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ケース6『えんじたい』

 体育館の舞台上。赤のコタルディを模した衣装を羽織ったクロサキ先生が叫ぶ。

「おのぉれ、ティボルトぉ! よくもこの俺を侮辱してくれたなぁ! この忿怒、もはや貴様の血を剣で染めぬ限り収まらぬとしれぇい!」

 酷い、三文芝居だった。無理に張り上げようとした声が掠れて音が外れる。動きも固い。両手で天を仰ぐ仕草なんて台本にない。

 出番待ちをしている隣のケイの頬が引きつる。

「さぁ! 懐の刃を抜けぇい!」

 先生が模造刀を鞘から引く抜く。踏み込んだ一歩が滑り、足がもつれる。低い悲鳴を上げてべしゃりと倒れ込む。間違いなくこの中で一番の大根役者だった。



 時間は戻る。

 放課後、教室に居残ったタクヤが同級生と談笑していると、ケイが出入口ドアを引き開けて入ってきた。「あのさ、ヒマだったら手伝ってくんない?」

 彼女の出で立ちを見て思考が停止する。緑を基調としたボリュームのあるドレス。ヴィクトリアン調というのだろうか。フリルやレースがあしらわれ、腰から下の裾が膨らんでいる。よくよく注視すれば、光沢の強すぎる安っぽい素材で拵えてあるとわかるが、やや開いた胸元に目を奪われて頭が回らない。

 学校に突如あらわれたお姫様。場にそぐわない、実にシュールな光景。隣の同級生も同じく硬直している。

「て…手伝いって、なにを?」

 混乱の渦中から、短い疑問文だけ引き出す。

 タクヤの視線が胸元に釘付けになっていても構わず、ケイがのしのしと入室してくる。

「今、演劇の練習やってんの。役者でも構わないんだけど、ギャラリーで感想聞かせてくれるだけでも。どっちか…それか二人とも来てよ」

 同級生が逃走する。「俺、そろそろ塾行かないと。タクヤは暇だったよな?」と。

 彼はケイへの想いを知っていただろう。だから気遣ってくれた、という一方で面倒ごとに関わりたくないだけだったのかもしれない。

「ほら、モタモタしないで」

 帰り支度の途中で手を引っ張られた。


 ドレスを着た同級生に手を引かれ廊下を歩くのは、中々に気恥ずかしい。時折通りがかかる生徒にケイが「体育館で演劇練習してるから見に来てね」と声をかけるので、余計に注目を集めた。

 その一方で、白手袋を通して伝わる彼女の体温。思いがけず手を繋げて嬉しさと羞恥が入り混じる。

 と、廊下の角を曲がったところでケイが誰かとぶつかりそうになる。その誰かは止まろうと足を止めたが、ふんばりが効かず後ろ側へ倒れて尻もちをつく。「あいたっ、なにすんだよ」。彼の持っていた書類が散らばる。

 何もしてないのでケイは謝らない。「体育館で演劇練習やってるんで、見に来てくれない? 一時演者も募集中」手を差し出して立ち上がらせようとする。

 白衣を着た少女のように見える教員男性が、補助を断って自分でよろよろと立ち上がる。「演劇練習?」普段は東校舎を根城としている相談室の主人、クロサキ ツバキ先生だ。

 彼は服を軽く手で払うと、床に散らばった書類を集める。「ふーん、おもしろそうじゃん。暇だし、ちょっと見に行こうかな」。

 まるで常日頃、暇が少ないかのような言い草である。


 体育館が見えてきた。建物内からボールの弾む音とバッシュが床を擦る音が聞こえてくる。

 先生が聞く。「演目はなに?」

 ケイが胸を張って答える。「ロメロとジュリエッタよ」

「ロメロ? ゾンビ物なのか?」

「いや、違う違う。噛んだだけ。ロミオとジュリエット」

「あぁ、ロミジュリね」


 体育館の舞台とコート半分を演劇部が占領している。仕切りにネットが引かれているので、残りのコートで練習しているバスケットボール部の流れ弾が飛んでくる心配もない。

 舞台にハリボデの背景が設置され、下段に照明器具や撮影機材が並んでいる。どれも本格的とまではいかないが、高校生演劇部の機材にしてはそれなりに値が張りそうだ。

「おーい、連れてきたよー」ケイが手をひらひらと振る。

 すぐに走って駆け寄ってきたメガネの女生徒がきつく問い詰める。「もぉ! 人集めなんて私たちでやるから良いって! 衣装で出歩いてひっかけたりしたらどうするの!」跪いて、ドレスを細かく点検する。どうやら衣装係らしい。

