1話 団長を拉致したらどうなるか? 不幸になる、犯人が
大変お待たせしました、5章連載開始します! 今回は、毎週月曜・木曜18時更新に戻します。
アスラたちは予定通りにコトポリ王国を出た。
コトポリ王国では、ジャンヌによる市民の虐殺が行われた。
それを止めるためと、アスラたちにも牙を剥こうとしたジャンヌを救うため、ルミアが去った。
ジャンヌの目的は生き別れた姉妹であるルミアの確保だったので、ルミアがジャンヌと行くことで色々と丸く治まった。
あくまでジャンヌ側の視点では、全てが終わった。
しかし《月花》側は違う。
ジャンヌが遊び半分でアスラを斬り付けたので、報復戦争を始めるつもりでいる。
ちなみに、《月花》の目的地はアーニアだが、現在アスラたちがいるのはコトポリ王国の北に位置する国。
要するに、まだコトポリ王国の隣国だ。
そこの城下町で、アスラたちはやっぱり豪遊していた。
ただし、今日は娼婦を呼んでいない。身内だけで楽しむ日も必要だ。
「飲みなよエルナ! 美味しいよ! もっと飲みなよ!」
アスラは酔っ払っていた。
酒場には《月花》のメンバーとアイリス、エルナも一緒だった。
「アスラちゃん、そんなに飲んで平気なのー?」
エルナが心配そうに言った。
「やっと吐かずに飲めたんだよ!? 嬉しいよ私は! ははっ! みんな楽しんでるかい!?」
今までのアスラは、酒を飲むとすぐに吐いていた。
身体が受け付けなかったのだが、今日は吐き気がしなかったので、嬉しくなってグイグイ飲んだ。
「うるせぇガキだなおい」
アスラたちの席に、3人の男が寄って来た。
全員革の鎧を装備していて、剣を腰に差している。
見たところ、兵士ではなく傭兵のような雰囲気。
「消えろ」マルクスが言った。「死にたいか?」
「ああ? てめぇこら、オレら誰か知ってて言ってんのか?」
革の鎧を赤く染めている男がマルクスを睨んだ。
「知らない」レコが言う。「バカってこと以外知らない」
「バカで粗暴です」サルメが言う。「こういう人たちのこと、クズって言うんですよ、レコ」
「オレらは傭兵団《焔》だぞコラ」
「へぇ。そりゃすげぇ」ユルキが言う。「現状、最大規模の傭兵団じゃねーか。俺らなんて木っ端だぜ? 《焔》に比べりゃな」
傭兵団《焔》は各地方に大小様々な支部があり、フルセンマーク大地全体で活動している。
「なんだ、同業者か? とりあえず、その銀髪のガキ黙らせろや? うるせーんだよ。迷惑だって言ってんだ。オレが間違ってんのか? ああ? いきなりバカだのクズだの言いやがって。酒場で盛り上がるのはしゃーねぇ。けど、その銀髪ちゃんはやかましすぎんだよ」
予約をしていなかったので、アスラたちは酒場を貸し切れなかったのだ。
よって、今日は他の客も大勢いた。
「私のせいか!? 私のせいなのか!?」アスラが楽しそうに叫ぶ。「はははは! 奢ってあげるから君らも一緒に飲むかい!?」
「そうじゃねー。声を落とせって言ってんだ。大人の言うことは聞くもんだぜ。迷惑がってんのはオレらだけじゃねぇ。みんな思ってるけど、テメェらちっとヤバそうな雰囲気してっから、何も言えねぇってこった。オレらは腕に自信あるからよぉ、こうして注意してんだ」
割と常識人だった。
「ごめんなさい」サルメが素直に謝った。「すみません。いきなり暴言を吐いてしまって。絡まれたのだと思って……つい」
「自分もすまなかった。声を落とすことにする。手間をかけた」
マルクスも謝った。
「いや、分かってくれりゃいいんだ。マジで頼むぜ。オレらはもう出るけど、今夜は客が多いからな」
傭兵団《焔》を名乗った3人組がそのまま会計を済ませて店を出た。
「……団長、貸し切りじゃないし、ちょっと静かに……」イーナが言った。「って、団長が気分悪そうにしてる……」
「悪いが……ちょっと吐いてくる……」
アスラはフラフラと立ち上がる。
「あたし、一緒に行こうか?」とアイリス。
「子守りはいらないよ……。1人で吐ける。それとも、私の喉に指でも突っ込んでくれるかね? 当然ゲロまみれになるがね……」
アスラはフラフラと酒場の外に出た。
そして店の裏手に回って、そこでしこたま吐いた。
「クソッ……やっぱり無理なのかな……? それとも、単に飲み過ぎたかねぇ……」
口元を拭うが、またすぐに吐きたくなって、片手を壁に突いてから吐いた。
ちょうど吐いている時に、人の気配を感じる。
「子守りは……いらないって言ったはずだよアイリス……それとも何かね? 私のゲロ姿が好きかね……?」
言いながら、振り返った瞬間に腹部を酷く殴られた。
胃の中に残っていた物が逆流して、アスラはまた吐いた。
