10話 「神性の前に誰もが悔い改める」 私以外、だね? いつも私だけ仲間外れなんだよね
アスラたちがコトポリ王国の城下町に戻ってから、三日目。
アスラは昨日と一昨日を完全なオフにした。
みんな満身創痍で、休息を必要としていたからだ。
「さて、朝っぱらから集まってもらったのは、君たちの状態を知っておきたかったから」
宿のアスラの部屋に、団員たちが集っている。
団員ではないが、アイリスも混じっていた。
イーナが「人口密度」と言わないのは、アスラの部屋がとっても広いから。
だいたいの場合、話がある時はアスラの部屋に集合するので、最初から広い部屋を取ったのだ。
ベッドも夫婦が一緒に眠るサイズなので、アスラ1人で眠るにはちょっと大きすぎる。
けれど、ほぼ毎晩レコとサルメがアスラのベッドに潜り込んでくるので、3人で眠るとちょうどいい感じだった。
3人とも身体が小さいから、大人2人用のベッドサイズがフィットしたのだ。
「わたしはいい感じよ」ルミアが言った。「いつでも旅立てるわ。と言っても、エルナ様の到着待ちよね」
「自分も問題ありません。次の仕事を請けられるコンディションです」マルクスが言う。「その前に、エルナから残りの金を受け取りたいところですがね」
「俺もまぁ、悪くはねぇな」ユルキが左腕を回す。「副長は忙しかったっしょ? 毎日みんなのケガを治療してたんっすから」
「でも大丈夫よ。宿のベッドでゆっくり休めるもの。森の中で寝袋とは全然違うわ」
「歳を取ると、野宿は堪えるかね?」
アスラがクスクスと笑った。
「15年後にはわたしの気持ちが分かるわよ、きっと」
ルミアが肩を竦めた。
「……あたしは、平気。大きなケガ、してないし……。でも次の仕事の前に、いつもみたいに豪遊したい……」
「それ賛成です」サルメが笑顔で言った。「美味しい物食べたいです。あ、宿の料理が美味しくないって意味じゃないです……」
サルメはもうほとんど完全に回復している。
アスラはサルメを見て、自然に笑みが零れた。
それは穏やかな、優しい笑顔。
しかし。
元気になってなによりだ、これからハードにしごいて立派な魔法兵にしてあげるからね、と心の中では凶悪に笑っていた。
「オレも、美味しい物を団長の裸体に載せて食べたい」
「どんな趣味だよレコ」とユルキが笑った。
「マニアックすぎて理解できん」とマルクス。
「本当、レコってすごい変態」アイリスがレコを睨む。「あ、あたしも元気よ」
「よしよし、みんな割と元気なようだから、明日は軽めの訓練だね」アスラは花が咲くように笑った。「さすがに次の仕事はまだ請けない。エルナに金を貰って、要望通りに豪遊してからでいい」
と、外がかなり騒がしいことに気付いた。
アスラは窓の方に移動して、外を見る。
ルミアとユルキも寄って来た。
「何かしら?」
ルミアが窓を開ける。
「ドラゴンだ! ドラゴンが出たぞ!」
誰かが叫んでいるのが聞こえた。
「ほう。ドラゴンって上位の魔物だよね? 図鑑にも何種類か載っていたね」
ちなみに、カーロはアルラウネの情報を国に買い上げてもらった。
その情報は、アルラウネを倒したアスラの名前とともに、魔物図鑑に掲載される予定になっている。
アスラは新しい魔物図鑑の刊行がとっても楽しみだった。
大森林に隣接している国々が共同で出資している会社が出版するのだが、冒険者のためにも情報を早く更新する必要があり、刊行が早い。
「オレ、ドラゴン見たいな」とレコ。
「あ、私もです」とサルメ。
「まぁ、普通に生きていたらドラゴンを見る機会などないからな」マルクスが言う。「さすがはコトポリと言ったところか」
「よし、冷やかしに行こう」アスラが言った。「金にならないから、戦闘に参加する必要はない。見学しよう、見学。私もドラゴンに興味がある」
「そういうところ、やっぱりアスラも子供なんだなぁ、って思うわ」
ルミアがしみじみと言った。
そして全員で宿を出る。
◇
その異様な光景に、アスラたちは酷い違和感を覚えた。
けれど、アスラは興味の方が勝った。上位の魔物なら、すでに戦闘経験済みだし、近寄っても大丈夫だと思った。
ドラゴンは大通りに降りていて、その周囲を蒼空騎士たちと兵士たちが封鎖していたのだが、なぜか全員跪いていた。