「キョウコってば神経質ね。気を付けてるから破れたりしないって。それに、どうせ上演するんだから宣伝も兼ねて、さ」

 あっけらかんとした彼女に、キョウコと呼ばれた女生徒は下からじろりとねめつける。フリルがほつれていた。

「お転婆なお嬢様だな」

 後ろから気取った仕草で、英国王室のような服装の女生徒が歩いてくる。キザったらしい口調でそう言い、ケイの肩を抱く。

 レースやチェーンや金属ボタンで飾られたウェストコート。下地の布に比べて装飾が安っぽいのは、燕尾服かスーツを改造したかららしかった。パッドを入れているのか肩口が膨らみ、下半身に沿ったブリーチズを履いている。

 いわゆる王子様ルック。童話アニメから抜け出てきたかのような衣装だ。

「やぁ、いらっしゃい」爽やかな笑顔。

 どうもと返す。

 目鼻立ちの整った美少年とも言える彼女を女生徒だと判別できたのは、以前の校内演劇で見たことがあったからだ。サヤカという演劇部の部長。化粧が実に似合っている。そのまま宝塚に入団してしまえそうだ。

「まだ舞台稽古は終わってないけれど、楽しんでいってくれたら嬉しい」

 いまだ、ケイの左肩を抱いているのが気に入らない。形作りの良い小顔で背も高い彼女が、女性だとしても胸中がざわつく。

 遠くから別の男子生徒がサヤカを呼ぶ。ちょっと失礼、と断り踵を返して去っていく。

「無理しちゃって…」とキョウコが溜息をつく。

「無理?」

 スキンシップが出来るほどに好調だったようだが。肩に回された手の映像が脳裏から消えない。

「練習見たらわかるわよ」ケイが後ろ頭を掻く。綺麗に整えたセットが崩れる。キョウコがもう、と憤慨して櫛を手に後ろに回る。


 演題は、ロミオとジュリエットをオリジナルベースでわかりやすくアレンジ、ということらしい。文学やミュージカルに疎い生徒にも興味を持ってもらえるよう、台詞や演技や場面を、主題が崩れない程度に再構成した、とケイが説明した。

 ただ、側面的な理由としてはロミジュリのために用意できない道具や不都合なども加わり、そうせざるを得なかったという本心もあったようだ。なので十四世紀イタリアの時代背景のはずが、ジュリエットのドレスはヴィクトリア調であるしロミオの衣装は十五世紀風。元々ある演劇部の在庫からなるべく近しい物を選び、改造して間に合わせているのだと。

 そして、何故演劇部でもないはずのケイがジュリエット役をしているのかは、本来の女優がインフルエンザに罹患して寝込んでしまったピンチヒッターなのだという。

 なにより、既に衣装合わせで稽古をするほど、残り時間にゆとりはないらしい。


 舞台の上でサヤカがふらふらと立っている。先ほどまでの凛々しい余裕は消え、いまやきりきり舞いだ。

 それは演目が始まってしばらくのことだった。キャピュレット家とモンタギュー家の抗争について語り部が終えた後、サヤカ扮するロミオが登場し十分と経たないうちに異常が起きた。サヤカは頻繁に台詞を忘れ、何か立ち回りをしようとする度に躊躇し、まるで油の切れたロボットのようなギクシャクとした動きで演技を行う。

 キョウコが怒声を上げる。「カット! ちょっと、いい加減にしてよ! 何やってんのよ!」一度や二度ではないらしい。この演目が始まってからも、ずっと彼女はイライラしっぱなしだ。

