表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/295

6話 私も新兵の頃はトリガーハッピーになったものさ 4歳だったしね


 アスラとイルメリは地下牢で一晩過ごした。

 朝になって修道女が2人の朝食を運んできた。

 拘束されていないイルメリがそれを受け取った。

 イルメリは白いワンピースに着替えている。アスラも同じ服だ。

 昨日、修道女たちが2人の身体を綺麗に洗ったあと、白いワンピースを着せた。

 その間、アスラだけは拘束されていた。そして牢に入ってからも。


「食べさせておくれ」


 アスラが自分の両手を持ち上げる。

 アスラの両手首には木製の枷。両足首にも同じ枷。更に足枷の方は鎖で地下牢の床と繋がっている。


「うん。あーんして」


 イルメリがパンを千切る。

 アスラが口を開けると、イルメリが千切ったパンをアスラの口に放り込む。


「イルメリは優しいね。あとで魔法を見せてあげるよ」


 アスラは上機嫌で言った。

 何気に、イルメリのことが気に入っているのだ。

 血生臭い世界とは無縁の、無垢な少女。住む世界が違いすぎて、拉致でもされなければ出会わないような相手。


「魔法!? 見たい見たい!」


 イルメリが無邪気にはしゃぐ。

 これから自分がどんな目に遭うのか、イルメリはきっと想像していない。

 だが、それでいいとアスラは思う。

 イルメリに手を出させるつもりはない。平和な場所で穏やかに暮らしていたイルメリを、クソみたいな世界に引きずり込んだ連中はみんな始末する。

 かつて、穏やかに暮らしていたアスラを呼び覚ました連中のように。

 なるほど、とアスラは思う。

 自分を重ねているのか。

 それはこっちの世界に生まれた、サイコヤローじゃないアスラの感情。

 前世と違って、今のアスラはキッカケがあれば感情が動くこともある。とはいえ、回数は多くない。3歳までの自分に関連する場合だけ。


 食事が終わると、アスラは生成魔法【乱舞】で数多の花びらを舞わせた。

 イルメリが喜んで花びらを追いかける。

 愛され、平和に生きてきたというのがそれだけでも分かる。

 戦いとは完全に無縁。

 自らの意思で戦いに身を投じたアイリスとはまた違っている。

 英雄を続けるなら、アイリスのお花畑はある程度修正しなくてはいけない。

 だが、イルメリの方はずっとお花畑でも問題ない。


「私は実は新しい魔法の性質を研究していてね」アスラが気分良く言う。「もうほとんど完成してるんだけど、発表のタイミングを見計らっているんだよね」


 荷馬車の中でも、アスラは花びらを一枚だけ生成し、コッソリ練習していた。

 そしてそれは実を結んだ。

 完璧ではないが、形にはなった。


「……イル、よく分かんない」


 イルメリが首を傾げた。


「いいんだよ。単純に新しい魔法を思い付いたってこと。思い付いて練習して、実際にできるようになった。魔法の可能性を開拓するのは本当に楽しくてね」


 ロマンだ。

 アスラは魔法にロマンを感じている。前世の世界には存在しなかった、新しい可能性。

 実に面白い。


「イルも魔法使える?」

「もちろんだとも。誰でも練習すれば使えるよ。まぁ、師匠は必要だね。お父さんに魔法使いを探してもらうといい」


 イルメリの父は商人で、色々な物を扱っている。その仕入れやら何やらで、留守にしていることも多いと、イルメリが話してくれた。

 お互いのことも、割と話した。

 イルメリがどこまで理解したかは不明だが、アスラは自分が魔法兵だということも話した。


「帰ったら頼んでみるね」


 イルメリが微笑んだ。

 でも、そのあとすぐに浮かない表情に。


「……心配してるかな……お父さんも、お母さんも……ぐすっ」

「大丈夫。必ず帰れる。私が約束する。絶対だよ。私は約束を守るタイプなんだよ。そうだろう? イーナ」

