2話 ユルキ・クーセラの転生 後編
ユーリは牢の中で目を醒ます。
「うーん、牢って割りには、なんか過ごしやすいな」
こう、貧乏な平民の部屋って感じなのだ。鉄格子なので外から丸見えだけど、それ以外は特に不満もない。
トイレは完備されているし、簡素で固いがベッドもある。
椅子と机もあって、普通にその机で食事を摂ることもできる。
「貴族用だろうな、城だし」ユーリは背伸びをしながら言う。「普通に俺の部屋ここでも問題ねぇな」
ユーリはさっそく、ストレッチを始める。
身体が硬いので、割と大変である。しかしユーリは時間をかけてほぐしていく。
それが終わると、次は基本的な筋トレを開始。やはりまずは筋力が必要だ。
そうこうしていると、兵士が昼食を運んできた。
この国では1日2食が基本。お昼と夜である。
昼食はスープとパンとサラダ、それから水。
「本当に囚人か俺?」
前世の人生の方がずっとキツかったぞ、とユーリは思った。
食事を摂って少し休んでいると、王太子とその取り巻き連中がやってきた。
「おー、臭いねぇ」と貴族令息Aが言った。
「ユーリにはお似合いの場所だぜ」と王太子。
「俺もそう思う」とユーリ。
「はっ! 牢に入れられて立場を弁えましたのね!」
王太子の婚約者である令嬢がバサッと扇を広げて言った。
なんで広げたんだ? とユーリは首を傾げた。
だがそんなことよりも。
「お前、結構可愛いな。名前は?」とユーリ。
「なっ! 貴様! 俺様の婚約者を口説くつもりか!」
王太子がぶちキレて牢の鉄格子を蹴った。
そして足が痛かったのか、顔を歪める。
バカなのか? とユーリは思った。
「君如きが公爵令嬢である彼女を口説くとは!」
甲高い声で貴族令息Bが言った。
王太子、その婚約者、そして貴族令息AとB。こいつらはいつも一緒にいる。
たしか令息Aは将来の騎士団長で、令息Bは官僚だか大臣だかになる予定だったはず、とユーリは思い出した。
さて公爵令嬢はというと、少し照れたのか頬を染めてから扇で自分の顔を隠した。
かっわいい~♪ とユーリは上機嫌に。
(前世で関わった女ってみんなどっかアレだったからなぁ。いやぁ、新鮮だぜ)
団長はイカレ女だし、ルミアは美人でお淑やかに見えて実は一番の脳筋だったし、イーナはイーナだし。
サルメも最初はいい子かと思ったけど実は腹黒くて性格悪いし、アイリスはお花畑……俺が死んだ頃はマシになってたっけかな、とユーリは思った。
そして懐かしい気持ちになった。
なので、王太子と令息A、Bの罵詈雑言を、ユーリはほとんど聞いていなかった。
「いいか! 貴様が出て来たら半殺しにしてやるからな! 覚悟しておけ! この俺様を殴ったんだ! 本来なら死刑でもおかしくない!」
王太子がギャーギャーと吠えるが、ユーリはどこ吹く風。
「まぁ、40日もこんな劣悪な環境で過ごせば」令息Aが言う。「二度と歯向かおうなどと思わないだろう」
(え? 劣悪? ここが? 快適だが?)
