7話 予備兵を大量ゲット 死ぬか私に従うかの二択だよ
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
監獄島2日目。
アスラは森の中で、木の枝に座って待っていた。
しばらく待っていると、逃走した部下が3人、走ってきた。
「やっぱりこっちに来たね」
逃げる場所は2つしかない。コンラートの派閥かラウノの派閥。どちらかだ。
逃げ出した3人に、新たな派閥を立ち上げるような気概はない。
3人がアスラの座っている木に近づく。
「わっ!」
アスラは木の枝に脚を引っかけて逆さまに登場した。
突然アスラが逆さまに出現したので、3人はビックリして地面を滑った。
1人はそのまま転び、残りの2人もバランスを崩した。
転んだのがデブで、バランスを崩した2人は男と女。
「どこに行くのかね? 訓練は始まったばかりだよ?」
アスラはあまりにもヒマだったので、部下たちを鍛えることにしたのだ。
今はまったく役に立たない連中だが、年単位で訓練すれば使える者も出てくる。
「ふ、ふざけんな!」デブが立ち上がりながら言った。「あんな訓練!! 正規軍でもやらねーぞ!!」
「おいおい。ただの筋トレと走り込みじゃないか。実技はこのあとだよ。そして、夜は簡単な戦術。私が去ったのち、君らがこの島を支配できるように善意で訓練してあげているんだよ?」
「そんな善意いらない」女が言う。「腕立て1000回とか、頭おかしい」
「腹筋も1000回」男が言う。「スクワットも1000回。走り込みに至っては、砂浜を端から端まで全力で100本とか……死ぬ」
「普通だろう?」アスラは逆さまのまま言う。「なぜできない? うちの11歳の子でも、そのぐらいはやるよ?」
「普通じゃねー!!」とデブが怒鳴った。
「いや、普通だよ。親父殿がネイビーシールズで行った訓練はもっと過酷だった」アスラが言う。「その中でも特に過酷なのが『ヘルウィーク』と呼ばれる訓練さ。やってみるかね?」
「訓練名がもう過酷なんだけど」
女が引きつった表情で言った。
「まず、両手両足を縛った状態で君らを海に放り込むから、その状態で指定した物を拾って来たまえ」
「殺しじゃないですかボス!!」と男が泣きそうな表情で言った。
「訓練で死ぬ!!」とデブ。
「人殺し!」と女。
「いや、やってみれば案外できるよ? 私も親父殿の指導でやったけど、楽しかったよ?」
もちろん前世の話。
「ボスの親父は頭がどうかしてます!」
男はついに泣き出した。
「いい大人が泣くなよ」アスラが苦笑い。「泣いたって現状は変わらない」
アスラがクルッと回転しながら地面に下りた。
「ボス、どうか慈悲を」女が言う。「わたしたち、ボスには付いていけない……」
「あんたのは訓練じゃなくて虐待だ!」デブが言う。「あんなの、誰も望んでない!」
「言い訳ばかりの人生だったんだろうね」アスラがニヤニヤと言う。「君らはそうやって、人生から逃げ続けたのさ。知ってるよ、君らのこと」
アスラは何気に、監獄島の全収監者の情報を把握している。
「クソみたいな軽犯罪を繰り返し、憲兵たちも呆れ果て、最終的にこの島に送られた。更生する機会は何度もあったのに、そうしなかった。かと言って、君らは犯罪の道を極めることもなかった。ゴミのような人間がゴミのような人生を送って、ここに辿り着いた」
「う、うるせー! あんたにオレらの何が分かる!」
デブは顔を真っ赤にして反論した。
「全てだ。全てが分かる。手に取るように」アスラは相変わらず、ニヤニヤしている。「本来、この島に送られるのは死刑に相当する犯罪者だけ。でも君らは違う。一切更生しないから、仕方なく送られた。中途半端な存在なんだよ、君らは」
「そうよ! どうせわたしは半端者よ! だからお願い! 逃がしてボス!」
