6話 殺しは勲章? シリアルキラーにとってはね
美味しそうな焼き菓子だったので、ティナはそっと手を伸ばした。
焼き菓子は一口サイズで、いい匂いがする。
パクッと口に放り込んで、モグモグ、ゴクン。
「いいですわ! サクッとした食感! 食欲をそそる香り! 一口噛めばバターの旨味と塩味が広がって、更に仄かにふんわり甘味が! 口の中がまるで天国のようですわ!」
思わず叫んでしまった。
それほどに、この焼き菓子は美味しい。
「余の……菓子を……まるで自分の菓子のように……だと」
アーニア王が奇妙な生命体を見るような表情でティナを見ていた。
「きっとアーニア茶と合いますわ!」
ティナはティーカップを取って、アーニア王が飲みかけにしていた茶を飲み干した。
アーニア王、シルシィ、クレータがティナを見て口を半開きにしている。
その隙に、マルクスとユルキが少し移動。
サルメ、マルクス、ユルキの3人で三角形を作るような位置取り。
三角形の中心にはクレータ。
抜け目ないですわね、とティナは思った。
3人は自然に、クレータを囲んだ。
逃げられないように。
あるいは、クレータが行動を起こしても対処できるように。
「……この赤毛は何者であるか?」
アーニア王がシルシィに聞いた。
「……戦災孤児だそうです。《月花》が保護したそうですが……」シルシィが言う。「特徴的にたぶん、寵愛……」
「そこまでだシルシィ」とマルクス。
「今シルシィが言った通り、俺らは『保護』してんだ。面倒は困るぜ?」
「分かりました」シルシィが頷く。「ではこの件はあとで」
「それで、お茶と合いますか? 戦災孤児のお嬢さん」
クレータが微笑みを浮かべながら言った。
「最高ですわ!」
「良かった」
クレータは心から嬉しそうに言った。
本当にクレータが犯人なのか、ティナは疑った。
人を殺すようなタイプに見えないからだ。
「ではシルシィさん、クレータを逮捕してください」
サルメが言った。
「待て」アーニア王が言う。「クレータが殺人犯、というのはどういう意味であるか?」
「そのままですよ?」サルメがキョトンとして言う。「城下町で暴れ回っている《一輪刺し》の正体が、彼女です」
「《一輪刺し》だと? 証拠はあるのかシルシィ」
「いえ……実はその……推理でして……」
シルシィは曖昧な表情で言った。
事実として、《月花》は物的証拠なしにクレータを犯人だと決めつけている。
ティナも半信半疑。
「ふざけるでない」アーニア王が怒ったように言う。「余は菓子職人の中でもクレータが一番のお気に入りである。クレータは最高の菓子を作る。勤務態度も真面目で、殺人犯のイメージとは程遠い。今なら不愉快な冗談で済ませてやってもよい。だが証拠もなしにこれ以上クレータを疑うなら、降格も覚悟しておけ。憲兵の不甲斐なさを国民も余も嘆いている。分かるかシルシィ? 後がない、という意味だ」
「わたくしが団長になってから、検挙率は上がっていますが?」
アーニア王の物言いにカチンと来たシルシィが強い口調で言った。
「他人の喧嘩ほど面白いもんはねーけど」ユルキが言う。「落ち着けって。説明してやるから」
「これをどうぞ」
サルメが二つ折りにしたメモ紙をアーニア王に渡す。
「中を見て、何も言わずにポケットにでも仕舞ってください」
「これは……?」
アーニア王がメモに目を通した。
「アスラ式プロファイリングの正しさを証明するものです」サルメが言う。「分かったら、しばらく黙っていてください」
「その上から目線はアスラの影響か?」
アーニア王はメモを仕舞った。
「では説明します」
サルメはアーニア王の言葉を無視した。
「昨日の被害者は甘い匂いがした」マルクスが言う。「被害者の家に同じ匂いの物はなく、犯人の香りが移ったものと推測した」
「ぼくが見つけましたのよ?」とティナ。
「だな。偉い偉い」ユルキがニコニコと言った。「で、だ。俺らはその時点で、容疑者を23人まで絞ってた」
「絞った23人の中で、一番可能性が高い人物から洗うことにしました」サルメがクレータを見た。「菓子職人のクレータ・カールレラです」
