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最終話 多くの死を超えて あたしの望む終わり


 彼は大きな屋敷の自分の部屋で、柔らかいベッドに寝たままで目を閉じていた。

 彼はもう90歳を超えていて、いつ死んでもおかしくない状態だった。

 そんな彼の部屋に、少女が入ってくる。


「やあ、アーニア王。死にそうだって?」


 銀髪の美しい少女で、見た目の年齢は13歳ほど。

 黒いローブを羽織った少女の姿は、70年前と何も変わらない。

 彼――アーニア王は目を開けて、少し微笑んだ。


「なんだ、元気そうじゃないか」


 少女はベッドに腰掛けてアーニア王を見下ろす。


「アスラ……久しいな」とアーニア王。


「そうだね、10年ぶりぐらいかな?」


 少女、アスラは小さく首を傾げながら言った。


「そなたは変わらないのだな……」


「君はお爺さんになったねアーニア王」アスラが言う。「でも素敵だよ。私は男に興味ないけど、君のことはイケメンだと思うよ」


「マーカスだ」

「ん?」

「余の名前はマーカスだ、アスラ」

「もちろん知っているよ。覚えているかな? 私は最初の頃、君のことを若き王と呼んでいた」

「ああ。そなたはよく、玉座に座っている余の膝に座って、あくどい笑みを浮かべていたな」


 まるで昨日のことのようだ、とマーカスは思った。


「可愛い笑みの間違いだろう?」とアスラ。


 マーカスが肩を竦めた。

 それから申し訳なさそうに言う。


「アスラ、肩を貸してくれないか? バルコニーに出たい」

「いいとも」


 アスラはマーカスが立ち上がるのを補助して、そのまま肩を貸した。


「軽いね」アスラが言う。「もっと食わなきゃ本当に死ぬよ?」

「構わんさ」マーカスが言う。「余は長く生きた」


 2人はバルコニーの方に移動する。

 アスラがガラス戸を開けると、柔らかな風が吹いた。


「いい天気だ……」とマーカス。


「そうだね。私らなら、『死ぬにはいい日だ』って言うかな」

「言いそうだ」


 2人はバルコニーに出て、アスラはマーカスを椅子に座らせた。

 それからアスラも椅子に座る。

 2人は隣り合って座っている状態だ。


「そなたと走り抜けた日々は……余には宝物だ……」

「戦後のどさくさで東フルセンを統一した時とか?」


 スカーレットの統一戦争後のことである。


「うむ。あれは最高だった。自伝一冊分になった」


「ああ。私も小説にしようか迷ったよ」アスラが小さく肩を竦めた。「書かなかったけどね」


「ああ、まさか余が50年も王をやるとは思っていなかった……」

「アーニア史上最長だったね」


 今は別の人物がアーニアを治めている。

 アーニアの王は血筋ではなく議会の投票で選ばれる。

 当然、今の王もアスラたち《月花》とは仲良くやっていた。


「アーニアはいい国か?」とマーカス。


「素晴らしい国だよ」アスラが優しい声で言う。「私らが憲兵団を鍛えたし、軍だって指導した。世界大戦にだって参加できるレベルの国さ」


「70年経っても、そなたは戦争ばかりか……」

「趣味だからね」


「余の趣味は統治だったのかもしれんな……」マーカスが遠くを見ながら言う。「結婚もせず、子も作らず……まぁ、愛人はいたがな」


「それも知ってる。子供を作らなかったことが心残りかい?」


 アスラが聞くと、マーカスは首を横に振った。


「余の心残りは、大人になったアスラを抱かなかったことだ」

「バカ。私は女好きだと言っただろう?」

「だがそなた、余に気があるのかと思うような言動が多かったぞ?」

「わざとだよ、わざと。君を繋ぎ止めておこうと思ってね」

「それなら成功だ」


 マーカスが目を瞑った。


「寝るならベッドに戻るかい?」


 アスラがそう聞いたけれど、返事はなかった。


「マーカス?」


 アスラは立ち上がってマーカスの手首を取る。そして脈を測ったけれど、そこに命の鼓動は感じられなかった。


「バカ……話の途中だろうに……」


 アスラの胸がキュッと締まって、とっても心地よく、そして少し悲しかった。



 ルミア・カナールは死を迎えようとしていた。

 すでに家族も冒険者ギルドの関係者もお別れを済ませて、今は1人でベッドに横になっていた。

 ルミアの旦那であるプンティは、3年前に先立った。

 自分の人生を振り返りながら、ルミアは呟く。


「……激動の人生だったわ」

「そうだね」


 窓に座っているアスラが応えた。


「……まったく……どこから入ってるのよ……」


 ルミアはベッドで上半身を起こした。


「窓だよ」


 アスラは部屋の中に入って、椅子をベッドの側まで移動させてから座った。


「色々なことがあったわ……」ルミアが遠くを見ながら言う。「新大陸で冒険者になって、コンラートが世界初の冒険者ギルドを作って、彼が死んだ後、わたしは2代目グランドマスターとして多くの冒険者たちを鍛えたわ」


