10話 アスラ・リョナこそが世界最大の脅威 少なくとも、わたしはそう思うわねー
エルナは震えた。心底から震えた。
怖い。アスラ・リョナが怖い。
「そんなの……そんなの無敵じゃない……。知らない間に、爆発物が仕込まれてるなんて……想像しただけで寒気がするわよ……」
アイリスが言った。
アスラが立ち上げた新性質、変化に対して言ったのだ。
正確には、その使い方か。
「そうでもない。第一に、狙った場所に魔法を発動させるのは割と高等技術なんだよね」アスラが言う。「最初の生成魔法も、ノエミの服と肌の間、タイツと足の間とかにピンポイントで花びらを生成したんだけど、これが本当に難しい。動きながらだと至難の業。私でも戦闘開始前でないと無理かな」
「自分も、【水牢】を使う時は基本的に立ち止まっている」
マルクスはサルメとレコに言った。
サルメとレコが頷く。
「名乗らねーけど、団長って一応、大魔法使いだからな」ユルキが笑う。「ちなみに俺らでも、自分の掌とかなら、動きながら全然余裕で発動可能だぜ?」
これも、サルメとレコのための補足。
《月花》はこうやって、要所で知識の共有を図っている。
「そ。あくまで離れた場所にピンポイントで発動させるのが難しい。大ざっぱでいいなら、まぁすぐできるようになるね」アスラが言う。「第二に、魔法兵なら躱す。というか、最初の仕込みの時点で気付くよ。あと勘のいい奴と知ってる奴も」
「……何言ってんのよ、魔法兵なんて他にいないじゃないの。やっぱり無敵の魔法よ」
「知ってる者が少ないから、今は通用しやすい、というだけだアイリス」アスラが溜息を吐く。「私らが活躍すれば、必ず真似する連中が出てくるし、対策を取られる。まぁ私はその対策の更に対策もするがね」
「つーか、誰か忘れてねーかアイリス」とユルキが笑う。
「忘れているな」とマルクスが頷く。
「敵に魔法兵いるんだけど」とレコ。
「それも最強の魔法兵が」とサルメ。
「ルミアのことかしらー?」エルナが言う。「もしかしてアスラちゃん、想定してるの? 最初から、魔法使い……いえ、魔法兵と戦うことも、想定しているの?」
「当然だ。当然のことだエルナ」アスラがニヤッと笑う。「私たちこそが魔法兵。魔法への対策は他の誰よりも完璧だよ。まがい物の魔法兵の魔法なんて、私らに通用するものか。いつか、いつの日か魔法兵と戦うことも私は想定している。証拠を見せよう。躱さなきゃ殺す」
アスラが指を弾くと、ユルキが右脚を下げた。
さっきまでユルキのブーツがあった位置に、花びらが一枚落ちる。
「【地雷】じゃねーから、飛ばなかったっす」
「ほう」
アスラが笑って、ユルキが後方に飛んだ。ユルキの近くにいたイーナも飛んだ。
次の瞬間に花びらが爆発。
「……変化は、もう見たから……」
「さすがに躱すわな」
「ちょっと待ってよ」アイリスが言う。「なんで躱せるのよ? ユルキとか花びら見る前に足下げたでしょ?」
「自分たちは魔法の発動を察知できる。いずれ、アイリスもできるようになる。見てから避けていては遅い場合もあるからな」
「そういうこと。よって、私の魔法は無敵じゃない。割と簡単に躱せる。それに、この変化なんだけど、属性によっては何の意味もなかったりするから悲しいね。今のところ、生成魔法を途中で攻撃魔法に変化させるだけなんだよね」
「あー、それ思ったっすわー」ユルキが苦笑い。「俺とか火しか作れねーし、攻撃魔法も火だし、火を火に変化させてどうすんだって話で」
冗談じゃない、とエルナは思った。
割と簡単に躱せる?