そして、頭部を殴打される。
ああ、チクショウ、私としたことが……。
誰が近付いたのかちゃんと識別できなかった。
敵意を汲み取れなかった。
酷い失態だ。
「ち、まだ気絶しねーのかこのガキは」
男の声が聞こえて、
再び頭部に痛み。
アスラの意識がぶっ飛んだ。
◇
「ちょっとアスラちゃん遅くなーい? 倒れてるとかないかしらー?」
いつまでもアスラが戻らないので、エルナが心配そうに言った。
エルナの頬は紅潮している。ワインを何杯か飲んだからだ。
「ありえるな」ユルキが言う。「団長、マジで酒弱いからな。無理に飲み過ぎだぜ。なんだかんだ、ルミアいなくなったのショックなんじゃねぇの?」
アスラにとって、本当の意味での家族はルミアだけだった。
それがあんな風に、あっさり妹の方に行ってしまったのだ。
自分なら寝込むほどのショックだな、とマルクスは思った。
「やっぱりあたし見てくる!」
アイリスが立ち上がり、駆け足で外に出る。
「酔った団長って可愛いね」レコが言う。「興奮する」
「え?」とエルナ。
「こいつは団長フェチなんだよ」ユルキが説明する。「相手が団長ならだいたい何でも興奮すんだよ。叩かれても興奮すんだぜ? 笑えるだろ?」
「オレ、ビンタされた時、ビーンってなった。興奮した」
「な?」とユルキ。
「……あたしだと興奮しないって言うから……なんかムカツク」
「だってイーナはイーナだし」とレコ。
「レコって本当に面白いですね」とサルメが笑う。
「自分はレコの将来が実に心配だ」マルクスが苦笑い。「特に、相手が団長だというのが心配だ。趣味が悪すぎる」
「……変わってるわねー」
エルナも苦笑いした。
「そういやさ、エルナはなんで俺ら追ってきたんだ?」
エルナは事情を聞いたあと、報酬を置いてすぐに憲兵のところに行った。
それから、《月花》を追ってここまで来たのだ。
何のために追ってきたのかはまだ聞いていない。
「豪遊するって言ってたじゃなーい? わたしも好きなのよー」
「マジかよ。それ信じねーぞ俺は」
「ふふ。用があるのはアスラちゃんだけよー。別に急いでないから、明日でもいいの」
「ジャンヌはどうする? 動くんだろう?」
マルクスが真面目に聞いた。
「ええ。わたしがアクセルに報告して、アクセルが緊急で大英雄会議を開くでしょうねー。各地方から、代表の大英雄を1人ずつ集めて、会議するのよー。わたし嫌いなのよー。だからいつもアクセルに任せてるわー」
「なるほど。良ければだが、自分たちとも情報を共有しないか? こちらもフルマフィ壊滅に動くつもりだ」
「あら? いいのー?」
「構わん。自分は副長だ。任務達成のために最善だと思って言っている」
「じゃあ共闘関係ねー」
エルナがニコニコと笑った。
「ねぇ! 大変!」アイリスがすごい勢いで走って来た。「アスラいないの! なんか、ゲロに混じって血があったの! 何かあったと思う!」
「ユルキ、イーナ、行け」
「うい」
「……あい」
マルクスの命令で、ユルキとイーナが即座に外へと走り出る。
「可能性を洗うぞ。レコ」
「可愛いから拉致された」
「なくはないな。サルメ」
「ジャンヌの手下でしょうか?」
「それはない。連中はこっちを気にしていない様子だった。アイリス」
「えっと、えっと、暴漢に襲われて、連れ去られた?」
「レコと同じことを言うな。エルナ」
「わたしにも聞くのー?」
「外の意見も必要だ。思い当たることはないか?」
「コトポリの人間……というのは飛躍かしらー?」
「なくはないが……可能性は低いのでは? エルナが憲兵に説明したのだろう?」
コトポリ王国では、傭兵団《月花》がジャンヌを引き入れたという根も葉もない噂が飛び交っていた。
多くの人間がジャンヌに殺されたので、市民たちは殺気立っていて、罰する対象を求めていたのだ。
まぁ、それでも《月花》は堂々と国を出た。コソコソ出たりはしなかった。
私らに非はない。襲われたら容赦なくやり返せ。
それがアスラの言葉。
「そうねー。わたしがちゃんと説明したわー」
エルナが説明したのは、《月花》もジャンヌの被害者であること。
「あの、さっきの人たち、《焔》の人たちはどうです? 今、もういませんし、さっきの会話はこっちを探ったのでは?」
「大いに有り得る」マルクスが言う。「傭兵なら、仕事を請けてうちの団長を拉致した可能性が高いな。酔っ払って吐いている最中の団長なら、拉致されても不思議ではない」
「でも、ジャンヌたちじゃないなら、誰がアスラの拉致なんて頼むのよ?」
アイリスが目を細めた。
「現時点では不明だ。拉致ではなく、突発的な殺人の可能性もある。団長の死体を埋めるために運んだ、という可能性だ」