 サヤカがびくりと体を震わせ、体を縮こませる。口角と眉の下がった頼りない表情でキョウコを見ている。

「堂々としろって言ったでしょ! 何モタついてんの! 主役がそんなんで観客に見せられる訳ないでしょ! このバカ!」キョウコが地味な外見に似つかわしくない、烈火の如く怒りをぶつける。

 舞台上のロミオは俯き、下唇を噛んでいる。もはや演技どころではなさそうだ。

「こんなんじゃ続けてても意味ないわよ! 一旦閉めて!」キョウコが手で払う仕草をすると、それまで役に入っていた演者たちが肩の力を抜く。

 ジュリエットに出会うどころか、ロザラインの恋路半ばで終わってしまった。


「どう思う?」と、ケイが尋ねる。

「どうもこうも…」

「そうよね…」

 素人目に見ても、酷い。以前、春頃にリア王で演じていたサヤカはあんな有様ではなかった。声も立ち振る舞いも、何もかもが自信に溢れていた。

 組み立ての簡易椅子で足を組んでいた先生が、ケイに聞く。

「いつ頃からなの?」

「えぇと…私がジュリエット役を引き受けた時には、もうあんな感じだったわ。こっちは構わないけど、キョウコ…監督さんは許せないみたいね」

 舞台から下りたサヤカにキョウコが怒鳴り散らしている。悪感情によるただの口撃ではなく、部活の情熱ゆえにだろう。しかし萎縮しっぱなしのサヤカが哀れだ。

 先生が缶ジュースを飲みながら、「彼女も、ずっとあんな感じなの?」

「…話に聞いてた限りだと、そうみたい。それまで監督指揮してた上級生が抜けて抜擢されたとか。本当なら監督は部長であるサヤカちゃんがやるべきなんだろうけど、ほら、あの娘は主演だからさ。他の部員もロミオは彼女じゃないと納得できないって。キョウコだって本当は衣装係兼任で忙しいのに」

 先生がへぇ、と薄く感心する。「なるほどね…」。缶ジュースを椅子の下に置いて立ち上がる。キョウコへ歩み寄る。

「キョウコちゃんだっけ? 次は、ちょっとアタシの言うようにしてくんない?」


 先生がサヤカを除く演劇部員全員を集める。彼からされた提案をキョウコは渋った。そんなことをして何の意味がある、と強く拒絶した。しかし彼の素性が生徒相談室のカウンセラーであると知り、やむを得ずと言った様子で受け入れたようだ。

