7話 私を拷問できないなら死ね 役に立たない奴はいらないんだよ
粗末な夕食が終わると、修道女たちがアスラとイルメリの服を脱がし、丁寧に身体を洗った。
アダの手つきがいやらしかったので、アスラは少し嫌な感じがした。
アスラの身体はまだ性欲に目覚めていない。下ネタやセクハラは好きだが、性的欲求とは結びついていない。今は、まだ。
それから何時間かして、イルメリがスヤスヤと寝息を立て始めた。
アスラは相変わらず、拘束されたまま。
「もう2時間もないくらいかな」
団員たちがオーダーを実行する時間のこと。
と、足音が聞こえた。
「アダの足音だね」
アスラが呟く。
アダの足音は何度も聞いたし、歩き方も見た。だから間違いない。
足音が地下牢の前で止まる。
やはりアダだった。
アダは牢の鍵を開け、薄暗い地下牢の中に入った。
廊下に松明があるので、暗闇というわけではない。
アスラは真っ直ぐにアダを見ていた。
アダもアスラを見ている。
「何か用かね?」アスラが言う。「私は大人しくしていたはずだが?」
「疼きます」
アダは淡々と言った。
「何が?」
「私はあのお方に調教され、いつしか女でなければイケない身体になってしまいました」
「ほう。たぶん思い込みだよ。元から女好きというわけじゃないなら、きっと男に戻れるよ。筋肉ムキムキのイケメンと、細身のイケメンならどっちが好きかね? オプションでソシオパスの子供も付けようか?」
アスラは小さく笑いながら言った。
アダはアスラの質問に答えず、その場で修道服をスルリと脱いだ。
「おいちょっと待ちたまえ。疼くって、もしかして私に相手をしろって意味か?」
アスラが言うと、アダが強く頷いた。
「おいおい。私は確かに美少女だけれど、13歳だよ? いや、13歳にしては小さいだろう? それとも、君は小児性愛者かい?」アスラが苦笑い。「言っておくが、小さいというのは胸のことじゃない。全体的にだよ?」
アダは何も言わず、下着も全部その場で脱いだ。
それからチラリとイルメリを見た。
イルメリはよく眠っている。だがアスラとの距離は近い。アダが喘いだら起きる可能性が高い。
「他の修道女と寝ればいいだろう? なぜ私だ?」
「自分で言ったでしょう?」アダが笑う。「あなたは美しい。私は美しい者を鳴かせたいのです。それに、修道女たちとは普段から寝ていますので」
「はん。カルトらしく乱交でもしてるのかい?」
アスラが肩を竦める。
アダはアスラに近寄り、拳でアスラの顔を殴りつけた。
「鳴かせたいって、もしかして泣かせるの方かい? 涙を流せ的な?」
「私たちはカルトではありません。《人類の夜明け教団》は、ジャンヌ様の救済を手助けするべく、あのお方が立ち上げた神聖な団体です」
「いやカルトだよ。頭がどうかしているね」
「くっ……」
アダは唇を噛みながら、再びアスラを殴りつけた。
アスラの唇の端が切れ、血が流れた。
「カルトじゃないなら、教えろ。救済って?」
「新世界秩序です」
「ほう。自分が法律になる、という意味かね?」
「我が神、ジャンヌ様は世界の現状を憂い、創造し直すことにしたのです」
「よく分からないな。別にジャンヌが世界を創ったわけでもないだろうに」
「はい。邪神ゾーヤが創造した歪な世界を、ジャンヌ様が正すのです」
アダはアスラの頬に手を添え、それからゆっくりと顔を近づける。
ペロリ、とアダがアスラの血を舐めた。
アスラはぞわぞわした。
気持ち悪い、と思ったけれど、それを表には出さない。
「邪神、ね」アスラはそこから推理を進める。「確か銀髪だったよね? 銀色の神と言われているぐらいだし。ということは、私とイルメリはゾーヤの代替品、かな? きっと嬲り殺すんだろうね」
「もういいでしょう?」
アダが膝を突いて、アスラの服に手を入れる。
「よくない。私が誰と寝るかは私が決める。私は女が好きだし、君はブスじゃない。前世なら、普通に寝ただろうね。でも今はダメだよ」
「そんな権利はありません」
アダの手が、アスラの胸に触れる。
