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EX12 アイリスと魔王 思ったほど絶望的じゃないわね

大変お待たせしました、連載開始します! 今回はExtra、および七章を毎日18時に更新します。


《魔王》は二足歩行のドラゴンのような形状をしていた。

 体長は3メートルから4メートルほど。

 漆黒の鱗に覆われていて、手足には鋭いかぎ爪。

 巨大な口には鋭い牙。

 そして、長く太い尻尾。

 唯一の救いは、翼がないこと。

《魔王》が飛行タイプだった場合、討伐難易度が格段に上がる。


 アイリスはラグナロクをまだ抜いていない。

 英雄たちと《魔王》の戦闘を少し離れて見ていた。

 臆したわけではない。

 考え方の違いだ。

 英雄たちは我先にと《魔王》に攻撃を仕掛けたが、アイリスはまず相手を分析することから始めた。


 ここは西フルセンの国。

《魔王》が現れ、すでに別の国が一つ滅びた。

 最初に奴隷たちが《魔王》に向かって行き、ズタズタに引き裂かれた。

 次に兵士たち。

 英雄たちが到着するまでに、大きな被害が出ている。

 特に今回は、全ての英雄が中央フルセンに集まっていたので、西側で《魔王》の行動を制限できる英雄もいなかった。


「単純に、すごく力が強いのね」


《魔王》が英雄の頭を掴み、そのまま握り潰した。

 そんな凄惨な場面でも、アイリスは冷静だった。

 アイリスは《月花》と行動をともにして、短期間で地獄を渡り歩いた。

 もっと残虐な死を見てきた。

 主にアスラのせいだが、そのせいで死を見ることに耐性が出来てしまった。


「防御力も高いわね」


 西の大英雄、ギルベルト・レームのショートソード二刀流による攻撃を、《魔王》は躱そうともしない。

 漆黒の鱗が強固な鎧の代わりになっている。

 ただ、腹部に鱗はない。蛇腹模様で、柔らかそうだった。

 けれど、戦闘が始まった瞬間から、腹部の周辺は魔法によって守られている。

《魔王》が展開した闇属性の支援魔法。《魔王》は総じて闇属性の魔法を使う。

 ちなみに、この支援魔法は闇を素材にした盾のような形状の魔法。

 要するに、鎧のない腹部に盾を貼り付けたような感じ。

 名前を付けるなら【闇の盾】が妥当。


「アイリス、参戦しなさいよねー。それとも足が動かないのかしらー?」


 どこからともなく、エルナが現れる。


「そんなに怖くないもん」アイリスが言う。「なんでか、あたし怖くない。《魔王》がとてつもなく強くて、激しい憎しみを振りまきながら暴れてるのは分かる。でも、そんなに絶望的かなぁ? 過去の《魔王》と比べてどう? エルナ様」


「そうねぇ、2年前の個体より動きが遅くて、頭も悪いから戦いやすいわね。でも防御力の高さは歴代でもトップクラスじゃないかしらねー」

「……アスラに脅迫されてビビッたから、防御特化になったとかじゃないわよね……」


 アイリスは苦笑いした。

 仮にそうだとしても驚かない。


「アスラちゃんが何かしたの?」とエルナ。


「なんでもない」アイリスが言う。「それより、エルナ様。お腹をどうにか狙うしか勝ち目なさそうだと思うの。あの鱗はどうにもならないでしょ? でも、動き自体は遅いから、攻撃を当てることはできる。お腹を守ってる魔法を剥がせないかしら?」