それは魔法使いだけの話だ。いや、魔法使いで更にフィジカルも鍛えている場合に限られる。
要するに、魔法兵にしか躱せないじゃないか。
あるいは、対魔法兵用の訓練を積んだ者。だが今のところ、それもアスラたち以外にいない。
向こう10年は猛威を振るうことができる。少なくとも、アスラに限れば。
なんて恐ろしい。
エルナの想定より、アスラはずっと賢い。信じられないぐらい先を行っている。
そもそも、魔法の新性質を作ろうなんて考えがぶっ飛んでいる。
「まぁ、まだ確立したばかりの性質だし、今後、他の性質間の変化や、属性に関係する自然界の物質の変化も試してみるつもりだよ」
それは。
道ばたに咲いている花を、突然爆発させるということ。
可能なら、恐ろしい考え。
「素晴らしい!」マルクスが力強く言う。「これは偉業であります! 団長! すぐに魔法書を出版するべきです!」
「ああ、そうだね。落ち着いたら、その方向に動くよ。ククッ、歴史の1ページに私の名が刻まれるということか。素晴らしいね」
「団長が歴史に残る!」レコが嬉しそうに言う。「オレはそのお婿さんとして残る!」
「じゃあ私は団長さんの愛人として残ります!」
「いや。君たちちょっと冷静になりたまえ。お婿さんと愛人? いやいや、普通に君らも魔法兵として名を残せ。ビックリしたじゃないか」
「団長、この2人は割と楽して強くなろうとか、楽して名を残そうという気持ちがあるようです」マルクスが言う。「根性を叩き直した方がいいのでは?」
「そうだね。2人とも処女切ったし、訓練のレベルを引き上げよう」
アスラが言うと、サルメがビクッと身を竦めた。
レコは特に反応しなかった。
「だったら、全員英雄選抜試験に出たらどうかしらー?」エルナが言う。「自分の実力がどの程度なのか、把握できるわよー?」
アスラは危険だ。最上位の魔物並に危険。実力も思想も、何もかもが劇薬。
側に置いて管理しなくては、とエルナは強く思った。
自由にさせてはいけない。アスラを自由にさせては、いつか世界が滅ぶかもしれない。そんな風に思えるほど、強烈な恐ろしさがある。
「まだ言ってるのかいエルナ」アスラが笑う。「出ないと言っただろうに。それに、サルメやレコが出たところで、一次すら通過しないだろう?」
「いつか通過できたら、それがそのまま成長した、ってことだわー。分かり易いじゃないのー」
「そうだね。確かに分かり易くはあるね。ただ、マルクスはもう二次まで通ってるし、アイリスは英雄。出るならユルキ、イーナ、サルメ、レコの4人かな。ユルキとイーナは二次さえ通れば英雄候補になれるだろうね」
「げっ、それ命令っすか?」
「……めんどい……。命令じゃないなら、断る……」
「と言っても、日程的に次は三次なのよねー」エルナが言う。「だから出られるのはマルクスと、アスラちゃんねー」
「は? 私は英雄候補じゃないぞ?」
「これ渡したかったのよねー」
エルナが暗い茶色のベストの裏ポケットから封書を取り出し、アスラに渡した。
アスラが中身に目を通す。
「……一次合格通知? いつ受けたんだい私は」
「よく読んでー。英雄3人の推薦で免除合格よー」
「エルナ、アクセル、それからアイリス?」
アスラがアイリスを睨み付ける。
「だ、だって、アスラって強いじゃない!? でも英雄のレベルにあるって言っただけよあたし!」
アイリスがエルナを見る。
エルナはニコニコと笑った。
何がなんでもアスラ・リョナは制御する。
強引にでも側に置く。少なくとも、手の届くところに。
英雄という鎖で縛っておく。
「二次はわたしが担当したことにして、合格にしとくわねー」
「それ不正だろう?」とアスラ。
「いいのよー。面と向かってわたしとアクセルに文句言える子いないものー」
本当は何人かいる。
けれど、アスラの強さを見たら黙るはず。
大英雄を魔法のお披露目代わりに惨殺するような少女なのだ。
アスラを側に置くべきという意見は通る。
というか、他の英雄たちを説き伏せる自信が、エルナにはある。
「まぁ出ないがね」
「出てもらうわよー? わたしを立会人にしたくせに、わたしの合図を待たなかったし、ノエミを殺されると困ると言ったのに、殺したわー。おかげで貴重な情報源を失ったのよー? 傭兵として、その辺りの責任はどうするのー? わたしたち、共闘関係なのよー? そうよねー、マルクス?」
