ケース8『あそびたい』
「あっ…」っとクロサキ先生が声を出す。
液晶画面に映し出された、廃墟の背景。間合い一つ分、向かい合うように対峙したバケモノのような巨漢と、白い和服姿の美しい女性のキャラクター。
掴みかかろうとした巨漢の手が空を切り、距離を詰めた女性の手刀が喉頚辺りに抉り込む。
「ぐわぁああ!」という野太い悲鳴と共に、巨漢が大袈裟に後方へすっ飛ぶ。画面に踊るWINNERの大文字とファンファーレ。女性キャラクターが笑顔でピースサインを決める。
先生の隣に座っているソウスケがやや自慢げに言う。
「今のが界隈で名付けられたところの、ブッキングカウンターってテクニックです」
「…ふーん、なるほどね。なるほどなるほど、ブッキングカウンターね」
先生が興味なさげな仕草で、咥えていたタバコを灰皿でにじり消す。ボックスから新しい一本を取り出し、火を付ける。深く吸い込む。
「じゃ、もういっかいやろうか」
後ろ頭を掻き、ふーっと紫煙を吐き出す。いかにも気怠げでクールを装っている。
しかし、目が笑っていなかった。
時間は戻る。
昼休み、ソウスケが携帯ゲーム機を手に友人と談笑していた。話題は、先々月発売されたばかりの、人気格闘ゲームの新作ソフトについてである。
「この遠当てを撃った直後にダッシュでキャンセルするだろ? ほら、一気に距離が縮まって小パンチが当たるからコンボに繋がるわけ」
彼が慣れた手つきでスティックとボタンを操作する。画面の中のキャラクターが目にも止まらない速度で突進して、ゼロコンマ秒で体力ゲージの六割を相手キャラクターから奪い取る。
友人二人がスッゲーと感嘆の声を上げる。
「コツは相手との距離を測ること。ダークリックとパロブレイクで動かれると正擊で二核の後に確反受けるから、二フレームでタイムアウトしたら絶対にやっちゃダメ。飛び込みしてくるだろうから対空した方が良いよ」と、ゲーム専門用語を羅列するソウスケ。
「ははは、バカ。俺たちじゃ、まず最初のコマンドが出来ねぇよ」
ソウスケは近所で名の知れたゲーマーである。特に、特定の格闘ゲームシリーズの大会で何度か入賞経験があるほど。だからクラスのゲーム好きに一目置かれていた。
会話の輪の中に入っていたタクヤも、同ゲームをプレイしているが、その力量はひけらかせるほどではない。ソウスケの口にした専門用語も半分ほどわからない。それっぽく首を振り、訳知り顔で会話に加わっているだけだ。
友人の一人がソウスケを褒める。
「ところで、先週の地方大会二位だったんだって? やるなぁ」
「いやぁ、それほどでもないよ」
彼のはにかむ笑顔。謙遜しながらも、顔はまんざらでなく賞賛を期待している。
「ゆくゆくは全国的に有名になるのかね。今のうちにサインでも貰っておこうかな」
「ひやかすのはやめてくれよ」
そうしてふざけあっていると、少し離れた女子グループの輪から外れて、ケイがこちらに歩み寄ってきた。
「ちょっと! ピコピコピコピコうるさいんだけど!」腰に手を当てて高圧的に言い放つ。
ソウスケやタクヤを含めた友人たちが、口を開けてポカンと彼女の顔を見る。昼休みに限っては、携帯ゲームより大きな声で談笑するクラスメイトや携帯電話で動画や音楽を流している生徒もいる。何が彼女を刺激したのかわからなかった。
友人が「いいだろ、昼休みなんだか」と反論すると、「電子音がうるさいのよ!」と睨み返してくる。
ソウスケが思い出したというように、「あ、ケイさんもしかして大会で負けたの根に持ってる?」
ケイが顔をひきつらせる。ゲームなどしそうにない彼女が大会に出ていたとは。タクヤも知らなかった。
「関係ないわよ! なによ、こんなもん!」
ケイがソウスケから携帯ゲーム機を引っ手繰る。
「あっ! なにすんだよ、返せ!」
「へっなによ、たかがゲームじゃん! こんなもんで自慢げになっちゃってさ、バカみたい」
ゲーム機を取り返そうとしたソウスケが、ケイの手に遮られる。彼はクラス内でも小柄な方で、対してケイは女子の中でのっぽな部類だ。男女の違いがあれどタッパの理があった。