ユーリは目を丸くした。
「ま、君には似合いの場所ですよ」と令息B。
それから数分間、罵詈雑言が続き、やがて満足して彼らは去った。
公爵令嬢はずっと顔を隠していた。
「やっぱ可愛いな。出たら口説くか!」
そのまま公爵家に婿入りしてもいいな、とユーリはバラ色の人生を想像するのだった。
◇
30日後。
今日もユーリは訓練に励んでいた。
身体は引き締まり、腹筋は割れている。ちなみにユーリは上半身裸である。
汗をかくから脱いでいるだけで、腹筋を見せびらかしているわけではない。
ついでに魔法も簡単に使えるようになった。
しかも前世よりずっと強力な魔法が使えたので、ユーリ自身かなりビックリした。
属性は【光炎】で、アスラがいたら「神域属性だね」と言うレベルの魔法だ。
「あと10日か。さすがに飽きてきたな」
ふぅ、と長い息を吐きながらユーリが呟いた。
別に快適に過ごせてはいるが、ずっといるのは飽きる。だから外に出たいな、と思い始めたわけだ。
と、いきなり魔力の反応があったのでユーリは身構える。
そうすると、空間が割れてそこから女が出て来た。
金髪に若草色の瞳の女で、年齢は20代の前半。どう見ても貴族なのだが、着ている服は迷彩服だった。
「君がユルキかね?」
女がユーリを真っ直ぐに見詰めながら言った。
「ユルキだと? テメェなんだってその名を知ってやがる? てか誰だ?」
「あ、私はミア。ローズ帝国の女帝ミア・ローズだよ」
知らない名前だ、とユーリは思った。
「そうかよ。ミア。あんた、美人だな」
とりあえずミアの見た目はすごくいい、とユーリは思った。
「びびび、美人!? はははは! いやだなぁ! そんなお世辞言っちゃって! 何も出ないよ! 金貨1000枚でもう一回言ってくれるかな!?」
バチコーン、とミアがユーリに平手打ち。
別に攻撃したわけではなく、照れてつい手が出てしまったのだ。
ユーリは吹っ飛んで壁に叩きつけられて普通に「あ、こいつ前世のやべぇ女たちのカテゴリーだわぁ」と思った。
「あ、ごめん!」ミアが慌てて言う。「傭兵団《月花》の関係者って聞いてたけど、こんなひ弱だなんて!」
「マジかよ馬鹿力め……」
ユーリはフラフラと立ち上がる。
ミアが慌てたままで【ヒール】を使って、ユーリのケガを治した。
「すげぇな、一瞬で治ったぞ……」
「そういう魔法だから」ミアが言う。「とりあえず君がユルキ・クーセラで間違いないかい?」
「ああ。今の名はユーリだけどな。てか、傭兵団《月花》って言ったか?」
ユーリが聞くと、ミアが頷く。
(……やべぇ! 元の世界じゃねぇかここ! お、俺は今世では王子様ライフを満喫するんだ! もう地獄の訓練は嫌だぁぁぁ!)
「イーナが君に会いたいってさ。なんか《月花》の幹部たちが盛り上がってるっぽいよ、君が100年ぶりに帰ってくるって」
「イーナか……懐かしいけど、ちょっと待て。100年だと?」
「うん。君が死んだのはだいたい100年ぐらい前らしいよ」
「……イーナまだ生きてんの?」
「あ、そっか、知らないのか君」ミアが言う。「《月花》の連中は年齢を超越してるんだよね」
「わぁお! 超越しちゃったか、年齢! 意味不明なんだが!?」
「私が知ってることだけ説明してあげよう」
ミアが淡々と《月花》の現状やここ100年の動向について話してくれた。
ちなみにミアは見た目通りの年齢らしい。あと、ミアも転生者なのだとか。
「元から凶悪な傭兵団だったけども……」ユーリが苦笑い。「世界を股に掛ける凶悪な傭兵団にグレードアップしたか……」
ユルキ・クーセラが死んでからも《月花》は活躍し続け、今の目標は『世界大戦』という巨大な戦争に参加することらしい。
「それで君はなんで牢屋に?」とミア。
「まぁ色々あるんだよ。とりあえず、牢を出たらこっちから会いに行くと伝えてくれ」
「分かった。じゃあね」
ミアが小さく手を振って、魔法で空間を裂く。
その中に入って消え……るのかと思ったら顔だけ出して、「もう一回美人って言ってくれる?」と聞いてきた。
「ああ、ミアは美人だぞ」
ユーリが言うと、ミアは満面の笑みで去った。
「……脳筋っぽかったけどな」