「うん。知っているよ」

「プンティ君と結婚して、子供は3人生まれて……長男が冒険の途中で死んでしまった時は本当に悲しかった」

「君は長男を殺した魔物を根絶やしにしたね」


 アスラが言うと、ルミアは少し微笑んだ。


「長女はいい子で、普通に結婚して、今も普通に暮らしているの……冒険や闘争とは無縁」ルミアが言う。「末の娘はお転婆で、アスラにも迷惑をかけたわね……」


「あの子はティナにお尻を叩かれてギャン泣きしていたね」


 クスクスとアスラが笑った。


「孫たちもみな、健やかに育ってくれたわ……」

「うん。影ながら見守っていたよ」

「本当に色々なことがあったわ……ひ孫の顔まで見られるとは思ってなかったの」


 少しの沈黙を挟んでから、ルミアが言う。


「だけどね、アスラ。死を前にして思い出すのはね、あなたと過ごした10年のことばかりなの」


「君と私の10年は濃密だったからね」アスラが小さく両手を広げた。「君は私にとって母であり師匠でもあった」


「最期に、あなたに会えて嬉しいわ。他のみんなは元気にしてるの?」

「私も、君に会えて嬉しいよ。みんな元気だよ。世界中、色々なところで戦っているよ」

「そう……相変わらずなのね……」

「アイリスだけは『調停者』として色々な戦争や闘争を仲介したり仲裁したりと、私らの敵みたいなムーブしてるけどね」

「噂は聞いてるわ……。今じゃ世界最強なんでしょう?」

「そう。誰も彼女には敵わない。かつて最強だったスカーレットでさえ」

「でも、いつかあなたが殺すのね?」


 ルミアが真面目な声で言って、アスラはニヤッと笑った。


「そうだよ。そうだとも。だけどねルミア、それは逆でもいい。逆でも歓迎なんだよ。アイリスが私を殺してもいい」


 きっとスカーレットの時以上の幸せを感じられるはずだ、とアスラは思った。

 どっちが死んでも。


「本当にもう、100年近く経過しても、あなたは本当に何も変わらないのね」

「少しは変わったよ。悲しいを知ったし、幸せや愛だって体感したよ」

「……そう。あなたが愛を知ったこと、心から嬉しく思うわ」


「ありがとう」アスラが微笑む。「ねぇルミア、一応聞いておくけど……」


「『いいえ』よ」

「……そっか。そうだよね。君は人としての寿命をまっとうするんだね」


 望むならクロノスを使ってルミアを若返らせてもいい。アスラはそう考えていたのだ。


「ええ。だからさよなら、わたしの愛しい最初の娘。本当に会えて良かったわ」

「うん。さよなら、私の母さん。私も会えて嬉しいよ」



 今日は雨が降っていた。

 アスラは雨に打たれながらフラフラと歩いていた。

 ずぶ濡れのまま歩くアスラを見て、すれ違う人々が怪訝な表情を浮かべる。

 ここはとある国の王都で、アスラの目的の人物が滞在している場所。


「よぉお嬢ちゃん、帰る家がないなら、オジさんたちと遊ぼうか?」


 チンピラ3人がアスラに絡んだ。チンピラたちはちゃんと傘をさしていた。


「いい値で売れそうな子だな」とチンピラA。

「へへ、俺ロリ大好きなんで、売る前にいいっすか?」とチンピラB。

「好きにしろ。さっさと攫うぞ」とチンピラC。


 最初にアスラに声をかけたのがチンピラCだ。


「まったくどこにでもいるのね、あんたたちみたいなのって」


 チンピラたちの背後から、よく通る聞き覚えのある声がして、アスラは顔を上げる。


「アイリス……」とアスラは呟いた。


 ちなみに、この時のアイリスの見た目年齢は20歳ぐらいだった。


「なんだテメェ!?」

「お? こっちは可愛いけどババアか……」


 チンピラたちが振り返って言った。


「あたしに感謝しなさい。命を助けてあげたんだから」