「本当に何の証拠もないとは驚きであるな」
アーニア王が小さく両手を広げた。
「もちろんそれだけではない」マルクスが言う。「最後の被害者は、母親の誕生日に菓子を贈ろうと考えていて、クレータに相談していたことが分かった。要するに顔見知りだった」
「《一輪刺し》は証拠を残さねぇ」ユルキが言う。「最後の被害者との接触にも、犯行の時にも、細心の注意を払ったはずだ。自分に疑いが向かないようにな」
「ですが、甘い移り香には気付かなかった。普段からその匂いの中で仕事をしているので、あまり気にならなかったのでしょう。当然ですが、何の香りだったのか特定するため、色々なものと比べました。結果、お菓子の匂いでした」
ティナの嗅覚が人間より優れている、という点は伏せた。
「裏付けとして地理的プロファイリングも行った」マルクスが言う。「円仮説と言って、確定したものではないが、役には立つ。まずは地図を用意し、犯行現場を書き込む」
「それから、犯行現場の一番遠い点同士を直線で結んで、それを直径にした円を作るのさ」ユルキが言う。「そうすると、大抵はその中か円周上に犯人の家か職場があるって仮説だな」
「綺麗な円ができましたよ?」サルメが笑う。「王城を中心に、とっても綺麗な円が」
「王城を中心とした拠点犯行型。自宅が円周上にあることも確認済みだ」マルクスが言う。「犯行時刻的に、仕事の帰りに殺していたのだろう」
「動物を殺したことがあって、菓子の香りが身体に付いていて、更に王城が拠点です」サルメが言う。「間違いないかと」
「動物?」アーニア王が目を細めた。「なぜ動物を殺したことが関係ある?」
「最初は動物で練習したのさ」ユルキが言う。「最初の犯行の時点で、殺し方が完成してる。自信もあっただろうな」
「それでも最初の3人は慎重に、路地裏などの人目に付かない場所を選んで殺しています。それはそうと……」サルメがクレータに微笑みかける。「あなたのサイン、素敵でしたよ。花を一輪だけ添えるなんて、シャレてます」
「まったくだ」とマルクスが頷く。
「惚れ惚れするぜ」ユルキが言う。「鮮やかな手並みに、サイン以外の物証を残さない秩序。相当、頭いいんだろうな。見た目も結構、美人の部類だよな」
3人が褒めると、クレータは極悪な笑みを浮かべた。
「ふふっ、まさか理解してくれる人がいるとは思いませんでした」クレータは少し興奮気味に言った。「私、子供の頃から他人とは分かり合えなくて。まぁ、上手く周囲に合わせていましたが、私の理解者なんていないと感じていました」
「嬉しいでしょう?」サルメが言う。「思わず自白してしまうぐらいに」
「シリアルキラーにとって、唯一の理解者は自分を見つけ、逮捕できた者だ」マルクスが言う。「理解しなければ逮捕できないから、必然的にそうなる」
「そう。まともな憲兵じゃ無理だぜ」ユルキが言う。「動機は殺したいから殺した、だろ?」
「はい、私の理解者たち」クレータは本当に嬉しそうだった。「怨恨? ありません。金銭? 十分持っています。ただただ、幼い頃から殺してみたいという欲望だけがありました。私に告白してくれた男の子を、最初に殺したいと感じました。言いませんでしたけど。もちろん殺してもいません」
「好みはアーニア王でしょう?」サルメが言う。「被害者の特徴と一致しています。茶色の髪に、同じ色の瞳、平均的な身長。優男の雰囲気」
「ああ、私の理解者たち!」クレータが胸に手を当てて切ない声で叫ぶ。「そこまで、そこまで私を理解してくれるなんて!」
「あなた以上にあなたが分かります」サルメが言う。「あなたはアーニア王を愛している、という幻想に溺れている」
「幻想?」とクレータが急に冷えた声を出した。
「サイコパスは誰も愛さない」マルクスが言う。「執着するだけだ」
「そしてその執着を愛と勘違いする」ユルキが言う。「たぶんこの話は平行線だろうぜ」
「理解者なのになぜ!?」クレータが悲鳴のように言う。「なぜ私の愛を理解していないのです!?」
サルメは肩を竦め、マルクスは小さく息を吐いた。
ユルキは小さく首を振り、そしてティナは――。
興奮していた。
すごいですわ!
