2話 私の値段? お高いに決まっているだろう? え? 20万? それは安すぎるっ!! あんまりだよ!
翌朝。
アスラは樽から出され、荷台に座っている。手は縛られたまま。
ここは幌の付いた荷台。荷馬車の大きさは《月花》の拠点と同じぐらい。
アスラを樽から出した《焔》の男が、別の樽から少女を抱き上げた。
《焔》の男は革の鎧を赤色に塗っている。昨夜、アスラたちに話しかけてきた男。
荷台の中には、他の《焔》はいない。荷馬車を操っているのが最低一人と、交代要員もいるだろうから、三人以上と考えるのが妥当。
そのまま昨夜の三人組か、とアスラは思った。
「助けて……おうちに帰して……」
荷台に降ろされた少女が言った。
少女の見た目は12歳前後で、銀髪。特に可愛くもなければ、不細工でもない。
しかし服はそこそこ高そうに見えた。貴族的な雰囲気はないので、小金持ちの子供だろう、とアスラは思った。
「水とパンをやる」赤い革鎧の男が言う。「が、その前に足枷をはめる。暴れんなよ?」
「暴れる気なら、君が樽を開けた時に暴れるよ」
アスラは小さく肩を竦めた。
アスラはしばらく様子見しようと考えていた。最低でも、相手の目的は知りたい。
まぁ相手が傭兵なので、単純に依頼を請けたというのが濃厚だが。
「さすが、落ち着いているな。お飾りとはいえ傭兵団の団長を名乗るだけある。だろう? アスラ・リョナ」
赤い革鎧の男が少し笑った。
「私がお飾りだって?」アスラがムスッとして言う。「どういう意味だ?」
相手がアスラの名を知っていたことよりも、そっちが気になった。
「そのままの意味さ。話題性だろう? 13歳の少女が率いる傭兵団。オレら界隈じゃ、《月花》は割と有名だぜ?」
「ほう。つまり何かね? 私が話題性のために団長を名乗っていると? じゃあアレかね? 本当の団長はマルクスだとでも?」
今すぐこいつ殺そうかな、とアスラは思った。
「元蒼空騎士団のマルクス・レドフォードが13歳の少女に従っている。それだけでも、話題作りは十分」赤い革鎧の男が笑う。「オレも14歳の時から傭兵やってんだ。お前が傭兵でも驚きゃしねぇ。が、団長ってのは有り得ない。だろ?」
「だろ? って言われてもねぇ」
アスラは苦笑い。
見当違いもいいところだ。
「ほら、足出せよ。一応、言っとくけど、お前の装備は取り上げてる」
「知ってるよ。あのベルト特注なんだよね。あとで返してくれるかい?」
言いながら、アスラは足を伸ばす。
「返すわけにはいかねぇな」
赤い革鎧の男が、アスラの足首に木製の足枷をはめた。
「そうかい。まぁいいよ。どうせ戻ってくる」
それは確信。戻らないはずがない。アスラが何もしなくても、ベルトはアスラの元に戻る。
連中が黙っているはずがない。
あのイカレた戦闘狂どもが、団長を拉致されて静観するわけがない。
「ほら。お前も出せ」
赤い革鎧の男が、もう一人の少女にも足枷をはめた。
「ところで、君の名前は? 君は私を知っているのだから、私が君を知ってもいいだろう?」
「ヤーコブだ」
赤い革鎧の男――ヤーコブは別の樽から水筒を二つ取り出し、それぞれアスラと銀髪の少女の前に置いた。
「縛られたままでは飲めないよ?」とアスラ。
「うるせぇな。順序ってもんがあるだろ? オレが飲ませてやる」
「ほう。君は天使か何かかね? ずいぶんと優しいね。ということは、やはりこの拉致は依頼された仕事だね。私は君たち《焔》の敵じゃない、ということ」
何かしらの恨みや憎しみで動いているなら、こんな優しい扱いは受けない。
「そりゃそうだ。オレら傭兵は、金貰って仕事を請ける。お前らだって同じだろ?」
「そっちの少女と私の関連は何だい?」
「銀髪の少女を2人拉致る。それが任務だ。で、1人は指定されてたんだ。傭兵団《月花》のアスラ・リョナ、ってな」
「割とペラペラ喋るね。守秘契約は交わしていないのかな? それとも問題ないと判断した?」
「両方。オレは問題ないと思ってるし、依頼主もてめぇに内密にしろとは言ってねぇ」
「なるほど」
依頼主はアスラに拉致が露見しても問題にならないと考えている。
要するに、待っていれば会えるということ。最初からアスラと顔を合せるつもりだから、先にバレてもいいという意味。
「ところで、私の拉致は幾らだい? 私なら、私を拉致るなんてハイリスクな依頼を100万ドーラ以下では請けないがね」
「20万だ」
この私が20万?
