3話 傭兵団《月花》をどう思う? 牢獄より自由なさそう!
アスラ・リョナ。
銀髪のその子は、激しい怒りを抱えていた。
怒りの対象はタニア・カファロ。
何年か前、略奪があった。
アスラはその被害者で、生き残り。
会話でそこまでは分かる。
アスラはタニアを殺しに来た。でもそれが主目的ではない。
他に何かある。
でも何だ?
ラウノはゆっくりと息を吐いて、目を開く。
「どうですラウノさん?」
部下の男が言った。
部下は26歳で、名前はゲレオン。
ラウノたちは木の陰に隠れて、アスラとタニアのやり取りを見ていた。
「あの金髪の……ユルキが肩に触れてから、アスラは別人になった」ラウノが言う。「意味が分からないよ……。確かにアスラに成れたのに、あの瞬間から、アスラが分からなくなった」
この感覚を、ラウノは知っている。
「クレータ・カールレラ?」と彼女が言った。
「そう。クレータと同じ……。タニアに成ろうと思っていたのに……、タニアは死んだ。あれは何だろう? 生成魔法を使ったのは分かった。最初に指を鳴らした時」
「2回目に鳴らした時も魔法ですよ、ラウノさん」魔法使いのゲレオンが言う。「最初は生成。それは間違いないです。でも2回目のはよく分からなかった」
「魔法を使う殺人鬼……か」
過去に例がない。
魔法使いの数そのものが少ないのだから、当然と言えば当然。
「厄介ね」彼女が言う。「この島には武器らしい武器がないから、魔法は厄介よ?」
魔法より剣の方が強いというのが一般論。
しかし、剣なんて上等な武器は監獄島にはない。
木製の棍棒や、石斧、木製の槍、木製の剣、手作りの弓。
監獄島にある武器はその程度。
「それに、アスラは普段から魔法を使って戦っている」ラウノが言う。「そうでなければ、あれほど自然に、魔法で殺せない……。ゲレオン、どう思う?」
「魔法戦士、というやつでしょう」ゲレオンが言う。「昔、流行しました。ジャンヌ・オータン・ララの影響で」
「13歳ぐらいに見えるけど……、かなり殺してるように見える……。可能かな? あの年齢で、一線級の魔法戦士になること」
「ジャンヌ並なら」ゲレオンが溜息混じりに言った。「ジャンヌは魔法戦士として15歳で英雄になった。さすがに英雄並ということはないでしょうが……いえ、英雄並と仮定した方がいいかもしれませんね」
「タニアの方がずっとマシだったね」ラウノが微笑む。「でもまぁ、情報収集を重視して、なるべく手は出さないように。アスラの目的が知りたい。僕はこの島を楽園にしたいだけで、殺し合いたいわけじゃない……」
◇
「ラウノ以外は殺し合いをさせて、最後に残った奴を特別に仲間にするってどうだいユルキ? 名案だろう?」
「全然」
「面白そうなのに?」
「団長、マジで行く先々で死体の山を積み上げるの、やめましょーや」
「だって派閥が3つもあるとか想定外すぎるよ」
アスラはやれやれと肩を竦めた。
この島に関する情報は、アスラの部下となった《監獄島の正当支配者》たちに聞いた。
正確には、聞いている最中。
アスラは木にもたれて座っている。
そこは《監獄島の正当支配者》たちのボスが座る場所。
ほんの少し前まで、タニアが座っていた場所だ。
「つーか、こんな島でも人間って戦争するんっすねー」
「ねー! 人間ってバカだよねー!」
ユルキが溜息を吐き、オルガが笑顔で言った。
ユルキはアスラの右隣に座っていて、オルガはユルキの右に座っている。
オルガはユルキに腕を絡ませ、身体を密着させていた。
「……ボス……、って呼んでいいんですよね?」
アスラの前に座っている《監獄島の正当支配者》のメンバーが言った。
アスラがタニアを殺したあと、コンラートは引き上げた。
新人の中でコンラートに付いて行ったのは《焔》のペトラだけ。
ヨウニはアスラの左隣に座っている。
しかし、口を開こうとしない。
アスラの正体を知って、衝撃を受けたのだ。
