12話 悪夢の終わり 幸せの形
アスラは両手に短剣を構え、ジャンヌはクレイモアを構えた。
マルクスは長剣、ユルキはトマホークをそれぞれ握る。
「大勢であたくしを倒すのですか?」
「そうだよ。私らは個人のアレ……なんだっけ、ほら、アレだよ、普段使わない言葉だから忘れてしまったが、アレにはこだわらないんだよ」
「名誉、高潔さ、強さ、などですかね」
マルクスが冷静に言った。
「ああ、そう、そういうの。私らには関係ないんだよ。なぜなら私らは傭兵だから。イーナ、アイリス、君らも戦えるなら準備したまえ」
「……してるし……」
イーナは弓を構えていた。
アイリスは背中に手を伸ばして、片刃の剣が折れたことを思い出して慌てた。
「どうぞ」
サルメがアイリスに短剣を渡した。
「多勢に無勢ですね。まぁいいでしょう。【神罰】改め……」
ジャンヌが魔法を使うよりも早く、アスラの【地雷】が発動。
ジャンヌは魔法を中断して横に飛ぶ。
アスラの魔法の効果を、ジャンヌはルミアに聞いて知っていた。
当たればほぼ間違いなく負ける。
ヒラヒラと二枚の花びらが床に落ちた。
ジャンヌが移動した先に、【加速】を乗せた矢が飛んできた。
ジャンヌは闘気を使用し、身体を反らすことで矢を避ける。
それと同時に、マルクスとユルキが両側からジャンヌを挟むように攻撃。
ジャンヌはクレイモアで迎撃。
「魔法を使えると思ったのかい?」アスラが笑いながら短剣を投げる。「君の魔法は発動に時間がかかるのが弱点だよ」
ジャンヌはユルキの足を蹴って、ユルキの動きを止める。
それから、マルクスの攻撃とアスラの投げた短剣を撃墜。
◇
攻撃に転じられないっ!?
ジャンヌは焦った。
今まで、多人数を相手にしても焦ったことなどなかったのに。
だが、《月花》は息を吐く暇さえ与えない連続攻撃でジャンヌを追い詰める。
闘気を使っていなかったら、もう負けている。
攻撃魔法を完全に封じられているのも痛い。
《月花》の攻撃を全て捌きながら使えるほど、熟練していない。いや、どれだけ熟練してもこの猛攻の中で魔法を使うのは不可能だ。
そもそも、闘気を使っている間は魔法が使えない。そして、闘気を解除したらやられる。
「あたくしの方がっ、実力は上のはずっ……」
思わず、そんなことを口走った。
主に攻撃に参加しているのはマルクスとユルキとアスラ。
3人まとめて相手にしても勝てるはずなのだ。それぐらいの実力差があるはず。
矢が飛んでくるが、躱し切れない。
右の太ももに刺さる。
矢を放ったのはレコだった。
「君は連携を甘く見すぎだよ」
頭上からアスラの声。
アスラはいつの間にかクレイモアを握っていた。
ジャンヌはアスラの上からの斬撃をクレイモアで受けとめ、即座にクレイモアを斜めにして流す。
「実力は確かに君が上だけど、私らは普段からみんなで戦う訓練をしているんだよ?」
同時に、身体の位置を変えてマルクスの突きを回避。
「みんなで上手に連携して戦えば、戦力は格段に上がる」
だがユルキのトマホークが脇腹を掠めた。
アスラが着地と同時にクレイモアを振る。
タイミングをわずかにずらしてマルクスが長剣を縦に振り下ろした。
ジャンヌは後方に飛ぶ。
しかし飛んだ先に矢が飛んでくる。今度は三本。
イーナ、レコ、サルメが放ったもの。
全てクレイモアで撃墜。
一息吐く時間もなく、ユルキとマルクスが両サイドから攻めてくる。
アスラは指を鳴らし、ジャンヌの後方に【地雷】を設置。
後方に逃げるという選択肢を奪われた上で、アスラが正面から攻撃参加。
ジャンヌは三方向からの攻撃を捌く。
徐々に、傷が増えていく。
太ももには矢が刺さったまま。
ジャンヌは必死に応戦し、ユルキを下から斜めに斬り上げた。
このメンバーなら、ユルキが一番弱いと理解したから。
多少ダメージを受けてでも、1人減らしたかった。
ユルキの身体の前面から鮮血が噴き出し、そのまま後ろに倒れる。
同時に、アスラとマルクスの斬撃を回避する方向に動く。
しかし躱し切れず、斬られてしまう。
致命傷ではないが、浅くもない。
アスラがユルキのいた方に移動。
すると、正面にアイリスが入ってくる。
こいつらっ、仲間が斬られたことを気にもかけないんですかっ!