ミアが完全に消えてから、ユーリはそう追加した。
◇
そして最後の晩餐。
そう、ユーリは明日には牢を出るのだ。
「いやぁ、長いようで短い日々だったなぁ」
なんとなく、ベッドや机に愛着まで湧いている。
兵士が最後の夕食を持って来てユーリがそれを受け取る。そしてテーブルに置いて、この部屋の思い出にふけった。
だがよく考えると毎日訓練していただけである。
「……よし、飯にしよう」
食事はいつもそれなりに美味しいので、ユーリはウキウキでパンをかじった。
パンを口の中に含んだ瞬間に分かった。
あ、毒だわこれ。
ユーリは即座に吐き出し、魔法で【解毒】する。
「おいおい、俺じゃなかったら、俺が前世を思い出してなかったら、普通に死んでたぞ?」
いい気分だったのに一気にどん底に落ちたような感じだった。
「さすがに、さすがに、これは許せねぇ。俺を殺そうとしたんだから、殺される覚悟もしてんだろ?」
今すぐ怪しい連中を皆殺しにしたい衝動に駆られたが、そうはしなかった。
別に急ぐ必要はない。明日、出てからでもいい。
なぜなら、牢を出たあとすぐに国王との面会があるからだ。
その場にいるだろ? 王妃も王太子も。
どっちが毒を盛ったのか分からないが、どっちも殺せばそれで済む。
ユーリはニヤッと笑った。
◇
翌日、ユーリは兵士たちに連れられて謁見の間へと移動した。
国王が玉座に座っていて、隣には王妃も座っている。王妃の隣に王太子も立っていた。
「ユーリよ、反省したか?」と国王。
「ああ。死ぬほど反省したぜ? やっぱ敵対するバカは殺しておくべきだった、ってね」
ユーリが肩を竦めながら言った。
その言葉に、国王夫妻が目を丸くした。
王太子だけは「ちっ」と舌打ち。
「お前か、俺の食事に毒を盛ったのは」
「だったら何だメイドのガキが!」
王太子が酷く怒った様子で言った。
「お、おい……毒を盛ったのか?」
国王が慌てた様子でそう質問した。
「だいたい父上がメイドのガキなんざを王子と認めたのが間違いですよ!」
そう言って、王太子は自分の護衛騎士の腰から剣を抜く。
「この俺様を殴ったんだぞ! その上! 俺様の婚約者を口説きやがって! こいつは! 死んで当然だ!」
「でも死ぬのはお前の方だぜ?」
ユーリが指をパチンと弾くと、王太子の身体から炎が噴き出し、僅か数秒で王太子を消し炭にした。
王妃は半狂乱で泣き叫び、国王は口をパクパクさせている。
「今日から俺が王様ってのも悪くねぇな?」
あまり王位に興味はないけれど、その特権には割と興味がある。
(美人の令嬢を全部集めて俺の嫁にするとかどうよ?)
ユーリがニヤニヤと笑って、それを見た王妃が「あの者を殺しなさい!! 王太子を殺した逆賊です!!」と叫んだ。
騎士や兵士がそれぞれ武器を構えた。
その瞬間、大量の桃色の花びらが謁見の間でヒラヒラと舞った。
「なんか懐かしいっすね、この花びら」
「そうかい? 君がなかなか戻って来ないから、迎えにきちゃったよ」
堂々と扉を開けて入って来たアスラが言った。
「団長、全然変わってないっすね」
アスラの姿は当時のままだった。
「君のためにあの頃の姿に若返ったんだよ。みんなそうしてるけど、君はちょっと変わったね」
アスラがユーリのすぐ隣まで歩いて来て、そして立ち止まる。
「な、なんだ貴様は……」と騎士の1人。
「初めまして。傭兵団《月花》のアスラ・リョナだ。こいつはうちの団員でね。何か揉めていたようだから、加勢するけどいいよね?」
(あっれー? 俺って団員なの? 死んだからもう違うと思ってたんだけども? これもしかして強制連行なんじゃ……)
「傭兵団《月花》だと……」
騎士たちがざわざわとし始める。
「何をしているの!!」王妃が言う。「早く殺しなさい! 邪魔するならその女も殺しなさい!!」
「しかし王妃様……《月花》のアスラですよ……」と騎士。
「団長、有名なんっすね」
「そこそこね」
アスラが肩を竦めた。
「構わないから殺しなさい!!」
「では戦争だね」
アスラが凶悪に笑った。
笑顔変わってねー! とユーリは思った。
100年経っても同じ顔で笑ってるぅぅぅ!