「短い間だが、私がボスだよ」
「団長、あれノリで言ったっしょ?」ユルキが責めるように言う。「私がボスだー、って。何しに来たんっすかマジで。つーかジャンヌ殺したのって俺らみんなで、っすよね?」
「悪かったよ。みんなで殺した。その通りだよ。ちょっとした悪ノリさ。許したまえ」
「はいはい」とユルキ。
「ボスだと言ったのは私が派閥を掌握したら早いかなって」アスラが笑う。「まぁコンラートは気に入らなかったようだけど」
「そりゃそうっしょ」ユルキが苦笑い。「敵対してる派閥っすからね」
「うん。まぁ、正直派閥の関係にはあまり興味がない。てゆーか君ら、本当に私に従うのかね?」
アスラが目の前の部下たちを右手で指さした。
「……タニアを殺したので……」と誰かが言った。
「……従わないと殺されると思ったので……」と別の誰か。
「まぁ君たち、そう緊張するな」アスラが言う。「ぶっちゃけ、君らには雑用をいくつか言いつけるだけさ。快適な監獄島生活のためにね。私とユルキの食事を用意したり、そういうの。逆らわなければ殺さないよ」
アスラはそう言ったが、みんな表情が硬い。
「小話でもして緊張を解すべきかね?」
「しなくていいっす」
「では本題。私は仲間を求めてここに来た。ラウノ・サクサだ」
「元憲兵のラウノは別の派閥の長っす」とユルキ。
「知ってるよ。私もこの島の現状を一緒に聞いていたからね」アスラが肩を竦めた。「私が居眠りでもしてると思ったのかね?」
「静かに聞いてたっすから、あるいは」ユルキが溜息混じりに言う。「まぁ、いきなり殺し合いさせるとか言い出すまでは」
「おちゃめな冗談さ」
「団長の場合、ガチでやりそうっすからねぇ」ユルキが小さく首を振る。「まぁ別にここの連中がみんな死んでも誰も困らないっすけど」
ユルキの言葉で、一時的に部下になった連中がビクッと身を竦めた。
「あー、心配すんな。一応、目的に沿わないことはやらねー。たぶん。絶対じゃねーけど。任務第一だから、俺ら」
「従う限り、生かしておいてあげるよ。ではラウノを呼んで来てもらおう。君」アスラが部下の1人を指さす。「行け」
「え?」と指名された男が目を丸くした。
「ラウノを呼んで来い。三度は言わないよ? それとも、頭を粉々にされて感じるタイプかね?」
「た、ただちに!」
指名された男が立ち上がり、走ってラウノたちの陣地へと向かった。
「ねーねー! ラウノを仲間にしてどうするの!?」オルガが言う。「もしかして脱獄するの!? きゃー! あたしも連れて行って!」
「いい考えだね」とアスラ。
「大人の女がいりゃ、戦術の幅が広がるからな」とユルキ。
傭兵団《月花》は、大人の女だったルミアを失った。
「色仕掛けなら得意だよ! 結婚詐欺も! ユルキあたしと結婚する!?」
「しねーよ。俺をカモにすんな」
「……脱獄ってマジ?」と誰かが言った。
「……オレらは?」と別の誰か。
部下たちがざわつく。
「君らはここで朽ち果てろ」アスラが極悪な笑みを浮かべる。「私は一時的なボスに過ぎない。数日で消える。あとは知らないよ」
「最低のボスだ……」
「エドモン様が懐かしい……」
「タニアはクソだけど、こいつはもっとクソだ……」
部下たちが次々に不満を口にした。
「はい黙れ」アスラが言う。「文句があるなら私の寝首をかけ。私を殺せ。無理なら黙って従えばいい」
「殺そうぜ?」
「寝てる時とかに?」
「一斉にかかれば?」
「団長!? みんな普通にやる気になってんっすけど!?」
「私を殺しに来てくれれば、ヒマ潰しになるだろう? 3日もこの島に滞在する予定なんだから」
アスラがユルキを見て微笑む。
「ヒマ潰してーなら、こいつらから聞いた情報の整理でもやりゃいいっしょ? クソ、ルミアの苦労が分かるぜ……」
「情報はもう頭に入ってるけど、まぁいいか。ユルキから」
