EX17 さようなら、私の昔の家族 二度と会うこともないでしょう
大変お待たせしました、連載開始します! 今回はExtraを月曜・木曜の18時に更新します。
サルメはティナとレコを連れて城下町で買物をしていた。
アクセサリーを見たり、服を見たり、色々と店を回った。
アスラたちは監獄島の資料を精査していて、サルメはその作業からは外されていた。
少しだけ悔しい気持ちもあるが、アスラの決定には逆らえない。
買物の最後に、アスラに頼まれていたクリームパンを買った。
結局、サルメが買ったのはクリームパンだけだった。
ティナとレコも、特に何か買ったわけではない。
「帰りましょうか」とサルメ。
「うん。団長にクリームパン渡したら、リバーシでもしよう」とレコ。
「いいですわね」とティナ。
3人が宿に向けて歩いていると、憲兵が2人寄ってきた。
「何か?」とサルメ。
「そっちの赤毛の……ティナに用がある」憲兵が言う。「任意同行してもらいたい」
「任意なら断れるよティナ」レコが言う。「嫌なら嫌って言っていい」
「行きますわ」
ティナが言うと、憲兵たちは明らかに安堵した。
ティナが《月花》の連れだと理解しているのだ。
「ティナ、大丈夫ですか?」
「平気ですわサルメ。アスラに対処法を教わってますの」
「そりゃ安心だね」とレコ。
「そうですね。では先に帰ってますが、道に迷わないように戻ってください」
「ぼくは子供じゃありませんわ」
ぷくーっ、とティナが頬を膨らませた。
「では一緒に」憲兵がティナを促す。「シルシィ団長がいくつか質問したいだけなので、不快なことはないかと」
「それってシルシィの質問によるけどね」
レコが肩を竦めた。
サルメは小さく手を振って、ティナも小さく手を振った。
サルメとレコは再び歩き始める。
「サルメは城下町の子だよね?」
「ええ。馴染みですよ、この辺は」
サルメにとって、城下町にいい思い出はない。
と、前方からすごい勢いで走って来る男がいた。
「待ちやがれテメェ!」
「借りた金返せコルァ!」
男は追われているようだった。
サルメとレコは通りの隅に寄った。
追われている男が、サルメのすぐ近くで転ぶ。
「あーあ、追いつかれちゃうね」
レコが楽しそうに言った。
そしてその言葉通り、男を追っていたガラの悪い2人組が追いついた。
地元の犯罪ファミリーか、その下部組織の人間だろう、とサルメは思った。
いわゆる取立て屋。フルマフィの台頭以前から、城下町に巣くっていた連中。
私の家も、毎日ドアを激しく叩かれて怖かったなぁ、と過去の記憶が呼び起こされた。
「てめぇ、ティッカ! いつまでも逃げてんじゃねぇぞ!」
「おう! 今日は何がなんでも、利息分は回収すっぞ!」
取立て屋が転んだ男の胸ぐらを掴み上げる。
そして。
転んだ男の顔を、サルメは知っていた。
「お父さん……」
サルメが呟いた。
転んだ男がサルメを見る。
取立て屋2人もサルメを見た。
「お、おお! サルメ!」サルメの父が泣きそうな声で言う。「1万ドーラ貸してくれ!」
「……はい?」
サルメは耳を疑った。
久しぶりに会った娘に対して、最初に出た言葉が金を貸してくれ?
「お前、娼婦だから結構、持ってるだろ!? こんなところで会えるなんて運がいい! 頼む! 1万でいい!」
「そんな大金……」サルメの声に、怒りが滲む。「私を娼館に売り飛ばしたお金はどうしたんですか?」
「残ってるわけねーだろ! 何年前の話だ!? いいから早く貸してくれ!」
サルメの父が言った。
取立て屋が、サルメの父の胸ぐらを掴んでいた手を離す。
サルメの父が立ち上がり、サルメの両肩を掴んだ。
かなり勢いよく掴んだので、サルメは持っていた紙袋を落としてしまう。
「あ! 団長のクリームパンが!」
レコが急いで紙袋を拾って、中を確認した。
「さっさと出せよサルメ! それともオレがボコられてもいいのか!? オレは父親だぞ!」
「……私、もう娼婦じゃないので」
サルメは冷たい声で言った。
「あ? 娼婦じゃない? 嘘吐くな!」そこで、サルメの父はハッとする。「まさか買ってもらえたのか!? お前みたいな平凡な顔の女を買うなんて、よっぽどの物好きか金持ちだな!? 金持ちなら1万ドーラぐらい出せるだろう!? お前の主人に頼んでくれ!」
「サルメは可愛いよ」レコが言った。「お前の子だとは思えないぐらい」
「あ? なんだクソガキ、黙ってろ殺すぞ?」
サルメの父がレコを睨んだ。
レコが肩を竦める。