「もしくは」レコが言う。「団長が酔ったままフラフラどっか行っちゃったか」
「それも有り得ますね」サルメが頷く。「どちらにしても、みんなで周辺を捜索した方がいいのでは?」
「ユルキとイーナの現場検証が終わってから、次の動きを考える。とりあえず飯を食え」
マルクスが冷静に言って、レコとサルメは食事に戻った。
その様子に、エルナが酷く驚いていた。
「……えっと、アスラちゃんが、もしかしたら拉致されたかもしれないのよねー?」
「そうだが?」
マルクスも肉料理に手を伸ばした。
「……焦らないのかしらー?」
「なぜ焦る?」マルクスが言う。「拉致と確定したわけでもない。仮に拉致だとして、拉致した相手の心配など不要だろう」
「そうそう」レコが言う。「団長を攫ったのが運の尽き」
「そうですよね」サルメが笑う。「ちょっと同情します。もし本当に拉致なら、ですけど」
「えーっと、わたし、ちょっと混乱してるのよー?」
「エルナ様。アスラの心配なんて誰もしてないの。だってアスラよ? 攫っちゃった人が本当に心から可哀想だってあたし思うもん」
「そ、そうなのねー……」
エルナは苦笑いを浮かべた。
それから、エルナも気を取り直してワインを口にした。
しばらく平和に食事を続けると、ユルキとイーナが戻ってきた。
「複数の足跡。団長以外に3人だな」
「……あの出血量なら、団長は死んでない……」
「けど、気絶した可能性が高いぜ」
「……1人が団長を、担いで……移動したみたい」
「立ち去った時の足跡が、ちっと深かったからだ」
「拉致で確定だな」とマルクス。
「3人ということは、やっぱり《焔》の人が怪しいですね」とサルメ。
「うん。もんらいは、られが……」
「食べてから喋りなさいよレコ」
アイリスが呆れ顔で言った。
ユルキとイーナが自分の席に座って、普通に食事に手を付けた。
「方針を言うぞ」マルクスが真面目に言った。「まず、団長を攫った者を敵と認識する。よって、団長を盾にこちらに何か要求してきても無視でいい。その時は、団長は死んだと仮定し、全力で敵対勢力を叩き潰す」
マルクスが言うと、みんな頷いた。
アイリスも頷いていた。攫われたのがアスラだから、あまり本気で心配していないのだ。
「アイリスとエルナは憲兵団を訪ねて、念のためこの辺りで起こった人攫いについて洗ってくれ。この時間でも、英雄になら情報を出すだろう」
「ちょっとー、わたしは団員じゃないわよー?」
「食事代だと思って手伝ってもいいのでは? 自分たちの奢りだぞ?」
「……分かったわよー。でも手伝うのはそこまでよー? それ以降は、わたしもお金取るからねー?」
「うむ。ユルキとイーナは、《焔》を見つけて締め上げろ。情報を得たら、一度宿に集合だ。サルメとレコは周辺で聞き込みをしろ。一見、無関係な話でも、気になったら報告しろ」
「はーい」
「分かりました」
レコとサルメは素直に返事をした。
◇
気がついたら、アスラは後ろ手に縛られて樽の中に詰め込まれていた。
樽の隙間から外を窺うが、同じような樽が見えただけ。
「樽に詰め込まれるとは貴重な経験だね」
ちょっと楽しいアスラだった。
周囲の様子を探って分かったのは、荷馬車に乗せられているということ。
悪路ではないので、舗装された大きな街道を移動しているのだろう。
「ああ、でも頭痛がするね」
腹も痛い。殴られたからだ。
頭部と腹部に【花麻酔】の花びらを貼る。
「あと、背中がなぜか痛い……って、そうか。私斬られたんだったか」
アスラは背中の【花麻酔】も取り替えた。すでに効果が切れていたので、痛んだのだ。
豪遊の前に医者に縫ってもらったから、たぶん出血はしていない。
「何がキツイって、自分の口がゲロ臭いことだね」
脱出しようと思えば簡単にできる。特に何の変哲もない普通の樽に詰め込まれているからだ。
けれど。
しばらく状況を楽しもうと思った。
と、
「誰かー! 助けて! 誰か!」
女の子の声が聞こえた。
どうやら、アスラ以外にも拉致された者がいるらしい。
「ふむ。ということは、私をピンポイントで狙ったわけじゃないんだね」
犯人はアスラの個人的な敵でも、《月花》の敵でもないということ。
いや、とアスラは考えを改める。
まだ決めつけるのは早計。情報が十分に出揃っていない。
「うるせぇ! 黙らねぇとぶち殺すぞこら! こっちは剣持ってんだ! 突き刺すぞ!?」
男が怒鳴って、すぐに樽を蹴っ飛ばす音。
女の子は沈黙した。
「この声は確か、傭兵団《焔》の奴だったかな?」
ククッ、とアスラが笑う。
さぁどこに連れて行ってくれるのだろう?
「でも、きっと後悔するんだろうなぁ、私を拉致ってしまったこと」