跪いて地面を見ている連中の間をすり抜けて、アスラたちはドラゴンの前まで移動した。
ドラゴンは緑色の鱗に覆われていて、見るからにどう猛そうな雰囲気。大きな尻尾と巨大な翼。だいたい想像通りのドラゴンなのだが、あまり大きくない。
前世の物でたとえるなら、バスぐらいの大きさか。
いや、バスよりは少し小さいか。
だけれど。
問題はドラゴンじゃない。
ドラゴンの背から、人間が2人、降りて来た。赤い髪の少女と、白い髪の女性。
上位の魔物を使役しているとなると、かなり特別な人間であることは間違いない。
「探す手間が省けましたわ」
赤い髪の少女が言った。
「そのようですね」
白い髪の女性はルミアを見ていた。
「そっくりだね」とアスラ。
白い髪の女性は、ルミアとまったく同じ顔をしていた。まるで双子だ。
「みんなもそう思うだろう?」
アスラが振り返ると、団員たちが跪いていた。
「俺……」ユルキが泣きそうな声で言う。「俺、盗賊やって、色々盗んで、懺悔したいっす」
「……あたしも……」イーナも跪いている。「……悪いこと、ばっかりした……痛いの、嫌いだけど、罰を受けるべきだと思う……」
「自分は、魔法兵になることで親に勘当され、そのことを気にしています……」
マルクスはギュッと眼を瞑って跪いていた。
「おい、どうなってる?」
アスラはその様子に戸惑った。
「あたし、何も知らなくて、ただ強いだけで、本当は英雄の資格なんかないもん! 傭兵見習いのサルメに守られて! あたしなんて、全然英雄らしくない!」
アイリスが地面に伏せて悔しそうに地面を叩く。
「私……どうしよう……ウーノを殺したの、実質私です……。罰を受けないと……」
サルメは虚な瞳で白い髪の女性を見ていた。
「オレ、家族が殺されたのに、逃げただけで……何もできなかった」
レコが悔しそうに言った。
「ねぇ、ねぇ生きていたの?」ルミアが泣き出す。「生きていてくれたのね? ごめんなさい、あなたを守れなかったの。わたし、あなたを守れなかった」
「いいのです」白い髪の女性が微笑む。「今はルミア・カナールと名乗っているのでしょう? ルミアを名乗っていること、とっても嬉しく思います」
こいつらが何者なのか、アスラは推測する。
「君はジャンヌ・オータン・ララを名乗っているフルマフィ……犯罪組織のゴッドかね?」
アスラが質問したが、白い髪の女性は何も言わなかった。
「そうですわ」代わりに、赤い髪の少女が言う。「姉様はジャンヌ・オータン・ララと名乗っていますわ。そして、ぼくはティナ。はじめましてですわ、アスラ・リョナ」
「私を知っているのか。って、そりゃそうか。君らの組織の末端を一個潰したからね」
アスラが肩を竦めた。
「……アスラは、なぜ跪きませんの?」
ティナは不可解なモノを見るようにアスラを見ていた。
「むしろ、なぜみんな君らに跪いているんだい? 何かしたのかね? 魔法か? それとも特殊なスキルか?」
「君ら、ではありませんのよ? みんな姉様の神性に膝を折っていますの。ぼくは関係ありませんわ」
「ほう。これが神性か。面白いね」
アスラは神性を持った人間に会ったのは初めてだが、歴史上、神性を持った人間は度々出現している。
そして必ず、何かを救う。
救世主となる者が神性を持つのか、神性を持っているから救世主になるのかは分からない。
救うモノの大きさで、神性の強さも変わる。
10年前のジャンヌ・オータン・ララは国を救った。
国を一つ救ったにもかかわらず、これほどの神性はなかった。
声が神々しく響くとか、眩しく見えるとか、軽く怒られたいとか、そういう感じだったと聞いている。
だが特別さの演出には十分。神の使徒を名乗っていたジャンヌを、ほとんどの者が疑わなかった。有罪になるまでは、の話だが。
当時、罪を認めた瞬間にジャンヌの神性は消えた。
「さて、神性の効力はどの程度かな? 試してみよう」
アスラがニヤニヤと笑った。
「ルミア! 私の声が聞こえているなら立ち上がれ! これは命令だよ!」
アスラが普段は出さないような、かなり厳しい声音で言った。
ルミアがビクッとして勢いよく立ち上がる。
そして我に返ったような表情を見せた。
