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12話 打ち倒しておくれ! 私を打ち倒しておくれ! 遠い未来でいいから! ああ、ゾクゾクする、たまらない!


「んで、これからどう動くんっすか?」


 宿の部屋に戻った途端、ユルキがイライラした様子で言った。

 アスラの部屋に、全員が揃っている。アイリスもだ。

 マルクスがアイリスをここまで運んだのだが、アイリスは途中で意識を取り戻した。けれど、マルクスに抱かれたまま、ただ悔しそうに表情を歪ませていた。

 まぁ、見た感じ同じぐらいの年齢のティナに為す術もなくやられたのだ。これで悔しくなかったら本当に英雄を辞めるべきだ、とアスラは思った。


「アーニアに戻る」アスラはベッドに腰掛けながら言った。「シルシィにフルマフィの情報を全てもらって、支部のある国に行く」


「なるほど」マルクスが壁にもたれた。「潰しに行くわけですね?」


「ただ潰すだけじゃ芸がないよ、マルクス。私らは傭兵だからね。雇ってもらうのさ。フルマフィの支部を潰したがってる憲兵にさ」


「……副長……じゃなかった、ルミアは?」とイーナ。


「敵として現れたら、いつも通り、普通に殺す。特に気にする必要はない。ただ殺せばいい」


 アスラはサラッと、何でもないことのように言った。


「ややキツイですね。心情的に。自分は、実を言うと副ちょ……いえ、ルミアのことがかなり好きでしたので」

「みんなそうさ。でも敵は敵だよ。ルミアが自分で選んだんだし、仕方ない」


「あの、でも」サルメが申し訳なさそうに言う。「ルミアさんは、私たちを守るために行ったんですよね? だったら、敵対しない可能性もありますよね?」


「ないよ」アスラが肩を竦める。「あのバカ、私らを守ったんじゃなくて、ジャンヌを守ったんだよ。ぶっちゃけ、ルミアがこっち側なら、あの時ジャンヌは殺せたよ」


「……そうなんですか?」サルメが目を丸くした。「あの魔法、すごく強くて、その……」


「ああ。強いね。魔法の枠から飛び出した反則級の威力だった。でも、私らは魔法兵だよ? 通用するわけないだろう? 一度見てしまったんだから」

「そーっすね。ありゃ怖ぇけど、俺らには通じねぇよサルメ」

「……うん。あの白髪なら、殺せた……。問題は……」


「ティナの方でしょ」アイリスは床にぺったんこ座りしている。「あの子、エルナ様よりも、アクセル様よりも、ずっと強いわよ?」


「そう。その通り。残念ながら私ですらティナに勝つヴィジョンが見えない。あれほどの者が闇に潜んでいるとはね。実に面白い」

「珍しいね。団長が勝てないって言うの」


 レコが少し心配そうにアスラを見た。


「ハッキリ言って、あれは無理だね。もちろん、今の私らでは、という意味さ。今後はどうか分からんよ。でも、とりあえず今は無理だね。だから懐柔しようと思う」


「懐柔、ですか?」とマルクス。


「そう。あの子、あんなに強いのにジャンヌに従っている。たぶんだが、虐待を用いた洗脳じゃないかと思う。そうであるなら、洗脳を解けば懐柔できる可能性がある。だがまだ確信がない。君らは何か分かったかね?」


「……洗脳かな? ……ジャンヌのこと、好きなようにも……見えた」


「でも虐待されています」サルメが強い口調で言う。「その好きも幻かもしれません。私も、お父さんに殴られながら、お父さんのこと好きでした。今は大嫌いですが」


「ティナは身を竦めた時、手を後ろに回したっすよね? あれって、殴る時にそうするように躾けたんっすかね?」


「オレは庇ったように見えたよ」レコが言う。「背中に鞭か、お尻に鞭じゃない?」


「中央では日常的な罰だ。レコが正解だろう」マルクスが言う。「もちろん、使うのは拷問用の鞭ではなく、もっと小さなものだが」


「背中はないですね」サルメが言う。「背中だったら、丈の短い服は着ません。ティナさんの服は腰が見えていました。少しめくれたら背中が見えてしまいます。傷を他人に見られるの、嫌なはずです。経験上、命令されて着ていたとしても、何かしらの工夫を施すでしょう。絶対に背中が見えないように。だから叩かれているならお尻の方です。お尻なら、スカートがめくれても下着がありますから」