「……うん。今、連れて帰ろうか……?」


 牢の前に、修道服を着たイーナが立っていた。

 イーナに気付いたイルメリが、酷く驚いた表情を見せた。

 イーナは足音と気配を遮断していたので、一般人のイルメリは接近に気付いていなかったのだ。


「いや、連れて帰るのは明日以降だね」アスラが言う。「明日、教祖様が来るらしいから、それからでいい」


「……そう。じゃあ、鍵も……開けなくていい?」

「ああ。問題ないよ。よくここが分かったね」

「まぁ……依頼主の名前、知ってたから……。アダ・クーラ……。団長もう会った?」


 ラスディア王国のカルト教団所属のアダ・クーラ。そこまで分かっていれば、探すのはさほど難しくない。

 手段を選ばなければ特に。


「会ったよ。教祖様の右腕的な立ち位置だろう」

「あたしら……どう動こう?」


「それを聞くのかね?」ククッとアスラが笑った。「皆殺しだよイーナ。皆殺し。分かるだろう?」


「あい……。すぐやる?」


「今日中ってとこかな」アスラが笑う。「明日、教祖様が来る時には死体を並べておきたい。どんな顔するか、私はとっても楽しみだよ」


「……えっと、団長は参加しない?」


「マルクス副長のお手並み拝見といこう」アスラが言う。「オーダーは隠密。この国じゃ、よほどのことがないと憲兵は動かない。けれど、念のため周囲に気取られるな。あ、それと、やっぱり3人だけ生かしておこう」


「……誰でもいい?」


 イーナがコテンと首を傾げる。


「尋問用に2人と、1人はアダ・クーラ」

「了解……。マルクスに伝える……」

「それと、教祖様はたぶん英雄だね。アイリスか……エルナがいるならエルナに称号剥奪を検討させておくれ。明日、私が殺すから」

「……少女の拉致……と、たぶん殺してるから……問題ないと思う。でも……東の英雄?」


 ラスディアは中央フルセンと隣接している。よって、教祖が東の英雄とは限らない。


「さぁね。別に中央の英雄でも、アイリスかエルナが中央の大英雄と話せば問題ないだろう? まぁ、私が殺す方が先になってしまうが、そこはアイリスとエルナに庇ってもらうさ」


「了解……。そっちの件も……伝えとく……」


 イーナはスッとその場から消えた。

 本当に消えたわけじゃない。気配を殺して移動したのだ。

 イーナは元盗賊。潜入はお手の物。

 もちろん、アスラが潜入の訓練も施しているが。


「というわけだからイル、明日には帰れるよ」

「……うん」


 イルメリはどこか浮かない表情だった。

 アスラは不思議そうに「どうしたんだい?」と聞いた。


「……皆殺しって……アスラお姉ちゃん……言ったから……」

「ここの信者どものことだよ。イルは殺さないから大丈夫」

「そうじゃなくて……人、殺しちゃ……ダメだよ?」


 イルメリはおっかなびっくり、そう言った。

 アスラは息を呑んだ。


「そうか。そうだよね。私とイルは、住む世界が違うんだよね」


 なんて当たり前のこと。


「違わないよ?」イルメリが首を傾げた。「同じところに、いるよ?」


「物理的な意味じゃないよ」アスラが小さく息を吐いた。「懐かしい感覚だね、これは。前世の話なんだけどさ、私は生まれも育ちも戦場でね」


「ぜんせ?」


「前の人生、ってことだけど。まぁ理解しなくてもいいよ。私は戦場で産まれた。ネイビーシールズ崩れで傭兵の親父殿と、とある島国の戦場カメラマンの間に生まれたんだよ。そして4歳の時には親父殿に連れられて戦争してた。ははっ、あのバカ親父め、4歳の私にAK担がせやがった。重いって話さ。そこじゃ常に人が死んでいた。私も殺したよ。普通だった。それが私にとっての日常だった。親父殿が私用に特注した迷彩服着て、防弾ジャケット着て、ヘルメットかぶって、ダガー装備して、AK撃ちまくってトリガーハッピーさ。あっと言う間に弾倉空っぽにして、親父殿に『弾はタダじゃねぇぞ』って怒られたっけ」


