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10話 アイリス、野生に還る サルメ、闇に還る


 サバイバル3日目のアイリス。

 アイリスは1人で山を登っていた。

 今日の訓練は、1人で山を越えて逆側の麓まで行くこと。

 逆側の麓で、他の3人と合流する。

 アイリスは注意しながら歩く。

 そして生物の鼓動を感じて、立ち止まる。

 耳を澄ませ、集中する。

 周囲の動きがよく分かった。

 細やかな風、揺れる葉、鳥の声。

 自然と一体になるような、不思議な感覚。


 カサカサと地面を這う音。

 アイリスは姿勢を低くし、方向を定めた。

 右斜め前方。距離約3メートル。

 アイリスは強く地面を蹴って、駆ける。

 瞬間的に最高速度に達し、地面を這っていた蛇の首を掴んでから停止。

 止まる時に、少し地面を滑ったがバランスを崩したりはしない。

 蛇の首をギュッと握る。

 蛇を捕獲する時は、噛まれないように首を掴む。

 アイリスは息を吸った。


「獲ったぞぉぉぉ!!」


 叫び声を上げ、即座に短剣で蛇の首を落とす。

 蛇が苦しまないように、一撃で終わらせた。

 それから生き血を絞り出して飲み、皮を剥いで生のまま囓って食べた。

 食べながらアイリスは歩く。

 サバイバル、上等。

 モニュモニュと蛇の肉を頬張りながら、目的地を目指す。

 蛇を食べ終わり、残骸はその辺に捨てておく。

 やがて土に還る。自然の摂理。

 弱ければ食べられてしまう。

 それが世界だ。食べられてはいけない。食べる側でなくては。


 お嬢様育ちのアイリスは、初日にストレスが限界を迎え、頭の中でブツンと音がして何かが変わった。

 注意深く獲物を探しながら歩く姿は、さながら肉食獣。

 今のアイリスを見たら、魔物も逃げ出す。

 とはいえ、この山に魔物はいない。

 アイリスは知らないことだが、この山はゴジラッシュの縄張りなのだ。

 下位、中位の魔物は絶対に近寄らない。


       ◇


 サバイバル3日目のレコ。

 レコもアイリスと同じように、1人で逆側の麓を目指していた。


「水源発見! 池! 魚もいるかな? 魚禁止だけど! 団長いなくて寂しいな!」


 レコは終始楽しそうにサバイバル訓練に参加している。

 池に近寄り、水質を見る。

 ダメそうだったので、鉄水筒の中身を飲み干してから、池の水を汲む。

 それから薪を集め、メタルマッチで火を起こし、池の水を煮沸する。

 鉄水筒はそのまま火にかけられる。

 釣手に木の棒を挿して吊して、下から火で炙るのだ。

 煮沸している間に、レコは山菜や薬草を探す。


「オレ、実は葉っぱ好きだったよ団長! 今度一緒に草食べようね!」


 山菜や薬草を、レコは美味しいと感じる。

 食べられる物と食べられない物は、ある程度イーナが教えてくれた。

 そして、知らない物には手を出さない。

 ルール通りにやれば、サバイバルはそれほど難しくない。

 教わった通りにやれば、戦闘もサバイバルも簡単。

 自分の色を出す必要はない。命令通りで上手くいく。

 レコは基本的に、言われたことを言われた通りにこなす。

 アスラ的にもイーナ的にも、レコは優等生だ。


「それにしても、団長にも見せたかったなぁ。2日目からのアイリスはあれ、ケダモノだよ? すっごい面白い」


 そこにいないはずのアスラと会話しながら、レコは山菜を採取。


「極限状態で人間の本能というか、本性が出るってプロファイリング習った時に言ってたよね? だから、アイリスの本性はケダモノなんだよ!」


 山菜を生でモニュモニュと食べる。

 実に美味しい。

 サバイバルには多くの発見があった。

 レコにとって、この訓練は非常に有意義だった。


「団長と一緒にサバイバルしたいな。そして裸で温め合う! ビーンってなるの間違いなし!」


 よからぬ妄想をしながら、とにかくレコは楽しそうだった。


       ◇


 サバイバル3日目のサルメ。


「あ、弱者です」


 サルメはカエルを発見し、ニヤァ、と笑う。

 サッと動いてカエルを捕まえ、即座に叩き殺す。

 捕まえ、殺すまでが狩猟です、と言わんばかりの早業。

 捕まえる。殺す。

 時間差はほとんどなかった。


「弱者は死ぬんです。奪われるんです。その命さえも。ふふふ」


 怪しい笑いを浮かべながら、カエルの死体を持っていた棒に括り付ける。

 紐ではなく、山で調達した蔓を使っている。

 サルメの持っている棒には、カエルの死体がいくつも括り付けられていた。


「いいですか? 弱いと何もできないんです。弱いとただ、奪われ、犯され、殴られ、酷い目に遭うんです。でも強いと、こうして逆に弱者を食い物にできます。ふふふふふふ」


 サルメは完全に闇に堕ちていた。


「私は生きている。生きています! 他者の命を奪い、それを食べて! 弱肉強食! 弱肉強食こそが世界の摂理! 私は誰より強くなります! 何も奪われたくないから! もう二度と屈辱に塗れた人生は嫌ですから! ふふふふふふふふふふ」


 怪しい笑みを浮かべたまま、サルメは歩く。

 別に心が壊れたわけではない。

 普段と違うこの状況で、ブラックサルメが前面に出てきたに過ぎない。


「ふふふふふふ。私は強い! 私は捕食者! ふふふふふふ。愚かで儚いカエルたちよ! 私を恐れよ! 私こそがカエルの天敵! ふふふふふふ」


 今回、動物の狩りは禁止されている。

 蛇、カエル、トカゲ、昆虫などを食べることに慣れるためだ。

 サルメはそのことを酷く残念に思った。

 野ウサギを見かけたからだ。


「ふふふふ。運がいいですね。いずれは私に捕食されるとしても、今日は見逃します。ふふふふふ。美味しそうですね。ふふふふ。早く逃げないと捕まえますよ? ふふふふ。首を斬り落とし、逆さまに吊して血を抜きますよ? ふふふふふ。それから皮を剥いで、焼いて食べるんです。残酷ですか? 残酷ですよね? それが世界なのです」


