9話 私は魔法の歴史を変える 今日はその一歩目さ
アスラたちのサプライズに、ノエミは硬直していた。
綺麗に等間隔に並べられた、20体近い亡骸。
死の匂いと血の臭い。
これは異常だ。
特に、この状況で笑顔を浮かべているアスラ・リョナは異常者だ、とノエミは思った。
そんなノエミの姿を見て、アスラと団員たちは少し楽しい気分になった。
この広間には、アスラたち《月花》の面々とエルナ、アイリス、それから生け捕りにした修道女が2人とノエミ。
イルメリは昨夜、エルナが憲兵団の屯所に預けた。
ラスディア王国の憲兵は怠惰だが、さすがに大英雄エルナの預けた子供を無下に扱うことはない。
ちなみに、修道女2人は部屋の隅の方で正座し、ガタガタと震えている。
2人が知っている全ての情報を、アスラたちは聞き出した。
「ノエミ。あなたの悪行も終わりよー」エルナが言う。「大人しくしているなら、痛い目に遭わずに済むわー。あなたには色々と、吐いてもらいたいものねー。ジャンヌのこととか」
ノエミとジャンヌに繋がりがあることも、すでに聞き出している。
この教団が本当にジャンヌの手足となって動く集団だということも。
正確には、集団だった、だが。
「エルナ・ヘイケラ……なるほど」ノエミが少し笑った。「アスラの後ろ盾は貴様か。貴様がバックに付いているから、調子に乗っていたということか。ふん。種が分かればどうということもないな」
「あらあら? わたしは何もしてないのよー?」
エルナが肩を竦めた。
「ふざけるな。貴様こそ、悪行は終わりだエルナ」ノエミがエルナを睨む。「傭兵団《月花》を使って何がしたいのか知らないが、この惨殺は貴様の指示だろう!?」
「わたしが指示したことになってるわー。困ったわねー。わたし、傍観していただけなのだけどー」
「つーかさ」ユルキが言う。「お前らって、惨殺されても仕方ねぇべ? そんだけのことしたろ?」
「そう……」イーナが強く頷く。「……女の子たちを……何人も嬲り殺した……」
「それも、神様に見立ててね」アイリスが酷く怒ったように言う。「アスラたちもクズだけど、あんたはもっとクズよ」
「お前たちの行いは正直、虫酸が走る」マルクスが顔を歪めた。「そっちの2人が全て吐いた。よくもあれほど残酷なことができるものだな」
拉致した少女たちの使い道は、一般人が聞いたら卒倒するような内容だった。
「それを団長にもしようとした」レコが言う。「正直、興奮するけどお前は死ね」
「罪の共有による結束」アスラが言う。「恐怖での支配。いやぁ、三流の悪党がよく使う手だね。君のことだよ、ノエミ。ちなみに、死体を捨てた場所も全て吐かせた。君はもう、罪から逃げることはできない」
「ふん。それがどうした? 責めれば我が反省するとでも? 我らが神はジャンヌ様ただ1人。銀色の神など不要。それを信者どもにすり込むため、少女らを神に見立てて殺した。だからどうした? 順当に行けば称号の剥奪だろう? 大英雄などに未練はない。ジャンヌ様のために、色々と都合が良かったというだけのこと。だがその後、誰が我を裁く? 貴様らか? ん? 槍さえあれば、我1人で貴様らなど全員串刺しにしてくれるわ」
ノエミの視線の先には、槍が転がっている。
その槍はアスラたちが事前にこの部屋に運んでおいたもの。
きっとノエミの物だろうと思って親切丁寧に心を込めて床に転がしていた。
「だそうだ」アスラが肩を竦めた。「おいサルメ。槍を渡してやれ」
「はい団長さん」
サルメは槍を拾い、ノエミに近寄った。
「どうぞ」
サルメが両手で槍を渡す。
「くははっ! 貴様ら! 我の実力を見誤っているぞ!? エルナがいれば勝てるとでも!? この室内で弓使いのエルナが十全の力を出せるとでも!?」
ノエミは槍を受け取り、すぐにクルッと槍を回し、石突き付近の柄でサルメの横腹を下から斜め上へと殴打。