まぁ、胸に触られたぐらいで取り乱すアスラではない。
散々レコに触られているのだから。
しかもレコは触っておいて小さいと文句を言う。
「私にはまだ性欲がない。くすぐったいだけだよ」
「すぐに、良くなります」
「まだ少女だった頃に、そう言われたのかね?」
アスラが言うと、アダの動きが止まる。
「なるほど。君が犯されたのは13歳前後? 10年近く前? 私ぐらいの時だろう? 君は小児性愛者ではない。ただ、その時をなぞっているだけだ」
「くっ……」
アダが表情を歪め、アスラの服から手を抜いた。
「修道院に入って、先輩修道女にやられたのかな? 修道服はカルトの衣装というわけじゃないだろう? 本物っぽいんだよ、君たちは。全員同じ修道院の出身?」
半分は勘。証拠があるわけじゃない。
本物っぽい、という感覚だけ。
「うるさい……。あのお方を悪く言うな……」
「悪く言ってないはずだけどね」やれやれ、とアスラが小さく息を吐く。「そんなに取り乱して、敬語が消えてるよ? 全裸で狼狽している姿は割と面白いよ?」
「黙って」
アダがアスラの腹部に拳をめり込ませる。
「ははっ……結構きくね。体術やってるね? もちろん、武器も何か使えるんだろうけどね。ってゆーか、あのお方……教祖様は先輩修道女なんだね。つまり女の英雄。ふぅん。1人、心当たりがあるよ」
英雄で修道院出身。
女が好きな女。
「あぁ、余計なことを……余計なことを……」
アダが両手で頭を抱えて首を振った。
「ふむ。そんなに怖かったのかね? まだ無垢だったから? ああ、今も怖いんだね? 逆らうとお仕置きされる?」
虐待と性的虐待。
それらが続くと、大抵は無力感と無価値感に蝕まれる。
そして従順な人形のようになってしまう場合がある。
サルメが少し近いか、とアスラは思った。
サルメが傭兵になったのは、結局のところ、無力感をねじ伏せたかったから。
何者かになりたいと願うのは、無価値感への叛逆。
「逆らいません……私は、ノエミ様には逆らいません……」
アダは両手を胸の前で組んで、お祈りするように言った。
「ノエミ・クラピソン。どこまで行っても、クズはクズだね」冷めた口調でアスラが言った。「自由にしてあげようか?」
「私に、自由などありませんっ」
アダがアスラを睨んだ。
「ノエミの言うままに、ノエミの信じる神を信じた、ってとこかね? 君、本当はジャンヌの救済を信じていないだろう? 世界を作り直す? ははっ、世迷い言もいいところだね」
アスラが言うと、アダは首を大きく横に振った。
「信じています……もちろん信じています……。ノエミ様のために生きて、ノエミ様のために死にます……。ですから、ノエミ様の信じるジャンヌ様を信じます……」
「泣きそうな顔で言うなよ。君はノエミが怖いだけだ。自由にしてあげるよ? ノエミの呪縛を解いてあげよう」
ククッ、とアスラが笑った。
アダがビクッと身を竦める。
「ほら、目を瞑って。楽にしてあげるから。君はノエミのために生きてきた。もういいだろう? ノエミのために死ぬことはない」
しかしアダは目を閉じなかった。
「いいだろう。分かったよ。でも、君が死ぬのはノエミのためじゃない。私が君を殺そうと思ったからだ」
アスラが指をパチンと弾くと、アダの頭が吹き飛んだ。
攻撃魔法【地雷】。威力は低い。花びら一枚で人間の頭をバラバラにできる程度。
でも十分なのだ。頭がなくなれば、人は死ぬのだから。
血肉が飛び散って、イルメリが飛び起きた。
「これで自由だろうアダ? 良かったね。あの世で私に感謝したまえ。お代は結構だ」
アスラが淡々と言った。
イルメリは周囲を見回して、首ナシ死体となったアダを見つけて悲鳴を上げた。
「おっと、ごめんよイル。変なものを見せてしまったね。心の傷にならなければいいのだけど」
イルメリはアスラの言葉を聞いていない。
叫びながら地下牢の隅の壁に走って逃げて、そこで頭を抱えてうずくまった。
「ははっ、本当にごめんよイル。君は綺麗なまま、家に帰してあげようと思っていたんだけどね。本当だよ? ククッ、でも私は割と気まぐれでね。首ナシ死体を見た件は自分で乗り越えたまえ」