 そう言ってアイリスはチンピラたちをぶん殴った。

 3人を一発ずつ殴って、当たり前だけどその一発で全てが終わった。

 チンピラたちは気絶してその場に倒れる。


「なーんでびしょ濡れで歩いてんのよ、あんたは」


 アイリスは傘を差していて、そのままアスラに寄って行き、アスラを傘に入れた。

 いわゆる相合い傘というやつだ。


「君に会いたくて」

「でしょうね。あたしの宿泊しているホテルの前だものね、ここ」


 やれやれ、とアイリス。


「ルミアが死んでしまった」とアスラ。


「……そう。でも寿命でしょう?」

「うん。人生に悔いはなさそうだった」

「まったく……涙を隠すために濡れてたわけ?」

「いや? たんに雨が気持ち良かっただけだよ?」


「ああ……そう……」アイリスが溜息を吐く。「まぁいいわ。部屋に行きましょう」



 アイリスはホテルの部屋でアスラの身体と髪を拭いてあげた。


「私の身体をまさぐって興奮したかね?」


 全裸のアスラが腰に両手を当てて言った。


「まぁ少しはね」とアイリス。


「じゃあ結婚しようか」

「なんでよ!?」

「そのために来たんだよ、私は」

「はい!? 唐突すぎて意味不明なんだけど!? ルミアが死んだ悲しみを共有したいんじゃないの!?」

「ん? 違うよ。その悲しみは私のものだから、誰にも分け与えたりしないさ」


 本心である。

 悲しみはアスラにとって宝物に等しい。


「……ああ、そう……」


 やれやれ、とアイリスが首を振った。


「とにかくね、私は思ったんだよ。君と家族になりたいと」


 母であり師匠でもあったルミアの死は、アスラに大きな悲しみを与えてくれた。

 同時に、スカーレットを殺した時のような心地よさがあった。

 殺し合ったわけでもないのに不思議だった。

 だから思ったのだ。

 いつか殺し合うアイリスが家族だったら、きっと死ぬほど幸せに違いない、と。

 死ぬほど悲しくて死ぬほど幸せ――きっと人生で最高に。


「あんたのその顔、裏があるに決まってるけど、まぁどうしてもって言うなら、結婚してあげてもいいわよ?」



「って感じでママたちは結婚したってわけ」


 ベンチに座ったアイリスが、リーサと十六夜に自分が新しいママになったことを告げていた。

 戦闘傭兵国家《月華》の帝城、その中庭である。


「あ……はい」


 リーサの見た目は20代の前半で、すでに傭兵として一流の腕を持っている。

 だがまだアスラの敵となるには弱い。


「わたくし的には元からママですが?」


 十六夜の見た目は少しも変わっていない。


「まぁあんたはそうね。リーサ、ほら、ママって呼んで?」

「……え、あ……えっと……ママ?」

「はぁい♪」


 アイリスは上機嫌で返事をした。


「しかし疑問なのですが」十六夜が言う。「あなたはアスラお母様とは敵対しているでしょう?」


「別にしてないけど?」


 アイリスはキョトンと首を傾げた。


「……世界中の戦争を調停しているのでは?」

「してるけど、まぁ趣味みたいなもんよ」

「……趣味でやるような……ことじゃない……ような?」


 リーサが苦笑い。


「この先、あなたとアスラお母様が平穏にやっていけるとは思えません」十六夜が言う。「間違いなくどこかの時点で決定的に敵対するでしょう」


「でしょうね」アイリスはあっけらかんと言う。「当然でしょ? あたしとアスラが相容れるわけない。どっかで殺し合いになるわよ。絶対に。だけどね? それって今じゃないし、努力でいくらでも先送りにできると思うわけ。あと、あたし100年アスラに恋してるわけで、それはつまりスカーレットに100年も遅れを取っているというわけで……」


