EX13 それぞれの戦後 もう戦う理由はどこにもないの
プンティ・アルランデルは森の中へと逃げ込んだ。
「おいプン子、休ませろ」
プンティはケガをした班長に肩を貸している。
「もう少し奥まで行きたいんだけどなぁ」
そう言いながらも、プンティはゆっくりと班長を座らせる。
班長が木にもたれた。
「クソ、あたしのことは置いて逃げろよ。プン子だけなら、追っ手もまけるだろうぜ」
班長は身体の前面を斜めに斬られている。
それほど深くはないが、応急処置しかしていない。
医者に診せたいが、各国の軍に追われている身ではそれも叶わない。
「やだなー。僕らはすでに仲間を失ってるのに、班長まで置いて逃げるとかないって」
傭兵団《焔》の最小部隊はスリーマンセル。
要するに、班員はもう1人いたのだ。
先の戦争で失ってしまったが。
「つっても、あたしはもう無理だぜプン子。最期は傭兵らしく、戦って死にてぇ」
「まぁ、その気持ちは分かるけどねー」プンティが曖昧に笑う。「うちの父さんも武人だったから、たぶん班長と同じこと言うと思う」
「だったら置いてけ。プン子だけなら、割と普通に逃げ切れるだろ? それに、追っ手はあたしが、ここで、食い止めてやる。プン子は逃げろ。初任務でいきなり死ぬんじゃぁ、何しに《焔》に入ったんだって話さ」
「それねー」プンティが溜息を吐く。「こんな速攻で瓦解するとは思ってなかったよ、正直ね」
ジャンヌ軍は散り散りに逃走した。
そういう指示だったし、プンティは最善だと思っている。
そうしなければ死ぬからだ。
戦って死ぬか、捕まって死刑になるかは分からないが、どちらにしても死ぬ。
「あたしらは傭兵だぜプン子。依頼主が死んだんじゃ、もうやる気は起きないだろうぜ。クソ、団長らが無事ならいいけどな」
「どうなったんだろうね」
ジャンヌ軍は追撃を受けてかなりの数が死傷した。
「あーあ、クソな仕事だったぜまったくよぉ」班長が空虚に笑う。「ガキからジジイまで皆殺しにしてよぉ、いくらあたしでも気分は良くなかったぜ」
「その上、完全に負けちゃったしね」
プンティは虐殺に加わらなかった。
戦闘には参加したが、交戦の意思のない者は殺さなかった。
けれど、他の者の虐殺を止めもしなかった。
命令違反をしているのが自分の方だと理解していたからだ。
「結局、プン子は童貞のままだしな」
けけけ、と班長が笑った。
「命令違反なのは知ってるけど、班長も別に何も言わなかったから同罪だよー。それに、僕には初めてを捧げたい人がいるからね」
プンティは真面目に言ったのだが、班長は爆笑した。
「クソ、傷が開く! 傷が開くぞクソ! 笑わせるなよプン子! 乙女かよ!」
「班長、声大きすぎ。追っ手にバレる」
「いいんだよプン子」急に班長が真面目に言う。「行け。あたしに任せろ。プン子には大切な人がいるんだろ? あたしにはいない。行け。最期の命令だプン子。逃げろ。生きろ。あたしの分まで、なんて殊勝なことは言わねーけど、テメェは傭兵には向いてねぇって。別の道を見つけろ。その大切な誰かと」
「班長……」
プンティは少し迷った。
班長の意思を尊重し、見捨てるべきか。
あるいはこのまま連れて逃げるべきか。
「いたぞー!」
追っ手の1人が、プンティたちを発見。
大声で仲間を呼んだ。
「ほら行け!」
班長が立ち上がる。
「でも……」
「うるせぇ、部下のために命張らせろや! 班長の務めだろうが! 舐めんなプン子! あたしは根っから傭兵なんだよ! 死ぬことなんて怖くもねー! 行け! テメェはこっちの住人じゃねー!」
班長は凄い剣幕で怒鳴って、剣を抜いた。
「班長……あなたのことは……」
「忘れろバカ」
班長は笑って、
追っ手に向かって走る。
プンティはその背中に「忘れないよ」と言って、
そして逆方向に走った。
◇
中央フルセンの古城。
アスラたち《月花》の新拠点。
「団長ってさー、相手の戦闘能力、間違えすぎじゃない?」
唐突に、レコがアスラを責めた。
長いテーブルをみんなで囲んで夕食を摂っている最中だった。
古城には豊富な食料が備蓄されていたので、アスラたちはそれを料理した。
「……それ」とイーナ。
「わたしに10秒で勝てると思ってたんでしょ?」
ルミアがニヤニヤと笑った。
「以前の君なら10秒で勝てたね」アスラが言う。「でも君は自分の本性を偽るのを止めていた。だから想定より強かった。それだけのことだよ」
「おぞましいけど愛しい本性?」とルミア。
「それだよ」
「それって予想できなかったの?」
言ってから、レコはパンをモグモグと咀嚼。
「可能性はあったよ、もちろんね」アスラが小さく肩を竦めた。「心のブレーキが外れたら、そりゃ強くなるだろうけど、それでも勝ちは揺るがないと思っていた」
「ぶれーきって何ですか?」とサルメ。
「ああ、えっと……制動装置かな。戦いたいって心を自分で抑えていたってこと。嫌々、仕方なく戦うのと、嬉々として戦うのでは、発揮できる能力に大きな差が出る」
「ジャンヌの強さも、想定より上でしたね」
マルクスが冷静に言った。
それから淡々とスープを口にする。
「少しだけね」アスラが言う。「誰も失わずに勝てたし、そこまで大きく外れてない。ってゆーか、私も食べたいんだけど?」
「今回は団長がボロボロじゃないっすよねー」