 その頃のアスラは幸せだった。

 満たされていた。


「でも12歳の時、私は親父殿から引き離された。母が私を引き取った。親父殿に捨てられたのかと思ったよ。まぁ実際には違うがね。私は母の祖国の島国で、中学校ってとこに通った。私は知らなかったんだよ、人を殺しちゃいけないって。殴っちゃいけないって。私、当時は金髪だったから、目立ってね。いわゆる不良という連中に絡まれて、ズタズタにしてやったんだ。いやぁ、殴っちゃいけないなら、最初に教えろって話だよね」


 そこでの生活はアスラにとっては地獄だった。

 銃声が聞こえない。

 手榴弾が飛んでこない。

 戦車に挽肉にされるバカもいない。

 退屈でたまらなかった。


「文字通り、世界が違ってしまった。酷い話さ。私の普通が、そこじゃ通用しない。苦肉の策として、隠れて不良狩りとかやったかな。みんな弱すぎて、あまり楽しくはなかったけど。殺意がないんだよ。本気の殺意がない。『殺す』って脅す奴はいたけど、殺す気ないんだよね。私の世界は暗転した。あの時の感覚を、思い出したよ」


 常識や普通が、人によって大きく違うこと。

 住む世界によって、全然違ってしまうこと。

 善悪もそう。


「まぁ良かったこともあるよ? 私がとんでもなく頭がいいって分かったからね」


 たくさんの本を読んだ。たくさんの知識を吸収した。

 身体も鍛え続けた。

 いつか、戦場に戻る日のために。


「アスラお姉ちゃん、イルよく分かんないけど、アスラお姉ちゃん、酷いとこにいたんだね」


 イルメリが、ギュッとアスラを抱き締めた。


「そうなんだよね。本当に退屈で、地獄と呼んで差し障りなかったよ」


 アスラが言うと、イルメリが首を振った。


「その前……だよ?」


「その前? その前は普通に楽しい世界だったよ、私にとってはね」ククッとアスラが笑う。「だから、今のこの生活は、本当に楽しいよ。死んで良かったと心から思うね」


       ◇


 ラスディア王国のとある地方都市。

 そこの宿屋の一室に、マルクスたちは集合していた。


「アスラちゃん見つかって良かったわねー」


 合流したエルナが言った。


「やっぱヒマなんじゃねぇか」ユルキが笑った。「大英雄会議はどうだったんだ?」


「さぁ」エルナが首を傾げた。「まだアクセル戻ってないものー。ま、戻ったら決まった方針を伝書鳩で飛ばすでしょー」


「なるほど」マルクスはいつも通り、壁にもたれている。「とりあえず、教祖が本当に英雄だった場合、称号の剥奪は可能か?」


「少女たちを殺しているか、あるいは殺しを指示していたら、可能ねー」


「拉致だけじゃダメなの?」とレコ。


「拉致してはいけない、というルールはないのよー。そんなの、明記しなくても普通しないものー。それにここってラスディアよ? 国の法律ですら裁けるか微妙だわね」


「そうですよね」サルメが言う。「税金を納めているなら、難しいですね」


「まぁ、定期的に少女たちを補充しているわけだし、ほぼ間違いなく殺してるから、剥奪自体は可能よー。ただ、地方を跨いじゃってると、時間かかるわねー」


「だから団長は、庇えと言っている」マルクスが言う。「どうだ? 庇えるか? 本来、団長は英雄たちと敵対しても気にしないタイプだが、今はジャンヌと揉めている最中だ。面倒を増やしたくないのだろう」