       ◇


 サバイバル3日目のみんなを監視しているイーナ。

 イーナは枝の上で気配を消してアイリスを見ている。

 今はアイリスが蛇を捕まえた場面。

 迷うことなく迅速に蛇を捕まえ、殺し、食べるアイリス。


「……アイリス、ほとんど魔物……」


 サバイバル訓練で一番化けたのがアイリスだ、とイーナは思う。

 アイリスの脳内お花畑で咲く花は、すでにずいぶんと減っていたけれど。

 この訓練で更に減った。

 それでも善性を保ち続けるアイリスはある意味、変人だ。

 蛇を迷わず殺したのも、痛みや苦しみを感じないようにとの配慮。

 魔物もビックリして逃げ出すような気配を発しながら、優しさを失っていない。

 更に、食べる量以上の殺しは絶対に行わない。

 腹が減っていなければ、アイリスは今回の蛇も見逃したはずだ。


「でも、全体的に……積極性が養われた……よし」


 イーナは枝から枝へと移動し、今度はレコを観察する。

 レコは言われたことをキチンとこなしている。

 一番冷静で、一番まとも。

 特に訓練での変化もない。優等生過ぎて、イーナは少しイラッとした。

 しかしレコは寂しいのか、アスラと会話している。

 もちろん、アスラはそこにいない。


「……幻の団長と、会話してて……キモイ」


 子供らしさが垣間見えて、少しホッとするイーナ。


「レコは……満点……よし」


 枝から枝へと軽々と移動し、今度はサルメのところへ。

 嬉々としてカエルを殺しているサルメを見て、やや不安になるイーナ。


「あれ……半分、楽しみのために……殺してる……。食べきれないよね?」


 サルメはカエルの死体をいくつも棒に括り付けて歩いている。

 まるで仕留めた獲物を見せびらかすように。

 そして奇妙な笑いを交えながら独り言を呟いていた。

 一番気色悪い、とイーナは思った。

 アイリスやレコよりもずっと気色悪い。


「うちの団で……一番闇が深そう……」


 サバイバル訓練は、サルメの薄暗い部分を強く刺激したということ。


「まぁ、でも……今回の訓練は、大成功……」イーナが頷く。「3人とも、サバイバル適性高い……」


 アスラにいい報告ができる。

 そのことを、心から嬉しく思った。

 団員が成長するのはいいことだ。


       ◇


 海軍艦艇ヘルミナの前方甲板。

 アスラたちは魔法で傷の手当てをしていた。

 アスラとユルキは【花麻酔】、マルクスとラウノは【絆創膏】で止血。


「くっそー、痛ぇ。ズタズタに斬りやがってクソアマ……」


 ユルキが甲板に座り込んだまま言った。


「みんな大丈夫ですの?」


 ティナが心配そうに言った。

 ティナに切り傷はない。

 堕天使ジャンヌが、ティナを狙ったナナリアの攻撃魔法を全て防御したからだ。


「ルミアの不在を嘆くべきだね」アスラが言う。「不在というか退団だけども」


 アスラもケガが酷い。


「なんで僕がこんな目に……」ラウノが言う。「わけが分からない」


【絆創膏】で止血しなければ、ラウノは出血多量で死亡する。

 そういうレベルのダメージを負った。


「ルミアは元気でしたよ団長」マルクスが言う。「プンティもやはり家に帰っていたようで、2人で生活しているようです。腹立たしいですが、楽しそうでした。まぁ問題もあって……」


 マルクスはヘルハティに向かう前、テルバエ大王国でルミアとプンティに会っている。

