1話 Let's enjoy the prison life! 住めば都って言うだろう? 永住はしないけど
Extraに引き続き、八章を更新します。今回は毎日18時に更新していきます。
ラウノ・サクサはいつものように、薄暗い洞窟で彼女と話をしていた。
「クレータ・カールレラを覚えているかな?」
「アーニアに出張した時に出会った子よね?」
彼女は微笑みを絶やさない。
薄暗いこの洞窟でも、彼女だけが輝いて見える。
「そう。5年前……だね」ラウノが言う。「野良犬を刺し殺した子」
ラウノは23歳の男。
薄い黄緑の髪はボサボサで、セミロングの女性ぐらいの長さがあった。
「正当防衛、だったはずでしょ?」
「そう。だけど本当かな? 僕はあの子に成れなかった」
「ラウノが成れないなんて、不思議な子ね。でも急にどうしたの?」
「別に。ふと、思い出しただけ……」ラウノが微笑む。「あの子、たぶん、そろそろ人間を殺したんじゃないかな?」
「分かるの? 成れなかったのに?」
「少しは理解できたよ。少しだけね」ラウノが言う。「後にも先にも、僕が完璧に成れなかったのはあの子だけ」
「捕まえたい?」
彼女の問いに、ラウノは首を横に振った。
「僕はもう憲兵じゃない。囚人で、殺人犯。だけど、幸せだよ。多くの時間、君といられる」
ラウノの言葉に、彼女は曖昧に笑った。
「僕の中に、もう正義は残ってない。連中を皆殺しにした時……いや、連中を殺そうと決めた時からね」
やっぱり彼女は曖昧に笑った。
「ラウノ……。誰にでも成れたあなたは、被害者の痛みを知りすぎてしまったのね」
「加害者のことも知りすぎたよ、僕は」ラウノが悲しそうに言う。「でも、だからこそ、ヘルハティ憲兵団のエースなんて呼ばれてた。君と違って」
「酷いわ」彼女が頬を膨らませる。「わたしだって、頑張ってたんだからね?」
「知ってるよ。誰より君を知ってる。僕は……」
「ラウノさん!」
洞窟内に男の声が響いた。
「ラウノさん! 大変です!」
松明を持った男が3人、ラウノの側に寄ってきた。
呼ばれるまで、足音にさえ気付かなかった。
それだけ深く、ラウノは集中していたのだ。
「なんだい? 僕は彼女と話していたのに。それを邪魔するほど、大切な話?」
ラウノは大きな溜息を吐いた。
「エドモンが殺されました」
男の1人が言った。
「エドモンが? やったのは《船を失った海賊》たち?」
「いえ、この前島に来た女です」
「そうか。面倒なのが来たね……。名前は?」
現在、監獄島には3つの派閥がある。
そして、少ない資源や領土を取り合って争っている。
元海賊のコンラート・マイザー率いる《船を失った海賊》たちと、犯罪王エドモン率いる《監獄島の正当支配者》たち。
そして、元憲兵のラウノが率いる《楽園の創始者》たち。
「タニア・カファロ。元ジャンヌ軍だそうです」
ジャンヌ・オータン・ララによる大戦争の噂は、こんな小さな島にまで広がっていた。
「知ってる」ラウノが記憶を手繰る。「手配書に載っていたはず……。元軍人で、かなりヤバイ。実力じゃなくて、ここが」
ラウノが自分の頭を指した。
「よ、よく手配書なんか覚えてますね……」
「憲兵なら当然、手配書は暗記してる。タニアに成るには情報が足りないけど、きっと彼女は戦争を起こす。割と、最近は平穏だったのにね」
やれやれ、とラウノは肩を竦めた。
「先に仕掛けますか?」と男の1人が言った。
「いや。一度会う。会って話せば、僕は彼女に成れるから」
そうすることで、彼女を完全に理解する。
「分かりました。それとラウノさん、いつも通りなら、今日は新人が来る日です。仲間は多い方がいいんで、うちらも海岸に集まって引き入れやっときます」
「僕も行こう。タニアとコンラートも来るだろうしね」
ラウノの言葉に、男たちが目を丸くした。
普通、ボスは新人の勧誘に出てこない。
「2人とも来るよ。タニアは自分を見せつけるため。コンラートはタニアの意思を確認するためか、タニアが来なければ新人を全部掻っ攫うつもりで」
「まぁ、ラウノさんが言うなら来るんでしょうね」
「だな。ラウノさん間違ったことねーし」
「ラウノさんに付いてマジで良かったって思ってるっす」
男3人が口々に言った。
◇
狭い船室で、アスラは囚人服一枚に手枷と足枷を嵌められていた。
アスラ以外に囚人は4人。
1人はユルキだ。
残り3人は知らない連中だが、監獄島行きの船に乗っているということは、凶悪な犯罪者だ。
狭いし臭いけど、樽の中よりはマシだね、とアスラは思った。
「おいチビッコ」
囚人の1人が言った。
年齢は15歳前後で、性別は男。赤毛で、勝ち気な目をしている。
だがアスラには関係のない人物だ。
アスラは思考の海にダイブした。
「おいチビッコ」
まず、仲間に入れたい人物の名はラウノ・サクサ。
この船に乗る前に、ヘルハティでラウノのことは詳しく調べた。
経歴、家族、憲兵としての実力、犯した罪。
そして、ラウノが罪を犯すキッカケとなった事件。
「聞こえてねーのか銀髪チビ。お前だよお前。銀髪で緑の瞳のお前」