アスラが指を弾くと、ユーリとアスラを除いたほぼ全員が爆発した。
一瞬にして謁見の間は地獄絵図へと姿を変えた。
「うへぇ……相変わらず容赦ねぇっすねぇ」
「手加減しているさ。戦意を見せなかった奴は生かしているし、そもそも国ごと破壊しなかったわけだし」
「凶悪さが増してるぅぅぅ!」
「まぁいいから、早く行こう。ミアから聞いたけど、君はかなり軟弱になってるようだし、鍛え直さないとね」
(やっぱ俺まだ団員だぁああああああ! 死んだだけで退団したわけじゃねぇってことかぁぁあああ!)
さらば愉快な王子ライフ。
まぁ、この惨状では愉快もクソもねぇか、とユーリは思った。
◇
傭兵国家《月花》の帝城。
かなり巨大化していたゴジラッシュから降りると、みんながユーリを出迎えた。
「本当にユルキなの?」レコが言う。「前とやっぱ顔違うね」
「でも割とイケメンですよ」サルメが言う。「悪くないと思います」
「お前らマジで変わってねぇな」
ユーリは呆れ半分という様子で言った。
「あの……こんにちは……」
見たことない少女がユーリに挨拶した。
誰だっけ? 俺の記憶って欠落してるのか? とユーリは思った。
マジで心から、本当に誰か分からなかったのだ。
「ああ、私の娘のリーサだよ」
「そっか娘か……って! 団長に娘!?」
ユーリは驚きの余り変なポーズを取ってしまった。
「つ、月日の流れこえぇぇ」
ガクガクと震えながらユーリは呟いた。
「ユルキ兄……」
「イーナか?」
死んだぐらいじゃ、可愛い妹分の声は忘れない。
「うん……会いたかった……」
イーナはあの頃のまま、15歳の姿のままでユルキに抱き付いた。
「悪かったな、死んじまってよぉ」
ユーリは今だけ、ユルキ・クーセラとしてイーナを抱き返し、頭を撫でた。
「バカ……でもまた会えて……嬉しいよぉ……」
イーナが泣き出したので、ユルキは優しくイーナの背中を叩いた。
「今は……あたしの方が、立場、上だから……しごいてやるから……」
「マジかぁ、手加減してくれな? 鍛え始めて40日だから、まだひ弱なんだ俺は」
「手加減なんて、しない……二度と、死んで欲しくないから……」
「そうか、そうだな。俺も二度と死にたくねぇよ」
「ふむ、私は死ぬの割と気持ち良かったけど、ユルキは違ったのかね?」
アスラが真面目に言った。
「全然。たぶん団長だけっすよ」
ユルキが苦笑いして、みんなが肩を竦めた。
本当、何も変わってねぇんだから、こいつら。
それがとっても嬉しくて。
(ああ、理想の王子ライフはなくなったけど、悪くねぇな。またこうしてみんなに会えて、本当、悪くねぇ)
ユルキも出せたし、ここで終わろうかとも思ったのですが、
あと1話だけ……。
あと1話だけ……。