 そして先生は交渉条件だとばかりにこう言った。「それと、アタシを舞台に立たせろ」

 キョウコが得心いかないと反論する。「それはこの計画に必要なことなの?」

「いーや、全然。ロハで治療してやるんだ。それくらい良いだろう?」

 何がロハだ。今この瞬間も彼は業務中である。生徒のメンタルケアは仕事の範疇のはずだ。よくもまぁ図々しく要求できたものだ。

 キョウコが頭を掻きながら了承する。「……OK、一役誰かと交代させましょ」

「へへへ、一時的でも照れるな。ジュリエットか。まぁ…うん、アタシも学生時代ちょっと経験がない訳でもないし? これを機会に役者の一面を持つのも悪くないかな」

「はぁ! 何言ってんのよ! ジュリエットはケイよ! メインヒロインなんてやらせる訳ないでしょ!」

 先生が心底心外そうに、「はぁ!? わざわざ協力してやってんのに? 一回限りなんだからジュリエットでも良いだろ!」

 キョウコもそこは折れないらしい。「ドレスサイズが違いすぎるんだから無理よ! だいたいあなた男じゃないの! 良いところで町人Aよ!」

「嫌だ嫌だ! ジュリエットが良い!」

 あまり重要でない…いや、本人たちにとっては重要なところで、一時間余りも交渉が続いた。結局先生は、ロミオの親友マキューシオに落ち着いたらしい。


「じゃあみんな、さっき言った通りにしてちょうだい」キョウコが手を叩いて部員たちを配置に付かせる。

 それを少し遠くから、打ち合わせに呼ばれなかったサヤカが不安そうに見ている。

 先生が彼女の腕をポンポンと叩く。「どうした? ロミオ」

「あ、さっき何を話してたんですか?」

 サヤカの疑問に、含み笑いが返される。

「アンタはいつも通りで良いんだよ。リラックスしろ」

「……わかりました、先生。信じます」

「おっと、違うぜロミオ。アタシは親友のマキューシオだ」


 幕が上がる。暗転の中、語り部と共にキャピュレットとモンタギューの両家長同士の意地の張り合いが行われる。

 やがてロミオことサヤカが上手から登場する。ロミオの恋ひ余る語り。自信のなさが見え隠れするが、ここまでは自然な芝居ができている。

 そして下手から登場したロザラインへロミオのアプローチシーン。「ろ…ロザライン!」

 ロザライン役の女生徒が嘲笑する。「ふふ、あ~ら、また来たのロミオ? 今日はどのようなご用件かしらぁ? 靴磨き? それとも花売り?」

 サヤカの顔が青くなり引きつる。唇が震える。「こ…こ…こよいは…ああああなたという、は花をつ…摘みに…」ロザラインを抱きしめようとした彼の動きが止まる。小刻みに手が痙攣している。

 時が数秒止まる。

 その時、舞台袖で待機していた先生がロザラインに手で合図を送った。それを見た彼女が頷く。

「まぁ! お花を摘みに? おほほほほ、ロミオ~、お花畑ならここから三マイル先にありますよ」

 サヤカがハッとして我に返る。「い…いいえ! ロザライン! 私の花はここに一つだけ! どんな薔薇より紅い唇! いかな白百合より白い指先! 私の胸は炎より焦がれている! あぁ…どうかこの想いを受け取ってほしい!」

 まだ固いままの動きで、何とか場を繋げる。その後も二言三言、二人のアプローチとあしらいが続いた後、シーンの終わり共に退場する。

 役を終えたロザラインがサヤカへ一言、「良かったわよ、出来てたじゃない」


 ジュリエット扮するケイとロミオのサヤカが出会うシーン。

「ロミオ? まぁ、あなたはロミオと言うのね。なんとステキなお名前ですこと」

 演劇部員たちの中にあると、素人なケイの演技は見劣りする。それでも人目に晒せないほどでもない。

 サヤカが棒立ちのまま、ごくんと喉を鳴らす。緊張しているのか、呼吸が荒い。

「あ……ああああなたはじ…ジュリエットと言うのか。な…なんてうつくしいひびきだ。どど…どうか? そその愛らしい、こことりのような声? 声? ……えーと」

 上手から先生がケイに合図を送る。ケイが軽く頷く。

「ジュリエット! 私の名前はジュリエットです! あなたの心に刻まれるなら、いくらでも口にしましょう! 私の名前はジュリエット!」

 サヤカの緊張が解除される。「あ……あぁ! 君の声はなんと澄んでいるんだ! 天上の堅琴もかないはすまい! 幾百年経とうとも僕の記憶は色褪せないだろう! いつまでも聞いていたいジュリエット!」