《月花》の連中はまったく動揺した様子もなく、綺麗に連携して攻撃した。
だがアイリスの攻撃がややズレているので、さっきより防ぎやすい。
実力的には、ユルキよりアイリスの方が強いはずなので、ジャンヌは少し困惑した。
と、いきなりアイリスがしゃがみ込む。
同時に矢が3本飛んでくる。
2本は回避したが、1本が左肩に刺さる。
痛みに喘ぐ余裕はない。神経がすり切れそうな攻防。集中力を欠いたらその瞬間に斬殺される。
と、アスラもしゃがんだ。
アスラの背後で、ユルキが上半身だけ起こしてトマホークを投げた。
完全に意識の外側からの攻撃。
ジャンヌの全神経がトマホークに集中。
クレイモアでなんとかトマホークの軌道を変える。
アイリスが立ち上がる。
トマホークが床に突き刺さった。
「【閃光弾】!」
アイリスの左手が激しく光る。
一瞬にして視界がホワイトアウト。
頭がクラクラした。
アイリスが魔法を使おうとしているのは分かっていたけれど、ジャンヌは何もできなかった。
アスラ、マルクス、飛んでくる矢、そして意識の外から放たれたトマホークにまで対応していたのだ。
次の瞬間、
ジャンヌの身体が熱を帯びる。
直後に激しい痛み。
斬られたのだ。それも、何度も。
何も見えないまま、ジャンヌは死を自覚。
最期に、フラッと一歩移動した。
ジャンヌは自分がどっちに移動したのかも分からない。
「1対7だったけど、悪く思うなジャンヌ。君って大英雄以上に強いからね」
アスラの声が正面から聞こえた。
「それはどうも……」
言ったと同時に、クレイモアが胸を貫く感触。
「君の悪夢は終わりだ。これからはいい夢を見たまえ」
「……アスラ……」ジャンヌは立っていられなくて両膝を突いた。「……ありがとう……そして、依頼です……ティナとルミアを……許して……」
口の中に血の味が広がり、溜まらず吐き出した。
「報酬は?」
「……古城に……あたくしの書いた……魔法書が……あります……。人類の知らない……性質を……」
「いいだろう。その依頼を請けよう。良さそうな報酬だから、許すだけじゃなく2人を保護してあげるよ」
ジャンヌとその軍は《魔王》に認定されている。
仮に英雄たちが許しても、各国が許さない。
瓦解したジャンヌの軍は必ず粛正される。
だから、
アスラの「保護する」という言葉は、
ジャンヌにとっては最良のもの。
すでに《月花》の実力は身に沁みているのだから。
「……良かった……」
これで安心して、
眠れる。
憎しみに身を焦がし続けた、
悪夢のような日々が終わる。
◇
ジャンヌは死ぬ前に少し笑った。
その笑顔を見て、ルミアはとっても悲しい気持ちになった。
けれど、同時に安心もした。
ジャンヌは死にたがっていた。《魔王》になるというのは、即ち自殺と同義。
ティナもそのことに気付いていて、だから戦闘を止めなかった。
ジャンヌを尊重したのだ。
愛しているから。
相手の幸せを願うのが愛なら、これこそがジャンヌの幸せの形。
悪夢から覚めること。
だけど、
ティナはゆっくりジャンヌの亡骸に歩み寄り、抱き締めて大泣きした。
ティナがあんまり泣くものだから、アスラも渋い表情をしている。
マルクスがユルキに絆創膏を貼り付けた。
「やべぇ……俺も死ぬかこれ?」
ユルキが言った。
ルミアは自分の足の回復を中断し、立ち上がる。
足が酷く痛む。
だから右脚を引きずってユルキの側に移動し、ユルキに回復魔法をかけた。
「ユルキ死んだら、財産オレにちょうだい」とレコ。
「半分は私が貰ってもいいです」とサルメ。
「いや、そこは団のものにしよう」とアスラ。
「俺に冷たくねーっすか?」
ユルキが苦笑いした。