「ダメだよ。君たちは逃げ続けて、ここに辿り着いた。更生からも逃げ、重犯罪の道からも逃げ、半端を繰り返した。これ以上、どこに逃げると言うんだい? ああ、君たちの逃げ場なんて、この世にはもう存在しない。唯一、残されているのはあの世だけ。なんなら私が送ってあげよう」
アスラの言葉を聞いて、男が地面に両膝を突いた。
そしてガタガタと震え始める。
自分の運命を悟ったのだ。
「そんな……」女が絶望の表情で天を仰いだ。「神様……」
「神に頼るな」アスラが厳しい口調で言う。「神は助けてくれない。絶対にだよ。君は選択すべきなんだよ。死ぬか生きるか。半端者として死ぬか、今後、必死で鍛えて外に出るか」
アスラは訓練前に説明した。
この訓練の目的を。
アスラが去ったあと、島を支配するための戦力アップ。
それから、
人数が必要な任務を請けた時に、使える人間を引き抜くためだと。
「うるせー! オレはコンラートのところに行く!! あんたに止める権利なんかない!!」
デブが喚いたが、アスラは小さく肩を竦めただけ。
「いいかね? 私は言ったはずだよ? 刃向かうなら殺すと。言わなかったっけ? 刃向かうなら死ね、だったかな? でも意味は同じだよ?」
「ちくしょー!!」
デブが怒りに任せて殴りかかる。
アスラは冷静に避けて、足を引っかける。
デブが地面に倒れ込んだ。
「その程度なんだよ、君は。私に勝てない。なぜか。私は訓練しているが、君はしていない。私は半端に生きていないが、君は半端。選べ。死ぬか生きるか選べ。簡単な選択だよ。ここで私に殺されるか、私の指導を受けるか。どちらかだよ」
「助けてください……」
男はまだ泣いていた。
「ダメだ。選べ。長くは待たないよ?」
今、ユルキが部下たちを訓練している。
アスラも早く訓練に参加したいのだ。
訓練大好き。
戦争や殺し合いの次に訓練が好きだ。
「……こ、殺してください……」
男は選択した。
アスラの訓練を受けるぐらいなら、死んだ方がマシだと。
「分かった」
アスラが指を弾き、男の頭が爆発。
血肉が飛び散って、女が短い悲鳴を上げた。
「あ、あんたは、あんたは《魔王》より酷い人間だ!」
デブも泣き出した。
「タニアの方がマシだったかね?」アスラが極悪に笑う。「ん? タニアなら、君たちに選択肢を与えたと思うかね? でも、私はちゃんと選択肢を与えただろう? 刃向かったら殺すことも、最初に伝えたはず。筋は通しているだろう?」
有言実行。
ただ、それだけのこと。
「それに、彼は自分で死を選んだ。あくまで彼の選択。私は君らの選択も大切にするよ。一応、部下だからね。好きな方を選びたまえ」
「酷すぎる……」と女が泣き出した。
「おいおい、君ら、マジでどんなぬるま湯で生きていたんだい? あの程度の訓練と、こんな簡単な選択肢が酷い? 冗談じゃないよ。私の村は私が3歳の時に、問答無用で略奪されたし、私の友人は国に裏切られて殺されかけたし、君の人生なんてイージーモードじゃないか。今だってそうさ。無料で私の訓練を受けられる。普通は金を払って私に『鍛えてください』って土下座するものだよ?」
アイリスは魔法兵になるために、100万ドーラ借金した。
金が入る度に、アイリスは少しずつ返している。
「傭兵団《月花》のアスラ・リョナが無料で鍛えてあげるんだよ? たった1日だけど、それはハッピーでラッキーなことだよ? 少しも酷いことじゃない。どうする?」
アスラが聞いても、デブと女は泣くばかりで何も言わなかった。
「決断が遅い」
アスラは女の顔をパンチした。
「戦場でそんなに長く考え込んだら死ぬ。迅速に決断したまえ。簡単なことだろう? 私の指導を受けるか、愚図のまま死ぬか」
「し、死にたくない……」と鼻を押さえながら女。
「よろしい。では訓練に戻れ」
しかし女は立たない。
