1話 ユルキ・クーセラの転生 前編
ユーリ・クラニアは殴られた瞬間に前世を思い出した。
思い出して混乱している隙に、また殴られた。
「いてぇなクソガキ、誰を殴ってやがんだよ」
記憶の整理は後回しにして、とりあえずユーリは自分を殴っていた少年の顎に掌底を当てる。
そうすると、少年が膝を突いたので、ユーリは回し蹴りを少年の顔に放った。
少年が鼻血を噴きながら倒れ、悲鳴が上がる。
(あ、そっか、お茶会の会場かここ)
そんなことを思いながら周囲を見回すと、貴族の少年少女が集まっていた。
ここはバロワール王国首都、王城の中庭。
時刻は昼下がりといった具合で、空は晴れていて気持ちのいい風が吹いている。
(一旦、部屋に戻るか)
ユーリは走って自室へと向かった。
走りながら、まずは今の自分について再確認する。
(俺はユーリ。14歳、男。一応王子様だが、母がメイドだったから俺の待遇は最悪。いや、母が悪いってわけじゃねぇけど)
メイドに手を出した父親――つまりこの国の国王が悪い。
(母は側室になったけど、王妃やその取り巻きの激しいイジメに耐えられず自殺。俺だけが残された……うわぁ、俺めっちゃ悲惨じゃね?)
まぁ前世よりマシか、と思い直すユーリ。
(で、さっき俺を殴ったのが王太子であり俺の異母兄。俺をお茶会に呼んだ理由も、みんなの前でボコボコにして遊ぶため、か。あれ? 殺しても良かったかもな)
今まで、ユーリは散々酷い目に遭わされてきた。
掌底と回し蹴りだけで終わらせるのはちょっと優しすぎたか。
(団長なら殺してるだろ)
そう思ったところで、自室に到着。
中に入ると、それなりに綺麗な部屋だった。
「マジかよ。いい部屋じゃねぇか」ユーリは苦笑い。「けど、王族が使うには貧相な部屋……らしいんだよなぁ」
この部屋なら全然余裕で暮らしていける。
「イジメられてけっど、王子は王子ってことか」
ユーリはまず姿見の前に移動した。
自分の見た目を確認するためだ。
「どれどれ? うーん、前世の方がイケメンか?」
ユーリは金髪に青い瞳で、顔立ちは悪くない。
ただ、萎縮していつも俯いていたので、暗い印象だった。
ニヤッと笑ってみると、それなりに爽やか。
「まぁ悪くねぇな。俯くのを止めりゃ、まぁまぁモテるんじゃね?」
姿見の前で色々とポーズをキメながらユーリが呟いた。
着ている服も割と綺麗で、ユーリ的には満足である。
「さて次は前世の整理だな」
ユーリはベッドに腰掛けて小さく息を吐いた。
「前世の俺の名前はユルキ・クーセラ。傭兵団《月花》に所属っと」ユーリは思い出しながら呟く。「確か団長が転生したって言ってたけど、これか」
実際、自分の身に起こってみると不思議なもんだなぁ、とユーリは思った。
「団長は男から女になったわけだけど、俺は男のままか」
特に問題はない。むしろ慣れているのでこっちの方がいいまである。
「ここが元の世界なのか別の世界なのかは、今のところ分かんねぇか」
それもまぁ、どっちでもいいか、とユーリは思った。
前世は前世で、夢みたいなものだ。
若干、団員たちのその後が気になるけれど。
「しっかし俺が王子様ねぇ」ニヤニヤと笑うユーリ。「こりゃ、貴族の令嬢たちとイチャイチャするしかねぇよなぁ!」
厳しい訓練をする必要もないし、殺し合いをする必要もない。
生きるために盗む必要もないし、まるで天国だ。
「よぉし、そうと決まったら、お茶会の会場に戻るか! 一番可愛い子を口説くぜ!」
ユーリは勢いよく立ち上がり、意気揚々と部屋を出ようとした。
しかしユーリが部屋の扉に辿り着く前に、誰かが扉はバーンと乱暴に開く。
「ユーリ! あなた、自分が何をしたか理解してますの!?」
鬼の形相でそう言ったのは、王妃だ。
王妃の側には護衛騎士が2人付いている。
「俺、なんかやったか?」
まだ誰ともヤってないが、とユーリは思った。
女の子を口説くのはこれからなわけだが。
「メイドの子の分際で! 王太子を殴るとは何事ですか! まさかただで済むと思っていないでしょうね!?」
「ん? なんだ? 罰としてケツの穴に腕でも突っ込まれるのか?」
ユーリが言うと、王妃が酷く驚いた表情を浮かべる。
それから顔を真っ赤にして「な、なんですって!?」と叫んだ。
◇
「え? 100年ぐらい前に死んだお兄ちゃんを探して欲しいって?」
ローズ帝国初代女帝ミア・ローズは目をパチクリさせながら言った。
ここはローズ帝国の帝城、謁見の間。
「そう」
イーナが強く頷いた。
イーナの見た目年齢は20歳前後だが、実際の年齢はもっとずっと上だ。
ちなみにイーナの服装はいつものローブ姿。100年変わらない制服である。