ユルキが笑った。
「それ思った」レコが言う。「ボコられてない団長なんて魅力半減だよ」
「おいおい……」
アスラは右手にスプーンを握って、スープの方に動かした。
「冗談だよ! 団長はいつも魅力的!」
「雌としての魅力はあまり感じませんわ」ティナが言う。「お尻も10点ぐらいですわ」
「10点満点かね?」
「100点満点ですわ」
「あー、どうせ私の胸も尻も魅力がないよ。いいから食べさせておくれよ。次々に話しかけるな」
「ところで団長、サンジェストの戦勝祝賀パーティには誰を連れて行くんです?」
マルクスは相変わらず冷静だった。
「アイリスの予定だよ。生きて戻ればね。死んでたらマルクスかな。まぁまだ時間はあるし、ゆっくり考えるよ」
「オレは!?」
「私もパーティに出たいです……」
「俺はパスだな。堅苦しいのは苦手だ」
「……美味しい物……食べたい……」
「おいおい」アスラが苦笑い。「遊びに行くわけじゃない。サンジェストとは末永くお付き合いする予定だから、営業も兼ねてる。君らを連れて行ったら何をしでかすやら」
「オレいつもいい子!」
「私だっていい子です!」
「……あたしが一番、いい子……」
「分かった、分かったよ。考慮しておくから、とりあえず食べさせてくれないかな? お腹空いてるんだけど私」
「ところでアスラ……」
「おいルミア、わざとだろう? 私に食事をさせないのはなぜだね?」
「団長いじめると気持ちいい」とレコ。
「ゾクゾクします」とサルメ。
「……楽しい……」とイーナ。
「君らはやっぱり連れて行かない」
アスラが拗ねたように言って、プイッとそっぽを向いた。
「可愛い!」
「団長さん可愛い!」
「……ビックリするぐらい、可愛い……」
「年相応、って感じっすね。普段が普段なだけに、マジで可愛く見えるからビビるっすわ」
「空気を読んだんだよ。いい加減本当に食事するよ?」
アスラはやっと、スープを一口飲めた。
それから静かに食事が進む。
「そういえばルミア」マルクスが思い出したように言う。「いつ旅立つんだ?」
「明日には出るわ。探すなら早い方がいいでしょうし」
「しかし、相手があのプンティとはねぇ」
アスラが複雑な表情で言った。
ジャンヌの墓を作ったあと、みんなでルミアの相手を聞き出した。
「……あたし、玉蹴っちゃった……」イーナが苦笑いする。「……潰れてなきゃ……いいけど……」
「子供ができたら連れてきたまえ」アスラが言う。「立派な魔法兵にしてあげるから」
「嫌よ」ルミアが言う。「絶対に嫌よ。もし、プンティ君といい感じになって、子供ができたとして、わたしは二度と血生臭い世界には踏み入れないわ。わたしの子供もよ」
「それって、もう引退するってことか?」ユルキが言う。「もう戦わないって意味でいいのか?」
「ええ」ルミアが頷く。「もう満足したわ。もう戦う理由はどこにもないの。ジャンヌは死んでしまったし、わたしは《月花》に負けた。もう《宣誓の旅団》も完全に失われたし、終わったのよ。わたしの時代、わたしたちの時代。泡みたいに弾けて消えたの。寂しい気持ちよりも、安らぎの方が大きいわ」
「デッドエンドじゃないですね」とサルメ。
傭兵に幸せな結末なんて用意されていない。
基本的に、無惨に死んで終了だ。
でも。
「まぁ、1人ぐらいハッピーエンドでもいいさ。その分、私らが悲惨に死のうじゃないか」アスラが言う。「プンティが生きているといいね」
「今どこにいるんだろう?」
レコが首を傾げた。
「中央からは出るだろう」マルクスが言う。「少なくとも、中央に留まるという選択肢はない。今、まだ中央にいたとしても、移動するはずだ。東か西だが、さぁどっちだろうな」
「西には《魔王》が出たわけだし」ユルキが言う。「通常の思考なら東じゃねーか?」
「……そう考えて、あえて西かも……」イーナが言う。「……どうせ、英雄たちが……倒すだろうし……」
「知り合いの多い東では?」サルメが言う。「西だと孤立する可能性もあるかと」
「だから西かも」レコが言う。「ジャンヌ軍に参加してたこと、知られてるなら西の方がいい。東だと捕まるかも」
「東だよ」アスラが断言した。「あいつがジャンヌ軍に参加していたこと、知ってる奴がそれほどいるとは思えないね。私なら東に戻って、何食わぬ顔で普通の生活に戻るね」
「わたしはテルバエ大王国に向かうわ」ルミアが言う。「とりあえず、彼の実家を訪ねてみるわ。アスラの言うように、普通に帰ってる可能性が高い」
「てゆーか、ルミアも死んだことになってっけど」ユルキが言う。「一応、気を付けろよ? 特にアクセルやエルナに会わないようにな」
「そうね。わたし世間的には、《魔王》軍の幹部だものね」
「ふふっ。勇者アスラとその仲間たちが打ち倒した」アスラが楽しそうに言う。「戦勝祝賀パーティで《月花》を売り込んでおくよ。まぁ、すでに知れ渡っているだろうけどね」
「勇者ってなんかカッコイイね」とレコ。
「自分たちは正義の味方になったり、悪になったり、勇者になったり、本当に忙しいな」
マルクスがどこか楽しそうに言った。
「今後もそうさ」アスラが言う。「私らは何だってやる。見合う報酬さえ貰えればね。くくっ、これからはもっと忙しくなるだろう。今のうちにゆっくり休んでおきたまえ」