「君はもしかして私を呼んでいたのかね?」
アスラは思考を中断した。
「お前以外に銀髪のチビいねーじゃんか」
赤毛の少年の言葉で、アスラは囚人たちを見回した。
「そのようだね」
ユルキは金髪。少年は赤毛。残り2人の女は黒と青の髪。
「お前、チビッコなのに、なんで監獄島に送られることになったんだ?」
「殺人だよ。君は?」
「俺も殺人。お前に殺されるとか、よっぽどアホな奴だったんだな。それともヨボヨボのじいさんとか?」
「覚えてないな。たくさん殺したからね、君と違って」
「あ? なんで俺が1人しか殺してねーって知ってんだお前」
人数は言ってないんだけどなぁ、とアスラは思った。
「それも衝動的に、だろう? 君は無秩序型だよ。速攻捕まったんだろうね」
「別に逃げるつもりもなかったけどな」
ふん、と少年。
「正当な理由があったんだね」アスラが少年の目を覗き込む。「防衛……、いや、報復か」
少年が目を丸くする。
「家族……、うん。家族の報復だね。弟か妹……妹か。君が殺したのは父親? うん。そのようだね。家庭内暴力かな? そうか」
「おい、なんで分かるんだよ? お前アレか? 人の心を読めるのか?」
「いや、君は反応が分かり易い。全部表情に出てる」
「クソ、お前チビッコのくせに凄いじゃないか」
「アスラ」アスラが言う。「私はチビッコじゃない。アスラだ。君は?」
「ヨウニ」
「そうか。ではさようならヨウニ。私は忙しい」
「忙しいって……」ヨウニが苦笑い。「みんなヒマだろ?」
「超ヒマなんですけどー?」
若い女が言った。
青い髪の方。年齢は22歳前後。
「てゆーかー、おにーさんのこと、めっちゃ見たことあるんですけどー?」
青い髪の女はユルキを見ていた。
「俺か?」とユルキ。
青い髪の女がコクコクと頷いた。
「あ、ラスディアだー」と青い髪の女。
「盗品売りに行った時だろうな」ユルキが言う。「俺は盗賊だったんでね」
「《自由の札束》……《自由の札束》の人じゃーん!!」
青い髪の女が興奮したように言った。
「うっそー! 超嬉しいんだけど! あたしオルガ! ファンだったんだよー! 1回、お金バラまいてくれたでしょー!? あのクソったれの成金から強奪してさ!」
「お、おう。俺はユルキだ……。よろしくな」
「《札束》ってさー、解散したんだよね!?」
「いや、壊滅だぜ?」
「うっそー! 壊滅しちゃったの!? 憲兵!? 軍!?」
「どっちでもねーよ」ユルキが肩を竦めた。「チビッコと色っぽいねーちゃんにぶっ潰された」
「へー」ヨウニが言う。「すげーチビッコもいるもんだな。有名な盗賊団だろ? 《自由の札束》って。俺でも名前聞いたことあるぞ」
そのすげーチビッコは君の隣にいるよ、とアスラは思った。
でも言わなかった。
「こっちのチビッコ……いや、アスラのことは俺が守ってやるからよ」
唐突に、ヨウニがアスラに笑顔を向けた。
「は? なぜ? 目的は?」
「なぜってお前」ヨウニが呆れた風に言う。「監獄島だぞ、監獄島! お前みたいなガキ、集団で犯されたりするんだぞ!? 俺の近くにいろよな!」
「うっそー! 超カッコイイ!」オルガが言う。「あたしのことは、ユルキが守ってね!」
「お、おう……」とユルキ。
「ヨウニ」アスラが真面目に言う。「私は君の妹じゃない。勘違いするな。守れなかった妹の身代わりにするのはよせ」
「……そんなんじゃねーよボケ。俺はただ……」
「いいんじゃねーの?」ユルキがニヤニヤと言う。「守ってもらえよ、銀髪のチビッコちゃん」
「あ?」とアスラがユルキを睨む。
「なんでもねーっす」
ユルキがアスラから目を逸らした。
「全員出ろ!!」
憲兵が乱暴に船室のドアを開けた。
アスラたちは言われるままにドアを潜り抜ける。
そして案内されるまま、甲板に出た。
「ほう、思ったより大きいね」
監獄島を見たアスラの感想。
緑も多い。200人ぐらいなら、普通に生活できそうな感じだった。
船の位置は監獄島の沖、400メートル前後か。
「枷を外してやるから飛び込め」と憲兵が言った。
「は?」とヨウニ。
「うっそー!? 泳げっての!?」とオルガ。
「ちっ、本気かよクソ……」ずっと黙っていたもう1人の女が言う。「まだ身体が万全じゃねーんだよ。どこぞの軍隊様に切り刻まれたからな、あたしは」
「中央からヘルハティまで逃げて来た根性があれば、なんとかなるだろう?」
憲兵が笑いながら言った。
「そうかよ、クソ。まぁいいさ。どうせあたしは死に損ないさ」
「ジャンヌ軍の残党かね?」とアスラ。
「けっ、その言い方は好きじゃねーな。あたしは《焔》だ。あー、クソ、戦って死にたかったのに、追っ手に勝っちまったばっかりに……」
「雑談は終わりだ。お前らが生きるためには、あの島まで泳ぐしかない」憲兵が冷酷に言う。「お前らが力尽きても、我々は助けない。必死に泳げ。以上だ。誰から行く?」
「私から行こう」
アスラが両手を持ち上げると、憲兵が手枷を外した。
それから足枷を外す。
アスラは軽く背伸びしてから、走って海に飛び込んだ。