 ティナも一緒だった。


「アクセル・エーンルートと喧嘩したみたいですわ」


「ほう。見つかってしまったのか」アスラがやれやれと肩を竦めた。「まぁ、プンティは父親が英雄だし、アクセルとも面識があるだろう。偶然訪ねて来たとか、そういう感じかな?」


「そのようです。結構、激しくやり合ったようで」マルクスが苦笑い。「ルミアもプンティも半殺しにされたのですが、結局、それを制裁とするそうです」


「なるほど。アクセルにブチのめされたなら、他の英雄たちは文句を言うまい。各国は知らんがね」

「アクセルはルミアの生存を隠すそうです。《月花》への配慮だそうですが、いずれ嘘を吐いたことを問い詰めると言っていたようです」


「面倒だね」アスラが溜息を吐いた。「だが配慮はありがたいね」


「そうですね。信用に関わりますからね」


 アスラたちはルミアを殺したと報告しているのだ。


「だね。とにかく拠点に戻ろう。本格的に治療したいし、みんなにナナリアのことを話しておかないとね。ラウノの紹介もしたいし」

「正直、ナナリアとは関わりたくねーな。堕天使ジャンヌいなかったら、結構ヤバかったんじゃねーの?」

「だろうな。団長の遮蔽生成魔法からの変化は凄かったですが、あれだけでは逃げ切れたか際どいです」

「ティナ、ナナリアはまた来るかね?」

「分かりませんわ。50日は大丈夫だと思いますけれど、結局のところ、当主次第ですわ」


「ナシオ・ファリアス・ロロの意向次第ってことか」アスラが言う。「まぁ、私らに喧嘩売ったんだから、いずれは殺す。でも、当面は積極的に関わらない方向でいこう。ナナリアに勝つには、私らがティナと対等に戦えるぐらい質を上げなきゃいけない」


 アスラがジッとティナを見詰める。

 マルクスもティナを見詰める。


「実戦訓練に付き合って欲しい」とマルクス。


「だな。関わりたくねーけど、向こうから来たらぶっ殺す。マジで痛ぇんだよクソ」


「あのクソ生意気なメスガキを殺すなら僕も手伝うよ」ラウノが言う。「殺されるかと思った。イライラするよ……。僕は彼女の分も生きなきゃいけないのに……」


「いいですわよ、相手しますわ。ぼくはあんまり、戦うの好きじゃありませんわ。ナナリアたちと関わるのも推奨しませんわ。でも、アスラたちに死んで欲しくありませんわ」


「よし。今後の方針を変更する。仲間捜しは中断。現団員の質を向上させ、対ナナリアに備える」アスラが言う。「が、ナナリアと再戦する前に英雄選抜試験があるだろうね。マルクス、君も一緒に参加したまえ」


「団長は本当に寂しがり屋ですね」とマルクス。


「うるさい。私と君とで、《月花》の実力を見せつけてやろうじゃないか。英雄になる気はないが、宣伝になるだろう? 勝てるだけ勝つよ」 


「英雄になったら特権あるし」ユルキが言う。「それはそれで、いいんじゃねーっすか? 団長なら余裕っしょ?」


「どうかな? 相手を殺せないし、私には不利だよ」


 ルール的に、実力の全てを発揮することは難しい。

 それでも、武力を売りにしている傭兵団の団長が、簡単に負けるわけにはいかない。

 少なくとも、出るからには真剣に勝ち進む。


これにて第八部終了になります。連載再開までしばらくお待ちください。

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