「か…返せ! 返せ!」
「え?」
懸命に掴みかかろうとするソウスケの顔が青い。呼吸が荒く、喉からヒューヒューと過呼吸の風切り音がした。
「は? 何ムキになってんの? くだらない」
ケイも異常に気がついたらしい。ゲーム機を彼の胸に押し付ける。
ソウスケはそれを大事そうにぎゅっと胸に抱く。表情が和らいでいる。
友人二人が彼を訝しげに眺めていた。
タクヤの内側に心配の種が芽を出している。
「大丈夫か?」放課後帰ろうとしたソウスケに、タクヤが話しかける。
「大丈夫って?」
「ケイにゲーム機取り上げられて、体調が悪そうに見えた」
彼は、そんなことないよと小さく否定。件のゲーム機を鞄に仕舞い入れる。
「何か不都合があるなら力になるよ。友達だろ?」と友達手形を発行して情に訴えかける。
ソウスケが溜息一つ吐き、「…あまり言わないで欲しいんだけどさ。最近、ゲームから長く離れられない」
東校舎二階の西側の最果て。
部活用品、書類の束、用途のわからないオブジェの波を避けながら進む。授業や部活でも普段使いから外された道具、あるいはゴミが申し訳程度に整えられつつ乱雑に放置されている。
物置同然と化した奥まった先に、目的の場所はあった。
日焼けしたオンボロ引き戸に、留められた画鋲から吊り下げられた、上部両端に紐が通された粗末なプラカード。
『学生相談室責任者:クロサキ ツバキ』と、ヘタクソな字で手書きされていた。
後ろを振り返る。ソウスケがまたゲーム機を弄繰り回している。目が合ってバツが悪そうに俯いた。たった十分弱も我慢できないらしい。
ドアに手を掛けて横に開く。スライド中に、何かが戸車に引っ掛かる。ついこの間掃除したにも関わらず、また何かゴミが溜まっているらしい。
室内から漏れ出るヤニ煙。今日は一段と煙ったい。薄霧のように灰色に染まる空気。
床を本の山に支配された部屋の奥。頑丈そうな木机の前に、職員用の椅子に部屋の主が腰かけている。
白衣を着た中学生女子くらいに見える彼。胡坐をかいて座り、膝の上に小柄な体躯と対照的な大判で重そうな本を載せて読み耽っている。タイトルはどこの国の言葉かもわからない崩れた筆記体。どんな内容か検討もつかないが、ただ邦題で小さく『体性感覚とカタルシス作戦』と隅っこに記されている。
タクヤが先生と一声かけると、彼は読んでいた本を閉じて視線を上げる。今日もまた不健康そうな青白い顔で破顔し、「お~~~~…いらっしゃい。患者?」
「患者です」
タクヤの後ろからついてきたソウスケが入室する。またゲームをやっている。「うわっ!」ゲーム画面を注視していたせいで、足元に転がっていた紙束を踏んづけてすっ転ぶ。
「…なにやってんの、アンタ」
先生が口から煙を吐く。火炎放射のように。
先生は組み立て椅子を対面に設置してソウスケに座るように促す。彼が座ったことを確認して、自分も深く座る。ふんぞり返って足を組む。
「さて、今日はどうしました? ……何持ってんの?」
ソウスケはまだゲーム機を手放していない。操作こそしていないが、起動しっぱなしでタイトル画面を表示したまま軽快な音楽を垂れ流している。
「け……携帯ゲーム機です」
やや身を縮こまらせて、ゲーム機を持っている両手を腹側に引く。ケイに取り上げられた経験から警戒しているのだろう。
先生は「ふぅん……」と一瞥しただけで興味もないようだ。
「それで? 今日はどうしてここに来たの?」
「えーと……その……何て言ったら良いか……ずーっとゲームをプレイしてしまうんです。自宅に帰宅後から深夜遅くまで。学校でもしていない時は酷くイライラしてしまって……」
先生がペンで頭を掻く。
「ふーん、ゲームでずっと遊んじゃうんだ。イライラね。なんだろ……中毒症か強迫観念の一種かな?」
タクヤはそこで何か噛み合っていないことに気づく。
「あの、ソウスケはたぶん、ゲーム依存症なんだと思いますけど」
「ゲーム依存症?」
