EX08 さぁギャンブル回の前編だよ! ジャンヌ? 放っておけ!
サルメはカジノのフロアを一通り見て回ってから、休憩用のソファに腰を下ろした。
「オレたちにできそうなの、なかったね」
レコがサルメの隣に腰を下ろした。
ここは傭兵団《月花》が滞在している宿から一番近いカジノ。
「そうですね……。どれも難しそうです……」
生まれてこの方、サルメはギャンブルをやったことがない。
「でも10万ドーラ作らないと、団長に怒られるよ?」レコが言う。「それも興奮するけど、見捨てられるの嫌だし、ちゃんと達成したいな、オレ」
「私だってそうですよ。あ、興奮するってことじゃなくて、達成したいってことです」
「休んでても仕方ないし、とりあえず団長の様子でも見に行ってみる?」
「参考になるといいのですが」
言いながら、サルメが立ち上がる。
レコも続いて腰を浮かせた。
◇
「おいおい嬢ちゃん、ここは高レートの席だぜ?」
アスラがブラックジャックの席に座ると、隣のオッサンが言った。
「知ってるよ。場代が1000ドーラだろう?」
言いながら、アスラは1000ドーラ札をテーブルに置いた。
「混ぜておくれよ。初心者だが、興味あってね。ルールの説明をしておくれ」
「私はディーラーのヨルと言います」小綺麗なスーツを着た女性が言った。「ここでは、ディーラーである私と、プレイヤーの皆さんが戦う普通の形式か、あるいは全員が敵というデスマッチ形式の2種類の遊び方があります」
「今はどっち?」とアスラ。
今日のアスラはいつものローブではなく、小綺麗な赤いドレスを着ていた。髪の毛はツインテールの形に括っている。パッと見、上品な貴族の子供に見える。
「デスマッチです。参加しますか?」
「もちろん」
アスラがテーブルを見回す。
ディーラーのヨルとアスラを除けば、プレイヤーは3人。
話しかけてきたオッサンはたぶん一般人だが、ギャンブル慣れしているように見えた。
残り2人も、高レートの席にいるのだから、金持ちかギャンブラーのどっちか。もしくは両方。
「デスマッチでは、勝った一人が場に出ているドーラを全て回収できます。同点ですと、二人で山分けという形になります」
「オッケー。ブラックジャックの方は? 特殊なルールはあるかね?」
「ありません。21が最高得点で、21を超えたら豚となります。絵札は全て10として扱い、エースは1か11のどちらでも、都合のいい方として使えます」
「こちらで選べるのはヒット、スタンド、それからドロップか? レイズは幾らまで?」
ヒットはカードの追加。スタンドはそのまま勝負。ドロップは勝負を下りるということ。レイズは賭け金の上乗せ。
「レイズは現在1万ドーラが上限となっています」
「了解。始めよう。デスマッチなら、配るのは誰?」
「面倒でしょうから、私が配りますが、配りたいならどうぞ」
ヨルがカードをシャッフルしながら言った。
アスラは大げさに肩を竦めた。面倒だから配らない、という意味。
ヨルは最初に表向きにしたカードを順番に配った。
アスラのところにはクローバーのエース。
「おや。これはいいのが来たね」
続いて、ヨルが裏向きのカードをみんなに配った。
アスラは裏向きのカードを他のプレイヤーに見られないように少しだけ捲って確認。
他のプレイヤーとヨルも同じ動作を行う。
「ほう。ビギナーズラックってあるんだね。ヒットとかの順番は?」
「私からです。ヒット」
言いながら、ヨルは裏向きのカードを一枚自分の場に置き、すぐに1000ドーラ札を置いた。
なるほど、ヒット一回につき金を払うのか、とアスラ。
「レイズ」
ヨルから見て右側の女性が1000ドーラを場に出した。
これ以降、ドロップしない限り全員が必ず1000ドーラを場に出さなくてはいけない。
「スタンド」
アスラの左の男性が、1000ドーラを置く。
「レイズだ」
アスラは最初のレイズ分1000ドーラを置いたあと、更に1000ドーラを足した。
「お? 嬢ちゃん、割といいのが来たんだね? スタンド」
オッサンが2000ドーラを場に置いた。
ヒットしなかったので、それなりの手ということ。
見えているカードは9だ。裏のカードが絵札なら、最大19になる手。強い手だ。
「スタンドです」
ヨルが2000ドーラを置く。