ティナはアスラ式プロファイリングを心から信頼していたわけではない。
「バカみたいに強いだけじゃ、ないんですのね」
小さく呟いた。
強いと言っても、ジャンヌのように個人で強いわけではないのが《月花》だ。
みんなで強い。
ジャンヌは仲間を仲間だと思っていなかったので、ティナには《月花》が新鮮だった。
戦闘では連携して戦い、捜査では協力して犯人を追い詰める。
「なぜ理解者なのに、最後の最後で意見が食い違うのです……」
クレータはとっても悲しそうに言った。
泣き出しそうな表情だった。
けれど。
「悲しい振りはしなくてもいいです」サルメが冷めた口調で言った。「感情なんて、ほとんどないでしょう?」
「周囲に合わせるために、感情がある振りしてんだろ?」ユルキが言う。「俺らの前じゃ、しなくていいんだぜ?」
「他人への共感もないのだろうな」マルクスが言う。「だが心配するな。自分たちはそれを受け入れる。なんせ、うちの団長も似たようなものだからな」
マルクスの台詞で、クレータが少し驚く。
「私と、同じ人が……?」
「もっとヤバイです」とサルメ。
「お前の方がマシだな」とユルキ。
「似たようなもの、というのは」マルクスが解説する。「お前は少し団長に似ているが、団長に比べたら色々な意味で可愛いものだ、という感じか」
「クレータ・カールレラ」シルシィが言う。「あなたを逮捕します。間違いなく死刑です。執行されるまで、恐怖に震えながら悔いてください」
「それは無理ですね」とサルメ。
「恐怖なんか感じねーよ」とユルキ。
「後悔も反省もしない」とマルクス。
シルシィは3人を無視して、腰に装備していた縄でクレータの両手を後ろ手に縛り上げる。
クレータは特に抵抗しなかった。
まぁ、抵抗したところで、制圧されるのが落ち。
身体能力はそれなりに高いが、戦闘能力は高くない。
被害者の傷口から、マルクスがそう推理していた。
実際にクレータの体つきと些細な動きを見て、それは確信に変わった。
「本部の地下牢まで、自分が護衛しよう」
マルクスが言った。
シルシィがクレータの右肩を押さえ、マルクスが左肩を押さえた。
「歩いてください」とシルシィ。
「取り調べしますよね?」
クレータはどこか嬉しそうに言った。
「だろうな」マルクスが答えた。「好きなだけ自慢すればいい」
マルクスの言葉に満足したのか、クレータは笑顔で歩き始めた。
クレータたちが中庭を出るまで沈黙で見送った。
「自慢?」とアーニア王。
「シリアルキラーにとって、殺しは勲章みたいなものですから」
サルメが肩を竦めた。
「捕まったら自慢できるだろ? もう捕まってんだから、隠す必要ねーし」
ユルキも肩を竦める。
「正しかったでしょう? 私たち」
サルメがニヤニヤとアーニア王に近寄った。
「……未だに、信じられん……まさかクレータが……」アーニア王がメモを取り出す。「だが、書いていた通りだった……」
「なんて書いてますの?」
ティナがアーニア王からメモを奪った。
アーニア王は少し驚いた様子で、
「そんなに急いで取らなくても、余が読もうと思っていたのだが……」
苦笑いしながらそう言った。
「えっと、褒めたら自白する」ティナがメモを読み上げる。「……だけですの?」
「それで十分ですよ。その通りになったでしょう? 《一輪刺し》は自己顕示欲が強いので、普段から殺人を自慢したいという欲求があったはずです」サルメが言う。「私たちが叶えてあげました」
「それで?」アーニア王が言う。「未来予測までしたアスラ式プロファイリングとは何ぞ?」
アーニア王は興味津々といった様子。
サルメがザッとアスラ式プロファイリングを説明した。
「それをうちの憲兵に教えてくれんか? うちの憲兵はあまり優秀ではない」アーニア王が溜息を吐く。「が、確かにシルシィが団長になってから改善されている。シルシィに暴言を吐いたことは謝らねばな……」
「教えたいのは山々ですが、勝手に教えると言ってしまうと鉄拳が……」
サルメがキョロキョロと周囲を見回す。
「いませんね! 20万ドーラぐら……」
「サールーメ?」
ユルキがサルメの頭に手を置いた。
サルメがビクッと身を竦める。
「連帯責任で俺のケツの穴が広がったら、俺はお前のケツの穴も広げるぞ? つーか、その前に、団長にボロクソの布切れみたいにされるぞ?」
ユルキが言うと、サルメはダラダラと汗をかいた。
「そ、その件についてはですね、えっと、プロファイリングを教えるかどうかはですね、だ、団長さんと相談してください!」