「結局スカーレットと同じ道を歩むと?」


「ええ。アスラとの関係性に関してはそう」アイリスが薄暗い表情で言う。「あたしね、一生でたった1人だけ殺そうって決めてるの。それがアスラ。あの子は絶対に世界の敵になるし、あたしはあの子を止めたいと願う。そこで殺し合いが始まるでしょ? どうやったって避けられないでしょ? だから、あたしが終わらせるの。てゆーか、あたし以外の誰かがアスラを殺すかもって状況は、もう二度と許せない」


 アイリスの言葉が終わった時、十六夜とリーサは顔を見合わせた。

 そして。

 ああ、この人もちゃんと壊れてるんだなぁ、とリーサは思った。


「アスラとはね、砂浜で戦いたいなって思うの」


 アイリスがうっとりしたように言った。まるで夢見る乙女のように。


「砂浜ですか? アスラお母様も似たようなこと言ってた気がします」


「夕暮れ時がいいわね。夕焼けが綺麗で、海にオレンジの光が反射していて、あたしとアスラはそんなオレンジの空間で対峙しているの」


「……何の妄想が……始まったの?」とリーサは苦笑い。


「そうね、見た目はお互いに出会ったころの姿よ。あたしはそうするし、きっとアスラもそうするわ。だってこれが最後なんだもの。きっとあたしたちは示し合わせたように出会った頃の姿で対峙するの」



 きっとその日はいい日で、どっちかが「死ぬにはいい日だ」って言うの。

 あたしかもしれないし、アスラかもしれない。2人一緒に言うかも。

 それでね?

 あたしたちは微笑み合って、少しだけ話をするの。

 あたしはきっと「次の世界大戦を起こさせない」って言って、アスラは「私は炎に突っ込むだけさ。ああ、でも火種は撒いたかもね?」とか言うのよきっと。


 そうねぇ、この時はもう4回目か5日目の世界大戦で、世界は疲弊し、人類は絶望の海に沈んでいるの。


 あたしは全人類のため、戦争の火種を撒くアスラを許しておけないの。

 あたしたちは相容れない。最初からそうだったけど、その時ハッキリとどちらかが死ぬことを理解する。


 そして、その時の世界でアスラに対抗できるのは唯一あたしだけ。

 アスラは世界を滅びに導く魔王であり、あたしはアスラを倒す勇者であり英雄なの。

 あたしは自分を主人公だと思って生きていたし、アスラは自分をラスボスだと信じて生きてきた。


 だからこれって当然の帰結よね?

 きっとあたしが勝つと思うけど、まぁ負けてもいいわ。

 それはそれで幸せだもの。

 世界はいいのかって?

 死んだあとまで面倒をみる義理はないわよ。


 それにあたしはその頃には『国際調停者連合』みたいなのを作ってるだろうから、あとは頑張ってってなもんよ。

 とにかく、あたしとアスラは殺し合って、どっちかが死んで……あるいは相打ちで2人とも死んで、それであたしたちの物語はお仕舞い。

 死ぬ時にお互い手を握って言うの「愛してる」って。


 で、あたしは1つ質問をして、アスラが回答する。

 小説だったらそれで終わり。そこが最後。2人の会話で締めよ。

 だってそれが一番重要だもの。少なくともあたしにとってはね。



 最期の日。

「「愛してる」」とアスラとアイリスの台詞が重なった。

 夕焼けに染まる美しい浜辺で。

 アイリスは微笑み、アスラも笑った。


「スカーレットより?」

「この世界の誰よりも」



これで、『月花の少女アスラ』は完全完結となります。


小説はこれで終わりですが、コミカライズはまだ始まったばかりなので、ぜひ追ってみてください!

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※ポストは少なめですが……。


それではまた、別の作品でお会いしましょう。

最近は主にコメディを書いていましたが、また頭のおかしな作品も書きたいと思っています。

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― 新着の感想 ―
神  終わったことを実感して涙が出てきた お疲れ様です
あぁ終わってしまった お疲れさまでした とても面白かった
長く楽しませてもらいました。ありがとうございました。
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