サルメの身体が派手に宙を舞うが、サルメは床に落ちる時にちゃんと受け身を取って、すぐに起き上がった。
「痛いじゃないですか……」
サルメは涙目で言った。
「ほう。力の方向に逃げたか。さすが傭兵と褒めてやろう。まぁ、我も相当手加減をしてやったからな」
ノエミが笑いながら言った。
サルメは打たれる瞬間に、自分で飛んだ。だから派手に舞い上がったように見えたのだ。
「うん。サルメはいい感じに仕上がってきてるね」
アスラはウンウンと頷く。
メンタル的にも、そろそろ処女を捨てさせてもいい。
「さて、どこからでも来い雑魚ども」ノエミが上機嫌で言う。「皆殺しにしてくれる。人数が多いからと油断し、我に槍を渡したこと、あの世で後悔するがいい」
上機嫌なノエミとは対照的に、《月花》の面々は呆れたように顔を見合わせていた。
特に身構える様子もなく、肩を竦めたり、ノエミをバカにした風に笑っている。
「いやいや、アホなことを言うなノエミ」
アスラがやれやれと両手を小さく広げた。
「なんだってお前みたいな雑魚相手に、俺らみんなで戦う必要があんだよ?」
ユルキがケタケタと笑った。
「その通りだ。何か勘違いしているぞノエミ」マルクスが言う。「自分たちはお前とは戦わない」
「……団長1人で……余裕だし……。って、団長が言ってたけど……本当に余裕? 団長……大丈夫?」
イーナはやや心配そうに言った。
アスラは昨夜のうちに、ノエミは1人で倒すと宣言していた。
「あたし、ちょっと心配なんだけど」アイリスが言う。「アスラは強いけど、それでも大英雄相手に戦えるほどじゃないと思うわ」
「まぁ、私の正当な実力は、アイリスとそう変わらないぐらいだからね」アスラが言う。「アイリスと10回まともに戦えば、7回は私が負けるかな」
「ノエミはアイリスより強いわよー。心配だわー」
エルナが右手を頬に添えてから小さく息を吐いた。
「団長さんが大丈夫だと言ってますから、きっと大丈夫です」
「そうそう。団長が余裕って言うなら余裕」
サルメとレコはアスラを信頼し切っている。
「貴様ら……」ギリッとノエミが歯噛みする。「我を舐めるのもいい加減にしろ……」
「別に舐めてない。私は大英雄を甘く見たりしないさ」アスラが言う。「でも、私は君に決闘を申し込む。立会人はエルナだ。文句ないだろう?」
アスラの台詞に、当のエルナが「は?」と首を傾げた。
「思いつきだがね。面白いだろう?」アスラがノエミを見ながら言う。「もし君が勝ったら、君は逃げていいよ? 誰も君を追わない。いや、それどころか私が君のペットか奴隷になってあげるよ。他にも何でも望みを言いたまえ。必ず叶えてあげるから」
アスラの提案に、ノエミは数秒呆けてから、大笑いを始めた。
「腹が捩れるわっ! 全員で戦えば、可能性は低いが、我に勝てる道もあったかもしれんというのに! それを捨てるのか!? 決闘だと!? その自信はどこから湧いてくる!? エルナは腐っても大英雄、貴様の決闘を手助けしたりしないぞ!?」
「その通りよアスラちゃん」エルナが真剣な表情で言う。「決闘なら、わたしは誰の乱入も許さないわー。ちなみに腐ってないわよー?」
「あたし、アスラが1人で戦うとか言いながら、結局みんなが何かすると思ってたわ」
アイリスが少々引きつった表情で言った。
「いいよ別に。何の問題もない。元々、本当に1人で倒すつもりだったしね」アスラが肩を竦めた。「ほら、最近の私はちょっと団長の威厳が足りないだろう? ここらで回復しておかないとね」
「そんなことねーっすよ?」とユルキ。
「団長は……団長だし……」とイーナ。
「特に不満はありません。団長の威厳がないとも思いませんが?」とマルクス。
「ふむ。君らはよくても、世間一般の私の評価はたったの20万ドーラで、しかもお飾り団長だなんて言うんだよ? 威厳が足りていない証拠さ」