「……あんたたち、本当すごい……」


 アイリスが俯く。

 自分の無力を実感しているのだ。


「……ルミアも、同じ目に遭う……?」


「だろうね」アスラが肩を竦めた。「心配かねイーナ」


「……別に。ただ、あんな白髪のクソ女に……叩かれるぐらいなら、むしろあたしが叩きたい……行かないでって、言ったのに……」

「叩けばいい。ルミアがこっちに戻ると言い出したら、みんなで泣くまで叩いてから、戻してやろう。敵のままなら、まぁ殺す前にでも好きなだけ叩けばいいさ」


「ルミアのことで質問しても?」とマルクス。


「ああ。構わないよ。もうルミアは仲間じゃないし、隠す必要もない」

「どちらが本物のジャンヌです? どちらも同じ顔で、どちらも死の天使を使いました」

「もちろんルミアさ。かつてジャンヌ・オータン・ララを名乗っていたのは、ルミア・カナールの方だよ」

「つーことは、あの白髪はルミア・オータンっすか?」

「その通り。同じ容姿であることと、2人の会話からの推察だが、間違いないだろう」


「ねぇそれって」アイリスが言う。「姉が妹の名前を使って、妹が姉の名前を使ってたってこと? 何のために?」


「それはまたあとで説明しよう。まぁ、ルミア視点しか知らないがね」アスラがアイリスを見る。「どうするアイリス? このこと、大英雄たちに報告するかね? ルミアの正体」


「分かんない……」とアイリスが目を伏せた。


「そうか。まぁ好きにしたまえ。それと、これからも便宜上、あの白髪をジャンヌと呼称する。混乱するからね」


「ういっす」とユルキ。


「……話変わるけど、副長どうする?」イーナが言う。「……マルクスがやる?」


「そうだね。今日からマルクスがうちの副長だよ」

「了解しました」とマルクス。


「ねぇ……」アイリスが言う。「あのね……あたしね……全然、ダメだよね? ずっと、いいとこないよね……」


「いや、そんなことはない。大森林では十分な働きをしたと私は思っている」

「でも、あたしは今日も、誰も守れなかった……。英雄なのに……ジャンヌを止められなくて、一撃で伸びちゃって……」


「相手が悪い。仕方ない。切り替えろアイリス」アスラが淡々と言う。「君が言ったんだよ? ティナは大英雄の2人より強いって。私らでもティナは無理なんだから、本当に仕方ないことだよ。それと、死んだ連中は運がなかったか、雑魚だったというだけで、君が気に……」


「やめてよ! そんな言い方やめて! あたしもっと強くなりたい! 守れるようになりたいの! だからお願いアスラ! あたしを魔法兵にして! こんなんじゃあたし、何のために英雄になったのか分かんないよ!」


 アイリスはボロボロ泣いていた。


「100万ドーラ。分割にするかね? まぁ、私らの仕事を手伝えば、割とすぐ払えると思うけどね。今回の報酬も、ちゃんと君にも分ける」


 アスラが言うと、アイリスはコクコクと何度も頷いた。

 アスラは笑みを零した。

 実に素晴らしい。たまらんね。滾るよ。ああ、ゾクゾクする。

 アイリスは本当に強いのだ。素質だけならルミア以上。かつて最強と謳われた英雄を上回っている。

 その昔、私もルミアにそう言われた。

 丁寧に、丹精込めて育てれば、アイリスはきっと素晴らしい存在になる。この私と同等の存在にだってなれる。

 そして。


 いつか、いつの日か、アイリスと戦うのだ。血みどろの殺し合いをするのだ。胸が張り裂けそうなぐらい、悲しくて楽しい戦いだ。

 なるほど、とアスラは思った。

 ルミア、君もこんな気持ちで私を育てたのかもしれないね。

 ああ、だとしたら、その時が来たのだ。ルミアにとってのその時が。

 ルミアが抜けたのはジャンヌを守るためと、

 そしてアスラを打ち倒すため。あるいは、打ち倒されるため。

 自分で育てたアスラ・リョナという人間と、どれほどの戦いができるのか。知りたくてたまらなかったはずだ。

 ダイヤの原石がそこにあって、磨かないはずがない。磨いて、磨いて、凄まじい労力を注ぎ込んで、磨いて、そして最後に打ち砕く。

 あるいは、打ち砕かれるのか。どっちにしても心が躍る。ゾクゾクする。

 ああ、やっぱり、ルミアとは殺し合ってあげなくちゃ。持てる全てを使って。

 アスラがそんな危険な思想に浸っていると、ドアがノックされた。

 続いて、エルナが入室。


「入っていいと言っていないがね、私は」

「あらー、いいじゃなーい。ちゃんとノックしたんだからー」


 エルナはニコニコと笑っている。


「金は持ってきてくれたかね? 今夜は豪遊する予定なんだよ」


「うーん。それは止めた方がいいわねー」エルナが少し首を傾げた。「憲兵たちが、あなたたちを連行するってさっき言ってたわー。街中が、あなたたちを敵視してたわよー?」


「なぜだい?」


「何があったのアスラちゃん」エルナは急に真顔になった。「全て説明してちょうだいな。憲兵には、わたしが尋問すると言ってあるわ。だからここに憲兵は来ないわねー。感謝してね?」