と、修道女たちが数人、地下牢の前まで走って来た。
爆発音はそれほど大きくなかったが、そのあとのイルメリの悲鳴はかなり響いたはず。
地下牢なので、建物の外にまでは漏れていないか、とアスラは思った。
「アダ様!?」
「どうして!?」
修道女たちが混乱した様子で言った。
そして続々と修道女たちが集まる。
「ほう。君たち、首がなくなってもこの死体がアダだと分かるんだね。なるほど。寝ていたというのは本当なんだね」
修道女たちは身体で誰か判断した、という意味。
修道女たちは最終的に5人まで増えた。
「貴様がやったのか!」
「拷問部屋に連れて行きましょう!」
修道女がすごい剣幕でアスラの髪を引っつかんだ。
別の1人が床と繋がっている鎖を外す。
修道女はアスラを引きずるように地下牢から出して、別の部屋へと連行した。
修道女たちは怒っているけれど、ちゃんと牢に鍵をした。イルメリが逃げないように注意したのだ。
「はん。カルトっぽくていい部屋だね」
その部屋には拷問用の色々な器具が用意されていた。
何度か使われた形跡もある。
恐らくは、命令違反の罰などで使用したのだろう、とアスラは思った。
「お前がアダ様を殺したのか!?」
「そうだよ。だから?」
アスラは少し笑った。
これから自分がどんな目に遭うのか想像して、ゾクゾクする。
修道女の1人がアスラを殴った。
他の修道女も釣られるようにアスラに暴行を加える。
「おいおい……せっかく色々な道具があるんだから、使いたまえ。その方がきっと楽しい」
素手でいくら殴られても、アスラはあまり楽しくない。
アクセルぐらいギリギリの力加減で殴ってくれるならまだしも、修道女たちの腕力では気絶することもできやしない。
修道女の1人が、他の修道女たちを手で制した。
暴行が止む。
「そうそう。それでいい。そうだなぁ」アスラは室内を見回す。「鞭は普通すぎるから、そっちの焼きゴテで遊ぼうか?」
この部屋に殺すための器具はない。
あくまで罰を与える部屋だ。
「針も悪くないね。お、そっちにあるのは有名な三角木馬というやつかね? ぜひ乗ってみたい。最初はそれでどうだい?」
アスラは心底嬉しそうに言った。
「他にも、使い道のよく分からない道具がいくつかあるね。どうせだから、全部試そう! どれか1つぐらい、私を泣かせることのできる道具があるかもしれない。もしあったら、持って帰ることにするよ。拷問訓練用にね」
アスラは気付いていなかった。
修道女たちが怯えていることに。
アスラの笑顔が凶悪すぎて、震えていることに。
「普段、君らがこの部屋を使う時って、まぁたぶんそれなりに手加減するんだろうね。しかし、私に手加減は不要だよ。全力でやりたまえ。殺す気でやっておくれ」
修道女たちが何も言わないので、アスラは「あれ?」と首を傾げた。
「どうしたんだい? 急いでくれ、あまり時間がないんだから」
団員たちが来てしまう。
「あ、あのお方の……指示を……仰いでからでも……」
「こ、拘束だけで……明日……指示を……」
修道女たちは表情が引きつっていた。
「ああ。悪いね。笑っていたか」アスラが言う。「なぜだろうね。私は美少女のはずなのに、私が笑うとみんなそんな風になる。安心していい。私は純粋に楽しみたいだけで、特に抵抗はしないし、君らも殺さない。まぁ、どうせ君ら、長生きできないしね」
殺す必要がない。どうせ団員たちが殺すのだから。
アスラはもう命令を下した。彼らはそれを忠実に遂行する。
修道女たちは動かない。まるで石化してしまったかのように。
「はん。期待だけさせておいて、それか」アスラは急に冷めてしまった。「クソつまらない。飽きたよ、ただ拘束されている状況にはね」
傭兵団《焔》に捕まってから、ずっと大人しくしていたのだ。
いい加減、ストレスが溜まる。
せっかく発散できる状況だったので、アスラはいい気分だったのだ。
「いいよ、もう。やっぱり今、死ね。私の役に立てないなら死ね。サービスタイムは終了だ」