アスラは小さく溜息を吐いた。
「さっさと戻れ!!」
叫ぶと、女が慌てて立ち上がり、泣きながら元来た道を走った。
「クソ、新兵でも君らよりマシだぞ」
アスラは未だに地面に伏せているデブの尻を蹴飛ばした。
「死にたくねーよぉ!」デブが言う。「でも、あんたの訓練も嫌だぁ!」
「ではこうしよう。コンラートのところに行け」
「へ?」
「そして私はコンラートにこう言う。そのデブを引き渡せ。そうでなければ、君らを皆殺しにする、と。もちろん私は実行する。分かるだろう? 私は連中をみんな、殺せる。それだけの戦力がある。分かるよね?」
コンラートとペトラは少し厄介だが、ユルキと2人なら問題ない。
「あんたは、あんたはやっぱり《魔王》より酷い人間だ……」
「ほら、選択肢が増えたよ? 選べ。1、ここで死ぬ。2、私の訓練を受ける。3、コンラートのところに行ってみる。まぁ、3は時間の無駄だけど、選びたければどうぞ」
どれでもいい。
アスラにとっては戯れ。
丸一日、やることがないので、ボスらしく部下を鍛えようという戯れ。
ボスらしく、刃向かったら殺すというロールプレイ。
普段なら、「そんなに嫌なら、では消えろ」で済ませるような話。
「……訓練を、受ける……」
デブは人生最大の決断をする時みたいに、神妙な表情で言った。
「よろしい。では戻れ。叫ぶのは好きじゃないから、迅速に動け」
アスラが言うと、デブは立ち上がって、駆け足で移動。
◇
夜の砂浜。
いくつかの焚き火で、周囲は明るい。
「整列!!」
アスラのかけ声で、部下たちがアスラの前に三列で並ぶ。
「気を付け!!」
部下たちがビシッと姿勢を正す。
「休め!!」
部下たちが足を肩幅に開き、肩の力を抜く。
「よし。君たちは今日、私の訓練を受けた」アスラが言う。「君らはもう昨日の君らではない。明日、私が去っても君らは大丈夫だろう」
部下たちはアスラの言葉を真剣に聞いている。
「ラウノは明日、私が連れて行く。コンラートは近く、脱獄するだろう。コンラートの脱獄後、君らはこの島を制圧したまえ。私は時々、島の様子を見に戻る。いいかね? 私はずっと君らのボスでいることにした」
「マジっすか!?」
ユルキがビックリして言った。
ユルキはアスラの隣に立っている。
「私の訓練をたった1日ではあるが、君らは耐えた。少しだけ、君らに愛着が湧いた」アスラが言う。「今後、この島は傭兵国家《月花》の管理下に入る。今夜は君たちのための訓練メニューを製作して、残しておく。島を制圧したのち、来るべき日のために訓練を続けるんだ」
「来るべき日って?」とユルキ。
「人数が必要になったら、引き抜きに来る。この私が直々に、君らの能力を見てやる。最初に言った通りだよ。いずれ、魔法の使い方も教えよう」
「うちの領土の警備を任せるのも有りっすね」
「うむ。まずはそっちの方向で検討しようじゃないか。いいかね諸君、訓練を続けるんだ。サボっていたら、私はすぐ分かる。もしサボったらどうなるか、教える必要があるかね?」
「「ありませんボス!!」」
部下たちは完全に声を重ねている。ズレはない。
「よろしい!! 君たちは今日、半端者を卒業した!! これからは我が団の予備兵として、ここで鍛え続けるんだ!! そうすれば、次に来る時は酒を持って来てやろう!!」
他にも、食料や訓練用の武具を持ってくる予定にしている。
「「ありがとうございます、ボス!!」」
「私のことは団長と呼べ!!」
「「はい団長!!」」
「よろしい。では解散!」
アスラの言葉で、部下たちが散り散りになる。
数名はその場で座り込んでしまった。疲れたのだ。
「こいつら、最初はマジでゴミクズだと思ったけど、顔つき変わったっすねー」
ユルキが楽しそうに言った。
「そうだろう? これだから育成はやめられない」