「剥がす方法が分からないわねー」


 と、《魔王》の口の中に視認できるレベルの魔力が集まっていた。


「やばいっ! みんな離れて!」


 アイリスは力の限り叫んだ。

 アイリスの声に反応した英雄は数名。

《魔王》が口の中で凝縮させた魔力を吐き出す。

 それは、一条の赤い光の線のようで。

 それは、凄まじい破壊力であらゆる物体を貫いた。


《魔王》が首を振る。

 光線があらゆる建物を薙ぎ倒す。

 いや、焼き切ったという方が近い。

 アイリスとエルナはジャンプして、建物を蹴って更に上へと逃げた。

 そして光線の先端が地面に触れて、大きな爆発。

 衝撃波で周辺が完全に破壊される。


 アイリスはラグナロクを抜いて、盾の代わりにして空中で衝撃波を受けた。

 身体を横に向けて、ラグナロクの腹に自分の身体を隠すような体勢。

 尋常じゃない衝撃波の威力で、アイリスはかなりの距離を吹き飛ばされる。

 エルナがどうなったか分からない。

 他の英雄たちの安否も不明。


「この高さは……着地失敗したら大ダメージね……」


 空中で呟き、ラグナロクを仕舞う。

 大きな城壁と同じぐらいの高さまで、アイリスは舞い上がっていた。

 この街は完全に滅びた、とアイリスは思った。

 空から見たら、街の半分近くが更地になったのがよく分かる。

 さほど大きな街ではないが、それでもとんでもない威力だ。


 これが《魔王》。

 これが本物の《魔王》。

 命を賭してでも、倒さなければならない相手。

 それなのに。

 なんでかなー、あんまり怖くないや。

 アイリスは鞘のベルトを外し、ラグナロクを手放す。

 それから、体勢を変える。

 地面が迫ってくる。

 最初に右手の手刀を突いて、次に前腕から肘、肩。

 そのままグルグルと何度も前転して衝撃を分散。

 アスラに教わった前方回転受け身。

 魔法兵を目指すアイリスは、すでに近接戦闘術を教わった。

 そして近接戦闘術の最初に、受け身を教わる。

 あらゆる受け身を教わるのだ。


 まぁ、アスラもこんな高い場所から落ちることは想定していなかっただろうけど、とアイリスは思った。

 立ち上がったあと、少し目が回ってフラッとした。

 何回転したのよ、あたし。

 そんなことを思いながら、ラグナロクを探す。

 受け身の邪魔になるから手放したのだ。

 最初の着地点まで走って、ラグナロクを回収。再び背中に装備。


「よしっ」


 小さく気合いを入れる。

 負ける気がしない。

 さっきの光線は攻撃魔法だ。魔法を学んでいる最中のアイリスには分かる。あれは種族固有のスキルではなく魔法だ。

《魔王》の使う魔法は、人間の魔法とは一線を画している。ジャンヌの【神罰】が子供のお遊戯に見えるレベルの破壊力。

 だけれど、発動までのタイムラグが長い。冷静ならまず直撃はしない。

 名前を付けるなら【紅の破壊】とかかな、とアイリスは思った。


 魔法の名前は直接的で分かり易いものが多い。

 一部、【絆創膏】とか意味不明なものもあるけれど、とアイリスは思った。

 アイリスは《魔王》のいる場所まで走る。

 倒し方はもう分かった。

【紅の破壊】を使用する時、お腹の【闇の盾】が消える。

 問題は、戦える英雄が何人残っているか、という点。

 観察していて分かったのは、英雄たちがワラワラと攻撃を続けていて、《魔王》はウザいコバエを払うかのように【紅の破壊】を使用した。

 つまり、《魔王》がウザいと思うレベルの攻撃を加えなくてはいけない。


「これ、《月花》でも勝てるんじゃないの?」


 アスラは《月花》の能力を過小評価しているような気がした。

 ああ、でも。

 被害は甚大になるだろう、とアイリスは思った。

 最悪、相打ちで全滅も有り得る。

 アイリスは走りながら、生き残った英雄たちに声をかけた。


「どんどん攻撃して! 《魔王》が死ぬまで攻撃すんの! 寝てるヒマないから!」

「偉くなったじゃネェかヨォ」


 アクセルが合流し、アイリスの隣に並ぶ。


「つか、テメェは今まで何してたんだ?」

「分析! 最初に相手を分析するのは基本でしょ! いきなり突っ込むとか意味分からないから!」


 相手はそこらのチンピラではないのだ。


「ケッ、俺様らはずっとこうやって戦ってたんだヨォ。つーか、英雄になった時のテメェなら、最初に突っ込んでただろうがヨォ」

「そして死んでたわね、きっと!」


 やっと分かった。

 アスラたちは以前、アイリスが《魔王》と戦ったら死ぬと言った。

 もうずっと前のことのように思う。

 でも、あの頃のアイリスなら、間違いなく最初に死んでいた。

 怯えて、怖がって、パニクって、最初に突っ込んで最初に死ぬ。

 訳も分からないままに。


「調子に乗るな《魔王》!!」


 アイリスがラグナロクを抜いて、《魔王》を斬り付ける。

《魔王》はやっぱり躱さなかった。

 首の鱗にラグナロクが命中し、鱗を砕いて皮膚を少し斬った。

 そのことに、アイリス自身が驚いた。


 何この剣!? めっちゃ斬れるんですけどぉ!?


 あまりにも想定外すぎる。

 さすが伝説級の武器。

 フルセンマークにはいくつかの伝説の武器があるけれど、多くは行方不明だ。

 所在のハッキリしている物も、大抵は教会や国が管理していて、誰にも使われていない。


「マジかテメェ、なんだその剣はヨォ!」


 アクセルが鋼鉄の左手で《魔王》を殴りつける。

《魔王》が少しフラつく。

 固い鱗に覆われていても、ダメージがないわけではない。

 続いて、他の英雄たちも《魔王》に攻撃を加える。

 英雄たちは連携しないので、希にお互いが邪魔になる。

 でも仕方ない。ここでアイリスが連携しろと言ったところで、どうせできない。

 アスラ曰く、普段から訓練していないことはできない。

 だからこそ、《月花》はアホみたいに訓練ばかりやっているのだ。

 アイリスは英雄たちの攻撃の合間を縫って、


「みんな目を閉じて顔逸らして! 【閃光弾】!」


《魔王》の顔の側で左手を輝かせる。

 自分は右手のラグナロクで目を隠し、更に瞑る。


「くっそ! 何しやがる小娘!」


 英雄たちも何人か巻き込まれていた。

 目を瞑れって言ったのに、とアイリス。

《月花》ならアイリスが左手に魔力を集めた時点で、察してくれるのに。

《魔王》は苦しそうに絶叫した。

 あまりの声量に空気が震える。

 でも、効いた。

 やはり《魔王》にも【閃光弾】は通じる。

 依り代が人間だと聞いた時点で、通用すると思っていたけれど。

 なぜドラゴンのような姿に変化したのかは謎だが、歴代の《魔王》も色々な姿形で出現している。

 もしかしたら、依り代の思い描く強い存在が形のベースになるのかもしれない、とアイリスは思った。


「エルナ様!! いる!?」


 叫ぶと同時に、矢が飛んで来て、《魔王》の右目に刺さった。

 さすがっ!