先生が携帯電話を取り出しインターネットの検索ページを開く。ゲーム依存症、とたどたどしく打ち込む。
「あ……あー、なるほどね。ギャンブル中毒みたいに、電子ゲームにも依存性ってあるのかぁ」
「知らなかったんですか?」
意外だった。近年、若者を中心に電子ゲームにのめり込み身を持ち崩してしまう例を、テレビなどのメディアが取り上げることもある。なんたらかんたら症候群やうんたらかんたら人格障害などより、よほど耳にしていそうなものを。
先生はちょっとムッとして「知らんよ。教本にも書いてなかったんだから」
「最近、正式な病気として定められたって話も聞きましたけど…」
「だってこの本、数年前のもんなんだもん」
そう言ってバサバサと教本を振る。
めまぐるしく更新される臨床心理世界。生業とするならせめて最新版を買っておいてほしい。
その一方で、彼が見た目ほど若くない事実を思い出す。中年なら若者の娯楽に疎くても不思議ではない。ゲームに触れる機会のない人生だったかもしれない。
「それで、ソウスケくんだっけ? ゲームが止められないんだ?」
「は…はい。それで、どうにか出来ないかと思って…」
先生が腕組みして、「うーん…ゲーム依存症ねぇ。……それって何か困るの?」
「……は?」
「だって、タバコやクスリみたいに体に害がある訳でもないし、ギャンブルみたいに何十万も浪費する訳でもないんだろう? 別にほっとけば良くない? そのうち飽きるでしょ」
無責任な物言いに、ソウスケが反論する。
「い……いえ、日常生活に支障が出ますよ。そればかりやって、他のことが手につかないんですから」
「ハハァ、なるほどね。ちなみにどんなゲームなの?」
先生が椅子から立ち上がり、ソウスケの隣に移動する。肩越しにゲーム機の画面を覗き込む。
「えっと…今人気の対戦格闘ゲームです」
「対戦格闘?」
お互いのキャラクターを攻撃し合い、保持している体力ゲージを奪い合うアクションゲームだと説明する。
「ふーん、そういうのが流行ってるんだ。面白い?」
「面白いですよ!」この部屋に来て初めてソウスケが嬉しそうにする。
「ゲームねぇ……ゲームかぁ……あんまり知らなんだよなぁ。やってみないとわからないし、ちょっとそれ貸してよ」携帯ゲーム機を指差す。
ソウスケが露骨に嫌そうな素振りと声色で返す。「えっと……大切な物なので、嫌です」
「ケチンボ!」と小学生に匹敵する先生の幼い反応。次いで「もう一台ないの? アンタ持ってない?」とタクヤに飛び火する。
「……ありますけど」
「貸して」
「壊さないでくださいね」
鞄から自分の青メタリックな機種を取り出す。オンライン購入したゲームデータが既に入っている。
「へぇ、最近のゲーム機ってこんなに小さいんだ」先生が受け取り、しげしげと眺める。「こうやって持つのかい?」
「先生、それ上下逆です」
大丈夫だろうか。
先生の体感だと、ゲーム機の発達は二十年以上前に止まっているらしい。
「なにこの棒?」
「操作スティックですよ」
「グリグリして使いにくいなぁ。上下左右ボタンないの?」
「ありません、慣れてください」
「お、綺麗な画面。へぇ~、最近のゲームってこんなに映像リアルチックなんだねぇ」
ソウスケが説明する。「まずはソロプレイで練習してみましょうか。キャラクターを選んでください」
「キャラクターねぇ。どれにしようかな…」
カーソルをキャラクターの顔グラフィックに載せると、ポーズを決めた全身図が表示される。先生が二十人弱の中から品定めしていく。
「その、主人公キャラが使いやすいですよ」
「うーん……よし、アタシこいつにする」
筋骨隆々なバケモノのような巨漢が選択される。
「それは投げキャラです。初心者にはちょっと使いずらいんじゃないかな…」
「なに言ってんの! ガタイがデカくてマッチョな奴の方が強いに決まってんじゃん!」
「いや、でも……まぁ、好きなキャラを使えばいいですけど……」