「……だってユルキ兄、アイリスとチェンジするために……わざと斬られたでしょ……」
「うむ。立とうと思えば立てるはず。傷は深いが、死ぬほどではない」
「本当に大丈夫なの? あたし、ユルキ死んだかと思ったんだけど?」
「いや、今は立てねーよ。気が抜けちまってるからな」
事実だ。敵を倒したことで安堵し、完全に気が抜けている。
「死者の復活、って作戦だよ。強引に意識の外側に行くのさ」
アスラが肩を竦めた。
死んだと思わせて、ジャンヌの意識から消える。
そして意識の外側から攻撃を加えるという戦術。
酷く危険な策だが、効果は大きい。
「もうやりたくねーっす……。マジであと1センチ深く斬られたら……俺死亡だったっす」
戦闘不能だと相手に思わせるため、適切に斬られる必要がある。
「ふふ。しかしジャンヌ強かったね。正直、ここまで防がれるとは思ってもなかったよ」
死者の復活は苦肉の策でもある。
「7対1でなんとか、って感じよね」アイリスが言う。「あたし1人じゃ絶対無理だった」
「私だって無理だよ」とアスラ。
「【閃光弾】が完璧でしたね」サルメが言う。「あのタイミングは躱せません。ジャンヌはアイリスさんが【閃光弾】使えるって知りませんし」
「えへへ」アイリスが頬を染めて頭を掻く。「って、ちょっと待って! 今頃、西側で《魔王》復活してるのよね!?」
「だろうね。行っていいよアイリス。またあとで合流しよう」
「……みんな来てくれないの?」
「私らは英雄じゃないし、ぶっちゃけ関係ない」
アスラが言うと、他のみんなも頷いた。
「うぅ……もうなんか最近、英雄たちよりアスラたちの方が総合的に強い気がしてる」
「状況によるさ」アスラが冷静に言う。「《魔王》退治は私らには無理。私レベルが10人いたら可能かもしれないけどね。そこまでの戦力は今の《月花》にはない」
「英雄たちって、全然連携とかしないのよ……」アイリスが言う。「だからなんか、あたしちょっと不安」
「死なない程度にボチボチやりたまえ」アスラがどうでも良さそうに言う。「誰か倒すだろう。前に出すぎないこと。あと、《魔王》に【閃光弾】が通用するかだけ試しておくれ」
「……アイリス、死なないでね……」
「だな。死ぬなよ?」ユルキが言う。「やばかったら逃げてもいいからな」
「今のアイリスなら、死にはしないだろう」とマルクス。
「うん。もうお花畑じゃないしね」レコが言う。「生きて帰ったら、また胸揉んであげる」
「あたしが揉まれたいみたいに言わないでよ!」
アイリスが頬を膨らませる。
「持っていけ。武器がないだろう?」
アスラはラグナロクを指さした。
「それわたしのなんだけど……」
ルミアが不服そうに言った。
「敗者なんだから文句を言うなルミア。戦利品として私が貰う」アスラが肩を竦めた。「そしてアイリスに貸す。相手が《魔王》なら、片刃である必要もない。遠慮せずに使いたまえ」
「ありがと、助かるわ」
アイリスは普通にラグナロクを拾って、それから走って謁見の間を出た。
「ティナ。私はジャンヌの首をサンジェストに届けないといけない。勝利宣言を出してもらわないとね。悪いが、斬り落とさせてもらう」
「ぐす……断ったら、どうしますの……?」
涙に濡れた顔で、ティナがアスラを見る。
「君とは戦いたくない。分かって欲しい。ジャンヌの始めた戦争を終わらせるには、ジャンヌが死んだことを知らしめる必要がある。身体の方は君が好きにしていい。墓を作りたいなら手伝おう。今後のことも相談したいから、一緒に来て欲しい」
「もう少しだけ……もう少しだけ、待ってくださいませ……」
ティナはギュッとジャンヌの死体を抱き締める。
「いいよ。でも急いでおくれ。まだ戦争は継続しているからね」