大観覧車の駒となれ】」
「対象敵船団、浮遊」
俺の魔法で敵船の内百隻ほどが高さ二十メートル程度まで上昇する。
そして空中五十メートルの所で逆さに反転してゆっくり降下していく。
「敵兵が海に落ちていくぞ」
「第一連隊を除く全部隊、海岸線で敵兵の上陸を阻め」
それからもう一回、空中からの落下作業を行って
敵兵が居なくなった船を回収しクレア領にも程度の良い船を二十隻も頂戴した。
「帰ったぞ」
「父さん、母さんは産気ずいたからオーブ家じゃないですか」
「そうだったな、しかしメイドの出迎えも無しとはな」
さて、また治水工事の日々か、その前に小麦の収穫だな。
「血の匂いだ。みんな離れるな」
「死ね……」
敵の諜報部隊か。
敵は十三人いたが俺達は二百人以上だ。問題無く撃退だ。
「エルヴイーラ様……」
「お婆さま」
「ダメです。死んでから一時間は経ってますね」
結局、屋敷に残っていた二十二名は死体で発見されて即日の葬儀だ。
情報を伝える兵士がオリオンに潜入しているのは当たり前なのに
屋敷が襲われるという事を全く考慮していなかった
俺もまだまだだな。
◇
葬儀が終わり、小麦の収穫も終わった所でアレク兄さんが学院へ向かった
俺は敵船二十隻の他に陛下から星金貨二千枚を拝領した。
どうやら俺の魔法は規格外らしく屋敷の警備を固める為の資金らしい
そしてオリオン郊外では捕虜五万人以上が両国の交渉を待ち望んでいる。
「しかし、死者が二百人にも満たないとは、交渉次第ではこちらのやられ損だな」
「そうですね、うちはひいお爺さまとひいお婆さまを亡くしていますし
ヒンメルが舐めた条件を提示してきたら捕虜は皆殺しにすると言ってました」
「当たり前だな」
ひい爺ちゃんは致命傷じゃなかったが弓矢を肩に受けて
それが原因で死亡したそうだ。傭兵も千人が死亡という激戦だったらしい。
「ノア様、醤油ですがまだノア様の望むレベルの物にするには熟成が必要ですが
既に改良二号、改良三号を仕込んでおりますので
二年後には王国中に流通するでしょう」
「他の商品は?」
「味噌に関しては完成、鰹節も完成、真珠に関しては成功率一割ながら三年後
には商業ベースに乗ると予想されます。そしてノア様の言われた場所から金が
発掘されました」
「ヨハン、準備を始めて。米の収穫が終わったら金山を本格的に採掘だね」
「かしこまりました」
「それでヒルダ、うちの来年度の推定予算は?」
「そうですね、現在、金庫には星金貨四千枚程度あり、小麦と米の税収で
星金貨四十枚、海産物で星金貨八十枚、狩猟で星金貨十五枚、残りは特産物で
星金貨五十枚として経費を差し引いても星金貨百五十枚は回せるかと」
「それって、商会からの収益が入ってないよね」
「今年は混乱が予想されますので良くて星金貨十五枚程度でしょう」
「うちの領内にも商人を呼び込まないとな」
「クレアの街も八割程度は完成しているので、ルミエールの街までの街道が
完成すれば商人も自然と集まってくるかと」
「わかったよ」
「ノア様、鍛冶ギルドと木工ギルドを主体に職人三百人程度が家族と共に
クレアに移り住んできました」
「ユリアン、でかした」
十五億程度とはいえ黒字だし領民も徐々に増えているし先行きは明るいな
金山開発が軌道に乗れば年収で百億アルも射程に収めたな。
俺が学院に入る前までに真珠以外は軌道に乗せておきたい。
「母さん、アリスとセーラはどう?」
「毎日、泣いてばかりよ。双子は面倒というけど
片方が泣くともう一人も泣くのが困るわね」
アリスとセーラは俺の妹だ、多分これで打ち止めだと思うんだけど
母さんはまだ二十六歳だ、産もうと思えば幾らでも産める。
若い内に結婚して、なおかつ国から援助があると女性は子供を産むもんだな。
◇
それから十ヶ月が経った。
真珠の養殖以外は順調、醤油もイシュタル領に五百ミリリットルを銀貨五枚で
輸出出来る状態まで持って来れた。金山のかなり良質の金を採掘出来ており
黒字間違いなし。
俺は貴族家当主なので成人の儀も両親立ち会いの下行われた。
そして三週間後から始まる学院の為に俺とヨハンは学院へ