初心者であることを差っ引いても、先生はゲームが下手だった。操作する指先がおぼつかない。トレーニングモードでさえ、ゲームのキャラクターは固い動きでふらふら彷徨い歩きまともに攻撃が当たらない。
「クッソ、なんだよこれ。前へ歩け! 前へ歩け! あーもう! パンチじゃなくてキックだって!」
それでも一時間ほど練習して、ようやくボタンの押し間違えはなくなり一~二個ほどコマンド技を覚えた。
難易度を最低にまで下げて、ソロプレイで開始する。
「おら! 死ね! 死ね! くたばれ!」と教職員にあるまじき暴言を吐き散らかしながら、敵キャラクターに攻撃する。
お世辞にも上手ではないが、ボコボコの不慣れな殴り合いの末、なんとか敵キャラクターを打ち負かす。ゲーム画面に踊るWINNERの文字とファンファーレ。
「やったやった! 勝ったー! どうどう? アタシって結構上手いんじゃない?」子供のようにはしゃいで賞賛の声を期待する眼差しが、タクヤとソウスケに向けられる。
「そ……そうですね、初めてにしては凄く早い上達です」ソウスケの愛想笑い。
「ふふん、まぁね」とご満悦。
しばらくソロプレイを楽しんだ後、先生が言い出す。「じゃあ、そろそろ対人戦もしてみよっか。ソウスケくん、かかってきなさい」
えっ?とソウスケが顔を曇らせる。多少操作できるようになったからと言って、まだ初心者の中の初心者である。上級者のソウスケと勝負になるはずもない。
「も……もう少し練習した方がいいんじゃ」
「いいからいいから。だいたいわかったから。しょせん子供のゲームだもの。簡単簡単」
先生の舐めた物言いが、何百時間何千時間と練習や研究に費やしてきたソウスケのプライドに触れたのかもしれない。
「いいですよ、やりましょう」彼の笑顔に薄暗い陰が少し差していた。
「ぐぉおおおお!」先生の操作していた巨漢のキャラクターが、もう何十回目かもわからない敗北の雄たけびを上げる。
「ほら、またガードしてないじゃないですか。無暗に攻撃ボタンを押しても当たりませんよ」
「ぐっ……」
既に二十試合は超えたか。先生の勝率はゼロ割であった。
毎回試合開始直後、一ボタン押すかおさないうちに先生の巨漢のキャラクターをソウスケの操る女性キャラクターが一瞬で滅多打ちにする。起き上がった後も追撃をしかけられて、体がゴムまりのように跳ね続け、無抵抗なままに敗北している。
「このキャラクターは食らい投げが得意なんです。後の先。モーションも遅いから積極的に攻撃を仕掛けてもカウンターされるだけですって」
「ぐぐぐ……」先生が悔しそうに歯ぎしりする。
先生の選んだキャラクターは投げ技主体である。防御しつつじわじわと距離を詰めて逆転の一発を叩きこむのが定石戦術。にも関わらず、彼は一切防御もせずに試合開始後から前進しては隙の大きい打撃技を叩きこもうとしている。
「そりゃ、先制技のコンボだってありますよ? でもそれは小パンチを当てた後にスライドリングしてデッドガードした敵の硬直に叩きこんで……」
先生が食い気味に返答する。「ボディクラッシュを先端で当てたら三.五フレーム内にキャンセルして当て身投げをかすらせたら四フレーム後にオーバースローだろ! わかってるよ!」
「い……いや、出来てないじゃないですか。それにキャンセル後にバクステされたら当て身じゃなくて飛び掛かりで……」
「敵の硬直が二フレームなんだから飛び掛かりなんか当たるかわかんないだろ! だったらブロックアタックがギリギリ届くし一.五フレーム内だから確実だ! わかってんだよ! わかってるけど指がそんな早く動かないんだよ!」
先生は指先も不器用だった。明らかにボタンを押すタイミングはズレてるし、そもそもこのキャラクターの最大の長所である複雑なコマンド技だけいくら練習しても出せない。しかし頑として変更しようとしなかった。
ただし、記憶力だけは異常なくらい良い。ソウスケが一度口にしただけの専門用語は記憶し、上級者にしか判断がつかないような一秒未満のシステム操作すら分析していた。