「……わたしまで神性にやられそうだったわ。アスラの声が引き戻してくれたけれど」
ルミアが肩を竦める。
「なんだ、その程度か、神性って」
軽いトランス状態、と言ったところか。あるいは、マリファナ吸いすぎて悪い方に入ったようなものかな、とアスラは思った。
「神性を意に介さない上に、他の人間まで引き戻しましたの? どういう原理ですの?」
ティナは心底、意味が分からないという表情だった。
「わたしのアスラはね」ルミアが言う。「罪の意識がまったくないの。懺悔の気持ちが一切ないの。神聖なものを理解できないの。だから神性なんて存在しないのと同じことなのよ」
「有り得ませんわ! 懺悔の心がないなんて、そんなのケダモノ以下ですわ!」
「そうよ」ルミアが淡々と言う。「アスラはケダモノ以下よ。昔からそうだったわ」
「おい、傷付くから私の悪口はそのぐらいにしてくれないかな?」
神性が通じない理由は、アスラに罪の意識がないから。
「確かに私は反社会性人格障害と診断されたし、まぁ、いわゆるサイコパスで、懺悔の心なんて持ち合わせちゃいないけれど、ケダモノ以下は酷いなぁ」
とはいえ、こっちの世界に生まれたアスラはサイコパスではない。
普段は混じり合っているその綺麗なアスラが前面に出てしまうと、もしかしたら神性に膝を折るかもしれない。
「面白いですね」ジャンヌが笑顔を浮かべる。「珍しいです。ちょっとあたくし、嬉しいかもです」
ジャンヌに懺悔をしなかった人間は、アスラだけ。
他はみんな跪くか放心している。
もちろん、《月花》のメンバーたちも。
情けない奴らだなぁ、とアスラは思う。
「おいユルキ! いい加減にしないとマルクスの腕をケツの穴にぶち込ませるぞ!」
アスラが叫ぶと、ユルキが飛び跳ねるように立ち上がった。
「そりゃ勘弁っすわ。んなことされたら俺のケツ崩壊するっすわ」
「マルクス! ユルキのケツに腕を入れたいか!?」
「絶対に嫌であります」
マルクスも立ち上がった。
「イーナ! 逆さまに吊して鞭でしばいて泣かせて欲しいかね!?」
「……ふぁ!? ……嫌、絶対に嫌……団長怒らないで……」
イーナが半泣きになりながら立ち上がる。
「サルメ! 娼館に戻りたいかね!?」
「絶対に嫌です」
サルメが我に返る。
「レコ! ジャンヌと私と、どっちに罰して欲しい!?」
「もちろん団長!」
レコがアスラに抱き付こうとしたけれど、アスラはヒラリと身を躱した。
「というわけだ」アスラがニヤリと笑う。「こいつらは神性よりも何よりも、私に従う。はん。くだらん手品を見せられた気分だよ」
「あ、有り得ませんわ……」
ティナは驚愕に震えていた。
「すごいです!」ジャンヌは嬉しそうに手を叩いた。「わー! なんだか嬉しいですね! 懺悔されないって新鮮です!」
その様子を見てアスラは気付く。
ジャンヌは神性をコントロールできない。その特性は本人の意思に関係なく常に発動しているということだ。
「それで? 君たちは何をしにここに?」アスラが言う。「支部を潰した私たちに報復をしに来た、って可能性が高いけど、そうなのかな?」
アスラの言葉で、ルミアとアイリス以外が臨戦態勢を取った。
アイリスはまだ地面を叩いていた。
アスラはアイリスの横腹を蹴っ飛ばした。
「君、地面とキスするのが趣味とは知らなかったよ。すごい変態だね。地面フェチかね?」
「いったぁ! なんで蹴るのよ!?」
アイリスが横腹を押さえながら立ち上がった。
「ぼくたち、別に報復に来たわけじゃありませんわ」
「そうですね。ルミア・カナールを連れに来ました。やはり、姉妹は一緒の方がいいとティナに説得されてしまって……」
ジャンヌが肩を竦めた。
「連れに来た? ルミアを? バカ言うな。うちの副長を勝手に連れて行くな。オフの日にお茶でもしたまえ。それなら私も文句は言わない。ルミアは新しい人生を歩んでいる。それが理解できないのかね?」
「新しい人生なんてありません。ずっと続いています」ジャンヌがアスラを睨む。「あの日から、ずっと続いているのです。あたくしと行きましょうルミア。罪悪感で押し潰されそうなあなたの心を救います。あなたを救うのに、《月花》が邪魔になるのなら、みんなバラバラに刻んでその肉片を家畜の餌にでもしてあげます」