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5話 ソシオパスでフェチで性的サディスト? それって誰かに似てるわね


 中央フルセンの古城。


「ほとんど毎日、よく飽きもせず叩けるわねぇ」


 ルミアは自分に与えられた部屋で、ベッドにうつ伏せになっていた。

 服は着ていないが、腫れた尻に濡れた手拭いが置かれている。


「だ、大丈夫ですの……?」


 ティナが心配そうに声をかけた。

 手拭いを置いたのはティナだ。叩かれたあとは大抵、ティナがルミアの面倒を看てくれる。


「まぁ、別に平気は平気よ。最初は威力の高さに面食らったけど、正直、アスラならヌルイって言うわね。唯一、回復魔法の禁止だけがちょっとキツイわね」


 そう、実際、ジャンヌは性的サディストにしてはやっていることがヌルイ。

 分析を間違ったのかも、とルミアは思った。

 ここ数日、じっくりジャンヌとティナを観察した。

 そうすると、アスラに教わった性的サディスト像とジャンヌが一致しないのだ。

 正確には、一致する部分と、そうでない部分がある。そこの埋め合わせをしなくてはいけない。


「ごめんなさいですわ……」ティナが申し訳なさそうに言う。「……実の姉妹も、あんな風に叩くとは思ってませんでしたわ……。ぼくだけかと……」


「いいのよ。ティナは悪くないわ。全面的にあの子が悪いわ」


 当然だ。どんな理由があれ、虐待する方が悪いに決まっている。


「正直ね、わたしもう罪悪感が消えちゃったから、反撃しようと思えばできるのよ」ルミアが言う。「わたしを縛っていたあの子への負い目を、あの子が消してしまったから」


「……やめてくださいませ……」


 ティナがベッドに上がって、ルミアの手を両手でギュッと握ってお願いした。


「しないわ。大切な姉妹であることに変わりはないの。守りたいとも思ってるわ。ただ、わたしの罪悪感を勝手に消されたのは少し悲しいわ」

「……どういう意味ですの? みんな、罪悪感が消えたら喜びますわよ?」

「でも罪が消えるわけじゃないでしょう? 幻よ、結局は。自分がスッキリして終わり。罪は残るわ。それに、わたしの罪悪感はわたしのものよ」

「そんな風に言った人は、初めてですわ」


 ティナがルミアの手を離した。


「そう? まぁいいわ。いくつか質問しても?」


 これまで、ルミアは分析だけに留め、直接質問はしなかった。

 犯罪組織フルマフィについても、深くは聞いていない。

 ある程度、情報を得てからじっくり話したかったから。


「いいですわよ」

「ティナも同じように叩かれていたのよね?」

「……はいですわ……」


 ティナが視線を落とした。


「やっぱりおかしいわね」

「何がですの?」

「ダメージを与えるのが好きなら、頬を叩く方が……ギャグじゃないわよ?」

「ぎゃぐ?」


「いえ、いいの。アスラのせいね、今のは」ルミアが小さく息を吐く。「とにかく、頬なら鼓膜が破れたり、唇が切れたり、歯が飛んだり、当たりどころが悪ければ脳が揺れたり、後遺症を残せ……」


「姉様はそんなことしませんわ! ぼくやルミアにそんなことしませんわ!」

「そう。そうね。だから不思議なのよ」

「言ってることが分かりませんわ」

「なぜわざわざ安全な場所を叩くのか、というのが1つ」


 尻なんていくら叩かれても、ただ痛いだけ。

 まぁ、ただ痛がっている姿を見たいだけならそれでも十分ではあるが。


「姉様はなるべく長く叩きたいと思ってますの」

「なるほど。持続させたいわけね」


 あの威力で叩き付けているから、ルミアは長く続けたいという思考には思い至らなかった。

 でも確かに、あの威力で頬を打ったら、一撃で終わる可能性も高い。


「あとやっぱり、道具を使わないことが不思議ね。平手でお尻を叩く、なんてことが成立するのは相手が子供の場合だけよ。子供のお尻なら柔らかいから、手のダメージは低い。でも、私やティナみたいに鍛え上げられたお尻は、相当頑丈よ? そりゃ、私も全盛期に比べたら少したる……筋量は落ちているけれど。それでも、手のダメージは半端じゃないはずよ。現にあの子、手が痛くてちょっと涙目になってるわ」