 手を取り合い見つめ合うロミオとジュリエット。ケイがサヤカにそっと囁く。「その調子その調子」

 タクヤはその様子を両家の家長が抱く妄執より、忌まわしげに睨んでいたことだろう。


 二幕の間に無理やりねじこんだ三幕のワンシーン。マキューシオ扮する先生が、散々大根役者っぷりを披露した後、ティボルト役の男子生徒に刺された。

「おぉ! ロミオぉ! なぜ止めたんだ、ロミオぉ! げほっごほっ!」

 サヤカが床に倒れ伏す先生を看取る。

「あ…あぁ、すまないマキューシオ! ぼ…僕はなんということを!」

 先生が大袈裟に苦しむ。

「ぐぅぅ! お前の行いは家への裏切りだぁ~! キャピュレットを滅ぼすつもりかぁ! げえっほ! げっほ! ぐぅわぁぁ!」

 死にかけているはずなのに、舞台上をゴロゴロと転がる。まったく台本にない動作だ。

「そ……そんな! マキューシオ! 違うんだ、僕は両家の争いを…」

 先生がいきなり立ち上がり、喉を押さえて苦悶の表情を上げる。「ぬわぁぁ! げほごっほ! げほっ! げほっ! 死ぬ~! 死ぬ~!」

「あ…あの先生、そろそろマキューシオが息絶えないと次のシーンが…」

「あぁぁぁ! 刺されて痛い! 脇腹が痛むぅ! げっほげっほ! おのれぇ! ティボルトぉ! この恨みはらさでおくべきか~!」瀕死のはずの人間が舞台上を転げまわる。これでは悲恋劇ではなく喜劇だ。

 幕の陰に潜んでいた部員数人が、彼を取り押さえる。

「あ、こら! 何すんだ! まだ死んでないだろ!」抵抗むなしく先生が引きずられていく。まだ舞台上に残っているサヤカに向かって親指を立て、「いい演技だったぜ、ロミオ」と激励して消えた。


 物語佳境。世間的にもっとも有名な場面でラストシーンらしい。

 ケイが天を仰いで「おぉ、ロミオ! あなたは何故ロミオなの?」

 サヤカが跪き片手を差し伸べる。「あなたが望むなら、今この時からでも、僕はロミオでなくなりましょう!」

 彼女のチックは消失していた。その顔に浮かべる微笑は自然で、かつてと変わらない男装の麗人然としている。

 幕引き。部員たちから拍手が起こる。

 立ち尽くすサヤカは少し恥ずかしそうにして、彼ら彼女らの顔を順番に見つめる。

 キョウコがサヤカの前に進み出て、軽く頭を下げる。「悪かったわよ、私のせいだわ。役者の心の管理もできないなんて、監督失格ね。ごめん、今まで言い過ぎた」

「キョウコの真剣さだって、わかってるつもりさ。熱が入るのは君が高みを目指そうとしているんだってこともね。観客と部員と、私のためだって。でも、今後はもう少しお手柔らかに頼むよ」

 サヤカが苦笑してキョウコを抱きしめる。腕の中で、キョウコが顔を真っ赤にしてたのは想像に難くない。


 彼女らから少し離れた位置で、タクヤが小声で話しかける。

「彼女、鬱だったんですか?」

 先生はさぁねと答える。「あれだけ言われたら、誰だって憂鬱になっちまうさ。部活だろうと仕事だろうとね。その上、管理職…部長だろ? 責任者だからって、誰にも相談できずに自分だけで抱えてたら泥沼だよ」

 であれば、もう大丈夫だろう。サヤカはもう一人で悩み沈むこともない。きっとキョウコが良きパートナーとなるだろう。

「それに、一回やってみたかったんだよねサイコドラマってやつ」

 J.モノレが考案した集団治療法。心理劇とも呼ばれるらしい。自発性と役割演技の原理を重視し、人間相互による影響を利用した心理療法とか。

 しかしあのリハーサル劇に、そんなに複雑なプロセスがあったとも思えない。

 先生がサヤカ以外へした指示とは二つだけ。「サヤカがトチったらフォローして続けろ。シーンが終えたら褒めろ」。それだけだった。

 真実は、もっと単純だったのではないだろうか。失敗による激しい叱責がなく、ミスをしても仲間が助けてくれる。その安心感こそが彼女を再びロミオへと浮上させたのかもしれない。

 教本かじっただけの知識で、複雑な心理治療が出来たとは信じられない。いつもどこまで本気でどこまでいい加減なのか推し量れない人物である。

 タクヤは皮肉の一つも言いたかった。「先生がやりたかったのはサイコドラマじゃなくて、ジュリエットだったんじゃないですか?」

 先生がふくれっ面をする。

「絶対アタシの方がジュリエットに相応しかったさ」

 そしてすぐに気を取り直して皮肉を返してくる。

「アンタも、中々その役似合ってるよ」

 複雑な気分だった。

 青春に盛り上がる演劇部員たち。ケイでさえその輪の中にいた。

 タクヤはその一連を、木A役として眺めていた。後にケイから聞いた話では、中々の植物っぷりだったとか。

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