 アイリスの意図を完全に理解してくれた。

 どんなに鱗が固くても、瞼と目はそうはいかない。

 そして今、《魔王》は動きを止めている。

 更に別方向からも矢が飛んできて、《魔王》の左目にも刺さる。

 エルナが即座に移動して再び矢を放ったのだ。

 これで、《魔王》は永遠に視界を失った。

 そして。

《魔王》は苦し紛れに、口に魔力を貯めた。


「バーカ。あたしの掌で踊ってんのよ、あんたは」


 アイリスは《魔王》の下腹部にラグナロクを突き立て、そのまま斬り上げた。

 返り血を浴びながら、アイリスは勝ったと思った。

 けれど。

《魔王》は強引に【紅の破壊】を射出した。


「ちょっとぉぉぉぉぉ!!」


 叫びながら、アイリスはラグナロクの腹の部分で光線を受け流しながら、身体をずらした。

 ほとんど咄嗟の判断で、確信があったわけじゃない。

 でも。

 光線の進行方向を逸らせた。

 やや上方へと光線が飛んで行く。

 そして遠くの、小高い丘の上にあった城に命中。

 城が爆発する。

 それどころか、衝撃波で丘ごと消滅した。

《魔王》が活動を停止する。

 そしてそのまま倒れた。


「……嘘でしょ……」


 自分は助かった。

 英雄たちも。

 けれど、

 城にいた人たちは助からない。


「避難してっから安心しろや」


 アクセルが鋼鉄の左手をアイリスの頭に乗せた。

 すごく痛かった。

 もちろん、アクセルに攻撃の意図はなく、生身の感覚でポンッと置いただけだ。


「そ、そうよね……」


 この街が決戦の舞台に決まった時、住んでいた人々は全員避難しているのだ。

 一瞬、アイリスはそのことを忘れていた。

 自分のせいで大勢が死んだのでは、と考えてしまったからだ。


「よくやったわアイリス」エルナが寄ってくる。「急激に成長したわねー。ぶっちゃけ、わたしより強いんじゃないのー?」


「おう。俺様もそう思うぜ?」


 もしそれが事実なら、

 ジャンヌってどれだけ強かったの?

 ほとんど化け物の領域じゃないか。

 そして、

 そんなジャンヌを《月花》は殺せると断言し、そして実行した。


「……西に、おいでよ……」


 ギルベルトがアイリスを誘った。


「ざけんなテメェ」アクセルが言う。「東の大英雄候補だっつーの。将来の、だけどな」


「そうねー。やっぱりもう少し経験値が欲しいわねー」

「……西なら、今すぐおれの代わりに大英雄に……」

「うるせぇ。西はテメェが仕切れ。殴るぞ?」

「ねぇ、英雄の被害はどのぐらいなの?」


 アイリスが心配そうに言った。


「そうねー」エルナが首を傾げる。「2年前よりマシねー。倒すのも早かったし。半分は死んでないわねー。だいたいアイリスのおかげねー」


「《月花》に預けてマジで良かったぜ」


 アクセルがアイリスの背中を叩く。

 生身の手だったが痛かった。


「アクセル様……自分の腕力を理解して欲しいんだけど……」

「あん? そんな強く叩いてネェだろ?」

「バカねー、アクセル。あなたの軽く叩くは普通の人には激痛なのよー?」


「それ……」とギルベルト。


「まぁいいじゃネェか。《魔王》に勝ったんだからヨォ。細かいことはいいんだヨォ」


 アクセルが豪快に笑った。

 アイリスは溜息を吐いた。

 そして思った。

 あと3年。

 そう、3年あれば、《月花》は普通に《魔王》を狩れるようになる。

 今回の《魔王》なら今でもたぶん狩れるが、全滅に近い損害が出る。

 アスラたち《月花》が今回の《魔王》に勝てる理由としては、《魔王》に知性がほとんどなかったのが大きい。

《魔王》はただ暴れただけで、戦術的な行動を一切取っていない。

 最悪、ティナの方が厄介まである。

 だから相打ちに近い形でなら勝てるはず、とアイリスは思った。


 でも3年後なら、きっと普通に倒せる。

《月花》は今も成長を続けている。

 あれ?

 それって、

 将来的には《魔王》よりも《月花》の方が脅威になるんじゃ?

 だって、《月花》は善悪を重視しないのだから。

 最悪は英雄案件にだってなり得る。

 でも救いもある。

 アスラは今のところ、虐殺を好まない。

 それと、世界を滅ぼそうという気がない。

 けれど結局のところ、

 今は、という注釈が付くのだ。


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