「……それ本気かい? 君イカレてるのかな? 私の拉致がたったの20万?」
あまりのショックに、アスラは頭がクラッとした。
いや、落ち着け私、とアスラは自分に言い聞かせる。
上位の魔物2匹分の相場だ。悪くはない。悪くはないはずなのだ。
「傭兵団《月花》は噂になってるし、腕が立つってのは知ってる。が、所詮は少数の新参者。20万で十分。現に、てめぇの拉致は簡単だったぜ?」
「……酔って吐いていたからね……。あとのことは?」
「装備奪って魔法に気を付ける。以上だ。傭兵ってのは自分のミスは自分でどうにかするもんだ。てめぇの団の連中は、てめぇを切り捨てて新しく団長を祭り上げるだろ?」
「そうかい。あくまで《焔》の見解はお飾り団長のアスラ・リョナ、なんだね」
ヤーコブたちの誤算は、アスラをお飾り団長と決めつけたこと、ではない。
傭兵団《月花》の団員をよく理解していないことだ。
連中は、ぶっちゃけイカレてる。
現時点で、ヤーコブたちの帰る家は存在していないはず。
「実際そうなんだろ? てめぇがマルクスより強いとは思えねぇな。まぁ、大英雄の腕を吹き飛ばしたらしい、って話もあるが、与太だろ?」
「……私は心を入れ替えるとしよう」アスラは一度大きく頷いた。「色々と優しくしすぎたんだね、きっと。遊びが過ぎた。分かった。もうルミアもいないし、これからはもっとガチでやろう。私の真髄を世界に知らしめてやろうじゃないか。20万はあんまりだよ」
安すぎる。どう言い聞かせても安すぎる。
お飾り団長なんて言い出す連中が出ることも想定していなかった。
アスラは舐められるのが嫌いだ。
とりあえず、とアスラは思う。
依頼主はサクッと殺そう。遊ばず、優しくせず、秒単位で殺す。だがそれだけではダメだ。証人として、依頼主側の人間も数人生かしておく。
アスラ・リョナがどれほど恐ろしいか、宣伝してもらうために。
「おっと、依頼主は誰だい? 秘密じゃないなら、話しておくれ。大丈夫、依頼主が誰でも、私は抵抗しないよ。大人しく運ばれてあげよう」
そして殺す。依頼主を殺す。20万なんてはした金で、アスラを拉致しようと考える人間が二度と出ないように。
傭兵団《焔》の方は、放っておいても問題ない。
どうせヤーコブを含め、アスラの拉致に関わった人間はみんな死ぬ。
直接関わっていなくても、《焔》というだけで死ぬ。
まぁ謝れば許してやらないこともない、とアスラは思っている。
傭兵は依頼を請けるだけなのだから。
「直接の依頼主ってわけじゃないが、てめぇはジャンヌ・オータン・ララって知ってるか?」
◇
昨夜。
ユルキは傭兵団《焔》の支部を訪ね、依頼書を見せて欲しいと頼んだが門前払いされた。
当然だ。依頼書を他人に見せるはずがない。
でも、そんなことはどうでも良かった。
「二階に何人かいるな。でもたぶんスリーマンセルか、多くても小隊規模。一階には受付の姉ちゃんがいるけど、こいつは傭兵じゃねぇな。血の臭いのしない、小綺麗な姉ちゃんだった。んで、入って右のロビー的なとこで、傭兵3人がカードゲームしてたな」
ユルキは内部の情報をイーナと共有する。
《焔》の支部は普通の2階建ての一軒家とそう変わらない。《焔》の規模から考えると、かなり小さな支部。
「遊んでるなら……普通に殺せそう……」
イーナが少し笑った。
すでに夜も更けている。
一応、《焔》は24時間営業を謳っている。だから何人かの傭兵が支部に詰めているのだが、気は緩んでいる。
「遊んでなくても殺すさ。俺ら強いだろ?」
「うん……ビックリするぐらい、あたしら強い……」
「ま、遊んでる連中は入って右だぜ。間違うなよ? 任せるぜ? 二階への階段は右奥。俺が階段押さえて、降りてくる奴をやる」
「あい……皆殺し?」
イーナは《焔》の支部を見ていた。
それほど離れてはいない。20メートル程度だ。
ユルキとイーナは特にコソコソすることもなく、普通に道で話をしている。
周囲に人の気配はない。
「姉ちゃんは生かしとけ。依頼書、出してもらわねぇと」
「……出さなかったら?」
「出させろ」
「あい」
イーナはウキウキした様子で頷いた。
「んじゃあ、行くぜー」
ユルキとイーナは、普通に歩いた。
ただの通行人のように歩いて、そして普通に《焔》の支部に入った。
それらはあまりにも自然で、これから襲撃するなんて、誰も思わない。
受付の女も同じ。また来たのか、と眉をひそめただけ。右の傭兵たちも、特にこっちを気にしていない。チラッと確認したぐらい。
それは当然、そうだ。
一体、誰が傭兵団《焔》の支部をたった2人で襲撃するなんて考える?