「団長は威厳より胸が足りて……いぎぃやぁ! いだぃいいぃぃ!」
レコがアスラに寄って行き、胸を揉もうとしたのだが、アスラがレコの手を思いっきり捻り上げた。
「真面目な場面だから控えろレコ」
「うぐぅ……痛いけど興奮した……」
レコは捻られた手をヒラヒラさせながら言った。
「まぁ茶番は終わりだ」アスラが真剣に言う。「ノエミ、望みを言え」
「ふん。ならば私が勝ったら、アスラ以外はみんな自決しろ。この場で」
「よし。じゃあそれで」
「ちょっとぉぉ!? 勝手に決め……」
騒ぎ立てようとしたアイリスの口を、マルクスが塞ぐ。
「黙ってろアイリス」ユルキが言う。「団長マジみたいだから、余計なこと言うと殺されるぞ? 団長の雰囲気が変わったことに気付け」
普段のアスラは、割とレコに甘い。
胸を触られそうになったぐらいで、手を捻り上げたりしない。
「そしてアスラ、貴様は生涯、我の奴隷だ。文句はあるまいな?」
「もちろん。それでいいよ」
アスラが軽いストレッチを始める。
「有り得んことだが、貴様が勝ったらどうする? 決闘は双方の望みを立会人に確認する必要がある」
「特にない。私が勝ったら君は死体だ。できることなどない」
「ノエミを殺されると困……」
「エルナ」イーナが言う。「黙って。……先に殺されたくなければ……」
「ふん。その根拠のない自信を粉々に砕いてやろう。愚か者め。我はアクセルのように貴様の花びらに触れたりしない。貴様のアドバンテージは魔法だけだ」
「愚か者はどっちだか。アクセルも君も、ちゃんと戦うことに慣れすぎている。私は君らのようには戦わない。ただ殺すだけ。よって、君は私の影すら踏めんよ」
「口だけは達者だな」
「私は最善を尽くした。すでに。君を舐めたりしなかった。でも、君は私を舐めて油断してる。これはとりあえず、さっきのサルメの分」
アスラが指をパチンと弾いた。
その瞬間に、ノエミの右腕が爆発した。
「ぎぃやあああああぁぁあっぁあぁあああああ!!」
右腕を失ったノエミが床をのたうち回る。
自慢の槍が虚しく床を転がる。
「ちょっとアスラちゃん!? まだ合図は……」
「うるせぇ、つってんだろうがエルナ」とユルキ。
「誰がこんなクズ相手に決闘なんぞするものか」とマルクス。
「……油断させただけだし……」とイーナ。
「油断って何よ!?」アイリスが言う。「決闘でしょ!? 油断って何のことよ!?」
「分かりませんか?」サルメが言う。「決闘って、相手が真面目な人じゃないと成立しないんですよ?」
「合図があるまで攻撃されないから、油断するよね、決闘って」レコが言う。「オレたちみたいなロクデナシなら、そこに付け入るよ?」
「ははっ! 戦えば君の方が強いのにね! 戦えない、ってどうだい!? さぁ、次は君が今までに殺した少女たちの分だよ!」
アスラが指を鳴らす。
今度はノエミの左腕が消し飛ぶ。
「な、何をしているの!? 魔法なの!?」
エルナはなぜノエミの腕が千切れているのか理解できない。
エルナの知る限り、アスラの攻撃魔法は花びらを爆発させるもの。
爆発はしているが、花びらなんかどこにも見えない。
「俺らも分からねーよ」ユルキが言う。「魔法が発動してんのは察知できるがよぉ、これ何だ? 俺知らねぇぞ?」
「よく見ておけアイリス! これが私らの殺し合いだよ! そして、かつてのジャンヌの分だノエミ!」
今度はノエミの右脚が爆散。
ノエミは奇声を発しながら転がり回る。血と肉が周囲に飛び散って酷く異様な景色が浮かんでいた。
「さて、次はいよいよ……」
「待て! 待て!」ノエミが泣きながら言う。「殺さないでくれ! 待ってくれ! ジャンヌのことを話す! だから待って!」
「まだ人の言葉を話せるだけの理性があるんだね」アスラが笑う。「そんな姿になっても生きていたいのかい? でも残念。君は死ぬ。だって君、少女たちも命乞いしただろう? 君だけ助かるなんてそんな都合のいいこと起こるわけない」