 英雄を殺すと、全ての英雄が敵に回る。英雄特権に『英雄を殺してはいけない』と明記されているからだ。

 英雄たちは命を懸けて世界を守る。その代わりに、多くの特権がある。そしてその特権を侵害する者を許さない。

 基本的には、という注釈が必要だが。

 エルナは場合によっては見逃すタイプだ。


「大丈夫よー。英雄が少女を拉致して、生け贄に捧げていたー、なんて前代未聞だもの。最悪も最悪。汚点なんてレベルじゃないわー。吐き気がするわね。だから、《月花》が称号剥奪前に英雄を殺しても、わたしが守るわねー」


「そうか。これで憂いはないな」マルクスが小さく頷く。「団長のオーダーを確認するぞ?」


「隠密です」とサルメ。

「周囲に気取られないこと。特に憲兵かな」とレコ。


「3人生かす、んで、1人はアダ・クーラ」ユルキが言う。「簡単な任務だな。役割振ってくれマルクス」


「その前に」マルクスは床に座っているアイリスに視線を送る。「どうするアイリス? 作戦に参加するか?」


 アイリスは団員ではないので、無理に作戦行動に参加する必要はない。

 現在のアイリスの立ち位置は《月花》の生徒、あるいは弟子と言ったところ。アスラの、ではなく《月花》の。


「皆殺しでしょ? あたしにできるわけないし……」


 どちらかと言うと、皆殺しは止めて欲しい、という雰囲気のアイリス。

 けれど口を噤んでいる。立場を理解しているのだ。アイリスは団員ではないが、ゲストでもない。


「殺さない任務なら、参加するか? ただ、依頼ではないので金は出ないぞ」

「え? ええ、そうね……。あたしも魔法兵目指してるし、殺さなくていいなら、参加したいわね」


 アスラも他の団員も、アイリスに全ての技術を教えるつもりだ。

 けれど、それを使用するかどうかはアイリスが決めること。

 殺す技術を教えるけれど、別に殺さなくてもいい。


「ふむ。エルナはどうする?」

「なんでわたしが参加するのよー? お客さんよー、わたしは」


 椅子に座っているエルナが肩を竦めた。


「そうか。ヒマかと思って聞いただけだ。ではアイリスとサルメは誰でもいいから2人を拘束。アダ・クーラは出会った者が拘束」


 アダの容姿はすでに知っている。カルト教団の住所を突き止めた時、ついでに調べた。


「自分とユルキは信者の暗殺。声を上げるヒマもないぐらい、迅速に殺す。確か、全部で20人だったか?」

「……うん。でも……あたしが潜入した時は……全員確認できてないかも……? 隠密を、優先したから……」


 イーナが小首を傾げながら言った。


「了解。多少の誤差は問題ない。アイリスとサルメも、悲鳴を上げさせないよう努めること」


 マルクスの言葉に、アイリスとサルメが頷く。


「イーナとレコは団長と銀髪の少女の救出。途中で信者と出くわしたら、即座に始末」

「……あい」

「はぁい」

「作戦開始は信者たちが寝静まった頃だ。もちろん、見張りなどが起きている可能性もあるが、その場合は弓を用いて手早く始末。エルナ、一緒には来るのか?」

「そうねー。お手並み拝見したいわねー」


 エルナはニコニコと言った。


「分かった。だが出入り口にいてくれ。逃げようとする者がいたら、引き留めてもらいたい。殺すのは自分たちがやる」

「ちょっとー、どうしてわたしに役割振るのよー。お客さんだって言ったでしょー?」


「流れでいけるかと思ったが、仕方ない」マルクスが溜息を吐く。「サルメとアイリスは2人を拘束したのち、出入り口を確保。誰も出すな。以上。何か質問は?」


 マルクスが全員の顔を見回した。

 ユルキは小さく両手を広げた。ない、という意味。

 イーナはユルキと同じ動作。

 サルメは首を横に振り、レコは「特にない」と言った。

 アイリスはやや緊張した面持ちだったが、質問はないようだ。


「では、しばらくゆっくりしろ。日が沈んで3時間後に、準備を整えて宿の前に集合だ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