有り得ないのだ。依頼に来た客としか思わない。警戒する必要もない。
「ちょっとダンスするぜ」
ユルキは受付の女に微笑んで見せた。
同時に、イーナが弓に矢をつがえ、右の傭兵たちを射る。
最初の矢が傭兵の頭を射貫いた時、ユルキは階段の隣まで走って移動していた。
イーナが2本目の矢を放って、2人目を倒す。
そこでやっと、本当にやっと、最後の1人が剣を抜きながら立ち上がった。
受付の女が悲鳴を上げる。
イーナは3本目の矢に【加速】を乗せた。
最後の1人は、その【加速】矢を躱せなかった。剣で弾くこともできなかった。
矢は最後の1人の胸に突き刺さり、これでイーナの仕事はほとんど終了。
階段からドタドタと傭兵たちが降りてくる。降りきった瞬間に、階段の真横にいたユルキが躍り出て、傭兵の喉を裂いた。
「めんどくせぇ、支部ごと焼き払うか」
ユルキは【火球】を用意し、階段を駆け下りてきた2人目に投げつけた。
そいつが悲鳴を上げながらのたうち回り、周囲に火が燃え移る。
その様子を見て、イーナが即座に受付の女に短剣を突きつける。
「依頼書……最近のやつで、拉致関係のやつ……全部出して。早くしないと、みんな燃え死ぬ……」
3人目が盾を構えながら階段を降りてきた。
「お? ちょっとは頭が回るんだな」
ユルキがヘラヘラと笑った。
「ざけんなよてめぇ! こんなことしてタダで済むと……」
「こっちの台詞だっつーの」
ユルキが両手に短剣を構える。
盾の男が右手で腰の剣を抜く。左手の盾も構えたまま。
火が広がっていく。木製の家はよく燃える。
煙が充満する前に撤退する必要がある。
「……ユルキ兄、ゲットした!」
「なんだよ、やっぱ姉ちゃんのとこに仕舞ってあったのかよ」
そう思ったからこそ、何も気にせず速攻で火を放ったのだが。
「予想通りだぜ。んじゃあ、帰るか」
ユルキがイーナの方を向いて笑った。
同時に、盾の男が剣を振る。
しかしユルキはそれをあっさりと躱した。
「遅せぇよ。団長の足下にも及ばねぇ。ってことは、やっぱ団長って強いんだなー」
盾の男が剣を横に振る。
ユルキはそれを左手の短剣で受け止め、右手の短剣で盾の男の腕を刺した。
盾の男が悲鳴を上げる。
「生かしといてやるよ。俺は傭兵団《月花》のユルキ・クーセラだ。お前らんとこの偉い奴に伝えてくれや」短剣を引き抜きながら、ユルキが言う。「なんでタダで済むと思った? うちの団長拉致って、なんで無事に済むと思った? お前らみんな死んだぞ? 嫌なら謝罪に来いや? ま、うちの団長が許すかどうかは知らねぇけど、望みはあると思うぜ?」
まだ確かな証拠はないが、状況的には《焔》が怪しい。
違っていたとしても、大きな問題はない。
《焔》と交戦状態に陥るだけのこと。
アスラはきっと「仕方ないなぁユルキ。まぁ戦争が始まってしまっては本当に仕方ない。乗っかるよ」とか言って笑うに決まっている。
もし戦争を望まないなら、金で決着させればいい。まぁ、その時にユルキがかなり多くの額を受け持つことになるだろうけど。
「ユルキ兄っ! 燃えちゃう……!」
依頼書を抱えたイーナが叫ぶ。
火の勢いが強い。イーナとユルキは火によって分断された状態。
受付の女はすでに外に避難していた。
「おう。先出てていいぜ?」ユルキは笑っている。「なぁオッサン。ちゃんと伝えてくれよな?」
「イカレヤローが……いきなし殺して、火まで点けやがった……。マトモじゃねぇ……」
盾の男は刺された右腕を左手で押さえながら、ユルキを睨んだ。
「俺はマトモだぜ? うちの団長に比べりゃな。つか、お前らだって傭兵なんだから、先制攻撃ぐらい知ってんだろ?」
ユルキが肩を竦めた。
先制攻撃の大切さを、アスラに叩き込まれた。
先に敵を発見し、先に攻撃する。不意を打って、奇襲を仕掛け、遮蔽物に身を隠しながら移動し、また先に攻撃する。
真っ直ぐ並んで立って、突撃の号令でお互いに飛び出すなんて戦争は、すぐに古くなる。アスラはそう言っていた。
「んじゃ、オッサンも早く逃げろよ? おうちは燃えちまうぜ?」
言い残し、ユルキは窓に向かって飛び、そのまま窓をブチ割って外に転がり出た。