アスラが指を弾き、ノエミの左脚が爆裂した。
「あ、今のは私に20万ドーラなんていうクソみたいな金額を付けた分だよ? って、もう聞こえてないか」
ノエミは意識を失っている。だがまだ死んでいない。このまま血が流れれば、放っておいてもすぐに死ぬ。
けれど。
「サルメ。真剣の使用を許可する。トドメを刺せ」
「はい団長さん!」
サルメはとっても嬉しそうに返事をした。
「これを使え」
マルクスが自分の剣を抜いてサルメに渡した。
サルメは両手でしっかりその剣を握り、四肢を失ったノエミの近くに立つ。
そして剣をノエミの胸に突き立てる。
「そのまま墓標にしておけ。マルクスには私が新しい剣を買ってやる」
「いえ、予備が拠点にありますので、別にそれで」
「やったねサルメ」レコがサルメに寄って行って、肩を叩いた。「サルメも処女捨てたね」
「はい。やっとレコに追いつきました」
サルメは少し興奮した様子だった。
レコの時のような冷静さはない。肩で息をしているし、頬が赤い。
それでも。
私の見立てに間違いはなかったか、とアスラは思った。
メンタル的な意味だ。大森林経験前のサルメなら、取り乱すか、トリガーハッピーのようになって、相手が肉塊になるまで剣を突き立てただろう。
この場合、ソードハッピーの方がしっくりくるかな、とアスラは思った。
「……いくらなんでも、酷すぎる……」アイリスが嗚咽混じりに言った。「やりすぎよ……。手段も、よく分からないけど……卑怯だし……相手がクズだからって、あんまりよ……。こんな卑怯で一方的な決闘、見たことも聞いたこともない……。これがあんたたちのやり方だって言うなら……あんまりにも……」
「泣くなよアイリス。これが俺らだ。試合じゃねー。殺し合いが生業なんだよ。殺し合いに卑怯もクソもねー。生き残った方が強い、そんだけだ」ユルキが言う。「つーか団長、何やったんっすか? 今の【地雷】じゃねーっすよね?」
「これさ」
アスラが人差し指を立てると、花びらが一枚、ヒラヒラと床に落ちた。
アスラはそれを踏んでみせるが、爆発しない。
アスラが足を退けると、花びらはそこにあった。
別に当然のことなのだが、団員たちは首を傾げた。
「つまりどれさ?」とレコ。
「これは普通の花びら。生成魔法で作った花びらなんだけど、ククッ、いいかね?」アスラが楽しそうに言う。「私は今日ここに、新しい魔法の性質を確立したことを宣言する」
アスラが指を鳴らすと、さっきの花びらが爆発した。
「攻撃、支援、回復、生成、そして今日加わるのは、変化」アスラは勝ち誇ったような表情で言う。「どうだい諸君。尊敬したかね?」
「す、素晴らしい……」
マルクスが半泣きで言った。
「すげぇ、マジかよ……、俺、もしかしてとんでもねぇ人の仲間になったんじゃね?」
「……魔法の、新性質……信じられない……何百年単位で、増えてなかったのに……」
「よく分かりませんが、すごそうです」とサルメ。
「オレもよく分からないけど、団長すごい」とレコ。
「ちょっと待ってよアスラちゃん」エルナが言う。「普通の花びらを、最初から仕込んでいて、途中で爆発物に変化させたってことなの?」
「そうだよ。察しがいいねエルナ。外で会った時に仕込んでおいた。ノエミが気付かなかったから、そのまま使った。途中で気付かれないよう念のため、油断もさせた。油断していると細かいことに気が回らないからね」
「自分は、自分は団長を抱き締めたいであります!」
ついにマルクスが感動のあまり泣き出した。
「ちっ、一回だけサービスだマルクス。魔法にロマンを感じる者同士だしね」
アスラが両手を広げると、マルクスがアスラを抱き上げる。
「おいマルクス! 痛いじゃないか! バカみたいな力で締め付けるな! 怪力を自覚しろ! うっかり私の背骨をへし折る気か!?」