 性的サディストは苦痛を与えるのは好きだが、その逆は苦手。

 自分が痛むことは受け入れられないものだ。

 イーナがいい例だ。あれが本来の姿。

 とはいえ、イーナは性的サディスト一歩手前ぐらいで、欲望もコントロールできているけれど。


「道具を使ったら、お尻に触れませんわよ?」


 ティナがキョトンとして言った。


「ええ。でも目的は苦痛を与えることで、お尻に触ることじゃ……え? お尻に触ることも目的なの?」


「当然ですわ」ティナが普通に言う。「姉様は何よりお尻が好きですわ。叩く時は、その弾力を楽しんでいますのよ?」


 繋がった。これで疑問が全て繋がった。

「あの子、ソシオパスで性的サディストで、尻フェチなのね……」


 尻を叩けば、全ての欲望が満たされる。

 支配欲。サディズム。尻フェチ的欲望。

 少々、手が痛むぐらいで止めるはずがない。ジャンヌにとっては完璧なツールなのだ。

 しかし、妹の性癖を知ったルミアの心情は複雑だった。


「今思い返せば、兆候はあったわね……。私が鈍かったから、気付かなかっただけで……」


 ルミアが第二王子のプロポーズを受けた時も、


「あああ、姉様の可愛いお尻が取られてしまいますぅぅぅ!」


 とか言いながら両手でルミアの尻を鷲掴みにした。

 他にも色々、思い返せば、尻フェチ的兆候は多い。

 けれど、昔のジャンヌは明るくて楽しい性格だった。

 もし、心が壊れなければ、きっと今も、きっと楽しい女性に育ったはずなのに。


「あら? ソシオパス、尻フェチ、性的サディスト。なんだか聞いたことのある羅列だわ……」


 ルミアの頬が引きつった。

 尻フェチの部分を、アスラ・フェチに変えれば、

 あら不思議。レコだ。

 ルミアは真剣に、レコの将来を案じた。

 まぁ、レコの場合はまだ性的サディストかどうかは不明だが。

 違っていますように、とルミアは祈った。


「ルミア、中央のゴッドハンドを紹介しますね」


 言いながら、ジャンヌが入室。

 続いて、修道服に身を包んだ女が入った。

 修道服の上からでも分かる、肉感的な身体。水色の長い髪の美女。

 彼女は笑みを浮かべている。歪んだ笑みを。

 ルミアの思考が、一瞬だけ停止。凍り付いた、と表現してもいい。

 その顔を、その女の顔を、ルミアが忘れるはずがない。

 10年経っていても、忘れない。

 かつてあれほど憎んだ。かつて、あれほど殺したいと願った女。

 ルミアは跳ね起きて、無手でその女――ノエミ・クラピソンに突っ込む。


「ルミア。誰が攻撃しろと言いました?」


 ジャンヌがクレイモアを抜いてルミアの突進を妨げた。


「まさか全裸で突っ込んでくるとは」ノエミが笑う。「抱き締めて欲しかったか? ん? 我のことが忘れられなかった、という顔だな? 嬉しいぞ。我は貴様の心に残れたんだな」


「ジャンヌ姉様! こいつよ!? こいつがわたしたちをあんな目に遭わせたのよ!? なのにゴッドハンドですって!? どうしてよ!?」


 ルミアが喚いた。


「知っています。でも、昔のことです。あたくしは気にしていません。ルミアも忘れてください」


「いや、忘れなくていい」ノエミが薄く笑う。「大切な思い出だ。我と貴様の、濃密な思い出。今でも、思い出すと疼く」


「このっ……」


 ルミアは【神罰】を使おうとした。

 けれど。

 それよりも速く、ジャンヌがノエミの顔面を殴りつけた。

 ノエミは後ろ向きに引っ繰り返って、顔を押さえる。


「あたくしは忘れろと言ったのです。なぜあなたが忘れなくていいと言うのです? あたくしの命令にかぶせましたね? 死にますか? 別にいいんですよ? あなたが、どうしてもあたくしの下僕になりたいと言うから、仕方なく使ってあげているのです。10年前に殺しても良かったんです」


 ジャンヌの声は酷く冷えていて。

 ノエミが怯え、その瞳が潤む。今にも泣き出しそうな表情。


「お、お許しを……」


 ノエミは顔面蒼白になって、その場で土下座する。

 ルミアの抱いていたノエミのイメージが崩れた。


「あなたは10年前、ティナを殺そうとしました。だからあの時、あなた以外の英雄は皆殺しにしました。あなたは泣きながら、今のように土下座し、生涯あたくしの下僕として生きさせてくれと懇願しました。忘れましたか?」


 10年前のジャンヌに、それほどの戦闘能力があった?

 ルミアは知らない。隠されていた? それとも、ルミアと別れてから固有属性を、【神滅の舞い】を得て急激に強くなった?


「忘れてなど……忘れてなどいません……お許しを……我が神よ……どうかお慈悲を……」


 ノエミはガタガタと震えていた。

 その姿を見て、ルミアの心は急激に冷えた。

 そして同時に、一つの可能性に辿り着いた。

 推測はしていたけれど、推測の域を出なかった可能性。

 それが繋がってしまった。


 10年前。ティナを殺そうとした。英雄を皆殺し。

 ティナの圧倒的な戦闘能力。

 そして、10年前のノエミの言葉。

 招集がかかった。最上位の魔物が出た。

 ルミアは振り返ってティナを見た。

 ティナは成り行きを見守っている。

 あなたは。

 ティナ、あなたは。

 ジャンヌよりも、ノエミよりも、どんな大英雄よりも強い。

 それって。

 結局のところ、人間の限界を超えている。

 だって、人間じゃないから。

 最上位の魔物、なのね?