「どゆこと?」
玉座に座って足を組んでいるミアが質問した。
ミアの見た目は金髪に若草色の瞳。パッと見は20代の前半で、実年齢もそのぐらいである。
ちなみに、かつてゾーヤが視た未来で『世界3大女帝』に数えられていた1人がこのミア・ローズだ。
「……ユグユグが夢に出て来て……」
「ああ……ユグユグね……」
ミアが苦笑い。
ミアは子供の頃、ユグユグに怒られたことがある。
そう、【全能】の魔法で10式戦車を並べた時のことだ。異世界の未来技術を大量に出したことで、ユグユグの干渉を受けたのだ。
ちなみに、ミアも転生者だ。前世はアスラの傭兵団(月花ではなく地球の方)の団員で、戦闘と訓練と乙女ゲーをこよなく愛していた。
「相談あるかって……聞かれて……」イーナが言う。「ふと、ユルキ兄は……団長みたいに転生したのか聞いたら……」
「ああ……転生してたわけだね」
ミアが納得して頷いた。
「そう。それで……どこに転生したのか聞いたら、今まさにこの世界にいるって……」イーナが溜息交じりに言う。「でもユグユグ、そこまでしか……教えてくれなかった。ケチ……」
「それで私の【全能】で探せって?」
ミアが言って、イーナが頷く。
「一緒に、悪魔の世界に乗り込んだ仲でしょ……」
イーナが瞳をウルウルさせてミアを見た。もちろん演技だ。
「また懐かしい話を……」
これもまたミアが子供の頃の話である。
「探してくれるでしょ……?」
「分かったよ、分かった分かった。だからその嘘臭い涙を仕舞っておくれ」
やれやれ、とミアが肩を竦めた。
「えへ……よろしく」
イーナはパッと笑顔を見せた。
◇
「なんて下品な! 拘束して牢にぶち込んでやりなさい!」
王妃が叫ぶと、護衛騎士2人が前に出る。
「へぇ。ちょっと今の実力を確かめてみますかねっと」
ユーリはニヤニヤと言った。
正直、この新しい身体はあまり鍛えていないので、負ける可能性も十分にあった。
「王子、大人しくしてください」と騎士A。
「痛い目に遭いたくないでしょう?」と騎士B。
「いいから捕まえてみろって」
ユーリは右手を持ち上げ、来い来いと挑発。
イラッとした騎士Aがユーリに近寄って手を伸ばす。
ユーリはその手首を捻って騎士Aを床に転がした。
「おい、何を遊んでいるんだ?」
騎士Bが怒ったように言った。
「クソ、なんだ今のは?」
騎士Aが起き上がる。
(ふぅん。前世で獲得した技術はそのまま使えるか……って、それだと転生ってめっちゃ強くね? だから団長あんなに強かったのか!)
もう少し遊んでみるか、とユーリは思った。
「少し痛めつけよう」
騎士Bが拳を握り、ユーリに殴りかかる。
ユーリはそれをヒョイと回避。
騎士Bが驚いて目を丸くした。
「何をしていますの!? 早く捕まえなさい!」
王妃が叫び、騎士たちが真剣な表情に。
(面白くなりそうだぜ)
「何を笑っている!」
騎士Aが前蹴りを放つが、ユーリはサラッと回避。
「おのれチョコマカと!」
騎士Bが体当たりをしたが、ユーリはそれも回避。
「なんだ? 騎士ってのはその程度なのか?」
正直、負けるかもと思っていたのが馬鹿らしい。
武器を持っていたら間違いなくユーリの勝ちだ。
「剣を抜きなさい!」王妃が言う。「腕の1本ぐらいは仕方ありません!」
「マジかよ。俺は一応、王子だぞ?」
「あなた如きが王子を名乗らないでくださいませ!」王妃が烈火の如く怒って言う。「吐き気がしますわ!」
「そりゃひでぇ、ベッドで休んでいいぞ。なんなら俺が添い寝してやるぞ? あんた結構、美人だしな」
ニヤニヤとユーリ。
その台詞で、王妃が床を踏みしめた。
「なんたる暴言!」
騎士Aが剣を抜いた。
それを見て騎士Bも剣を抜く。
「いいねぇ。やっぱ戦闘はそうでないとな! ははっ! 俺もずいぶん団長に染められちまってんなぁおい!」
ユーリは獣のように笑いながら騎士たちに向かって行く。
騎士Aの剣撃を躱し、同時に騎士Aの手首を捻って剣を奪う。
騎士Bの剣撃を、奪った剣でガード。そのまま受け流して背後に回り、騎士Bを背中から斬りつけた。
しかし騎士は鎧を装備していたので、あまり大きなダメージにはならない。
「くくっ、俺が本気だったらお前死んでるぞ?」
そう。ユーリはあえて鎧を斬ったのだ。
やろうと思えば首を刎ねることもできた。
「バカな……なぜ貴様如きが……」と騎士A。
(おいおい、俺ってば騎士にまでバカにされてんのかよ。笑える)
剣をクルッと意味もなく回しつつ、そんなことを思った。
同時に、天井が抜けて隠密の2人が降りてきた。