「余計なお世話だけど、まぁいい。許してあげるよ」


「ねぇアスラちゃん、あの死体の山は何? あれは何なの? 誰があれをやったの? あなたたちじゃないでしょう? ドラゴンに乗った女、って話だけれど、何者? あなたたちはその女と話をして、ルミア・オータンが一緒に行った? ここにいないから、きっと彼女でしょ?」


「その前に私の質問に答えてくれエルナ。なぜ私たちが敵視されている?」

「その場にいたからでしょー? あなたたちが引き入れた、とか、そういう感じだったわねー」


「そりゃねーぜ」ユルキがヘラヘラと言う。「俺らも被害者だぜ? 団長なんか、背中斬られてんだぞ?」


「……そう。あの白髪が悪い……」イーナが肩を竦めた。「……文句は白髪に言えばいい」


「あれだけの数が死んだのよ」エルナが少し怒ったように言った。「誰だって、憎しみを向ける相手を欲しがるわ。それなのに、あなたたちはヘラヘラいつも通り。わたしでも、少し腹が立つわねー」


「喧嘩を売りに来たのなら買うよエルナ。誰がどこで何人死のうと、私らの知ったことか」


 アスラがエルナを真っ直ぐに見る。


「エルナ様、本当に、みんなは悪くないのよ……」アイリスが言う。「あんな突然、何の前触れもなく虐殺が始まるなんて思わないもん。対応できないわよ。もし誰かを罰するなら、止められなかったあたしが罰を受けるから……」


「バカかね君は」アスラが言う。「共犯だと思われているなら、確実に死刑だよ。てゆーか、いい加減にしろアイリス。切り替えろ。何度も同じことを言わせないでおくれ。君は悪くない」


「とにかく、事情を説明してちょうだいな。このままじゃ、暴走する人たちが出るかもしれないわー」


「市民が憎しみに駆られて私たちを襲うと? よろしい。望むところだ。ジャンヌと私らと、どっちが本当の悪か教えてやろう。言っておくが、敵対するなら1人たりとも生かしておかない。老人から子供まで、分け隔てなく地獄に送り届けてやる」


 大人しく平和に暮らしている人に、アスラは攻撃しようとは思わない。

 けれども。

 傭兵団《月花》と敵対するなら話は別だ。


「正義の味方をやったり、悪人をやったり、自分たちは忙しいですな」


 マルクスが少し笑った。


「おいマルクス。笑ってねーで副長なら団長止めろよ?」ユルキが言う。「市民皆殺しとか、俺らマジでジャンヌよりやべぇ奴らになっちまうぞ?」


「……早くもルミアが恋しい……」イーナが溜息を吐いた。「……エルナも、団長煽るような発言やめて……。ルミアがいないから、本当にやりかねない……」


「煽ったつもりはないのよー? それより、ジャンヌって?」

「おいおい。それって冗談かい? ジャンヌって言ったら、フルマフィのゴッドで英雄の面汚しのジャンヌ・オータン・ララだろう」


 アスラは今日の出来事を丁寧に説明した。

 ただし、ルミアとジャンヌが本当は入れ替わっているという点については伏せた。

 説明するのが面倒だったからだ。アイリスが話すならそれでもいい。


「本当にジャンヌなのね?」とエルナが念を押して聞いた。

「あたしも、【神罰】見たから間違いないわよ。あれはジャンヌよ。英雄みんなで、倒すべきよ」


 アイリスはルミアの正体を伏せた。

 英雄にジャンヌ討伐をさせるためだ。

 アスラは少し感心した。

 なんでも真っ直ぐ、本当のことを言ってしまうのがアイリスだと思っていたから。

 私らと付き合って、少しは狡猾さを学んだようだね。

 いや、変わりたいと努力を始めた結果か。

 嘘を吐くのは別に構わないけれど、とアスラは思う。

 アイリスをこっち側には堕とさない。

 綺麗なまま魔法兵になってもらう。

 だって、そうでないと、私を打ち倒してくれないだろう?


これにて第四部終了になります。次はExtraで過去の話を少しやります。

連載再開までしばらくお待ちください。

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