「レイズよ。お嬢ちゃん、悪いけどわたしもいい手が来てるのよ」
最初にレイズした女性が笑い、1000ドーラ追加。
金髪で、見るからに裕福そうな身なり。
見えているカードは絵札。最大で20になる手。これも強い。
が、本当に強い手が来ているかは分からない。
「初っぱなから飛ばすねー」男性が言いながらドーラを置く。「ブラフ臭せぇよおばさん。スタンドだ」
男性の見えているカードは7。最大でも17。弱くはないが、強いとも言い切れない。
「私は21だよ。レイズ」
アスラが更にドーラを追加。
これで4000ドーラのレイズ。場代の1000と合わせて5000ドーラ。
「嬢ちゃんはギャンブルを分かってない」オッサンが言う。「本当に21なら、黙って賭け金を釣り上げればいいんだ。21なんて言われると、降りるかもしれないだろう? ドロップ」
オッサンはもう場に金を出さなかった。
ドロップする場合は、金を積まなくていい。
降りれば傷が浅く済む、というわけだ。
「まぁ、ビギナーズラックはあります。ドロップ」
ヨルも降りた。
「おや? 私は失敗したのか? せっかくの21なのに、みんなが降りたら面白くない」
「お嬢ちゃん、ポーカーフェイスって知らないの?」女性が言う。「いい手でも悪い手でも、淡々としているのが一番いいのよ、ドロップ」
さっきお前もいい手が来たと言ったじゃないか、と思ったけどアスラは言わなかった。
「嬢ちゃんのブラフ、とは思えない。が、遊んでやる。スタンドだ」
男性がドーラを置く。
「ありがとう。レイズ」
アスラが更に金を積む。
「マジかよ。レイズするならドロップ」
「え? 遊んでくれるんじゃないのかい?」
「スタンドで勝負するって意味だ。俺だって無尽蔵に金持ってるわけじゃねぇ。傷は浅い方がいい。ま、嬢ちゃんの総取りだ。良かったじゃねぇか。21見せてくれよ」
「嘘に決まってるだろう。ビギナーズラックなんてそうそうあってたまるか」
アスラがカードを開くと、3だった。
エースと合わせても最大で14にしかならない手。
アスラ以外の全員が、目を丸くする。
「14で……あんだけ強気のレイズしてたのか……」
「こりゃ嬢ちゃんに一杯食わされたな……」
「ドロップしなければ、わたし勝ってたじゃない……」
「なるほど。初心者の振りをして、全員を降ろす策略だったわけですか。やりますね。クソ度胸です。ギャンブル慣れしていますね。次は私も本気で相手します。まさか逃げませんよね?」
「もちろんだとも。君らも続けるのかい? だとしたら、君らは私の天使だよ。無償で私に金を譲ってくれるわけだからね」
アスラが笑う。
カードゲームなど、結局のところ心理戦だ。
であるならば、アスラに負ける要素などない。イカサマすら不要。読み合いだけで十分。
◇
「団長さん、すごいですね」
アスラの背後で、サルメが言った。
「ははっ、サルメも参加するかい? レイズだ」
アスラはサルメの方を見ずに言った。
「いえ、レートが高すぎて怖いですね」
「そうかい? でも怖がってちゃ、何も得られないよ? 勝負しなきゃね。君はもうそれができる子だと思ったけど、見込み違いかな?」
「……もう少し、レートの低いところで練習します」
サルメが踵を返すと、黙って隣に立っていたレコも踵を返した。
「オレたちがあのテーブル座ったら、速攻でお金溶けるよね」
レコがケタケタと笑った。
「そうですね。勝てない勝負はしたくないです。私、負け続けの人生なので」
「まーたサルメが卑屈になった。過去を気にしすぎ」レコが笑う。「話変わるけど、今日の団長、本当可愛いね。アイリスと髪型一緒だけど」
「そうですね。私もああいう服、一着欲しいです……似合わないかもしれ……」
「似合うよ」レコが強い口調で言う。「だから買えばいい。欲しいなら買えばいい。オレたちって、自由で愉快な傭兵団だし」
と、ユルキとイーナが寄って来たので、サルメとレコは立ち止まった。
「俺らもう終わったぜ? そっちどうよ?」
「え? 早くないですか? 何したんですかユルキさん」
「何って、ここカジノだぜ? しかもレート高めだしよぉ、客もみんな金持ってるわけだ」
「……そして、あたしらは……元盗賊。10万余裕で……盗れた」
盗ったんですか!?