「う……」とマルクスが言葉に詰まった。
「そんな報告受けたかなぁ?」ニヤニヤとアスラが笑う。「マルクス? 報告は大切だと教え忘れたか私は?」
「いえ、すみません……昨夜はバタバタしていたので……」
「ふん。今回罰を受けるのは私とマルクスのようだね。私は雑魚に拉致された罰で、マルクスは報告を怠った罰だ。共闘関係自体は問題ない。フルマフィ撲滅には最善だと思っての行動だろう?」
「はい……。こちらにも都合がいいかと……。報告忘れは本当に申し訳ありません」
マルクスは大きな身体を小さく丸めて項垂れている。
「なんだかんだ、団長いつも罰受けてて笑う」レコが言う。「今度こそいっぱいエロいことする」
「つーか、毎回罰受けるのが団長と副長ってどーなんだ?」
「……どーなんだろね……」
ユルキが苦笑いして、イーナが溜息を吐いた。
「それでー? 出てくれるわよねー? 傭兵って信用が大切でしょー?」
「……ちっ、1回だけだよ? それで共闘関係の君の意見を無視した件はチャラ」アスラが言う。「マルクスが最初に共闘関係を報告してくれていたら、私は情報を聞いてから殺したのに」
アスラがマルクスを睨む。
マルクスは更に小さくなった。
「てゆーか、なんで何も聞かずに殺したのよ? しかもあんなに残虐に……」
アイリスが不思議そうに言った。
「聞く価値すらないね。それほどのクソ女ってことさ。というか、あいつ簡単にジャンヌを売ろうとして面白かったね」
「本当それっすね」ユルキが楽しそうに言う。「クズオブクズってとこっすね」
「でも……サッパリした」
イーナが晴れやかな笑顔で言った。
「はい。ザマァミロ、と思いました」とサルメ。
「団長、あっちの2人はどうするの?」
レコが部屋の隅で震えている修道女を指さす。
「逃がしてやれ。昨日聞いた以上のことは知らないだろう。私らの恐ろしさ、特に私がどういう人間か広めてもらう」
修道女たちはジャンヌの居場所を知らない。まぁ、下っ端なので当然だが。
「それでー? これからどうするのかしらー?」
アスラたちの動向を知っておきたい。
アイリスが監視をしていると言っても、アイリスはエルナほど賢くない。
事前に知れることは知っておきたい、というのがエルナの本音。
「うん。せっかくラスディアにいるんだし、少し遊ぼう。それから訓練して、予定通りアーニアを目指す。ラスディア滞在中に新しい情報が得られたら、それを加味してまた考えるよ」
「……やった、カジノ行く……」
イーナがガッツポーズ。
「いいね。みんなでカジノ荒らしだね」アスラが笑う。「それからエルナ、悪いけど、イルメリを家まで送ってやってくれ。たぶんもう、私には寄りつかない」
「いいわよー。じゃあ、ここの後始末よろしくねー? 中央の英雄たちがノエミの死体を引き取りに来ると思うわー。鳩を飛ばしておくから」
「後始末なんてしないよ? 私らはこのまま出る。死体を回収するなら勝手にしたまえ」
◇
アスラの予想と反して、イルメリはアスラに会いたがった。
だから、アスラは会った。
というか、エルナが宿に連れて来たので、ほとんど不意打ちのような状態で会うことになったのだ。
ここは宿のロビー。周囲に《月花》の関係者以外はいない。
他の客がいると不便なので、貸し切ったからだ。
「アスラお姉ちゃん……、イル、お姉ちゃんのこと忘れないよ?」
「ああ。私もイルのこと忘れないよ」
もう会うことはないだろう。
アスラとイルメリの道は違いすぎる。
「首ナシ死体は、忘れたいけど」とイルメリが少し笑った。
「だろうね。悪かった」
「ねぇアスラお姉ちゃん、イルをいっぱい励ましてくれてありがとう」
「ああ。イルも私の話し相手になってくれてありがとう」
「歌いながら帰るね! すかーぼろーふぇあ!」
「ああ。いい歌だろう? さよならイル」
アスラが手を振り、イルメリも手を振った。
エルナがイルメリの手を繋ぎ、宿を出た。
「信じられないようなクズと、信じられないような無垢な少女と会った」アスラは独り言のように言った。「これだから、世界は面白い。前世の世界も好きだけど、私はこの世界が好きだよ」