「元々、この島はエドモンが仕切ってたっす」ユルキが言う。「でも8年前にコンラートたちが収監されて、島が真っ二つに割れたっすね」
「そうだね。じゃあオルガ」
「えっと、そのあと、水源の奪い合いで血みどろの抗争! 楽しそう!」オルガが言う。「それから、ラウノが来て更に勢力が割れちゃう! ラウノは言葉巧みに人心を掌握して、この島を理想の島にするのが目的! だから好戦的じゃない!」
「好戦的じゃない理由がもう一つあるね? ヨウニ」
「あ? なんで俺に聞くんだよ?」
「君が使える人間なら連れて行ってやる。その審査だよ」
「別に連れて行って欲しくない。クソ、俺バカみたいじゃないか。傭兵団《月花》の団長だって? 最初に言えよ……」
「では君は連れて行かない。ユルキ」
「ラウノは最初にゲレオンを仲間にした」ユルキが言う。「それは、ゲレオンが水属性の魔法使いだったから。ま、要するに水源の確保が不要ってことっすね」
「では、私たちは何をするべきだ? オルガ」
「待つ!」
「正解。何かするにしても、ラウノを呼びに行った奴が戻ってからだね」
実際に、ラウノが来るかどうかは分からない。
でも、とアスラは思う。
可能性がないわけじゃない。
「まぁ、勢力争いに進んで参加する必要はねーっすね」
「えー? 派手にぶちかましてから脱獄してもいいんじゃなーい?」
「オルガ」アスラが真面目な表情で言う。「本当に仲間になりたいなら、私の命令は絶対だよ。私が死ねと言ったら死ね。待てと言ったら死ぬまで待て」
「……牢獄より自由なさそう! ビックリ!」
「ふむ。うちの団員になるために、どんな訓練をするか説明してあげよう」アスラがニヤッと笑う。「君らも聞くといい。もし挑戦したいと思うなら、一緒に連れて出てあげよう」
アスラの言葉で、部下たちがガッツポーズ。
そして。
アスラとユルキは細かく訓練の内容を教えた。
最終的に、基礎訓練過程で合格してやっと一人前。
そこまで詳しく、本当に詳しく話した。
ユルキはケツの穴に棒を突っ込まれたことまで話した。
「島で生きようぜ?」
「外に未練とかねーし?」
「おう。ここが家さ!」
部下たちは肩を組んだり、ハイタッチして、それぞれの意思を確認し合った。
「あ、あたしも島に住もうかな……はは……」オルガは引きつった笑みで言った。「だって、そんな訓練、正規軍どころかアサシン同盟でもやらないんじゃ……」
「いや君は連れて帰るよ?」アスラが微笑む。「逃がさないよ? 死ぬか私の団に入るかの二択だよ?」
「……え?」とオルガ。
「無駄に賢い自分を呪いたまえ。あるいは、私と同じ船でここに送られた不運を嘆くといい。でも、君は連れて帰る。さっきユルキが言った通り、大人の女が欲しい」
「諦めろオルガ」
ユルキが優しい声で言った。
「せ、戦闘能力低いよあたし!」
「鍛えてあげるよ?」
「あ、あたし病気持ち!」
「知り合いがどんな病気でも治せるから問題ないよ?」
「えっと、えっと、あたしレズでロリコンだからアスラを襲うかも!!」
「いいね。楽しみだよ」
「男性団員全員と寝るかも!」
「気にしないよ? 好きなだけ寝ていい」
沈黙。
部下たちが憐れな人を見るように、オルガを見ていた。
「……自殺しか、逃げ道が……。息止めて死ねるかな……」オルガがブツブツと言った。「……海、そう、海に潜って……そのまま……」
「そこまで嫌ならもういいよ」
アスラが両手を広げた。
仲間を集める最大の難関がこれ。
アスラの仲間になるぐらいなら、死んだ方がマシだと考える者もいる。
そういう相手を無理やり連れて帰っても、あまりいい結果は出ない。
さて、ラウノはどうだろう?
ラウノのことは徹底的に調べた。
ラウノの精神状態から、監獄島でどう変わったかまで、本当に細かく推測もした。
切り札と呼べる策も用意したが、絶対の自信があるわけじゃない。
「本当! 助かったぁ!」
オルガは両手を胸の前で組んで、神様に祈るポーズで言った。