危うくサルメは叫びそうになった。
「団長は技術使えって言っただけで、ギャンブルしろとは言ってねーよ」ユルキが笑う。「つーわけで、俺らはこれから余った金で純粋に遊んでくるわ。お前らも頑張れよ」
ユルキは笑顔のまま、2人の元を去った。
「ユルキとイーナって、やっぱり悪党だね」
レコが感心したように頷いた。
「……じゃあね」
イーナが手を振ってから2人の側を離れた。
「なるほど」サルメが頷く。「技術を活かす……。ギャンブルにこだわらなくていいんですね……」
「何か思い付いた?」
「いえ。でも、感触があります」サルメが言う。「マルクスさんとアイリスさんがどうしてるか、見に行ってみましょうか」
「そうだね。あの2人はギャンブルとか苦手そうだもんね。どうしてるんだろう?」
サルメとレコはフロアをうろうろと歩いて、マルクスを発見した。
マルクスは赤毛で背が高く、ガタイもいいので割とすぐ見つかった。
マルクスはポーカーをプレイしていた。
「すごいですマルクスさん。完全なポーカーフェイスです」
「いつもあんな感じじゃない?」
すでにマルクスは5万ドーラ近く稼いでいた。
「いえ、マルクスさんは結構、表情の変化ありますよ? ジャンヌのことや、魔法のことになると目の色変わりますし。娼婦がいると照れてますし」
「純潔の誓いがあるから、欲求不満なのかな?」
「かもしれませんね。でも、いやらしい目で見られたことはないですね。誠実な人ですし、見た目もいいですし、相手はすぐ見つかりそうですけど……」
「マルクスの好みが大人の女だからだよ。サルメや団長、アイリスにも興味なさそうだもん。当然イーナにも」
「ルミアさんがいなくなって、一気に平均年齢が下がってしまいましたね」
「それルミアに言うと怒りそう」
レコがケラケラと笑った。
「アイリスさんを探しましょう。マルクスさんはきっと10万稼げますね」
「そうだね。アイリスは絶対全部スッて泣いてるよ」
サルメとレコは再びフロアをうろうろして、アイリスを発見した。
「はい! イカサマしたでしょ! 押さえたからね! 黒服さん! この人イカサマやってるわよ!」
アイリスはちょうど、イカサマをやっていた男を捕まえて、黒服に引き渡していた。
そして黒服から謝礼金を受け取っていた。
「ホクホクだわ! イカサマ見つけるの超簡単!! 謝礼だけで10万いけるわね! これでアスラへの借金が減らせるわ!」
アイリスは上機嫌でテーブルからテーブルへと移動した。
「……なるほど。アイリスさんの動体視力なら、イカサマを見破るのは確かに簡単でしょうね」
「そういう方法で稼ぐんだね。アイリスのくせに生意気だよ」
「私たち、どうしましょう?」
「感触あるんだよね?」
「はい……。勝てそうな気はしています……」
「何するの? ギャンブルじゃないよね?」
「大勝負、です」
「大勝負……面白そう」
「え?」
レコの言葉に、サルメは驚いた。
「何?」
「いえ、そういう見方もあるんだなぁ、と思って」
大勝負。
つまり、勝てばいいけれど、負けたら火傷じゃ済まない。
サルメはどうしても、負けた時のことがチラつき、楽しいと思えなかった。
でも、レコは違う。勝つか負けるかは脇に置いて、勝負そのものを面白そうと言った。
「よく分からないよ、オレ」レコが肩を竦めた。「大勝負って面白い以外に何かあるの?」
「いえ。いいえレコ。それがきっと、愉快な傭兵団の基本でしょう。面白いからやる。それでいいと思います」
サルメも少し、楽しい気持ちになった。
やってみたい。試してみたい。
「で、何やるの?」
「1万ドーラ持って入って、10万ドーラ持って出ればいいんですよね?」
「そうだよ?」
サルメはレコの耳元に口を寄せ、ゴニョゴニョと作戦を言った。
「サルメも悪人だよね、何気に」
「レコも共犯です。ダメだった時は、一緒に怒られましょう」
「いいよ。それでやってみよ。最初は何から? ってゆーか、オレほとんど役割ないよね」
「アスラ式プロファイリングで、勝率がどの程度あるか確認しましょう。みんなの性格診断です。さすがに勝ち目が低すぎるなら、やらない方がいいですから」
「サルメが楽しそうな顔になって良かった」
「はい。私も、楽しく生きていきたいです。自由に。今から実践です。失敗したら、楽しく団長さんに殴られましょう!」
サルメが拳を握って突き出す。
レコも拳を握って、サルメの拳にコツンとぶつけた。