ユーリは彼らの存在に気付いていたので、特に驚きはない。
「王子、大人しくしてください」と隠密の1人。
「このまま暴れるなら、我々が対処することになります」ともう1人の隠密。
「お前らは王様直属か?」とユーリ。
隠密2人が同時に頷く。
「なんで俺を見張ってた?」
「正しくは、あなたを見守っていました」隠密が言う。「あなたが今まで生きてこられたのは、我々が王の命令で守っていたからです」
「そいつは嬉しいや、感激で涙が出るね」
ユーリが肩を竦めた。
「とはいえ、王太子を殴ったのですから、王であっても庇いきれないでしょう」
「皮肉だよバカ。マジで喜んでるとでも思ったのか?」
ユーリは苦笑い。
少しの沈黙を挟んでから隠密が言う。
「どうであれ、牢屋行きは免れない」
「そうかよ。まぁ捕まってやってもいいんだけどな?」
正直、牢の中でじっくり鍛えたいとユーリは思った。
実はあの程度の動きでちょっと疲れてしまったのである。
団長に知られたら地獄の訓練をやらされるに違いない。いや、ここに団長はいないし、たぶんもう会うこともないけれど、とユーリは思った。
どうであれ、じっくり鍛えた上で魔法も習得したい。きっとその方がモテるはずだ。
「いいですか王子」隠密が言う。「これ以上暴れ、もしも王妃様を傷付けたなら、それこそもっと酷い罰を受けることになりますよ?」
そりゃそうだな、と納得するユーリ。
ユーリがもっと強ければ全部を敵にしてもいいのだが、今のユーリでは難しい。
「ま、降参しとくか」
今の自分の実力は、騎士たちよりも技術は上だが体力や筋力で劣っている。
自分の魔力を認識できたので、魔法は使おうと思えば使えそうだが、属性がまだハッキリしていない。
「では武器を置いて、両手を後ろに回してください」
「優しくしてくれよ?」
バチコンとウインクをかましてから、ユーリは剣を床に置いた。
ひとまず牢屋でゆっくり訓練してから、愉快で淫靡な王族ライフを楽しめばいい。
待ってろよ貴族令嬢たち!
◇
「陛下!! ユーリは王太子を殴ったのですよ!! 最低でも鞭打ちの刑に処してくださいませ!!」
王妃が国王に詰め寄って言った。
ここは国王夫妻の寝室。
「いやしかしな……アレもアレでワシの息子なわけで……」
「あなたがメイドに手を出した結果、生まれた子でしょう! わたくしとの子である王太子より大事だと!?」
「いや、そんなことはないが……」
王妃の勢いに押され、国王が2歩後退する。
「いいですか陛下! わたくしとしては死刑でもいいと思っていますのよ!」
「死刑!?」
国王がビックリして目を丸くした。
「当たり前です!」
「いやだから、ワシの息子なのだ、アレでも……」
国王は一応、ユーリを王子として認めたし、命を守るために隠密も配備した。
当然、反発は大きかった。なんせ、正式な子ではないのだから。
「ですから、死刑は許してあげますが、国外追放が妥当でしょうね! 本来なら!」
「それは……そうだが……」
王太子を殴ったのだから、ユーリでなければ死刑か国外追放のどちらかだ。
基本的には、という話。権力を持った上位貴族の関係者なら、鞭打ちか投獄だけで済むこともある。
ユーリは名ばかりの王子で、権力も勢力も持っていない。
「そこを! 鞭打ちで許してあげると! わたくしはそう言っているのです!」
「いやしかし……」
「さっきからそればかりですわね!! では一体どうしたいと!? まさか無罪放免にしたいなど、そのような戯れ言は吐きませんわよね!?」
グイッと国王に1歩近寄る王妃。
「今、ユーリは牢にいるんだな?」
国王は王妃から目を逸らしながら聞いた。
「そうですわ。投獄の期間は決まっておりませんが、このまま投獄だけで済ませるなら、40日か50日は閉じ込めておくべきですわ」
「そんな長期間!?」
国王はまたビックリして目を丸くした。
王城の牢獄の環境は最悪である。普通の貴族なら3日も閉じ込めておけば「出してくれ」と泣き叫ぶ。
10日も閉じ込めれば、二度と逆らわなくなる。それほど劣悪な環境なのだ。
まぁ少なくとも、王族や貴族にとっては。
「ふん。あのユーリに耐えられるかは分かりませんが、最低40日ですわ。鞭打ちを行うなら10日といったところでしょう。どうします?」
王妃はもうこれ以上は絶対に譲らない、という強い決意を秘めた瞳で国王を見た。
ひ弱なユーリは、鞭打ちの最中に死んでしまうかもしれない、と国王は考えた。
長期間の投獄は精神に異常をきたす可能性もあるが……それでも死にはしない。
「……分かった。40日の投獄としよう……」
「よろしいですわ」
王妃が頷いた。