「まぁいいでしょう」ジャンヌがクレイモアを仕舞う。「紹介は必要なさそうですが、仲良くしてくださいね。あと、ルミアは服を着てください」


「え、ええ。そうね」


 全裸には慣れているので、ルミアは特に恥ずかしいとも思わない。

 服がない状態でも普通に戦えるように訓練もした。

 アスラが想定していたのは、入浴中や着替え中に襲撃された場合と、拷問を受けたあとなど。


「それにしても、あなたがゴッドハンドの1人とはね」


 ルミアが言うと、ノエミが立ち上がる。

 ノエミは鼻血が出ていた。

 なるほど、とルミアは思った。ジャンヌはルミアやティナの顔は殴らない。それは、なんだかんだ、大切だと思っているから。後遺症を残したくないのだ。


「仲直りのハグでもするか? 一応、我らは同じ陣営だ」

「いいわよ。あなたが死ぬ前に、一度ぐらいはね」


 ルミアはもう冷めている。

 憎しみは残っているが、ルミアが手を下す必要などないのだ。


「我が死ぬ?」

「そう。ゴッドハンドでしょう? だったら、いつかアスラに殺されるわ」


 どれだけアスラの危険性を説いても、ジャンヌは聞く耳を持たない。

 でも、いずれは聞かざるを得ない状況になる。

 まぁ、そうなった時はもう遅いかもしれないが。


「またアスラ・リョナか」とノエミが苦い表情。


「また、とは?」

「大英雄会議で、アクセルがアスラを買っていた。貴様も買っているようだな」


「買っているわけじゃないわ」ルミアが肩を竦めた。「恐れているの。この世の何より、わたしはアスラが怖い」


 けれど。

 同時に戦いたいとも思う。命を懸けて、敵対して、戦ってみたい。

 そんな風にも思うのだ。


「服を着てください」


 ジャンヌがルミアの尻を叩いた。

 本気ではなかったが、すでに腫れている尻には痛かった。

 さすが尻フェチね、とルミアは思った。

 チャンスがあれば尻に触ろうとする。

 尻フェチだと知った今は、ちょっと可愛いわね、とルミアは思った。

 ルミアはベッドに移動して、初日にジャンヌが用意してくれた服に袖を通す。

 ティナと同じデザインの服。スカートが短く、腹が見えている服。

 正直、全裸よりこっちの方が断然恥ずかしい。28歳の着る服ではない。


「ルミア」ノエミが言う。「アスラ・リョナはもうすぐ死ぬか、あるいは我に屈服する」


「ないわね。特に後者はないわ」

「そうだろうか? ガチガチに拘束した状態なら、確実に勝てると思うが?」

「拘束できたらね」

「できているはずだ。すでにそう報告を受けた。明後日には会えるはずだ」


 ノエミの言葉で、ルミアはジャンヌに視線を送った。


「あたくしは知りません。そんな命令は出していません。ノエミの趣味でしょう」ジャンヌは淡々と言った。「まぁ、始末してくれるなら、別にそれはそれで構いませんが」


「なるほど。ノエミ、それ罠よ」ルミアも淡々と言う。「経緯は知らないけれど、確実に罠ね。というか、なぜあなたがアスラを気にするのかしら?」


「絶世の美少女と聞いた」

「そうね。外面だけは素晴らしいわ。内面はあなたと同じぐらい腐っているけれど」


 ノエミの女好きは相変わらずか、とルミアは思った。


「内面など、興味ない」ノエミが言う。「見た目が良ければそれでいい」


 ルミアはゆっくりと歩いてノエミの前まで移動し、

 そしてそっとノエミを抱き締めた。


「さよならノエミ。一時期だけど、本当にあなたを慕っていたのよ、わたし」


 もう会うこともない。

 ルミアはノエミが死ぬと確信した。

 だって、敵としてアスラに会うのだから、よほどのことがない限り死ぬ。

 ゴッドハンドが死ねば、ジャンヌも少しは話を聞いてくれるはず。


「ルミア、ジャンヌ姉様にもハグを」


 ジャンヌがちょっと嫉妬した風に言った。


「はい、ジャンヌ姉様」


 ルミアはジャンヌにもハグをした。

 あなたは、わたしが守ってあげるわ。

 悪意が服を着て歩いているような、

 まるで魔王のように嗤う、

 愛しいアスラ・リョナから。

 わたしが手塩にかけて育てた最強の少女から。


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