転移で行けば一瞬なんだが、余り長距離の転移を使える者は危険視される
恐れがあるので貴族らしく通過する場所でお金を落としながら王都へ。
「みんな、あとの事は頼むよ
学園が始まって落ち着いたら定期的に帰ってくるから」
「お任せ下さい」
「それじゃ」
馬車は時速五キロくらいの速度で王都へ向けて進む
来年なら王都への鉄道のレールも完成しているはずなので
この道を馬車で走るのも最後だろう。
ちなみに魔法列車の試作車両は最高速度が三十キロ程度だったので
現在改良中だ。
「ヨハン、のどかだね」
「そうですね、道の整備を行ったのでほとんど揺れません」
俺の感想としては何故スプリングを制作しなかったのか? 後悔で一杯だ
ティーカップでお茶を飲めない程度の揺れなら揺れない部類にはいるらしい。
「コンラートは計算は得意なのかい?」
「僕は足し算は出来ますが引き算は怪しいですね」
コンラートはオーブ家の親戚の子で男の子が生まれたら執事にしようと
思っていたらしいが、結局オーブ家には男の子が生まれなかったので
俺と同じ年という事もあり俺の護衛兼友人となった。
かなりのお調子者で天然だ。
「コンラート、ヨハン、今日は何を食べる」
「僕はやはり肉が希望です」
「わたしはノア様と同じ物で」
二人ともそういうと思ったよ。
「それじゃ焼き肉にするか?」
「はい、焼き肉は最強です」
「すいません、四人ですが席はありますか?」
「はい、テーブル席が空いてますよ」
「では焼き肉定食を四人前」
「あ、僕は追加でパンを三個よろしく」
「わたしもご一緒で良かったのでしょうか?」
「ニコラウス、あの揺れる馬車で御者をしながら食べ物を食べるなんて
自殺行為だぞ」
「そうそう、ニコは若様の護衛なんだから堂々としてればいいのさ」
コンラート、お前はちょっと気を遣えよ。
味付けは悪くないんだけどな。
「ちょっと野菜が萎れてましたね」
「若様たちは新鮮な野菜や魚を食べてきたから
そう感じるかも知れないけど、これでも上等の方ですよ」
「でもあれで一人前、銀貨四枚だぞ」
「そうですね、クレアなら三食は出来ますね」
「若様は王都で食事をしたことは?」
「屋敷以外ではないな」
「それじゃ、王都へ行ったら物価の差でびっくりしますね」
王都は物価がやはり高いのか。
レールが切れている所まで来て、そこから十日で王都へ到着。
「身分証明書を拝見します」
「これを」
貴族家の馬車を止めるとは、何かあったのか。
「ノア・クレアにヨハン・ラズベリーとコンラート・ザンジバルですね
どうぞお通り下さい」
「何か、冷たい感じの衛兵でしたね」
「若様、男爵と男爵家の家臣だとあんなもんですよ」
「イシュタル家の身分証明書を提示すれば
きっと隊長が挨拶に来たはずですよ」
「そんなもんか」
「あれ、イシュタル家の屋敷は右へ曲がるんですよ」
「どうせ明後日は試験で四日後には入学だ。宿に泊まろう」
「そうですね、学院は全寮制ですしその方がいいかも知れませんね」
王都は中々活気があるじゃないか、そういえばノーラ姉さんと
ソフィー姉さんはどうしたんだろう?
「ここっすか?」
「何か盗賊でも出そうですね」
「コンラートは災害級の剣の才能があるんだろう」
コンラートは剣が使えて魔法もそこそこ、ヨハンは風と土魔法が災害級の
能力があるらしい。
「すいません、部屋は空いてますか?」
「何泊だい?」
「三日お願いします」
「ふーん、一部屋が三泊で金貨三枚だよ」
なんだと? こんなビジネスホテルのような所で二部屋で二十万アルだと!
「わたしが支払います」
「あいよ、二階の三号室と四号室を使っておくれ」
「それじゃ、コンラートとニコラウスは四号室で僕たちは三号室だ」
「ヨハン、聞いたか、この部屋で一泊で金貨二枚だよ」
「ノア様が怒っていると思われたので私が支払いをしましたが
今は学院の生徒の関係者が王都へ来るのでぼったくり価格なんですよ」
「王国軍の警備隊は何をやってるんだ
クレアならこの三倍の広さで風呂付きの部屋に泊まれるぞ」
王都が悪人達の巣窟だったとは。
お読み頂きありがとうございます。