ただただ、指先だけがどうしようもなく不器用だったのである。
「ほら、次だ次!」
先生がヒートアップしてゲームの続行を促す。かなり荒れていた。タバコは半分も吸い終わらないうちに新しい一本を咥え直すので灰皿が窒息しそうになっている。噛み締めた歯の境目で、フィルターが千切れそうになっていることだろう。
ソウスケが溜息をつく。いかにゲーム好きな彼とはいえ、こんなヘタクソな相手とやっても得る物がないのだろう。それが長時間続くのだから苦痛に違いない。
次の試合、先生のオープニングヒットが決まる。その後、ソウスケのキャラクターが反撃するも空振り。いきなり動きが鈍くなっている。
その間、先生が攻撃しまくる。パンチキックパンチキックパンチキック頭突き。
ついに女性キャラクターが断末魔の悲鳴を上げて倒れ伏す。巨漢のキャラクターが、清々しい笑顔でポーズを決めて下卑た勝利の笑い声を上げる。
「い……いやぁ~、負けちゃったなぁ。先生、上達しましたね。もう大会出られるくらいの実力ですよ~あはは……」と見え透いたお世辞を並べるソウスケ。
とうとううんざりしてわざと敗北したのが、誰の目にも明らかである。
「…………」先生の肩が小刻みに震えている。
「せ……先生、どうしました? 先生?」とソウスケが心配そうに顔を覗き込む。
「うがああぁぁあああああああ!!! ふざけんなぁああああああああ!!!!」
突然先生が立ち上がる。そして持っていたゲーム機を床に叩きつける。プラスチックの砕ける音がした。
「せ……先生! 落ち着いて!」
「うるっせぇ! 気を遣って負けられるのが一番嫌いなんだよ!」
職員用の椅子を掴んで、思いっきりフルスイング。積んであった本の山が薙ぎ払われる。ふんばりが効かず、彼の小柄な体がよたよたと体勢を崩して危ない。
「ひぃぃっ!」
「出てけ! お前ら出てけぇぇぇ!!!!」
椅子がめちゃくちゃに振り回される。弾き飛ばされる本、本、本。
タクヤとソウスケはたまらず出口へと退却する。慌ててドアを開けて外に転がり出る。ドアを閉める。外にまで追ってこないようだ。
しかし、部屋の中から怒号と破壊音が外にまで漏れ聞こえる。大人としては見るに耐えないほど、潔いくらいの炸裂っぷりだ。
ドアを背にしたまま、二人は顔を見合わせる。深く安堵のためいきをつく。
「危なかったな……」
「あぁ、危なかった……」
ソウスケが苦笑する。
「……俺、ゲーム止めるよ」
「そうか?」
「端から見たら、あんなことになってたんだな……」
さすがにあれほど暴れてはいない。高揚して奇行に走る人ケースもあるが、先生のあれは極端すぎる例なはずだ。
しかし彼が自分で止めるきっかけを見出したのなら、それも良い。
「これ、やるよ」
彼が自分のゲーム機をタクヤに渡す。
「良いのか?」
「あぁ、もっと別の趣味を見つけようと思う」
ソウスケがニカっと笑う。どこか憑き物が落ちたように顔が晴れていた。
数日後、再び相談室を訪れる。
部屋の主が、木机に寝っ転がってゲームで遊んでいる。
「よしっ! よしっ! そこだ! くらえっ!」
「なにやってんですか……」
「お、いらっしゃい。いやぁ、ゲームも節度を守って遊ぶ分には面白いね。調べてみたら、課題、行動、報酬の図式で成り立ってるらしい。この課題の絶妙なバランスと、壁を超えられた時の達成感で脳内麻薬が出るみたいで気持ちいいんだ。これだけお手軽にストレスの発生と解消のプロセスを娯楽化できるなんて、良い時代になったもんだよ」
目の下の隈がいつもより一段と深い。
「……何日寝てないんですか?」
「えぇと、何日だったかな。三日?」いつもより青白い顔で小首を傾げる。いつもよりやせ細って見えた。
没収、と言ってタクヤがゲーム機を取り上げる。それを焦った様子でかえせーかえせーと手を伸ばしてくる先生。やがて子供のようなダダをこねて掴みかかってくる。
タクヤは思う。どんな娯楽もほどほどにする自制心が大切、と。
ヤニ臭い部屋の中で場違いな電子音楽が流れ続けていた。