「おい、出すのか出さないのかさっさとしろや」
「マジでもう2人とも拉致りますか兄貴?」
取立て屋の2人がイライラした様子で言った。
「もちろん出すさ!」サルメの父が言った。「サルメが借金を全部払う! オレの代わりに! ほら、連れてってくれ!」
サルメの父は、サルメを強引に動かして取立て屋の前に立たせた。
「おう。んじゃあ、娘が払うんだな?」と取立て屋の兄貴。
「まぁ娘なら、もっかい娼館に売りゃ、ギリ借金分になるんじゃねーっすか」と取立て屋の弟分。
「くふふ……」
サルメが笑う。
「はははははっ!」
大きな声で、腹を抱えて笑った。
その姿に、取立て屋2人がギョッとする。
「私、お父さんに会えば、色々と思い出して、震えてしまうと思っていたんです!」サルメが恍惚の表情で言う。「でも違った! 違ったんです! 少しも怖くない! ほんの少しも!!」
サルメは回転しながら、裏拳を父親の顔面に叩き込んだ。
「やったっ!」とレコ。
サルメの父親が地面に引っ繰り返る。
「あなたはもう、私にとってなんでもない。誰でもない」サルメが言う。「縁を切ります。惨めに死ね。行きましょうレコ」
サルメが踵を返す。
しかし取立て屋2人が立ち塞がった。
「いやいやいや」兄貴分が言う。「勝手に縁切られても困るんだ嬢ちゃん」
「おう。父親の借金、利息分だけでも払ってもらおうか」弟分が言う。「てめぇは娘だ。その義務があるだろうが」
「ありませんね。いいですか? 私は払いません。1ドーラも。それとも、私を拉致して売りますか? やってみろ」サルメが睨む。「面白いから、やってみろ」
「舐めた口利いてんじゃねぇぞ小娘が」と兄貴分。
「おう。てめぇ、舐めてんじゃねぇぞクソガキが」と弟分。
「実力行使、してみては?」サルメが言う。「口先だけの半端な犯罪者でないのなら」
「クソガキがっ!!」
弟分が怒り狂って拳を振り上げる。
とても大きく振り上げた。
サルメは間合いを詰めて、弟分の振り上げた腕を左手で掴んだ。
そして右手の短剣を弟分の頬に当てる。
間合いを詰めた時、同時に短剣を抜いていたのだ。
「人を殴ったこと、ないんですか?」サルメが右手の短剣をヒタヒタと弟分の頬に打ち付けた。「予備動作が大きすぎます」
弟分が唾を飲み込む。額には冷や汗。
「は、刃物出しやがったな!」
兄貴分がポケットからナイフを取り出す。
普通のナイフだ。サルメの短剣とは違う。料理に使うナイフ。
兄貴分がナイフを構えた。
「ほいっ」
レコがナイフを握った兄貴分の手を蹴り上げた。
ナイフがすっぽ抜けて舞い上がる。
ナイフはクルクルと回転しながら地面に落ちた。
「短剣で戦ったこと、ないでしょ」とレコ。
「こ、このクソチビがぁぁぁぁ!!」
兄貴分が顔を真っ赤にして、レコに掴みかかった。
レコは紙袋を抱いたまま、ヒラリと身を躱して足をかけた。
兄貴分が豪快にすっ転ぶ。
サルメは右手を下げて、掴んでいた腕も放す。
弟分は自由になったのだが、動かなかった。
「動いたら殺そうと思ったのですが、生存本能でしょうか?」
サルメがアスラの真似をして微笑む。
サルメの放つ殺気が強すぎて、弟分は怯えていた。
「こいつら、人を殺したこともなさそう」レコが言う。「そんなんじゃ、オレたちの相手にならないよ?」
「では、私たちは帰ります」サルメが言う。「邪魔さえしなければ、何もしません。ですが、次に私の道を塞いだら殺します。ズタズタに引き裂きます」
サルメが歩き始め、レコが隣に並ぶ。
取立て屋の2人はサルメたちの邪魔をしなかった。
「団長の真似、いっぱいしたね」とレコ。
「はい。どうでしたか?」とサルメ。
「迫力がちょっと足りない。それと」レコが言う。「やってみろ、じゃなくて『やってみたまえ』だよ」
「そうでしたか。次は気を付けますね」
「でも良かったね」レコが言う。「クソの父親と縁切れて」
「そうですね。本当に良かったで……す……」
サルメとレコの前を、憲兵4人が塞いでいた。
「喧嘩の通報があった」憲兵が言う。「悪いが屯所まで来てもらおうか」
サルメが振り返ると、取立て屋2人も捕まっていた。
サルメの父はいつの間にか消えていた。
逃げ足の早さだけは感心です、とサルメは思った。
サルメとレコは特に抵抗せず、屯所まで連行された。
そこで絞られたが、誰もケガをしていないので、罪には問われなかった。
取立て屋2人も、「なんでもない、肩がぶつかって少し言い合っただけ」と喧嘩を否定したのだった。